騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第四節 残念メイドと凛々しきマスター

公開日時: 2021年2月5日(金) 12:00
文字数:4,168

・クローシュ:食べ物をカバーする銀色のフタ

 俺がシェリーに撃たれてから数日後。痛みは殆ど無いし、この日は何となく良いことがありそうな予感がした。

 昼頃までベッドの上で本を読んでいると、白衣を纏う一人の魔術師――すなわち医者が医務室にやってくる。アイリーンは既に復帰しているため、この白い部屋にいるのは俺と彼だけだ。医者は包帯をほどき、俺の身体に刻まれた傷跡を眺める。彼の頬の筋肉がみるみるうちに緩んだあと、「うん、もう大丈夫」とローブを着せてくれた。


「療養中は珍しく魔物が現れなかったし、貴方は幸運の持ち主ですね。それとも、美しい女神たちに囲まれているおかげでしょうか」

「おいおい、そんな冗談はよしてくれ。全部偶然だって」

「本当にそうですかね? いずれにせよ、無茶だけはしないでくださいね。大事な役目を担っているのですから」


 そう言って医者は背を向けるが、何かを思い出したように「ああ」と付け加えて振り向く。


「両陛下とマスターがお呼びです。ゆっくりで構いませんから、昼食後にお越しください。どうぞお大事に」

「わかった、どうもありがとう」


 医者が今度こそ去る中、俺は思考を巡らせていた。

 マリアたちとアイリーン――此処で言うマスターはメイド長を指す――が、俺にどんな用があるというのだろう。


 少しすると、丸トレーを持った執事が部屋に入り、ベッド脇のテーブルに置いてくれた。彼がクローシュを開ければ、野菜の切り身が載ったグラタンとスープから湯気が昇る。

 俺は「いただきます」と両手を重ね、スプーンでそれらを食すことにした。




 昼食を終えたあと、まずは両陛下に謁見して頂く。お呼ばれした場所はなぜか宝物庫ほうもつこだ。あらゆる武器を貯蔵する広い部屋の中で彼らとその護衛がお立ちになっている。片膝をついて挨拶をすれば、ルドルフ殿下が歩み寄られた。


「ヴァンツォ殿、来てくれてありがとう。君の武器には、ちょっと手を加えておいたよ」

「『改造』……ということですか?」


「ええ。無の魔法を刃に込めておいたの。シェリーのように飛び道具は使えないけど、肉弾戦に不向きな相手も斬れるわ。魔法を弾き飛ばせるようにしてあるしね」


 マリアが付け加えると、クロエが長剣を両手で抱えたまま近づく。彼女は俺と目線を合わせ、鞘に収まる剣を「お確かめください」と俺に差し出してきた。

 彼女から剣を受け取り、鞘から引き出してみる。研磨された刃に汚れ一つない鍔と、療養中に手入れしてくれたのが窺えた。


「せっかくだし、試してもらおうか。クロエ、頼んで良いか?」

「はい。それでは隊長、私が魔法を撃つのでその剣で防いでください」

「よし、やってみるぜ」


 俺とクロエが向かい合う形で立つと、周囲の人々が離れた。いくら広いとはいえ流れ弾が貴重品に当たらないか不安だが、そこは王室の者ということで信じよう。


 拳を構える姿はアイリーンにそっくりだ。まさか彼女も武闘に長けているとか?

