ジェイミーは牢獄に囚われた俺を助けてくれた。しかし、彼はジャックの攻撃から俺を庇い、何らかの物を体内に埋め込まれてしまったようだ。
それでも自我を保つ彼は、俺に牢獄からの脱出を促す。それから廊下を駆け抜け、ようやく螺旋階段へ踏み入れるところだ。
此処は、渓谷の底──すなわち、マグマの湖がある回廊だ。一応の足場や橋らしきモノはあるが、油断すればどうなるかは言うまでもない。
当然、銀月軍団が脱出を許すわけが無かった。赤い皮膚と醜い顔を持つレッドオークらが、長柄武器を持って襲撃。下手に剣を振り回すより、体術で手短に済まそう。
──ンヌウゥゥウゥゥウウ!!
先頭に立つオークが、槍を持って突撃。俺が左方へ横跳びすれば、熱気と圧が身を掠める。
攻撃を加える必要は無かった。そいつは足を滑らせ、そのままマグマへ落下。骨肉を溶かす音は、鬼の悲鳴によって掻き消される。これで一体目だ。
頭上からの風。今度は矛を持つオークが急降下。後退した矢先、背後からも別のオークが迫りくる。
──ギエェェェエエエ!!!!
奇声と共に鉄髄を振り下ろす彼ら。俺はすぐに屈み、下段蹴りを決める事でヤツを転ばせた。
階段上でバランスを崩し、岩のように転がりながら落ちる。後は矛を持つヤツを狙おう。
「氷撃!」
下位の清魔法を詠唱すると、自身の右手から氷の弾が素早く射出。見事矛先に着弾すると、オークは矛を思わず手放した。どうやら冷気が柄まで伝わったみたいだな。
一通りオークらを倒した矢先、今度は兵士どもが現れる。誰もが『我こそは』と先駆けるが、自分たちが突き落とされる事に気が付かないらしい。面倒だが、纏めて片付けよう。
「氷霧」
兵士らが剣をかざし、一気に攻めかかる。誰にも聞こえぬ声量で呪文を詠唱すると、冷気の霧が彼らの視界を覆い尽くした。
「これは……!」
「さ、さみぃ!!」
「おい、手が凍って……ぐあぁ!」
清のエレメントは、焔の氣に対抗し得る。その原理を活かし、兵士らの身を凍らせることに成功した。
これで誰もが氷漬けだ。
抜刀の時は今。さあ、手前の兵士からぶった切るぜ!
「とどめだ」
右、左──と切り伏せ、そのまま階段を降りる。
氷が解けた頃、彼らは激痛に悶え、次々と墜落していった。
「これで片付いたか」
ふと顔を上げれば、東の方にダクトのような何かがある。空気を運ぶにしては随分と大きく、人間一人分は入れるだろう。
依然として、他方からは鉄を叩く音が響き渡る。このまま工場を落とせりゃ楽だが、今はジェイミーの言っていた事を優先しよう。
『階段を降りて、橋を、渡れ……! そのまま……右に曲がって、紅い扉を……!』
目線を戻し、辺りを見回してみる。ダクトの在る方向に、例の橋はしかと存在していた。その橋は、アルタ街にあるものと比べて大変質素なものだ。マグマの上に敷かれた細道は、人間どころか先程のオークですら歩くのに苦労するだろう。
こういう時に限って、敵が再び現れるかもしれない。神経を研ぎ澄まし、ゆっくりと橋を渡っていこう。
それにしても、ジャックはいったい何を仕込んだと云うのか? 封印の石とは比べ物にならないほど小さく、ピンや種に似ている。マリアに尋ねれば何か判るだろうか。
「……しかし、誰もいねえな」
目の前で、橋が三方向に枝分かれしている。先程ジェイミーは『右』と言っていたが、その先で敵が待ち伏せている可能性もある。
わざわざ苦労を買う必要は無いんだ。俺は翼を展開させた後、右折して通路へ着地。壁沿いには鉄製の扉が幾つも在り、どんな部屋があるのか全く見当もつかない。
此処からは気配を殺そう。暫く歩けば、迷宮のように道が入り組み始める。こんな谷の中で、どうやって造ったと云うんだ?
