17th.Per, A.T.26
AlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandraAlexandra
うん、これぐらい書けば憶えられるでしょ!
いや『憶えられるでしょ!』じゃねえよ、さすがに怖ぇって。
会ってたときは気づかなかったが、こんなん書いていたと思うと背筋が凍るものだ。よく旦那に知られなかったな……。
しかし、右のページからはまた普通の日記っぽい。何やら人物画みたいな裏写りがあるような……少なくとも、俺っていうオチは勘弁してくれよ?
28th.Per, A.T.26
あーーーやだーーーー明後日の儀式がめんどくさいよーーーーー
何となく警備も厳しくなった気がするし、どうやって抜けようかしら……。
あの日、やっぱりキスしようとしてきたよね? ここ最近、ずっと気になっててご飯が喉を通らない……。もし泊ってたら襲われてたのかな? その先を書くことなんて、私にはできない!
それに、私にはラウクさんがいるもの! 道を外すなんて、絶っっっ対にあり得ない!!! 『絶対に揺らがない』って、この日記で約束するわ!!
1st.Zaf, A.T.26
── ある人物の肖像画 ──
「は!?」
鉛筆で描かれた人物画を見て、俺自身が驚かないわけが無かった。なんせこのうねった白いツノや髪型・顔の造りが俺にそっくりなのだから。
当時から癖毛だが、今よりは短め──今の兄貴と同じくらいかも──だった。表現が難しいであろう髪色や影だって、丁寧に塗りつぶしている。
というか……絵の中の俺、妙にイケメンじゃないか? いかにも『情熱を宿してる』って感じの目つきで、ここまで美化されると恥ずかしくなる……。
絵の良し悪しはさておき、それだけ俺の事を想ってくれていたって事だろうか……。そう考えると、余計に胸が切なくなる。
「……あれ」
俺の絵を描いたのは一のサファイアだが、次の内容が二十日とかなり間が開いている。忙しかったのだろうか? いや、彼女は雑なところがあると云うし、思い出したように書いたのだろう。
20th.Zaf, A.T.26
会いたい。会いたい。毎日会いたい。
それも実らないなら、あなたとの出来事すべてを忘れたい。
本当に性格の悪い人ならすぐにサヨナラできるのに、あなたのせいでどんどんおかしくなるもの。考えれば考える程、胸が苦しくなって……。あなたとなら、魔界に行きたいとさえ思う。
私の話を聞いたり、色々奢ったりしてくれるってことは、『好き』って意味よね? そうじゃないなら優しくしないで。『お前には相手がいるだろ』って突き放してよ。
早く私を見てよ。
誰のモノにもなりたくないし、誰のモノにもなってほしくない。
もう抑えきれないの。
……アリス。俺と会うまでの間、ずっと考えてくれてたのか。高鳴る鼓動も汗ばむ手も、決してカフェインだとか夏のせいじゃない。
そしてこの切実な内容は、俺に再び彼女との記憶を想起させるのだった──。
──昼下がり。ティトルーズ暦二十六年、二十のサファイア。
ギルドの任務をこなした後は、日用品や食材を買うべく市場へ向かう。それから小さなアパルトマンに戻って、適当に飯を作って寝る──そんな日常を崩すかの如く、誰かが後ろから肩を小突いてきた。まさか、魔族狩りだろうか?
此処が建国されてから年数が浅かった頃、人族と魔族の共存は夢のまた夢だったのだ。一部の魔族が事件や騒動を引き起こすせいで、人族は『彼らを排斥せん』と血の気が多かったのである。
初代国王──すなわちマリアの先祖が、新たな法を定めた事で鎮静に成功。彼の厚い人望により、現在のような共存社会へと進化していったのだ。
そんな事があった以上、警戒心を抱かずにはいられない。腰に下げる長剣に手を当て、剣幕を見せるように振り向くと──そこには、全身をマントで隠す者が立っていた。フードを深く被るせいで顔はよく見えないが、女らしい骨格や垣間見える白肌に憶えがある。
俺はここまでしないと外出できないであろう人物を一人知っていた。
「また抜けたのか」
とはいえ、この言葉で相手を賭けていたのは言うまでもない。しかし、そいつは無言で首を縦に振ったため、アリスだと判断した。
「それにしても、こんな人混みの中よく俺を見つけられたな」
「…………」
沈黙を貫くアリス。これだけの人々が行き交うのだから、下手に声を出すのは危険だろう。
どうしたものか。その辺の公園で話すにせよ、かえって俺たちが目立つだけである。自然に会話できそうな場所があるとすれば──。
「そうか」
頭の中で、ある場所が思い浮かぶ。そこは決して“知られざる地”と言い難いが、やや通俗的な城下町と比べれば穏やかだ。
「ついてこい」
俺がそう言って歩を進めると、アリスも足早に歩き出す。俺たちは人混みをかき分けつつ、最寄りの駅へと向かった。
辿り着いたのは、フィオーレ一番の駅──以前、アンナと待ち合わせした場所──だ。中央の入口をくぐって右側にはカウンターがあり、駅員がそこで切符を販売している。
俺がそこへ向かおうとすると、アリスは片腕を掴んで小さな声で尋ねてきた。
「此処は……?」
「駅だよ」
「駅……?」
……まさか、『駅』を知らないわけ無いよな? 彼女は語句の意味を理解していないのか、首を傾げるままである。