 しかし、次の行動は俺の予想を遥かに上回るものだった。


風の炸裂ヴェスプローレ!」


 クロエが回転蹴りと共に放ってきたのは、下級のじゅ魔法だ。一気に距離を詰めてくるのに対し、俺は後方へ回避。直後に翠色の炸裂弾が三つ飛んできたが、それらを全て剣で切り裂く。


「「おお……!!」」


 護衛たちから聞こえる歓声は、俺の感嘆を代弁してくれた。確かに今までは同じことをしても意味を為さなかったが、これなら魔法をぶつけられてもある程度は対応できるだろう。

 彼女が戦闘態勢を解いたので俺もそれに合わせると、体格の良い護衛が大剣を差し出してきた。彼から大剣を受け取り、いつも通り背負ってみせる。


「その剣にも同じ効果を施している。魔法が使えない分苦労すると思うが、魔法しか効かない敵にも対応できるはずだよ」

「感謝いたします」


「それでは隊長。私がマスターの元へご案内いたします」

 こうして宝物庫で武器を受け取ったあと、クロエと一緒にアイリーンのいる部屋へ向かった。



 クロエ曰く、アイリーンは応接間にいるらしい。応接間といえば、初戦の翌日に彼女が色々説明してくれた場所だ。廊下で移動する中、初めて彼女と会ったときのような沈黙が流れ出す。睨まれるのは趣味じゃないので今度こそ無言で歩いていたが、突如クロエがぶつぶつと呟き始めた。


「警戒しなきゃ警戒しなきゃ警戒しなきゃ警戒しなきゃ警戒しなきゃ警戒しなきゃ警戒しなきゃ」

「……どうした?」

 俺が尋ねると、彼女はゴミを見るような目でこう答える。


「どうしたも何も、マスターが隊長のような男に襲われたらと思うと仕事が手につきません。マスターは、浮気した恋人を階段から突き落とすほど強い女性です。でも本当はとても乙女で、プライベートでも甲斐甲斐しいお方なんです。この間も雨の中で仕事していたら、マスターが手拭いで私の頭を拭いてく――」


「ちょっと待て。途中から惚気話になってるぞ」

「黙ってくださいこのスケベ隊長」


 おいおい、なんで俺が罵倒されなきゃいけないんだ? つか、こんなヤツを王室に置いて大丈夫なのか? 疑問符が頭の中で埋め尽くされていると、クロエが立て続けに話す。


「良いですか? マスターこそが我が国の女神であって、貴方のように下心も腰に下げる男とは不釣り合いなのです。そもそも、あの御方に近づく男全てが銀月軍団シルバームーンの魔物と同等の存在ですからね。貴方も魔族ですから、いつ暴走してマスターを襲うか気が気でなりません。ああ! あと陛下が万が一頭を打ったときに備えなくては! 今の陛下はお嬢様にお熱ですが、何かの間違いでマスターにあんなことやこんなことをしたときはワイングラスで後ろから頭を――」


「もういいわ、クロエ」

 後ろから歩いてきたのは、まさにアイリーンだった。クロエはマスターを見るや、目を見開いて片膝をつく。


「これは失礼いたしました! マスター、本日お仕置きを受ける覚悟はできております」

「さて隊長、後は自分についてきてください」

「おう、来てくれて助かったよ」


「それから貴女は庭の掃除をお願い。もうすぐ陛下が茶をお飲みになる頃だから」

「はっ!」

 ようやくあの残念メイドが消えると、アイリーンは歩きながら俺に話しかけてきた。


「ごめんなさいね。クロエったらが大好きで。次期マスターに相応しいくらい、よく出来る子なんだけど」

「どこからツッコめば良いのかわからん」


 まさかアイリーンもそのご褒美とやらに付き合ってるのか? もしかしてこの二人もそういう――

 そんな良からぬことを考えていた矢先、目的の部屋に辿り着いてしまった。とっとと忘れて用件に専念しよう……。



「それで、話って何だ?」同じく正面のソファーに腰掛けるアイリーンに尋ねてみた。

「以前、殿下が医務室でお見えになったときの言葉、疑問に思わない?」


『どうか、シェリー殿を上手く制御してやってほしい』


 あの時、殿下は『一緒に居ればいずれわかる』なんて仰っていたが、今も全然わからないんだよな。彼女は機械人形オートマタ――機械で造られた人間のこと――じゃないはずだし。