この地はあくまで銀月軍団の支配下だ。奴隷と思しき魔物が時に出歩くも、入り組んだ場所で身を潜めればバレずに済む。
隠密行動と探索を繰り返した末、ついに紅い扉を見つけた。そこは誰も通らないであろう通路。先ほどまでの作業音は嘘のように聞こえず、終始重苦しい空気が漂うのみだ。
此処に立つだけで吐き気がする。動けるうちにさっさと開けてしまおう。
「うっ!」
ドアノブに左手を掛けた刹那、皮膚が高熱を伝う。まるで熱湯に触れたかのようだ。掌を見れば、爛れそうな程に赤くなっている。
この仕組み、何処かで見たような──そうか、焔の神殿にあった扉だ。あの時はシェリーが治してくれたが、今は此処にいない。幸い鍵が掛かっていないようだし、覚悟の上だ!
「ぐあ……っ!」
ドアノブを握る左手は再び焦がれ、細やかな煙が昇る。
食い縛れ。俺は仮にも清の使役者。ウンディーネの慈しみさえあれば、こんなモノ……!
「──っ!」
重い扉を力強く引き、左手をノブから離す。開いているうちに中へ飛び込むと、マグマが波打つ部屋へ入った。
今いる足場の先には、幾つかの飛び石が浮いている。それが五十メートル程続いた末、ガラスドームのような何かが設置されていた。
部屋はそこそこ広いと行くのに、先程よりも息苦しさを感じる。これは、アングレス邸でも経験した瘴気と似たものだ。しかし、今回ばかりはこんなものに振り回されてはならない。
「だから、何だってんだ……」
意識を集中させた途端、頭を締め付けるような痛みに襲われる。瘴気に負けぬよう地を踏みしめ、瞳を固く閉ざす事に専念。すると、背中に翼が取り付けられたような感覚が生じる。
この感覚に間違いは無い。シェリーから指輪を貰って以降、俺はこの悪魔の翼に頼ってきたのだから。
もう飛び石に用は無いし、なんせ片足が収まる程度だ。踏み違えば、さっきのオークらと同じ末路を辿る事になる。
さあ、飛ぶぞ。
翼に全てを委ね、あのガラスドームへ一直線だ!
「くっ!」
左方のマグマが揺らめき、大波となって襲い掛かる! 波に覆い尽くされる前に、さらに加速してみせる。
今度は右からだ。が、今の俺にはただ突き進む事しかできない。何とか飛沫すら躱せたものの、火傷しそうな程の熱気が毛穴に入り込む。全身からは瞬く間に汗が噴き出て、一時はバランスを失うところだった。
こんな時に焔神の加護──お守りの一種──さえあれば、ビビらずに進めたというのに。だが、此処まで来れば問題なかろう。
マグマの荒波をくぐり抜け、最後の足場に無事着地。正面に目を向ければ、一本脚の丸テーブルにガラスドームが置かれている。その中に収められていたのは、蒼い花弁を持つ一凛の薔薇だ。
果たして、ジェイミーが言っていた封印装置とはこの事だろうか。台座には小さな窪みがあり、そこに鍵を挿すのかもしれない。
懐に手を入れ、鍵を取り出す。この鍵に刻まれた花、ポインセチアと思っていたが実際は如何に。
いや、絵柄について気にする暇はない。その鍵を早速台座に挿し込み右へ回すと、解錠と思しき音が微かに聞こえた。
余る手でドームに触れ、ゆっくりと開けてみる。
直後──。
「熱っ!!」
その熱気は、先ほどのマグマに匹敵するだろう。つまりこの薔薇──いや封印装置に触れれば、火傷じゃ済まされないってか?
ああ、ジェイミーが俺に蘇生剤を渡したワケを理解したさ。おそらくジャックは、俺に素手で破壊する事を望んでいるだろう。
だが、あいつの考えには乗らないさ。
なんせ俺には、この力があるんだからな──!
「出でよ、氷盾」
右手を天に掲げた瞬間、指先から急速に水分が失われていく。やがて右手全体が冷気に包まれ、関節を動かせなくなる──と思いきや、指先から雪の結晶が放出。冷気が一気に逃げた矢先、次の減少が起きた。
結晶が収束し、巨大な盾を形成。取っ手を掴んでも、案外生温い感触だ。ちょうど地面に着けた事で、岩肌にたちまち霜が降りていく。
「ジェイミー、蘇生剤は別の機会で使わせてもらうよ」
これで準備は整った。まずは半歩退き、片手で盾を構える。
そして腕に力を込め、拳鍔の如く盾を振り上げる!
