騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第四節 愛、花火の如く

公開日時: 2021年6月29日(火) 12:00
文字数:3,970

「あれは……?」


 浴衣姿のシェリーと共にあずまの国の露店を回っていると、銃器を構える少年がいた。彼の向かいには、小物が並ぶ棚。銃口で睨むも、その木造のライフルは本物と違ってやや緊迫感に欠けるものだ。

 少年がトリガーを引いた瞬間、何かが軽い音を立ててブリキ製の人形を揺らす。直後、彼は「うーん」とうなだれた。


「惜しい! また遊びに来てくれ!」

 隣には、体格が良く朗らかそうな好青年。少年は静かにライフルを置いたあと、青年に向けて手を振ってから去った。


「私、ちょっとやってみますね」

 この屋台が、ガンナーの好奇心をくすぐったようだ。彼女が青年に硬貨を手渡すと、すぐさまライフルを構えだす。


 シェリーが狙うのは、子ペンギンのぬいぐるみだ。銃口が愛らしい人形を捉えたとき、喧騒が一気に静まった。青年はシェリーから気迫を察したようで、腕を組んだまま立ち尽くす。戦闘さながらの佇まいは、最も身近で見てきた自分だからこそ近づく事など許されなかった。



 引き金に熱を込め──

 銃弾が放たれる!



 真っ直ぐに飛ぶ、樹皮の弾丸。それはペンギンの頭部に当たり、棚からを見事突き落とした。

 周囲は歓声と拍手に包み込まれ、誰もがシェリーを褒め称える。そこには先程の少年も居たようで、もはや美しき銃士の虜だった。


「お姉ちゃん、まさか本物の……!?」

「いえ、ただの通りすがりですわ」


 何故だろうか。あのライフルは玩具フェイクに過ぎないのに、彼女がグリップを握ればまるで実物リアルそのものだ。これで頭を狙われたら、本当にぱっくり割れてしまうのではと思う程……。


「やるじゃねえか、べっぴんさん! また来てくれよな!」

「ええ、とても楽しかったです!」


 青年は感激する傍ら、ぬいぐるみを麻袋に入れてシェリーに手渡す。彼女が俺の所へ戻ると、周囲は姿が見えなくなるまで目で追い続けた。祖国の連中と違って何も言ってこないが、称賛の意だけは伝わってくる。

 こんな良い女の彼氏で良かった。綺麗で優しいし、射撃なら右に出る者がいない。


 俺は彼女から袋を預かり、手を繋いだまま屋台を去った。



 もうすぐ打ち上げの時間だろう。花火の宴が開かれる場所へ向かう中、シェリーが小声で俺に話し掛けてきた。


「実は、先ほどの射的でちょっと霊力ちからを使いましたの。『コルクでは難しい』と思いまして」

「そんな風には見えなかったよ」


 見かけはライフルにそっくりだが、銃弾が鉛や魔法じゃないとなると当然扱いが変わってくる。そこでシェリーは、臨機応変として霊力を駆使したのだろう。もしあのまま遊び続けたら、全ての景品を掻っ攫う勢いで撃ち抜きそうだな。


 そんな雑談に花を咲かせつつ、ふと絡めた互いの手に視線を移す。知り合いがいない場所だからこそ、例え汗ばもうと手放したくない。人々は俺らを見るどころか、同じように手を繋ぐカップルが沢山いるんだ。周りに気に留めず、誰もが少し先の未来に心を躍らせているらしい。


「あ、良さそうな場所を見つけましたわ」

「よし、此処にしよう」


 期待の声でざわめく中、ようやく位置を確保する。シェリーの声は雑踏に掻き消されそうで、聞き取るのに精一杯だ。腕時計を確認すれば、もうすぐ例の時間が近い。俺達は自然と口を結び、この群青色の空を眺める事にした。


 その時、西の方角から重厚な鐘が鳴り響く。一斉の静寂が俺の心を締め付け、宴の始まりを示していた。


 俺含め、誰もが空を見上げた刹那。



 紅の蕾が天に昇り──

 爆音と共に牡丹ぼたんを咲かす。



 しかしその花は咲いたかと思いきや、一瞬にしてと散っていった。


 夜空に芽生えた蕾は橙・紫・青と続き、弾けた音を鳴らして咲き誇る。


 誰もが感嘆の声を上げるなか、俺は何も言えずにいた。


 美しいのに、儚い──。

 俺とシェリーの関係も、いつかはあのように散ってしまうのだろうか。


 不安を誤魔化すように、恋人の手を更に強く握り締める。すると彼女は、俺ですら折れそうな力で握り返してきた。


 ふと横を見れば、彼女の頬には雫が伝っている。生ぬるい微風そよかぜが、照らされる髪と紺の花飾りを揺らした。

 俺は敢えて声を掛けることなく、もう一度空を見上げてみる。


 これだけの人だかりなのに、誰の声も聞こえない。もはや弦の旋律すら聞こえてこない。俺の聴覚みみは、火薬の弾ける音だけを捉えていた。


 再び鮮やかな花火が見えたと思いきや、金色に輝く無数の筋がゆっくりと枝垂しだれる。まるで、俺たちの心に切なさを落とし込まれたかのようだ。


 それでも花々は、最後まで咲き誇ろうとする。


 続いて天に昇るは、一筋の白い光。

 数本の彗星が流れた直後、蛍のように揺らめき始めた。


 その蛍たちが三度に渡って飛び回ると、再び牡丹が何輪も咲き出した。花畑と化した天の川は、見る者たちの脳裏に焼き付いた事だろう。


 打ち上げる間隔はたちまち短くなり、極彩色の世界を創り上げていく──。


 ティトルーズ王国でもこのような宴が無いわけではない。けれど、此処の花火は格別だ。なんせ『浴衣を着て眺める』という風習が、国を超えて有名になる程だから。もし俺が事前に把握しておかなければ、こんな美しい世界に恋焦がれる事は無かったはず。