「惚れた女が何言われても気にしないヤツはいない」

「そうよね。……あのお方、執着しているの」

「『ずっと』?」

「ええ。ちょうど自分が着任した頃の出来事です」



 マリアとシェリーが七歳だった頃。かつては、殿下のご令妹であるルーシェ様と三人でよく遊んでいたそうだ。


 しかし、その日常はある日を境に崩壊した。

 城内のプールで遊んでいると、シェリーが『邪神に足を掴まれた』かのように溺れてしまう。水中に呑まれた彼女は絶命寸前なはずなのに、たま取られたのは――ルーシェのほうだった。


 当然ながら例のプールは閉鎖。以来、殿下はシェリーをあまり良く思っていないらしい。



「ですから、あの子は『ルーシェお嬢様を殺したのは自分だ』と今も自責されています」

「……信じられんな。此処はまともな神がいればイカれたヤツも平然と過ごしてる。そういう世界なんだし、神の気まぐれに決まってるだろ。大事な家族を失った気持ちはわかるけど、憎んだって還ってこねえんだよ」


「“制御という目的で接触すること”は、本望ではございません。彼女も人の子ですから、どうか……」

「わかってる。まだシェリーちゃんとそんなに仲が良いワケじゃないが、俺が酷い目に遭うより嫌なんだよ」


 とりあえずテーブルに置かれた紅茶を飲んで、心を落ち着けることにした。アイリーンは他にも話があるようで、淡々と言葉を続ける。


「あの事件が起きたのは、ちょうど自分が十五歳になった頃。しばらくはお嬢様に寄り添い、何度も『貴女のせいじゃない』とお伝えしました」


「成人して間もなくってか……大変だな」

「そうでもありません。あるじとそのご友人を大切にするのは、我が家系の掟でもございますから。また、陛下とお嬢様は、偶然にもがいません。ですから自分は今日こんにちまで彼女らの姉として接することもあります」


 碧眼の奥から情熱が伝わってくる。確かにこんな人が側近かつ義姉あねなら、陛下としては頼もしいよな。


「……俺の兄貴もそんなヤツなら良かったんだが」

「ヘンリー様のことですか」

「そうそう。力目当てだか何だか知らんけど、魔界から急にいなくなってさ。ああいうとこは母親に似てるんだよ」


「大悪魔と夢魔から生まれた御子息は、さぞかし強大なことでしょうね。もちろん貴方も」

「だと良いけど、俺はそこまで権力とかにこだわっちゃいないよ」

「それなら、尚更大丈夫ね」

「何が?」


 俺が尋ねると、アイリーンは「流石にわかるでしょ」と薄く笑う。なんだろ、この人からは魔性な雰囲気を感じるんだよな。掴みどころがないっていうか。俺自身の話をすれば、彼女も心を開いてくれるだろうか?


「ところでさ。俺、記憶が一部抜けてるっぽいんだよね。同じ夢を何度も見るんだけど、それが本物の記憶に見えてね」

「それはいつから?」

「こっちに帰る準備をしてから」


 指を顎に当て、しばらく考え込むアイリーン。

 だが彼女が口を開こうとしたとき、ズボンのポケットに入れた通信機が震え出した。それは彼女の端末も同じようで、ほぼ同時に連絡事項メッセージを確認する。


<アルタ川付近でグリフォンが現れたわ。みんな、直ちに出現して>


 あの大川たいせん近くで怪鳥が……!? あそこで波が起きたら大変なことになるぞ!!


「アイリーン!」

「わかってるわ!」


 俺たちは立ち上がり、駆け足でエントランスへと向かっていった。




(第五節へ)





◆クロエ(Chroé)

・外見

髪:暗緑色に近い黒/輪のように括った三つ編み

瞳:柘榴ざくろ色/切れ長

体格:身長155センチ/B83

備考:羽耳

・種族・年齢:鳥人/不明

・職業:王室メイド

・攻撃手段:武闘魔術


※ 武術と魔術を合わせた技法。


読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート