騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
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第二節 意識を彩る燐光 〜首無し騎士の再臨〜

公開日時: 2021年5月9日(日) 12:00
文字数:5,307

「アレックスさんの肉体は今、城内の医務室で横たわっていますわ」


 彼女の口から出た言葉は、心臓が飛び出るような真実だった。


 この果てしない通路で吸血獅子ヴァンレオーネと戦う中、シェリーが助けに来てくれたわけだが──一瞬、彼女が何を言っているのか判らなかった。俺はただ口を開けるしか無くて、何を訊けば良いのかすら判らずにいた。

 シェリーはそんな俺を察したのか、淡々と話を続ける。


「つまり此方は、アレックスさんの意識の中です。もう意識を失ってから一日は経過していますの」


「じゃあ、何故お前は此処にいるんだ?」

「それは、私が霊術を通して意識に飛び込んでいるからです。私の肉体も同じく医務室に置かれている事でしょう」


「……もし俺が死ねば、お前はどうなる?」

「その時は──」



──ゴゴゴゴゴゴ……。



「なんだ、この揺れは!?」


 唐突の激しい縦揺れにバランスを崩しそうになる。俺は真っ先にシェリーの手を掴んで一緒に屈み、彼女の頭を胸にうずめた。無論、俺も頭を下にすることで身を守る。

 地響きを立てて轟かす中、キーンという耳鳴りと頭痛に苛まれる。そうか、俺の意識の中だから直接影響を受けるのか……!

 

 直後、俺達の周囲でガラスを割るような音が一斉に聞こえてきた。寒冷も乾湿も感じられない気候から一変し、やや湿った空気が皮膚に伝わってくる。


 ようやく揺れが収まったとき、俺は恐る恐る頭を上げてみたが──その光景に思わず息を飲んでしまう。


 視界に広がるのは青紫に満ちた空間ではなく、荒れ果てた街だった。灰色の空の下、くすんだ屋根や一部の壁が欠損した建物が多くそびえ立つ。遠くに見えるのは時計塔だろうか。時計の針は二時二十分頃を指しているが、動く様子が全く見られない。

 隣に視線を移せば、尖塔が多く立つ城が過去の威厳を示すように佇む。それは俺達が何度も足を運んだティトルーズ城に酷似し──


 ……うん? ティトルーズ城?

 この景色って、シェリーの目にも映っているのだろうか?


