騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
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第五節 グリフォン襲撃事件

公開日時: 2021年2月6日(土) 12:00
文字数:3,197

※この節には残酷描写が含まれます。

 花姫フィオラたちが各々の翼で羽ばたく一方、俺は路面電車の上に立ち、これから向かう先を見据えていた。鋼鉄の床はただ前に動き、魔力を込めた線に沿うのみ。少しすると、広がる川や新たな街並みが見えてきた。

 そこで俺は動く床から離れ、近くに並ぶ建物の壁を次々と駆けていく。


 建物と建物の間にできた隙間。それを見かけては大きく飛び越えた。

 レンガから石の壁へ、石の壁から木の壁へ。


 誰もが俺を見て口を開けるが、止める者はいないようだ。こうして何軒もの建物を渡っていくうちに、小舟が並ぶ広場が見えてきた。

 俺は最後の建物の壁を蹴り、宙を舞う。そして吹き荒れる風に逆らうように一回転させたあと、硬い地に足を着けるのだ。それに真っ先に気づいたのはマリアで、振り向きざまにこう言う。


「やっと来たようね。あいつを阻止するわよ」


 川を超えた先にある街並みは一見、城下町のフィオーレに近い。しかし、その上を駆け回る巨大な異形――グリフォンのせいで幾つもの爪痕が残されていた。

 全長はティトルーズ城とほぼ同等だろうか。上半身はまるでわしだが、下半身は獅子に近い。四足に生えた長い爪はもはや鉤爪かぎづめと言っていいだろう。例えば手前にある石造の家には、三本の傷が縦に走っている。あるいは、崩れたレンガが誰かの身体に当たり、派手に血が吹き飛ぶこともある。それでもグリフォンは葡萄茶えびちゃの大きな翼を広げ、延々と荒らすのだ。


 俺たちの存在に気づいたのか、ヤツは金色の眼を剥いてぎょろっと睨んでくる。それから川を跨いでこちらに近づいたとき、木の幹が揺れる程の大風が巻き起こった。俺と花姫たちは腕で顔を覆いつつ、両足で踏みとどまる。

 しかし、シェリーだけは違った。彼女が両手を広げると翠色の光が集まり、俺たちの身体を包み込む。その時、風の抵抗が一気に消えて身軽になったような気がした。もしかして彼女も銃のみならず、魔法が……? でも、それは魔法にというだけで、“違う何か”が人や大地を揺るがしているように見えるのだ。


 その“違う何か”について思考を巡らす間、エレが前に立って大弓を召喚する。弓を構える間、隣のマリアも呪文の詠唱を始めた。


「行きますよ、陛下!」

「ええ!」


 矢が細い指から離れた刹那。

 マリアが杖を突き出し、力強く叫ぶ。


焔撃フィアルテ!!」


 杖から射出された大きな火球は、飛行中の矢に着弾。

 焔に包まれた矢は加速し、グリフォンの左目に迫る――!


――キェェェエエエエェェェ!!!!!

 目玉を貫く矢は肉を抉り、神経を容赦なく焦がした。今だ上空を飛ぶグリフォンだが、激痛のせいか羽と四肢をばたつかせる。


 そんな中アイリーンが怪鳥に近づき、自身の左手を紫の霧で包む。霧が晴れた頃には、グリフォンのそれを上回る巨大なクローが現れた。


「やあああっ!!!」

 彼女はそのクローを斜めに振り上げ、相手の上半身に大きな傷を作る。腹から胸にかけて刻まれた傷は、直径二メートル程の銀の心臓を露わにした。


――ギュルルルルル……。

 グリフォンが川に向かって落ちようとする。


 だが、ヤツの脚が水に触れようとしたとき――。

 右目を光らせ、両翼を極限まで展開させる!


「アイリーン、下がって!」


 マリアの声と共にげつの花姫は後退。

 彼女が着地したのと同時に、川から噴き出た水は大津波と化した。


「この波、防御壁バリエラじゃ塞ぎきれないわ……!」

「なら私に任せて!」


 シェリーが、前に……? いやいや、一人だけ前に立たせるなんて卑怯だ。

 俺も彼女の隣に立ち、大剣を構えることで花姫たちを守ることにした。


 波が目と鼻の先まで近づいた今――

 魔法を弾き飛ばすこの刃で、被害を最小限にしてみせる!!


「アレックス様!?」

「ぐっ……! これぐらい大丈夫だ!!」

 水圧が剣身を押し潰そうとする。だが、流石はマリアたちが改造してくれた剣だ。こんな衝撃にも耐えているおかげで、俺たちの背後に立つアイリーンとエレが無事なのだから……!



