騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第七節 無情

公開日時: 2021年1月28日(木) 12:00
文字数:3,818

 とうとう尾行してしまった。

 仕方ないだろ、好きな女が物憂げな表情で歩いてるのを見たらさ。こっそりと付いて行きたくなるんだよ。


 彼女が向かった先は、桜の木々が両脇に並ぶ遊歩道。この既視感……ついさっき写真で見た場所だろうか。木の破片で造った道を歩くと、彼女は一本の大樹の前で歩みを止める。そして写真通り花々を見上げ、片手を樹の幹にそっと当てていた。まるで狙いすましたかのように、ハート模様の花弁がはらりと舞って美麗だ。


 でもさ、なぜそこまで思い詰めてるんだよ。こうなったら、偶然を装ってでも話しかけてみるか?

 しかし、その作戦はある男の存在によって阻止される。俺が向かおうとした矢先、一人の銀髪男が彼女へ近寄ってきたのだ。


 ああ、もしかして……って、まだ断定するのは早ぇよ! ただの都合のいい関係かもしれないし、むしろそうであってくれ。

 ちょうどいい隠れ場所を見つけたのでそこで身を潜め、盗み聞きに専念する。


「やはりそこにいたか」


 うん? いかにも俺様って感じの低声、どこかで聞いたことが……。

 果たしてこいつは誰だっけか?


 その男の髪は短く、全身を漆黒で包んでいる。ただし確認できるのはあくまで後ろ姿だけで、顔立ちまでは判らない。

 シェリーは彼を見て息を呑むや、訴えるように彼の腕をつかんでいた。


「どうして私からいなくなったの!? ずっと待っていたのに……」

「あのまま一緒にいても、貴様が苦労するだけだ」

「それでも、私はあなたと……」


『いなくなった』? どういうことだ。

 声を震わす女となだめる男。男の方は彼女の頬にそっと触れ、甘いトーンでこう慰める。


「俺には果たさねばならぬことがある。だから、今しばらく耐えてくれ」

「もう嫌よ……私から離れないで……!」


 違う違う違う違う。あんなのただのだ。シェリーが美人なのを良いことに、上手いこと言いくるめて喰ってるだけなんだよ。

 そのためなら、今繰り広げられている抱擁だってフェイクだ。なあ、誰でも良いからそうだと言ってくれよ……。


「今の俺たちは、もうあの頃と違う。だが……例え戻れなくとも、貴様ともう一度……」

「ジャック……」


 ジャック?

 その名を耳にしたとき、ある記憶が脳裏をぎり出した。



『おいおい、本当はその程度じゃねえんだろ?』

『貴様ぁ……!!』


 目の前で跪くのは、左目を掌で押さえる青年。その男は今シェリーと対峙しているヤツとそっくりで、顔からは鮮血が溢れている。

 彼の顔に傷を入れたのは誰か? それは、俺が握る長剣を見れば一目瞭然だ。月明かりで反射する刃からは、赤い雫がポタポタと垂れる。


 まさか、こいつが……?



「――、――――っ」



 えっ。シェリーの嬌声?


 ……って、なに外でイチャついてるんだお前ら!!!! どうしてこんな形で惚れた女のあんな声やこんな声を聞かねばならんのだ!!?

 ああ、畜生! シェリーに手を出す男は総じてクソ野郎で良い!! だいたい、いくら人気ひとけが無いからって此処でヤツがいるか!? しかもまだ外は明るいし、なんで俺はこの光景を見てムラムラしてるんだ?


 いやいや落ち着け俺。こんなところで激昂したってあの二人には届かねえし、見たくないなら見なくて良いんだよ。それに、あいつが本当に好きなヤツと結ばれてればそれで良……いや、やっぱ良くねえ。ったく、あいつらもあいつらで何でもし放題だな。


 ここで身を乗り出して、


「てめえ、俺の女に何しやがる!!」


 なんて言えたら良いんだが。

 シェリーあいつは酒場以外だとあまり相手にしてくれないし、そもそも俺の女じゃねえし。


 はーあ、見てらんねえわ。


 静かにこの場を去ろうと後ろを向いたとき。

 小柄な少女がいつの間にか居て、思わず尻餅をついてしまった。


 誰だ、お前……!?

 そう言いたかったが、ここで声を出せば確実にバレるだろう。


「はーあ。ジャック様には、僕という存在がいるのに……」


 深紅のような髪色でセミロングヘアーの猫耳少女が、甘ったるい声で溜息をついている。

 

 ……こいつに気づかれぬうちに、逃げよう。

 でもその思いは叶わず、彼女はすぐさま俺の腕をつかみ――。



「…………!」



 なんだこいつ、妙に……って、感心してる場合じゃねえよ。俺には好きな女がいるんだ。放せ!

 くそ、がっちり身体を掴んでやがる。別に嬉しくないわけじゃないが、そういうのは頭の中だけで十分なんだよ!!


「お兄様、僕と遊ぼうよ? 今、すっごい寂しいの……」

 俺だって寂しいが、お前には興味ねえ。


「ねえ、いいでしょ?」

 いや、『いいでしょ?』じゃねえよ。全然よくねえよ。てか、俺の手を掴んで何す……



 えっ

 この感触……まさか……。



「お願いっ。どうして離れるの?」


 嘘だろ? 俺のメンタルがあまりにべこべこで『そう錯覚してるだけ』だと思いてえよ。これが夢だろうが現実だろうが、そのから手を離さざるを得ない。

 無理、本当にムリ。うるうるさせたって、どんなにすがったって、絶対に絶対にぜったいにゼッタイに落ちない!!!