 俺と反対方向を一望し、呆然と立ち尽くす彼女。俺もそこに目線を向けたとき──既視感のある建物が近くにあった。

 黒い屋根と土色のレンガに、長方形の割れた窓ガラス。壁掛けの看板を見て、俺は思わず目を疑った。


「これも、俺の頭の中っていうのかよ……」


 何処からどう見ても此処は城下町フィオーレだ。ずっと愛してきた街がこんなにも荒れているなんて、俄に信じられない。

 シェリーも同じ景色が見えているらしく、悲しそうに景色から顔を背けていた。……片手を胸に当てて。


「アレックスさん……とても、苦労されていたのですね」

「勘違いするな。俺はこんな破滅を望んじゃいない」


「わかっていますわ。ですが、心の傷や悩みがこのように反映される事もあるのです。私ったら、どうして気づけなかったのでしょう……」


「心の傷、か……」

 今でも十分に幸せだと云うのに、何故今更──。



「はっ、魔物の気配!?」



 シェリーが目を見開かせ、周囲を見回す。

 俺も目を瞑って神経を研ぎ澄ませると、遠方から複数の足音を聞き取った。


 この足音は、人間のそれじゃない。

 蹄で地面を踏み鳴らす音だ。


 そして、徐々に近づいている。

 殺意剥き出しのどす黒い気配が。


「……やはりそうか」


 瞼を開けたとき、俺の予想と見事一致。

 首無しの馬に跨る、首無しの騎士──それは、俺が純真な花ピュア・ブロッサム 隊長に任命されてから初めて戦ったデュラハンだ。


 異形の騎士たちは瓦礫を踏み越え、俺たちを囲い出す。自身の生首を片手で抱える騎士たちは、誰もが剣の切先を俺らに向けるのだ。

 ならば俺も同じく大剣に持ち替え、シェリーは両手にマシンガンを構える。


「シェリー、お前はそっちを頼む」

「ええ」


 彼女と示し合った後、俺は地面を蹴って正面へ駆ける。

 向かいのデュラハンらも動くことで、戦いの火蓋が切られた。


 まずは横に薙ぎ払い、馬を分断!

 一度に三体が千切れ、騎乗していた騎士らがあっさりと落ちる。その間にも無数のデュラハンが駆けつけるが、俺は次のせい魔法を詠唱した。


氷柱ギアッツィズモ!」


 奴らの頭上に巨大な魔法陣を展開させたあと、氷柱を雹のように降らせる。落馬した彼らは勿論、後からやってきた連中も見事撃ち抜かれた。というかこれ、凍らせるどころか斬撃だよな……?

 ふと過ぎった疑問はさておき、次々と四方八方からやってくる。時に一・二体ほど接近を許してしまったが、突きの構えを取る事で負傷せずに済んだ。


 面倒だし、清魔法で一気に──

 刹那。デュラハンどもが俺のど近くで陣形を組み、一斉に剣を突き出す!


「よっと!」

 直感でしゃがむ傍ら、右手に魔力を注ぎ込む。


 空振りをした今がチャンスだ。

 全身に魔力が漲る瞬間、俺は呪文を高らかに叫んだ!


氷華ギオゥラ!」

 地面から氷山が生じ、群がる馬の腹部を串刺しにする。貫かれた部位から急速に凍り付くと、騎士も瞬く間に動きを封じられた。


 さて、俺の周りは一通り片付いた。

 酒場ランヘル近くではシェリーが銃声を連ねて華麗に暴れているが、あの大群に対して一人は厳しいだろう。


 俺は援護に回るべく、翼を広げて上空から軍勢を見下ろす。こうして見ると、魔物どもが子蜘蛛に見えるな……。

 彼らに気づかれぬうちに、氷柱ギアッツィズモを詠唱。ある者たちは冷気の刃に突き刺さり、ある者たちは氷の彫刻と化す。熱気に満ちた空気はたちまち冷え、一時いっときの静寂を生んだ。


「とどめはお前に任せていいか?」

「やってみせますわ!」


 珍しくシェリーが威勢よく頷く。良いぞ、戦いにエネルギッシュな女は大好きだ(彼女なら尚更な)。


 彼女は二丁のマシンガンを宙に放り投げた後、そのまま両手を掲げて魔力を銃に注ぎ込む。

 銃が白く輝くと、間に光が伸びて一体化。二叉のように枝分かれする銃器は、これまでに何度も見てきたレールガンだ。


 くるくると回転しながら落下するレールガンを、シェリーは見事にキャッチ。

 彼女は即座に銃口をデュラハン達に向けると、躊躇いも無くトリガーを引いた!


「えぇーーーい!!」


 は!? 閃光が曲がった!?

 いや、これは錯視だ。彼女が身体を回転させることで、曲がったように見えるんだ。しかも一匹残らずぶった切っている!! あと何がとは言わねえが、やっぱ彼女はだ!!


 彼女はこうして驚く俺に気付くわけも無く、元の位置に着地。俺も同じように降り立つと、血のにおいが鼻腔をくぐった。

 ここまですれば、もう俺の出番は無いだろう。こいつらも銀月軍団シルバームーンに召喚された連中じゃないのか、残骸がそのまま存在している。


 ただ、次に迫りくる魔物の気配が俺らに猶予を与えはしないだろう。

 その気配を先に感じ取ったのはシェリーで、彼女は緊迫した様子で声を荒げた。


「アレックスさん、主犯が二体です! それも、以前とは比べ物にならない強さですわよ!」

「何だと!?」


 彼女の言う通り、馬に跨る黒い影が横に二つ並んでいる。一体は剣のようなものを、もう片方は閉じた傘のような長柄を構えている。


 彼らの影が瞬く間に鮮明となり、天へ飛び立つように跳馬! 

