騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第四節 曲刀使いの漢

公開日時: 2021年8月18日(水) 12:00
文字数:4,056

 シェリーの家で泊まった翌日。俺たち純真な花ピュア・ブロッサムは朝早くから隣町ブリガの中心部に降り立ち、派遣された防衛部隊の者と合流。そこにいたのは、濃紺な髪を揺らす青年ステファンだった。


「これは先輩と陛下……! おはようございやす!」

蜥蜴男リザードマンが蔓延ってるんだって? 俺たちも手伝いに来たぜ」

「ありがたいっす。僕も『どうしたものか』と困ってたんすよ。……ってあれ? 純真な花って四人でしたっけ?」


「シェリー様は都合により出撃できないのです。でも、後はわたくし達にお任せなのですよ!」

「エレ様……!!」


 エレが満面の笑みを浮かべると、目を輝かすステファン。この感じだと、彼女の存在によって彼の士気が上がった事だろう。

 しかし、今は戦闘の直前だ。マリアが雰囲気を破るように話し掛けると、ステファンは向き直り片膝をつく。


「で、今はどれくらいいるの?」

「はっ、ようやく残り十体といったところでしょうか。しかし、他の者たちは疲弊した状態にあります」

「相当いたってわけね……良いわ。あなたは路地裏を調べてちょうだい。それからあたし達は──」


「おっと! イイめすどもじゃねえか!!」

「うぁ……っ!」


 野太い野郎の声が聞こえると共に、ステファンの顔が歪み始める。彼の左胸から刃の尖端が現れ、そこから紅い液が滴り落ちていた。俺は前に倒れそうな彼を咄嗟に支え、突如現れた者どもを見遣る。