 なんせ俺は……。

 男と――



 うあぁぁああああああぁぁぁあああ!!!!!!!!!

 俺が何したってんだよぉぉぉおおおおぉ!!!!!!!!!!!



「待って!!」


 は!? 追いかけてくんな!! しかも無駄に足が速ぇ!!


 遊歩道を飛び出し、城下町へ戻る。

 誰もが俺らの逃走劇を目の当たりにするが、あいつを止めてくれる奴は誰一人いない。


 誰か。

 誰かこのバカを捕まえてくれ。


 どこまで逃げ切れば良い?

 この路地裏に飛び込めば――!



 だが路地裏を抜けた瞬間、茶色でショートヘアの少女が突如視界に入り込む。


「頼む!! どいてくれ!!」

「え?」


 あっ、ダメ!! 止まらねえ!!



「「わぁぁああ!!!!」」



――ドンッ!!


 意図せぬ形で、少女を覆いかぶさってしまう。

 そして身を起こしたとき、ラッキーだかアンラッキーだかわからない所に手が置いてあった。



「きゃあああ!! 何すんだよぉ!!!!」

「ちが……そういうつもりじゃ、ぐはっ!!」



 ビンタの音と痛みが街中にこだましたのは、言うまでもない――。




「はあ……」


 頬がヒリヒリして痛い。俺の顔には今ごろ少女の手形が残っているのだろう。

 せっかくジェイミーから写真を貰ったというのに、あんなのを見ちゃったら妄想どころじゃねえ。

 

 これからどう生きればいいんだ。


 シェリーに男がいて。

 猫耳野郎に絡まれて。

 通りすがりの子にビンタされて。


 せっかく可愛いエルフと出会ったと思ったらこれかよ。

 家に帰る元気すらない俺は、偶然通りがかった公園に向かいベンチに腰掛ける。


 そんなとき、二人の少年少女が俺の前で賑やかに駆け回る。だが未だ幼い彼らは立ち止まると、首を傾げつつ無垢の瞳で俺を見つめてきた。


「おじちゃん、何でそんなところにいるの?」

「知らないおじさんに話し掛けちゃダメってママが言ってたでしょ!」


 やめろ、皆して俺をおじさん呼ばわりするな。今は傷心状態なんだよ、ほっといてくれ。


「でもこのおじちゃん、誰かに殴られたみたいだよ」

「この人はきっと悪いおじさんなのよ。女の人に酷いことをしたんだわ」

「いや、あの……」


 俺が制止しようとするも、彼らの思い込みはとどまる所を知らない。あと『おじさん』って呼ぶのマジでやめてくれ。


「何したんだろう? 誰かを付き纏ったとか?」

「それもあるかもね。あとは、好きな女の人の写真をこっそり持ってたりとか?」


 ぎくっ。こいつらは俺のことを読み取ってるのか? いや、ただの当てずっぽうなんだろうけど随分とピンポイント過ぎる。

 バレないように、バレないように……。彼らが親に俺の話をしたら、この街どころかティトルーズ王国全体に広まっちまう!!


 えっと、お菓子は中に無かったか?

 懐を漁るとき、最もあってはならない出来事が起こる。


 二枚の写真が滑り落ちた。


「あっ!!!」

 思わず声を漏らしてしまったが、子ども達が拾う前に何とか回収に成功……! 彼らは興味津々で俺を覗き込む。


「ねえねえ! 今の写真なーに?」

「ただの風景だ」

「じゃあどうしてそんなに焦ってるの? やっぱり悪いおじさんなの?」


 なんでそうなるんだよ。というか、この二人の親は何処で何してるんだ?


 あー、誰か助けてくれー。

 もう盗撮の教唆きょうさも付き纏いもしないから俺を解放してくれーーー。


 俺がそう願っていると、女性が静かにこちらに近寄ってきた。


「あら、アレックス様?」


 この声は……エレか!? 美しい金髪を揺らす細身の女性は、俺と子どもたちを交互に見つめる。

 ……そうだ、彼女にはしてもらおう。


「エレ、俺が悪かった」

「ええ?」

「お前という良い女がいながら、違う女を目で追っていた俺がバカだった。この通りだ、どうか赦してくれ」


 俺はベンチから立ち上がり、エレの前で深く頭を下げる。もちろんこれは演技だが、面倒ごとを避けるにはこれしか方法が無い。


「……アレックス様がそこまで仰るのでしたら。わたくしも、丁度あなた様とお食事したいと考えていたのです。ですから、顔を上げてくれますか?」


 おお、良い感じに乗ってくれている!

 でも、作戦は子どもがいなくなるまで続けねば。ゆっくりと顔を上げ、申し訳なさそうな顔をしてみせた。


 その直後――。


「わたくしのことを……ずっと考えてくださったんですね。ありがとうなのです」


 彼女が俺を抱き締めたことで、温かな静寂に包まれる。


 いくら演技とはいえ、新緑を彷彿させる香りに卒倒してしまいそうだ。ただ、今はどさくさに紛れて彼女に甘えても良いかもしれない。


 俺は彼女の身体にそっと触れ、もう片方の手で髪を撫で続けた。




(第八節へ)





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