【前章のあらすじ】
純真な花は、月の神殿で機械人形のヴァルカと対峙。一時は魔女チェルデインの呪いによって少女の姿にさせられるアイリーンだったが、月神アルテミーデとの契約により元の姿に戻る。
アイリーンに撃退されたヴァルカは降伏し、ティトルーズ城内で軟禁生活を送る事となった。マリアからの命令でヴァルカの監視役となったアレックスだが、色男としての宿命を背負う日はそう遠くない。
悪魔と美女たちの恋、そして銀月軍団との戦いは如何にして描かれるか。命運は一人の男に在る。
※この節には残酷描写が含まれます。
ヴァルカの監視役として城に通う日は何日も続く。そんな中、今日は軍議が行われる。会議室には既に花姫たちが座っており、マリアは相変わらず中央に腰掛けている。彼女の手前には国内の地図が置かれている辺り、次の目的地の話でもするのだろう。
俺が座ると、マリアが「それじゃあ始めるわね」と声を掛けた。
「次は焔の神殿に向かうわよ」
その言葉を聞いた時、以前ブリガで出会った大男の存在を思い浮かべる。彼は、扱いが難しいとされる曲刀で俺を庇ったのだ。
『オレはアンタとやり合ってみたいだけだ。……焔の神殿で会おう』
それ以来、俺たちが彼と会う事は決して無かった。果たして彼も銀月軍団の一人だろうか? もしそうであれば、リザードマンの口から『裏切った』という言葉が出ないはずだ。
いずれにせよ会ってみない事には判らないが、その前に近くの街に棲む魔物を退治することになるだろう。
「今度はどんな街かな?」首を傾げるアンナ。
「焔というだけあって、比較的暖かい場所ね。前は北だったけど、今回は南に行くわよ」
「あれれ、てっきり陽の神殿に行くのかと思ってた」とシェリー。
「それも考えてはいたけど、魔術師と呪術師の抗争が激化してるから止めなきゃいけないのよ」
焔の都フラカーニャ──付近の神殿によって、温暖な気候に恵まれている街だ。しかし王家も手が付けられない程に治安が悪く、警備の固さは城下町のそれを超える。
また、フラカーニャは反倫理的思想を持つ呪術師が多くいる。平気で他人の魂を操る事から、魔術師との衝突が絶えないようだ。
「わたくし、その街に行ったことありますけどすごく怖かったのです……詠っているときに押し入ってくるものですから」
「大丈夫だよ、今度はボクたちが一緒だから」
顔を青ざめるエレに対し、隣のアンナが肩にそっと手を添える。その光景はとても尊いものと思ったが、エレのある一面をふと思い出す。
「押し入ってきたヤツらをどうしたんだ?」
「急に腕を掴まれたので、勢いで投げ飛ばしちゃったのです」
「「…………」」
もはや彼女のヤバい一面を知らぬ者は無い。きっと『触ってんじゃねぇぇえ!!!』と暴漢を撃退したに違いないのだ。となると、初めて会ったときに何故自衛(という名の暴力)をしなかったんだ……?
まあいい。相変わらずヤバい場所だと把握したところで、マリアは当日の行き方について話す。
「以前と同じく、例の魔法陣で移動するわよ。宿は既に取ってあるから、初日は街の様子を見る事。荒れ事があれば、あたし達が駆けつける。良いわね?」
一通り話を終え、周囲に質疑の有無を確認するマリア。誰も異論はないということで、その日の軍議もスムーズに終わりを迎えた。
花姫たちは会議室を離れ、談話しながら廊下を歩く。一方で俺は、後ろの方でシェリーと一緒だった。
格子窓から射し込む陽は、華奢な姿を逆光させる。加えて、俯きがちな横顔がなお神秘的な印象を与えた。
彼女は片手を胸に当て、流し目で俺を見つめてくる。その仕草はあまりに綺麗で、背中から白い翼が生えたような錯覚さえ生まれる。しかし、悲しさを表す細い眉は、呪いを背負う苦しみから来ているのかもしれない。
聴色の唇はついに開かれ、俺と二人だけの時が流れ出す。
「今日、夢を見ましたの」
「どんな?」
「……悲しい夢です。花姫の皆さんは誰も息をしてなくて、私だけが生き残っている。その時も、彼が私の前に立っていました」
「彼って誰だ?」
「……それは…………」
“彼”の名を出そうにも、声が出ないようだ。内心は気になって仕方ないが、シェリーを苦しめては本末転倒だ。
恋人の苦しみは、俺自身の苦しみでもある。この足が何よりも証拠で、紅い絨毯に好かれたように動く気配が無い。今はただ遠のく花姫たちの影を見つめつつ、呼吸を整える事しかできないのだ。
シェリーはそんな俺に気づいたのか、同じく足を止めて両手を後ろに組む。振り向きざまに髪が揺れ、上目遣いで明るい声音で付け加えた。
「大丈夫ですわ。ただの夢ですから」
「……それなら良いんだが」
ただの夢なんかじゃない。俺はそう直感するが、彼女を悲しませたくなくて思わず笑顔を作ってしまう。