「今から隣町に行く。そのために今から切符を買って、電車に乗るんだ」
「切符? 電車?」
「……マジかよ」
ミュール島には乗り物が存在しないのか? それとも、こいつが相当な世間知らずなのか? いずれにせよ、いちいち口頭で説明するのは余りに面倒くさい。
俺は先んじてカウンターへ向かった後、駅員の前で硬貨を財布から取り出す。それらを銅製のカルトンに並べた後、行き先を告げて制服姿の青年に差し出した。彼はその硬貨を受け取ると、二枚の小さな切符をこちらに向かって滑らせる。
「では、此方になります」
「どうも」
これで購入は終わりだ。カウンターを離れてアリスに片方の切符を差し出すと、マントの中から細い両腕を露わにする。
「無くすなよ」
無言で頷くアリス。彼女はその小さな紙切れを大事そうに握り締め、ただ視線を落とすだけだ。まるで親から贈り物を受け取った幼児のようで、庇護欲が湧き上がりそうになる。
それぞれが切符を手中に、ハサミを持った駅員に近づく。彼に改札バサミで穴を開けてもらったあと、いよいよホームへと向かった。
この頃からホームには人だかりができていた。これだけ人が多いと移動に苦労するが、アリスをこっそり連れ出すには都合が良い。
しばらく待っていると、連なる鉄の直方体が俺達の前に停まる。これは当時の列車であり、今と違って魔力のみを動力源としていた。
その証拠を示すように、前車両──操縦席の窓越しには魔術師のローブを羽織った者と駅員の二人が佇む。魔術師が手前の水晶にエネルギーを注ぎ、駅員がハンドルで操作することで電車が動く仕組みだ。
アリスはこの光景を初めて見たのか、感嘆の声を上げた。
「わぁ……!」
「良いか、あれが電車だ。切符に書かれた駅に着くまで、俺達はそこに乗る」
ホームに立つ駅員が車両のドアを開け、車内の人々をホームへ誘導する。人の群れが車内から消えた後、今度は俺たちが入れ替わるように乗り込んだ。
駅員は周囲を見回した後、ハンドベルを鳴らして発進を促す。車両が揺れて動く密室と化す中、俺たちはその辺の空席を見つけた。アリスは窓際の席を指差し、首を軽く傾げる。
「あの、窓際に座っても……?」
「ああ。フードは外すなよ」
彼女は深緑の座席に着くや、大きな窓辺からホームを覗き込む。反射した窓ガラスは、興味に駆られて口元が緩むアリスを映す。三日月のように上がった聴色の口角は、何処と無く神秘さを醸し出した。
そんな彼女にまたもや胸を打たれ、良からぬ妄想に掻き立てられる。『もしこのまま抱き締められたら』──と。
当の本人は流れる景色に気を取られ、こんな悪魔に気付いていないようだ。でも、それで良かったとは思う。未熟ながら、『どんな景色よりも彼女が美しい』なんて思っていたのだから──。
辿り着いたのは、フィオーレの隣町ブリガだ。山吹色の屋根を添えた石造の建物は、もはや四世紀ほど前からの伝統である。電車で一駅であるにも関わらず、此処に来ると時が静かに流れるような感じがするのだ。
電車を降りて町の中心に立つと、俺はある店へと向かう。俺の隣を歩くアリスは、さっきからキョロキョロと見回すせいで忙しない。
「どちらへ向かいますの?」
「飯屋だよ。それも行きつけの店だ」
石畳の上を歩き続けると、いかにも古めかしい感じの食事処を見つける。木製の扉を開くと、ベルが鳴って店内の誰もが一斉にこちらを見た。
客たちの視線がアリスに突き刺さるせいで、彼女は両手を胸に当てて萎縮してしまう。しかし一人の少女が駆け寄ってくれた事で、凍るような空気が若干和らいだ。
「こんにちは! ……って、アレクさんじゃないですかー!」
「できるだけ目立たない席に座りたい。空いてるか?」
「はい、勿論ですー!」
その一見幼い少女は何処に居るかと云うと、俺の膝下だ。金色のお下げ髪とそばかすが特徴の彼女は小人であり、此処の店主でもある。小さな片手に載せたトレイは顔より大きいが、持ち前の身体能力を活かしてバランスを上手に保っているらしい。
屈託のない笑みを浮かべる彼女は、最奥の座席まで案内してくれた。俺が真っ先に腰掛ける傍ら、アリスは「ありがとうございます」と丁寧にお辞儀してから向かい側に着く。
とりあえず鉄線で編んだようなシャンデリアに、石で囲まれた壁。テーブルには木くずや食べかすが随所で溢れているし、寸法も不揃いだ。木製の椅子だって、決して座り心地は快適と言い難い。しかし、フィオーレには無いこの素朴さが、任務で疲れた心身を癒やしてくれるのだ。
店主から麻紙の巻物を受け取ると、アリスにも見えるように広げてやる。これはメニューであり、家庭料理の定番が疎らに並ぶ。フードのせいで星空のような碧眼は見えないものの、きっと食い入るように見つめている事だろう。
「好きなだけ食え。俺の奢りだ」
「まあ! ……でしたら、これにしますわ!」
アリスが嬉しそうにあるモノを指差す。何度も言いたくなる程クズだった俺が、横並びの数字に内心怯えていたのは言うまでもない。
しかし彼女が求めた物は、財布が軽くならない範囲に案外留まってくれたのである──。
(第六節へ)
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