「これで、終わらせてやらぁぁあ!!!!」
盾の側面で蒼い薔薇を切断。台座やテーブルも当然巻き込まれ、木片が放射状に散らばったのだ。
薔薇は静かに、しかし抗うかの如く辺の部分を解かす。
盾から滴る水は、薔薇の高温ぶりを物語る。
だが、それはほんの一部だ。薔薇が真っ二つに割れた瞬間、五つ分の蒼い光球が揺らめき天に昇る。やがて眼で追えなくなる程小さくなると、足下の薔薇は石のように硬化しだした。
此処に佇む装置は、もはやただのガラクタだ。
今頃霊力が花姫たちに戻り、安心していると思いたい。
……ジェイミーが惜しいが、今は脱出を目指そう。まずこの部屋を抜けるには、先ほどの飛び石をもう一度超えねばならない。でもこの盾さえあれば、此処のマグマもあっという間に凍るだろう。
その時、背後から誰かの気配がした。俺はすぐさまその方を向き、バックステップを取る。
そこに立っていたのは、ジャックでも銀月軍団の手下でも無く──まさに本人だった。
「間に合って、良かった……」
「おい、大丈夫か!?」
息を切らし、前に倒れ込むジェイミー。片手で支えるも、彼に「いいよ」と手を振り払われてしまった。
「畜生……俺様とした事が……」
「さっきは何があったんだ? 教えてくれ!」
彼は左胸を押さえ、苦しそうに顔を歪める。それでもなお、状況をきちんと説明してくれるようだ。
「覚醒の種……あいつは、はなからそれを作ってた……。仕込まれた魔族は、人間は……いつか自我を失う。あんたも、覚えてるっしょ? 城の連中が暴れた事をさ……。ジャックは他人様のココロを利用して……国の連中を、兵器にするつもりなんだよ……!」
「もしや、ルナやルドルフも同じものを?」
「ああ! マリアちゃんの旦那は、己の弱さに勝てなかったってわけさ……!」
あの時の動乱事件は、人間相手でも苦労したんだ。もしジェイミーが暴走すれば、誰が阻止できる?
だからジェイミーは、意志がまだ残るうちに脱出を図ったのだろう。その理由も、やはりこいつならではの事だ。
「……やっと、勇気出たさ。俺様の気持ちを、ちゃんと言って……良い王子様に出会えるよう、祈るんだ……。そうすりゃ、もう後悔なんざ──」
「諦めんじゃねえ! もしもの時は俺たちが止めてやるさ! その為なら片腕吹っ飛んでも良いぜ!」
「あはは……ダチ相手にマジになって、どうすんの……ま、見てなって」
彼がゆっくりと立ち上がり、深く一呼吸する。すると翠色の光が足下から現れ、俺と彼を包み込んだ。光は俺の左手を癒し、ジェイミーの呼吸を整えさせる。そのおかげで、火傷も痛みも嘘のように消え去った。
「ありがとな」
「良いって。……これで種を吐けりゃ最高だけど、ひとまず魔法で凌ぐしかないよ」
「お前も城に行くんだろ?」
「ちょっくら顔出そうかな。それと……この事は、誰にも話すなよ。アンナにもね」
「判ったよ。じゃあ、そこで待っててくれ」
俺は前に進み、もう一度盾を構える。ジェイミーは横に逸れ、ただ此方を見つめるのみだ。
マグマは再びうねりを上げ、今にも飛び石を呑み込まんとする。その最中──俺は腕に力を込め、盾を投げ飛ばした!
「とうっ!」
水平に回転する盾は、マグマの大波を分断。茜色の飛沫が舞う刹那、間髪入れずに指示を下す!
「爆破!」
盾は銀色の光に包まれ、爆発を起こす。氷点下の冷気は辺り全体を凍らせ、一気に氷の世界へと変化させた。分断された大波も見事凍り付き、宙に浮く飛沫は堅氷の湖上で落下。その飛沫が砕け散る瞬間、俺とジェイミーは反射的に片腕で顔を護った。
これで苦労せずに歩けるだろう。流石に冷えるが、飛行手段があるので問題ない。
「寒っ!! 風邪ひくって!」
「少しの辛抱だ。それで、脱出方法を知ってるんだろ?」
「そ、そうだけど……」
「なら案内してくれ」
「あっ、待てって!」
俺は先に翼を翻し、一足先に部屋の入り口へ降り立つ。
相変わらず友はいつもの調子だが、その実は想い人の事が気掛かりで仕方ないはずだ。
だからアンナ……そろそろ気づいてやれ。
こいつも、ずっとバカじゃいられないからよ。
(第十二節へ)
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