嗚呼。桃色の頬に触れ、静かに抱き寄せる事ができたら。その頭を埋めてやる事で、胸中の不安を誤魔化せたら良いのに。使用人も花姫の存在も無視して、此処で抱き合いたいものだ。
シェリーは自己暗示をするように口角を上げ、話を続ける。
「忘れてしまえば良いの。気にすれば正夢になってしまいますわ。……今度こそ仲間を守ればいい。ただそれだけです」
もう我慢できない。彼女らはこの廊下にいないんだ。俺の手で抱きしめるべく、片足を踏み入れた矢先──
「敵襲だーーー!!!!」
男の声が空気を破り、反射的に窓の方を向く。
空を飛び交う巨大な天使。いや、正しくは鳥のような下半身を持つ女だ。彼女は翼を広げて城を横切り、フィオーレへと突き進む。
「もしやセイレーンですか!?」
「あれはハーピーだ。図体こそでかいが、上手く立ち回れば俺たちだけで殺れるはずだ。行くぞ」
「はい!」
「隊長、お嬢様! 自分たちも援護します!」
「アイリーン、お前らは住民たちを避難させろ!」
「うん! ボクたちに任せて!」
ハーピーの存在を受けて廊下に戻るアイリーン達。俺が指示を下した後、彼女らは速やかに走り去った。
「私達も急がねば! 開花!」
懐から端末を取り出し、力を注ぎ込むシェリー。彼女が姿を変えると共に、俺は鞘から長剣を取り出した。
そこへ一人の執事が駆けつけ、「お忙しいところ失礼いたします」と声を掛けてくる。
「ヴァンツォ隊長! 勝手口までご案内します!」
「サンキュ!」
執事を追い、しばらく廊下を走る。小窓がついた扉に辿り着くと、彼は解錠して扉を開けてくれた。
俺はただちに翼を展開し、シェリーと共にフィオーレへ。空を駆ける中、住民の悲鳴は延々と響き渡った。
フィオーレに降り立つと、案の定魔物は上空を飛び回っている。改めてその容姿を見れば、俺の認識に誤りは無い事が判った。上半身は人間の女でありながら、下半身は鳥。手の部分が翼である部分はセイレーンと酷似するが、声量はヤツを遥かに上回る。
人々は花姫たちの指示に従って避難する様子だが、この魔物を締めない限りパニックは収まらないだろう。
「ここは私が!」
シェリーが青い翼で急上昇。俺も追従する中、彼女は既に銃撃を始めていた。
二丁拳銃を召喚し、大きな銃声と共に光弾を乱射。しかし標的は翼で身を守り、弾を弾き飛ばす。その度に金属音が響く事から、翼の表面は鋼のような硬い材質であることが窺えた。
「そんな、効かないなんて……!」
「いや、弱点はある!」
翼で全身を覆うつもりが、肝心の足元だけは丸見えだ。
俺はすぐさまハーピーの左足首に狙いを定め、剣身に清魔法を宿す。それから息を大きく吸い、呪文を詠唱した。
「氷刃!」
一体分離れたところから剣を三度振り回すと、冷気の残像が出現。青紫の軌道は直進し、脚部を狙った。
怪鳥女の脚は切断寸前と云ったところ。『ひぎい』と泣き叫ぶ彼女は、思わず全身を露にしてしまう。その隙に一閃すると、左足首だけが音もなく落下していった。
躊躇う暇など無い。そのまま叫ばせれば、町中の窓ガラスが一気に割れるのが目に見える。
大きく口を開けた直後、俺はシェリーに追撃の指示をした。
「口を狙え!」
「はい!」
シェリーは左腕を突き出し、ハーピーの顔に銃口を向ける。トリガーを引けば、弾は口腔に着弾。口から鮮血が飛び散り、バランスを崩す事で向かい風が流れた。
今度はハーピーが反撃するはずだ。
予感は見事的中。ハーピーは縦軸に一回転してから体勢を整えると、俺に向かって突進してきた。
まずはギリギリまで待ち、迫る寸前に右へ回避。翼を翻し大きくかわす瞬間、風の唸り声が鼓膜を震わせた。
ヤツは直立してこちらを睨み、両翼を極限まで広げる。
瞳が赤く光る刹那、無数の羽根が分離して無造作にばら撒かれた。
分離した羽根は、一つずつが矢のように尖っている。俺はシェリーの前で停まると、かすり傷覚悟で纏めて両断していった。
しばらくハーピーは羽を撒き散らすが、応戦を繰り返すうちにあることに気づく。
羽根をある程度放ったあと、一瞬だけ胸元が光る。それが銀の心臓である事は判ったが、牽制される以上は接近しがたい。
ならば、ここはシェリーに援護をお願いしよう。俺は鋭利な弾を切り裂きながら、徐々に近づく。
「心臓を狙えるか?」
「ええ!」
シェリーは拳銃を宙へ放り投げ、レールガンへと変形させる。枝分かれした細長な銃を構えると、ただちに射撃。
蒼の閃光が伸び、銀の心臓に迫る──はずだった。
『ぐぅぇぇぇぁぁぁぇぇぇ』
喉を絞られたような、聞き苦しい歌声が脳内に入り込む。
これは精神干渉か……! クソ、過去に戦ったときから進化してやがる……!