「絶対に……絶対に、負けない!!」



 両手を突き出し、波を凌ぐシェリーの声。

 その声音からは、『宿命と闘う』という意志が伝わってきたのだ。


 彼女にとっての宿命とは。

 水中に呑まれる恐怖、友を亡くした悲しみ。


 そして――愛する者と離れる痛み。


 ジャックに腹が立つことに変わりはない。それでも……三年ぶりに再会したにも関わらず、逢瀬が叶わなくなった苦しみは簡単には消えないだろう。


 まるで彼女の意志が魔法に代わったかのように波が打ち消され、青い光が川に集まっていく。

 それは再び川としての役割を形成させるが、風による影響を受けないようだ。


「皆さん、今ですわ!!」

「さあアレックス! とどめを刺しなさい!」


 シェリーが喝を入れるのと同時にマリアが動き出す。マリアは何をしたかと思えば、俺の近くに光球を設置したのだ。その高さは俺の膝ぐらいまであり、人間一人包み込む程の大きさを誇る。


「なんだこれは……!?」

「その姿でも飛べる魔術具を開発してあげるから、今はこれで我慢なさい。あたしが詠唱したら、あなたは爆発を踏むこと! いくわよ!」


 爆発を、踏む!? まあ何か考えがあるようだし、とりあえずやってみよう!

 彼女がいよいよ呪文の詠唱を始める。


天光の砲撃セレス・カノーネ!!」


 目が眩むほどの爆発!

 だが俺は構わず跳躍し、指示通り爆風を踏み台にする。


 言葉にできない程の衝撃が起こった。

 俺の身体は意識が飛びそうな速さで飛び、満身創痍の怪鳥に迫る。


 手中に収めた大剣。

 俺はそれを限りなく振り回し、銀の心臓を打ち砕く!!


――パキィィイイィィイン。

 煌めく宝石は真っ二つに割れ、グリフォンという異形を浄化させる。俺が街中に着地する際、花姫たちも既に同じ場所に辿り着いていたのだ。


「シェリー、いつものをお願いするわ」

「……うん」

 マリアの頼みに対し、力強く頷くシェリー。彼女は両手を重ね、グリフォン戦の時のようにこう呟いた。


「《この世界に奇跡が起こらんことを》」


 花びらがシェリーを囲ったと思いきや、分散してあらゆる建物に絡みつく。その現象は人々に対しても同じで、この戦いで傷ついた全てのモノを瞬時で癒したのだ。

 彼女はいったい何者なんだ? さっきの付与とか、津波を凌いだときとか。彼女が不思議な力を発揮すればするほど、好奇心が沸々と沸き上がっていく。


 一連の動作を終えたシェリーに近づこうとすると、アイリーンが腕を掴んでくる。

 耳元で囁いた言葉は、今の俺にとって重圧の大きいものだった。



「ジャックを凌駕する男でありなさい。心・力ともにね」



 彼女がそう言ったあと、『わかったなら行きなさい』と云うように腕を放してくれた。

 マリアは俺たちのために馬車を手配したらしく、エレと一緒に待っているようだ。だから俺はシェリーと少しでも距離を縮めたくて、彼女に話しかける。


「……あのさ」

「はい」

「また今度二人で会わないか? 次はお前の好きな場所に連れて行ってほしいんだ」


 シェリーが息を呑み、まじまじと俺を見つめる。だがそれはほんの一瞬で、以前の暴走を思い出したのか目を逸らしてしまった。


「私なんかで、良いんですか? なんせ私は……あなたを撃ってしまったのですよ」

「構わねえ。むしろ………………いや、なんでもない」


「そうですか。いずれにせよ、変わらず接してくれてありがとうございます。ほら、私なんて……いつ邪悪な存在として見られてもおかしくありませんから」

「なに言ってるんだよ。俺はお前を一人の人間として見てる。ただそれだけだ」

「っ!!」


『お前じゃないとダメだ』と言おうとして言葉に詰まったが、これを言えただけマシか。例えどんな力を持とうが、彼女が一人の少女であることに変わりは無いんだし。

 シェリーがたじろいでいると、馬の足音が聞こえてくる。


「さて、馬車が着いたようだ」

「…………なぜ、そこまでして私を? って、人の話を聞いてますか!?」


 物憂げな美人が珍しく怒鳴ってやがる。

 だけど俺は、彼女に聞かれにくい声量でこう呟いた。



「いくらお前でも、わかるだろ」





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