騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第七節 埋め込まれた脅威

公開日時: 2021年5月3日(月) 12:00
文字数:3,538

【前回のあらすじ】

 純真な花ピュア・ブロッサムは、エレの妹ヒイラギが居るとされるガルティエの遺跡に到着。あらゆるアンデッドたちを葬りつつ、探索を続けた彼女らは謎の魔物ケセランパサランに遭遇。その魔物に導かれて石門に着いたものの、蔦の魔物が行く手を阻んだ。

 いかなる脅威が訪れようと、花姫フィオラたちは戦う。心の闇に身を委ねたエルフを救うために。

「……何が何でも通さねえってか」


 柱と柱の間に存在する結界。それらを覆い尽くすように蔦が張り巡らされ、複数の眼が見開かれた。なかでも結界の中心に埋め込まれた大きな単眼は、俺らを見張るように瞳孔を不気味に動かす。


 そして──

 全ての目玉は瞳孔を赤く灯らせ、閃光を一斉に降り注いだ。


「避けろっ!!」


 俺たちは一斉に跳び上がり、僅かな隙間を縫って光線の巣を回避。俺はそのまま地面に飛び込んで腹這いになったが、背後ではアンナの呻き声が聞こえてきた。


「い、た……っ!」

「アンナ! 今回復するわ!」


 声を上げ、湿った土の上を駆けるシェリー。その間、閃光が消えたのを良いことに俺は立ち上がる。

 しかし──


「「きゃぁぁあぁあぁあ!!!!」」


 地中から突如現れた枝の塊が、彼女らの身体を高く打ち上げたのだ。その瞬間、目玉たちの瞳孔が再び光り、葉のような弾が乱射される。


 彼女らの元へ羽ばたこうとした時。

 正面から来る碧色の影は、高速で宙へ舞い上がる。


「ていっ!!」


 上空から降り注ぐ矢の雨が、葉の形をした弾を全て打ち砕く。その矢は俺たちの元へ落ちるも、当たらぬように弧を描いて着地。普通の魔法とは違う現象に感心しつつも、蔦の壁を崩す事に集中した。


 まずは、自身の正面にある目玉から潰そう。地面を蹴ってそのまま前進──とは行かず、地面が微かに揺れ動くのを感知。そこから枝が打ち上げられる瞬間、俺は反対方向へステップした。

 今度は俺がステップした箇所で振動が起きる。そのたびに発生源とは反対方向へ移りつつ、目玉との距離を徐々に詰めた。今頃、背後では枝が茨のように乱立している事だろう。


 一メートルにも満たない距離。

 じゅ魔法を繰り出す前に、切先で眼球を貫いた!


──ギァァァアアァァ……。

 目玉が白い肉片を撒き散らし、もやとして掻き消える。

 その隣では、アイリーンがげつ魔法を詠唱していた。


黒霧ニィロビィア!」


 突き出した両手から黒い霧が生まれ、目玉達を包み込む。すると一時的に盲目になったのか、彼らの焦点が定まらなくなった。


 その反対側では、マリアがえん魔法で蔓を焦がしている。次々と蔓が襲いかかるも、彼女の凛とした佇まいに触れた存在モノは一つもいなかった。

 ……が、後ろから迫りくる蔓に気がついていないようだ。俺は翼を広げて一気に近づき、長剣で無数の軌道を描く!


──バシュバシュバシッ。

 小気味良い音と共に蔓が切れると、マリアがようやく振り向いてくれた。


「後ろには気を配れ」

「う、うるさいわね! 魔力を使うのに集中してたのよっ!」


 ……こんな時にツンデレかよ。別にそういう女は嫌いじゃねえけど。

 この素直になれない魔術師は勿論、俺とアイリーンの三人は片っ端から目玉を攻撃。仕掛けるならロクに反撃できない今がチャンスだ。


 一方で、連なる銃声が肉を裂く音と調和ハーモニーを成す。黒霧が壁全体に影響を及ぼしたおかげで、シェリーも順調に処理できたみたいだな。今のところ彼女のフォローは不要だろう。


「隙ありっ!!」


 先ほど魔法で背を焼かれたアンナだが、今ではすっかり快調の様子だ。

 アンナは両手で大剣を握り締めたまま、結界へ突進。葉の弾幕が彼女を囲うも、持ち前の身軽さを活かして躱す。そのたびにスカートの裾がひらひらと揺らめくさまは、まるで舞姫のようで美しい。