 気づけば俺たちは体格の良いリザードマンに囲まれ、うち中心に立つ者は一際目立つ鎧を身に纏っていた。


 そんな中、エレがステファンの元へ駆け寄ろうとするが──。


「ステファン様! ただ今、治癒を……きゃっ!!」

「おいおい、そんなヤツ捨て置けよぉ?」

「こんなとこでエルフと出会えるたぁ奇跡だぜ」


 まさに蜥蜴とかげの肉体を持つ男は、その丸太のような腕で華奢なエルフを捕らえる。

 だが、捕まったのは彼女だけではなかった。


「ちょっと! 何するんだよ!!」

「良いじゃねえか、本当は嬉しいんだろ?」


「へっへ、熟れた人間も捨てたもんじゃねえ」

「くっ……陛下を放しなさい!!」


「暴れんなよ? あんたが動けば女王様の顔に傷がつくぜ?」

「アレックス、アイリーン! あたしのことは良いから早く……!」


 畜生、ただでかいだけじゃなさそうだな……! だが、此処は国王を優先的に助けるべきだろう。

 そう考えていたとき、瞳を潤ませたエレが俯く。


「どうした? やっと諦めたか?」エレの顔を覗き込むリザードマン。


 俺は直感した。それが彼らにとって不幸の始まりである事を──。



「放せっつってんだよ!!!」

「ぐぉぉおおお!!!」



 なんて強烈なアッパーだ! 顎を殴られた蜥蜴は紅と透明の体液をまき散らし、あっさりと後方へ倒れる。

 いつの間にかエレの手中には大弓が収められており、周囲のリザードマンも困惑している様子だった。


「おい、なんだこのエルフ──」

「あんたもだよっ!!」

「ぐはぁあ!!」


 エレが弓を振り回す事で彼らは蹴散らされ、花姫フィオラたちを手放す格好となる。

 自由の身となった彼女らもすぐさま反撃に移った。


「どきなさい!」

「うぉ!」


 うち一人を蹴飛ばしたアイリーンは、無事マリアを救助。アンナもよう魔法を用いて抜け出せたようだ。

 一方でエレは改めてステファンの元に向かい、回復に専念する。その間、俺も長剣を抜いて悪を挫く事にした。


「女を襲った罰だ」

「ひ、ひえぇぇえええ!!!」


 まずはエレに絡んだ野郎から両断。

 一体が倒れると、次は弓で殴られたヤツに一閃。


「ぎぁ……っ!」

「このやろおぉぉおおぉおお!!!!!」


 今度はおんぼろの斧を持った蜥蜴。手首を吹っ飛ばしておけば問題なかろう。

 骨肉を断つ音が小気味良く響き、斧を持つ手が放物線を描く。


「わぁぁあああぁぁ!!! いてぇ!!! いてぇえ!!!」


 後は──アンナを狙うヤツか。

 蜥蜴は並々ならぬ腕力で剣を振り下ろし、今にも彼女の大剣をへし折ろうとしている。


「調子に乗ってんじゃねえぞこのチビがっ!!」

「絶対に……負けるもんかぁ!」


 アンナが剣撃を受け止める今、俺は野郎の背後に回って煽ってみせる。


「遊び相手に困ってるんだろ?」

「あぁ? おすはおことわぐぼぉぉおお!!!」


 アンナを襲う蜥蜴が振り向いた矢先、彼は俺の剣で顔を貫かれる。勢いよく引き抜くと、人形のパーツのように目玉や歯が飛び散った。


「アレックス、ありがとう!」

「いいさ。それよりエレちゃんの援護を」

「うん!」


 さあ、いよいよ親玉をしばく時か。先程の目立つ鎧を纏った野郎は、奥で呑気に突っ立っている。ならば、俺から切り込みに行けば良い。


 地面を蹴り、がら空きの懐に迫る。

 だが、親玉なだけあってすぐに感づいたようだ。


 剣と剣が衝突し、互いが間合いを取る。

 親玉は余裕に満ちた表情で切先を俺に向け、へらへらと笑いだした。


「そんな攻撃でやられると思ったか? てめえなんか、とっとと果てちまえっ!!」



 剣を構え、防御に徹する刹那。

 眼前を横切る大きな影は、蜥蜴の鎧を見事粉砕した。



「て、てめえ! いつの間におれたちをぉお!?」

「ほら、とどめを刺しな」


 無造作な茶髪が特徴的な男は、俺に背を向けて言葉を放つ。

 彼の左手には、刃が三日月のように曲がった剣──すなわち、曲刀と呼ばれるものだ。


 果たして彼は何者なんだ?

 いや、そんな事を考える暇などない。なぜなら、蜥蜴の胸元には銀の心臓が埋め込まれているのだから。


 蜥蜴が怖気づく今。

 もう一度距離を詰め、心臓に突き刺す!



「け、結局裏切ったのかよぉ!? うぉおおあぁぁあぁあああ!!!!!」



 白銀の宝石を破壊されたリザードマンは、意味深い言葉を遺して墨色の花弁を撒き散らす。

 花姫たちと戦っていたリザードマンも塵と化し、跡形もなく消えていった。


 彼女らやステファンの容態も気掛かりだが、どうも男の存在が頭から離れられない。

 後ろにある大きな圧を見返せば、額に深緑のバンダナを巻く男が立っている。顎に生える無精髭のせいか、どことなく威厳ある風貌だ。


 彼は緑の目で俺を見つめ、飄々ひょうひょうとした態度で言葉を放つ。だが、決して友好さが感じられる発言などでは無かった。


「勘違いするなよ? オレはアンタとやり合ってみたいだけだ。……えんの神殿で会おう」


 その言葉を最後に、忍──あずまの暗殺者を指す──の如く飛び去る。大男が消えて静寂が戻ると、住民たちの嘆く声が聞こえてきた。


「こんな時にシェリーの霊力があれば、すぐに修復できたのだけど……」


 マリアのぼやきが現実へと引き戻す。石造の建物にはどこかしら欠けがあり、中には傷を負った者もいる。防衛部隊や騎士団の者たちは住民たちを支え、上級魔術師らは魔法での修復作業に当たっていた。

