※この章より先は残酷描写が含まれます。
あれからどれ程の時が過ぎたのだろう。
錆びた壁が私の背を冷やし、繋がれた鎖が身体を縛り付ける。
あの男に恥を晒された私は、狭い部屋でひとり扉を見つめた。
扉の微かな隙間に張り巡らされた格子。鎧で覆われた者たちが幾度も行き来するも、誰もがその扉を開けようとしなかった。
ううん──違う。正確に言えば、彼らは好奇な目を私に向けるだけで、助ける気も無い。それどころか、舐めるように私を覗き込んでくるの。
嗚呼、身も心もあの人に捧げたはずなのに──何故、このような目に?
お願い、アレックスさん……。
早く私を助けて。
今の私は、生きる事も死ぬ事も赦されない。
もう、痛みなんて感じたくないの。
前世もそうだった。彼の父も、私が抵抗をやめるまで何度も傷めつけた。
今度は子に嬲られ、“罰”を口実に良いようにされてしまう。
私の身体に何かを刻まれてから、全てが変わった気がする。その正体を彼が明かす事なんて無い。つまり、普通に生きてみないと判らないという事──。
ねえ、皆はどうしてる? マリアは? お父さんに、お母さんは……?
『──て』
誰かの、意識……? これはきっと、あの子の意識だ。
彼女が泣いている。助けを求めて泣いている。
けれど──精神を研ぎ澄ました刹那、稲妻が全身を駆け巡った。
「ぅあ、がぁああ……!!」
ダメ、ここで諦めちゃ……!
大丈夫、すぐに終わらせてしまえば……!!
『ねえ……誰か助けてよ……』
安心して。今から私が……解き放ってあげる。
だから、もう泣かないで。
君の痛み、私が受け止めてあげるから……!
「……くっ……!!」
私の霊力よ、呪縛を解いて。
大切な友達を──どうか暗闇から救い出して。
『……シェリー?』
屈辱が、苦痛が──身体に入り込んでくる。
あの子は、私のためにどんな苦しみも引き受けてくれた。
だから、今度は私の番なの──!
「う、」
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
あなたの本性なんか知りたくなかった。
あなたに惚れた私が、間違いだった──!
彼女の記憶は吐き気を催し、ついに共鳴を床へ撒いてしまう。
カビの臭いと相まって、私の意識は再び朦朧としだした。
最後にあの子がなんて言ってたのか、わからない。
ただ判るのは──とうとう彼に知られてしまった事だけ。
蛇の目には、囚われている私が映り込んだ。
「俺が見張らねばなるまいか」
目の前に立つのは、この身を初めて捧げた男。
私を捕らえ、傷めつけた張本人でもあった。
「……あなたにどうされようと、私は……!!」
「あれだけの処罰を受けてもなお、無駄口を叩くか。……ならば」
彼が懐から取り出したのは、三本の針。指の間に挟まれたそれはいずれも鋭く、用途を考えるだけで尊厳が漏れそうだった。
「安心しろ、貴様の傷は変わらず俺が癒やす。これも遊戯のうちだ」
その後、私は断末魔と享楽の間を幾度も彷徨う。
漆黒の紳士服が穢れてもなお、彼の人形として在らねばならなかった──。
(第一節へ)
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