 砂埃が飛躍の勢いを物語る中、二体のデュラハンは同時に武器を振り下ろしてきた。


「「っ!!」」

 息を呑む音と、後ろへ跳ぶタイミングが共鳴する。彼らは切先を下ろしたまま着地するも、幸い俺たちの回避は間に合ったようだ。


 偶然にも俺の正面に立つのは長剣の騎士。その刃は普段俺が使ってる剣よりも長く、突きにも適しているだろう。

 対して、シェリーと向き合うのは槍の騎士だ。槍の先端部分は釘で打ち込まれており、何らかの仕込みがあるように思える。


 視線を戻せば、早速剣の騎士が騎乗したまま突進してきた。

 俺は剣身を前に出し、突きをガード。鋭い鉄の音が響き、僅かに俺を後ろにずらした。


 ここで力を込め、剣を振り上げる! 相手の剣撃を弾き飛ばせたが反動は小さい。


「うん?」


 一瞬、腕の中に収まる生首が放り投げられたように見えた。でも、それは何のために?

 いや、見るべきは本体だ! 気が付けば相手はまた構えの姿勢を取り、次の攻撃に移ろうとしている!


 デュラハンの微かな呼吸を感じ取る瞬間、俺は再び剣身で身を守るハメになった。直後、彼は残像が見える速さで幾度も突き立ててくる。その度に火花が散り、剣身が軋みだした。

 こいつ、間髪入れずに攻めてきやがる……! これじゃあ反撃のしようが無いじゃねえか!


 その時、視界の隅で何かがひか


「うあぁっ!!」


 爆風は俺の身体を打ち上げ、後方へ吹き飛ばす。高低差が生じた石畳に背を叩きつけられると、痛みがじわじわと広がってきた。


 何とか上体を起こし、視界の先を見つめてみると──デュラハンの隣には、浮遊する生首が在った。

 もしかしてさっき放り投げたのって、自我を持たせるためか!? あんなデュラハン、今までに見たことがねえよ……!


 生首が口をパクパクと開いて何かを紡ぐが、声が遠くて聞こえやしない。しかしその直後、前方に碧色の魔法陣を展開させた。


 何かがくうを切り裂く音。

 反射的に右腕を顔の前に振りかざすと、骨にまで及ぶ激痛が集中力を削いできた。


「ぬぁあ、ああ……!!」

「アレックスさん!?」


 バカ、なんでよそ見してんだよ!! 腕に矢が刺さるなんて、戦場なら日常茶飯事だ!


「く、来るな……!」


 シェリーは槍の騎士の方を向いたまま、俺の方へ飛躍。

 彼女が両手を広げる瞬間と、槍の先端が開かれる瞬間は偶然にも重なったのだ。


 槍の中に埋め込まれているのは、回転式弾倉。

 それが高速で回り始めた時、シェリーは銃声に負けぬ声量で呪文を詠唱する!


防御壁バリエラ!!」


 もし一瞬でも遅れていたら、俺達は蜂の巣になっていた事だろう。ドーム状の結界は銃弾をはじくも、蜘蛛の巣に似た亀裂を生じさせる。

 その隣では、剣の騎士が操る生首が立て続けに火の弾を連射してきた。


 鉛と熱で結界が崩壊の危機に瀕する中、俺は右腕に突き刺さる矢に視線を移した。

 左手で鏃付近のシャフトを掴み、上に引っ張る。気絶しそうな程の激痛が俺を襲うが、奥歯を食い縛りさらに力を込める。


「ぐぁぁあああ!!!!」

 こうして矢を抜くのには慣れねえな……。腕から血が溢れてるし、まともに動かせやしねえ。


 こうなったら左手で剣を使うか?