 荒れた景色を一望する中、誰かが立ち上がる。先程まで重傷を負っていたステファンであり、彼は俺らに向かって礼を述べた。


「エレ様に、純真な花の皆さん。何とお礼を申し上げて良いものか……!」

「気にしないで。これもあたしらの仕事だから」


「元に戻ったようで何よりなのです。戦いが一段落したら、ベレと一緒にランチでも行きましょ」

「……はい!!」


 エレの誘いに力強く頷くステファン。おそらくエレは友達として誘ったのだろうが、嬉しそうだから良いか。

 きっと彼は、高度治癒薬ハイポーションで傷が癒えたに違いない。彼が此処から立ち去ると、アイリーンは「さて」とマリアの方を向いた。


「それでは陛下、戻りましょう」

「ええ。手伝いのは山々だけど、こちらもやるべき事は山積みだからね」


 マリアは部下の言葉に頷くが、物憂げな表情を浮かべたままだ。銀月軍団シルバームーンとの戦いに加え、シェリーの事も気掛かりなのだろう。

 俺たちは後の事をギルドの者たちに託し、翼を以ってブリガを立った──。






 次の戦いに備えて買い物を終えた後、何処にも寄らずに帰宅。今頃落ち込んでいるであろうシェリーに通話を掛ける事にした。


「もしもし?」

「俺だ。お前の事が心配になってな……」


「まあ……! 今はお勉強の最中ですが、丁度あなたとお話したいと思っていましたの」

「何の勉強だ?」


「下位の回復魔法ですわ。私、こう見えて魔法を上手く扱えなくて……」

「そういや、お前が魔法を使ってるとこは見たことねえな。銃を使ってたのはそんな理由か?」


「はい。魔力はあるのに、マリアみたいに攻撃する事もできないんです。それで、あの子が『銃を使ってみたら?』と提案してくれました」


 なるほど。そういう理由で今まで魔力変換銃を使ってたのか。今の彼女なら霊術で回復する事も儘ならないし、習得して損は無いと俺も思う。

 しかし昨日の今日というだけあってか、彼女は弱気な声を発する。そんな声を聞くと、今にも家を飛び出したい気持ちに駆られてしまう。


「俺も魔法を使えなくはないが、感覚だから教えられる自信が無い。でも、寂しい時はそっちに向かうぞ」

「嬉しいですが、あなたと一緒にいると戻れなくなってしまいますから……」

「ははは。それは悪いからな」


 通信機を握り締め、顔を赤らめるシェリーが目に浮かぶ。恥ずかしそうに話す彼女がとても可愛くて、思わず笑いが込み上がってしまった。

 だが──彼女の次の問いは、ちょっぴり和らいだ空気を簡単に壊す。


「どうしてジャックは、キスと言葉に留めたのでしょうか……」


 その問いは、俺に向けたものだろうか。それとも呪いを刻んだ本人に──?

 少なくとも、俺は答えたくはない。愛を伝えずに交えるなんて、まるで自堕落な関係のように思えてくるから。


 だから、此処は「さあな」と知らぬふりをしてみる。


「そう、ですよね……すみません、長々とお話してしまって」

「俺から掛けたんだ。お前の声が聞けて良かったよ」

「私もですわ。それではごきげんよう」


 シェリーがそう言うと、俺から通話を切る。朝から彼女の声が聞けたというのに、心のどこかで穴が開くような感覚がした。


「…………俺たちは、恋人だ」


 伝えずとも判ってくれる保証なんて何処にあるんだ。彼女から言葉を奪う事は、俺から奪う事でもある。

 もし俺が『愛してる』と告げれば、彼女も同じ言葉を返すだろう。それは彼女を苦しめる行為であり、本当の愛とは言い難い。



 ──どうすれば、伝え合えるだろうか。






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