 この瞬間があまりに嬉しくて、左隣に立つ彼女に囁いた。


「シェリー、この景色をお前と一緒に見たかった」

「はい、私も同じように思っておりました。……この先、いかなる困難が訪れようと、この花火のように誇らしくありたいですわ


 静かで、しかし力強い言葉は、俺の目頭を熱くさせた。

 滲む視界を誤魔化すべく、顔を上げて閉幕の刹那を見届ける。


「アレックスさん……泣いてますか?」

「泣いてなんかいねえ。眩しいだけだ」


 そう言ったはずなのに、彼女は自身の左腕にしがみつく。

 俺の皮膚がほんのりと濡れたのは、決して気のせいではなかった──。



 人々が離れる様は、現実へ引き戻すかのようだ。

 夜空は既に無を描く。それなのに、弾けた残響と火花の残像が未だ脳を駆け巡るのだ。

 その余韻が俺の足を引き留める中、シェリーが声を掛けてくる。


「そろそろ行きましょうか」

「……そうだな」


 もっと此処にいたいが、仕方あるまい。我儘を平静の下に隠し、俺達も雑踏に紛れ込んだ。


 異国情緒溢れる街並みは、ほんのりと路を照らす。先程の賑やかさと打って変わって、何処と無く閑寂を物語っていた。

 やがて押し寄せる群衆と共に駅のホームへ向かい、木造の屋根の下で蒸気機関車を待つ。程無くして汽笛が聞こえてくると、俺達は手を繋いだまま座席に腰を下ろした。



 東の国を離れ、機関車に揺られる最中さなか。俺は、漆黒に瞬く星々をシェリーと共に眺めた。


「綺麗ですわね……」

「ああ」

 向かいに座る彼女が溜息を漏らし、俺に視線を注ぐ。俺も同じように彼女を見つめると、願ってもない頼み事が舞い込んだ。


「あの……良かったら、泊まりに来てくれませんか? あなたとゆっくりお風呂に入りたいんです」

「良いさ。お前の背中洗うよ」

「ありがとうございます。……、何も考えたくなくて」


『今日だけは』。

 シェリーは、ずっとずっと考えていたのだろう。


 銀月軍団シルバームーンに、霊力の事。

 そして──ミュール島の事。


 彼女は俺の何十倍も、色々考えていたに違いない。俺が傍にいる事で気休めになるのなら、どんな事でもしてあげたかった。


「明日は、とびきり美味しい朝食を作りますから!」

「嬉しいけど、無理するなよ。味は劣るが、俺でさえ良けりゃ作るぞ」

「いいえ、あなたにお手を煩わせるような事は……! ……ふあぁ」


 何だよ、シェリーのヤツ……随分と疲れてるじゃねえか。まあ良い。もしこいつが起きなかったら、俺が作ってやれば良いんだ。

 それから到着までの間、シェリーは首を垂れて眠りにつく。俺は彼女が壁に頭をぶつけぬよう隣に回ると、頭をそっと肩に付けさせてやった。






「アレックスさん、今日はお疲れ様でした」

「お前もな」


 シェリーの家に辿り着いた後、一緒に泡だらけの湯船に浸かる。あれだけ水を恐れていたのが嘘のように、彼女は狭い湯船の中で終始微笑んでくれた。

 汗を洗い流した俺たちはベッドで横たわり、優しく抱き締め合う。持ち帰ったペンギンのぬいぐるみは、近くの棚で俺達を見守ってくれた。


「いつか、あなたと一緒に暮らしたい」

「俺もだよ」


 柔らかな声音が可愛い余り、小さな頭に手を伸ばしてしまう。心地よい感触を掌で味わいながら、俺は話を続けた。


「やっぱりさ、俺らの関係を隊員みんなに話さないか? 勘違いさせたまま(彼女らと)一緒にいるのは、本人たちの為じゃない」

「……………」


 視線を落とし、無言を貫くシェリー。彼女にとって不本意かもしれないが、どうしても伝えたいんだ。例えこの関係が、花姫フィオラたちを傷つけることになっても──。

 そんな中、シェリーはどんな答えを口にしたのか。それは、まさに彼女らしい考えだった。


「……どうしても、皆さんとの関係が気になってしまうんです。マリアとアイリーンさんは察してくれていますが、他の皆さんに知られたらきっと──」

「彼女らは、俺らを見て態度を変えるような連中なのか? 俺は……違うと思いたい」


「ですが……私自身が、怖いんです。皆さんと過ごしてきた日々が、一気に崩れ落ちてしまうのでは、と……」

「…………判った。だけど、これだけは約束してくれ。もし皆に知られた時は、一緒にきちんと謝ろう」

「はい……!」


 小指をシェリーに突き出すと、彼女も同様に差し出してくる。それは駅に向かったときのように、花火を見たときのように、自然と絡み合った。

 小指同士でギュッと掴み合うと、彼女の力が一気に抜けて腕がシーツへ垂れる。


「ふにゅ……」


 恋人は気の抜けた声を発し、瞼を閉ざす。

 俺はシェリーの瞼にそっとキスした後も、蒼く流れる髪を撫で続けた。



「……愛してるぞ、シェリー。何度死のうと、何度生まれ変わろうと」



 大丈夫だ。俺達の幸せはずっとずっと続く。

 互いが、互いを想い続ける限りな──。






(第九章へ)






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