 なけなしの脳みそで思考を巡らせていたとき、シェリーは突如俺に寄り添ってきた。


「お前は、力を使うのに集中しろ……!」

「これぐらい並行できなきゃ、あなたのお役に立てませんから!」


 結界は既にボロボロだと云うのに、未だ力が維持されている。その一方で彼女は俺の身体を抱き留め、片手で右腕を握り締めてくるのだ。──意味深い独り言を添えて。



「私の手で、この意識せかいを彩らせてみせます……!」



 言葉に応えるように彼女の手先が光り、右腕の痛みを和らげていく。骨に生じた空洞は埋められ、皮膚はたちまち修復していった。

 加えて、魔力の消費でやや疲労気味だった身体もまた漲り始めている。必需品一つ持ち合わせていない以上、彼女の手助けがそれだけ大きな支えだ。


「ありがとう。後は俺に任せろ」


 俺が立ち上がった頃、とうとう結界は打ち砕かれてしまう。

 だが、ここからが本番だ。


「さあ俺が相手だ。自慢の女に指一本触れさせねえよ」


 大剣から長剣に持ち替え、翼を再び展開。魔力を剣に注ぎ込むと、刃は天色の輝きを見せた。

 親父の力に頼る必要は無い。この先も何かが待っているだろうからな。


 清のオーラが全身を包み込む。

 その時こそが、反撃の時だ!!



「おぉぉおおおぉぉおおぉおおお!!!!!!!」



 俺は翼を活かし、二体の間に向かって突進。

 流石の彼らも目で追えぬのか、一歩も動かぬままだ。


 速度を上げるにつれ、剣に宿る冷気は巨大な刃を具現。

 彼らの手前で右足を軸に据え、横方向に身体を一回転させる!!


 魔力によって巨大化した氷の剣身は、馬はおろか騎士も綺麗に真っ二つとなる。

 体内から吹き出る鮮血は、まさに薔薇のよう。俺達の勝利を祝うかのように、花弁が舞い上がるのだった。


 首無しの馬は斃れ、分断された騎士の身体が瓦礫の上に打ち捨てられる。

 今度こそ、辺りには誰もいない。気配すら感じられない。……ならば、だろう。どうせ強敵に殺されてしまうのなら。


「……アレックスさん」


 鼓膜をくすぐる足音。彼女の気配が近づくにつれ、胸の鼓動が高鳴る。……いや、ここで尻込んではダメだ。


 彼女が手を絡めてくる。予想通りだ。

 大きな碧眼に目線を送った直後、俺は細い身体を抱き寄せ──


「あ……っ!」


 舌で小さな口をこじ開け、執拗に絡ませる。必然的に身体の奥が熱くなった俺は、衝動に委ねてシェリーの身体に妖しく触れる。彼女の息はだんだんと荒くなり、ついに甘い声が漏れるようになった。


 そうだよ、ずっとその声が聞きたかった。

 此処が俺の意識とはいえ、目の前には本当に彼女がいるんだ。次の敵が来るまで、少しご褒美と洒落込もうじゃないか。


 感極まった頃に唇を離せば、シェリーが瞳に涙を溜めて俺を見上げる。乙女色の唇が唾液で潤うせいで、色香をさらに引き立たせた。

 彼女は唇を薄く開け、指先で俺の胸元をなぞる。そして、艶かしくも掠れた声で俺にこう甘えてきたのだ。



「少しだけ、あちらに寄りませんか……?」



 目線の先にあるのは、俺と彼女が初めて会ったランヘルだ。

 師匠マスターの店ゆえに少し気が引けたが──それが俺らの秘密を阻む理由には決して成り得なかった。




(第三節へ)






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