「何、これ……っ! あぁぁっ!!」
「耐えろ! ここは俺たちがやらねば……!」
反射的に耳を塞いでも、脳髄を掻き回すような苦しみには耐えられない。
だが意識が朦朧としだす頃、大きな何かがこちらに迫るのがわかった。
衝突が俺たちの身体から重力を奪い、地へ堕ちていく。
腹部に響く不快感は悲鳴を上げることすら許さない。
このまま落ちる前に、シェリーを受け止めねば……!
ハーピーの歌声はまだ脳内に存在するが、それでも意識を研ぎ澄ました。
「絶対に……死なねえ!!」
再び翼を翻し、空中で転回。シェリーの腕を掴んで胸の中に引き寄せると、飛行速度を一気に落とした。
俺が持ち直したことで、最悪な事態は免れたようだ。つま先から石畳に着地し、シェリーを下ろす。干渉されたせいか彼女は肩を震わすが、唇を噛み締めレールガンのグリップを握り直した。
口部に穴が空いたハーピーも再び街に近づき、俺たちを睨みつける。
シェリーが俺から離れ、銃を構えるが──。
『ぎぃぁぁぁぇぁぇええぁぁああああ』
「ぐっ……またこれかよ!」
「必ず、倒してみせますわ!」
頭が割れんばかりの声量が俺たちを苛む。その干渉は街中の人々や花姫たちにも及び、誰もが耳を塞ぐ。苦しみに耐えきれず、倒れたり悲鳴を上げたりする者まで現れる始末だ。
それでもシェリーは立ち上がり、レールガンを構えるのみだ。けれど、干渉は俺たちを更に追い込む事となる。
ヤツの目が再び光り、羽根が分離。
そして尖鋭な矢と化した今、眼前に再び迫る!
「伏せろ!」
急遽シェリーを押し倒し、全身を覆い被さったときだった。
「標的の補足」
機械的な声と共に、羽根の裂かれる音が干渉を掻き消す。
何事かと顔を上げてみれば、俺たちの前にはヴァルカが立っていた。白の令嬢服を纏う彼女はハルバードを握り締め、ハーピーと対峙する。
「おい、ヴァル──」
俺が彼女の名を呼ぼうとしたときには姿をくらまし、瞬きした頃には上空でハーピーと戦っていた。踵部分から噴射される蒸気が、彼女を羽ばたかせているのだろう。
ヴァルカが斧槍を振り下ろし、怪鳥の首を刎ね飛ばす。生首は赤い弧を描いて床に打ち付けられると、幾分かの肉片を撒き散らした。ここまでが俺がひと呼吸するまでの出来事であり、ハーピーが首無しになった事を受け止めるのに数秒の時間を要した。
首を失った身体も真下に落ち、精神干渉が途切れる。何とか持ち直した俺たちは、真っ先にヤツの胴体目掛けて飛行した。
「アレックスさん、行きますよ!」
「おうよ!」
胴体が着地する前に、長剣を投げ放つ!
後方から射出された閃光は、シェリーの援護射撃だ。剣は光の中に溶け込み、推進力が向上。やがて剣はハーピーの身体を貫き、銀の心臓を粉砕した。
怪鳥が浄化されると、俺の武器はすぐさま落下。剣が床に叩きつけられる寸前、少女の影が俺の前を横切る。
「標的の消失を確認」
「ありがとな。お前のおかげで助かったぜ」
剣を拾ってくれたのは、他ならぬヴァルカだ。先程まで上空にいたはずなのに、もうこの地に降り立っている。
彼女がハルバードにこびりついた血を振り払うと、その武器は縮小化されて手中に収める。どうやら掌に収納ハッチがあるようだ。
不思議な構造に見惚れていと、ヴァルカが話を切り出す。
「フィオーレ周辺の防衛は、私たちにお任せを」
「ありがとう、助かりましたわ」
「それでは、失礼いたします」
ヴァルカは表情一つ変えずに一礼すると、背面の飛行機具で城へ戻った。暫く見届けると、シェリーは両手を重ねて目を瞑る。
「《この世界に奇跡が起こらんことを》」
それは、何度も見てきたミュールの奇跡。色彩豊かな花弁は秋風に揺られ、街中を包み込んだ。彼女の霊術によって静寂を取り戻し、花姫たちは住民のケアに当たる。
「本当の平和が訪れるのは、もう少し先になりそうです」
「俺もそう思うよ」
ハーピーが現れたのは意外だったが、何とか被害は最小限に食い止めた。この国を護るために、俺たちはそろそろ向かわねばならない。
謎の男が待つ、焔の神殿へ。
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