 彼女が親玉に近づいた刹那、蔦の壁からは木肌が露出。そこから伸びた両手の指は極めて太く、人間一人を掴める程の掌がアンナに迫った。

 危険を察知した俺がすぐに飛び立つと、蔦の壁もその分高く建つらしい。だが俺はその壁の存在を捨て置き、右手を親玉の手に向けてせい魔法を詠唱する。


氷撃ギアッツォ!」


 右手に冷気が宿り、雪の結晶に似た紋章が甲に浮かぶ。掌から生じた氷の球体は、ボールと同じくらいの大きさだ。それを真下へ放つと、流星のような速さで木肌の片手に着弾。

 粉々に割れた球からは白煙が溢れ出し、根元から指先へと急速に凍らせた。


 その隙に長剣から大剣に持ち替え、もう片方の手に向かって急降下。極めて硬質な皮膚の中に切先が食い込むが、魔物は激痛に悶絶しているようだ。

 着地した俺はその大剣の柄を強く握り締め、後ろへ引っ張る。剣を引き抜くと甲に大きな穴が生じ、そこから琥珀色の樹液が鮮血のように溢れ出した。


「とどめっ!!」

 未だ子どもらしさが残る高い声──それを発したのはアンナだ。


 彼女は剣を軽やかに振り上げ、回転するように跳躍。

 親玉の瞳孔には、縦に走る傷が刻まれた。


 だがその直後。

 傷口から烏色の花弁を大量に噴出させるそいつは、クワッと見開いたのだ。


「みんな! 飛んで!!」


 自身の周囲に起きた事よりも、マリアの疾呼しっこに気づく方が速かった。

 俺たちは一斉に飛躍し、三メートル程離れた高さから地面を見下ろす。


 俺たちが居た場所には、巨大な魔法陣が描かれている。

 それが銀色に光った瞬間、激しく横に揺れて地面に亀裂が走った。


 地面は爆音と共に崩れ落ち、魔法陣が存在した場所そのものに穴が開く。生物の気配すら感じないそこは、まさに深淵への入口とも云えるだろう。

 その深淵から伸びるのは、青白い肌を持つ手たち。長い白髪を垂れ流す彼らは、呻き声を上げながら俺たちを求めた。


「シェリー! エレ! 詠唱が終わるまでの間、時間を稼いでちょうだい!! 他の皆は迫ってくる奴らを始末して!」

「おうよ!」


 俺に続いて、花姫フィオラの誰もが率直に応える。シェリーとエレは穴の真上へ、他はマリアを囲むように周囲に注意を凝らした。


 蔓が襲い掛かる事はあれど、先程と比べて勢いが落ちているらしい。引き続き油断ならないが、次──ヒイラギとの戦い──に備えて余力を残す事にした。特にアイリーンやアンナの援護は、とても心強いものだ。


 そんな中、シェリーは拳銃から光弾発射器に切り替えたようだ。細長いフォルムを肩に添えてゾンビどもに狙いを定めると、真っ先に引鉄を引く。

 巨大な光弾を数発放つ反動で、彼女の身体が少し後ろへ引っ張られた。着弾すると同時に眩い光を放ち、腕や頭部が無残に飛び散っていくのだ。


 エレも弓を構えることで援護する。彼女が天に放った一本の矢は雲海を突破。……と思いきや、大量の矢が隙間なく降り、次々と頭を突き刺す。知能を失ったゾンビなら、エレがフェイントを仕掛けた事に気づくわけが無かろう。

 ただ、それでゾンビが滅ぶわけではない。むしろ蟲のように湧き出す一方で、シェリーの魔力やエレの矢が底を突くのが先であることは明白だ。


「くそ、何度も湧きやがって……」


 ……それがエレの独白と認識するのに、僅かの時間を要した。何故なら普段とは違って声にドスが利いており、殺意が確実に伝わってきたから。

 いくらマリアの呪文詠唱に時間が掛かるとは云え、苛立つのも無理もない。シェリーも幼馴染に呼び掛けるのだが、その声音には焦燥が窺えた。


「マリア! 早く……!!」

「もう少しよ!」


 マリアの方をふと見れば、先端の水晶からは既に緋色の光が漏れ出している。

 準備が整ったのか、詠唱を終えた彼女はついに杖を掲げた。


焔龍フォラゴルシモ!!!」


 彼女が高らかに叫ぶと、灰色の空から三体の龍が一斉に現れる。いずれも魔物としてよく見かける二足歩行のそれでは無く、蛇のような胴に四本の脚が生えたようなものだ。

 龍は螺旋を描くように旋回。一体は大穴へ、うち二体は蔦の壁へと降下して絡みついた。龍の身体は炎幕に変わり、石をも焦がし尽くす。苦痛に悶えるのはゾンビのみならず、結界に埋め込まれた目玉も例外では無かった。


 ついには結界も溶け出し、紫の液体が土の上へと流れ込む。やや意外な形で魔物どころか結界を解き放ったが、淀んだ空気が少し和らいだのは確かだ。

 高くそびえ立つ蔓の壁も嘘のように焼失した今、両脇で佇む二本の石柱だけが残った。


「さあ、入りましょ」


 女王の掛け声で一斉に門をくぐり、次の場所に着地する。光沢を見せる石畳の中央には、一体のわしを模った神像が在った。両翼を広げ、鋭い眼差しで俺たちを睨むその佇まいは、今にも具現化して襲ってきそうである。


「此方こそが、わたくし達にとっての聖地。アーキュラ様はいつもこの場所から見守ってるのです」

「さしづめ、リヴィの神ってとこだよな」

「はい」


 直後。


 左上から右下へと流れる軌道は、御神体を容赦なく切断。斜めに分断された鷲の上部は、鈍い音を立てて石床に叩きつけられた。『祟る』だの何だのと考える前に、その先にある邪悪な気配が雑念を掻き消した。


 その存在が誰かは、もはや言うまでもない。



「来ると思っていたさ。純真な花ピュア・ブロッサムの連中よ」



 濡烏色ぬれがらすいろの長髪を真っ直ぐに伸ばし、優雅に靡かせる女エルフ。椛を散りばめた黒紅の和服は、以前見掛けた時の認識とたがいは無かった。

 彼女は刀の切先を此方に向け、紅色の唇を綻ばせる。



 ──まるで、血縁あねと死に別れる覚悟を決めたかのように。




(第八節へ)






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