騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第四節 王室の叛逆者

公開日時: 2021年7月14日(水) 12:00
文字数:3,721

 洗脳されたルナと戦う最中さなか、因われていたはずのマリアが俺を庇って負傷。胸を刺された彼女は、後から駆けつけてきた上級魔術師によって医務室へ運ばれた。

 一方、ルナは恩人を傷つけてしまった罪悪感から目が覚め、プール室の鍵を明け渡す。こうして俺とアイリーンは食堂を去り、ルドルフが待つその場へ移動した。


 アイリーンが鍵を開けたその先には誰もいない。更衣室も特に荒れた形跡が無く、ただ不穏な空気が流れるのみだった。


「自分とした事が、このような事で手が震えるなんてね……」


 プール室に繋がる両開きの扉。アイリーンの手先は小刻みに震えており、過呼吸気味でもあった。


「俺が開けよう」

「……ありがとう」


 今から俺達がやる事は、人殺しだ。いくらアイリーンがルドルフに不満があるとは云え、王室の者を殺める事に抵抗を覚えるのも無理もない。

 一方で俺は、不思議と罪悪感が生まれなかった。俺とシェリーを引き合わせてくれたのはある意味彼なのに、どこか感覚が麻痺している。きっと『陛下マリアのご命令だから』と割り切っているせいだろう。


 ドアノブに手を掛け、力いっぱい回す。重い扉を引くと、スペードを模したプールが視界に飛び込んだ。半円状の窓からは日が差し込み、澄み切った水を輝かす。臙脂えんじ色の柱が伸びた先には、見せかけの青空が広がっていた。

 その中で俺は、プールを背に立つ金髪の男を見据える。彼もまたレイピアを握り締め、氷のような眼差しを注いできた。


「判っていたよ、アイリーン。君が心の奥底で嫌がっていた事を」

「お言葉ですが、これ以上は彼らと争いたくありません。それは、誰もが同じ事を思っているはずです」


「大切なモノがずっとこの手に収まるなら、わたくしは手段を選ばないよ。例え返り血を浴びてでもね」


 俺がまばたきをした刹那。

 ルドルフはアイリーンに迫り、余る片手で彼女の首を締める──! それは、血管が浮き出る細い手からは想像がつかない程の握力だった。


「う、ぐ……っ!」

「君は召使いの分際でいつもいつも煩かった。ただ言われた通りに仕事をこなせば良いものを」


 アイリーンは両手で抵抗するが、ルドルフの手はびくともしない。それどころか、ルドルフは彼女の首を締めたまま硬質な床へ叩き落とそうとする。

 その際、俺は投げ飛ばされた彼女を受け止める事に成功。思わず尻餅をついてしまうが、彼女が頭をぶつけるよりは遥かにマシだ。


「なぜ彼女らに戦わせた?」

「君を始末して純真な花ピュア・ブロッサムを壊滅させれば、マリアが私のモノになるからだよ。その機会を設けてくれたのは、他ならぬジャック殿だ」


「……やはり彼にその身を捧げている様子ね。なら、此方も気が楽だわ」


 俺の腕の中にいたアイリーンは立ち上がり、構えを取る。俺も彼女の隣に立つと、地面を蹴って拳を腹に喰らわせた。


「ぐふっ!」

「これは俺をイイ女と引き合わせてくれた礼だ」


 殴られた衝撃でルドルフが身体を前に曲げる間、アイリーンはげつの氣を四肢に纏う。

 直後、彼女は天高くルドルフを蹴り上げ、目にも留まらぬ速さで武術を叩き込んだ。


「うあっ! がぁ!」

「陛下とお嬢様を長く悲しませた罪、軽くないわよ」


 宙に浮くルドルフは、為す術も無くアイリーンに殴打される。それも、骨の折れる音が響く程に。


 鈍い音を連続させてもなお、彼の身体は浮いて──いや、浮かせていたのだ。

 アイリーンは彼の胴を捕らえ、その石頭を床へ叩きつける!!


「せいっ!」

「ぬぁぁああ!!!」


 頭から血飛沫が舞うも、ルドルフが気絶する様子は無い。

 それどころか直ちに起き上がり、レイピアの剣身に稲妻を宿した。


氷撃ギアーレ!」


 なけなしの魔力を以って氷の弾を放つも、ルドルフは容易く両断。

 彼は俺を見つめ、三日月のように口角を上げる。


「一度は君と刃を交えてみたかったのだよ。ジャック殿から力を授かった今なら、君を破れるだろうね」


 レイピアを突き出し、こちらに迫る!

 俺は左にローリングするも、彼は武器を高く掲げた。


雷撃トゥオルテ


 稲妻がレイピアの刃から天へ迸った直後、俺の頭上に降り注ぐ。

 しかし、後ろへステップすることで回避に成功。詠唱を終えた隙に走り出し、タックルで押し倒す。その勢いで手中にあったレイピアが宙を舞い、乾いた音を響かせた。


 俺は彼の上に跨ると、両手に怒りを込めて頬を強打! 右・左と殴り続ける間、彼が反撃に移る余地など皆無だった。


「俺の女は! てめえの妹を殺しちゃいねえ!!」


 シェリーの初恋は、不幸にもこの男だった。彼女のみならず、その顔で何度も女を誘惑した事だろう。

 もしシェリーが……いや、この男がマリアの許婚じゃなければ……俺の女は苦い思いをせずに済んだ。


 ジャックと肌を重ねる事など、起こり得なかったはずだ!


 ああ、気に食わねえ。何度殴っても気が済まねえ。

 例え胸倉を掴もうと、怒りが一向に収まらねえんだ。


「それでも『殺した』ってえなら、俺があの世に行かせてやる」

「……最高だよ……」

「あ?」


「やはり彼女と君を、引き合わせて正解だった……。そこまでシェリーに惚れ込むのは、想像以上だがね……。……ふふふ、はははははははは!!!」


 痣だらけのルドルフが突如高笑いし出し、緋色の鎖が俺の足下から湧き出る。鎖が俺に絡みつくと、高熱が鉄を伝って全身を焦がした。


「ぐあぁぁああぁああぁぁ!!!!」

「私がわざわざ魔族を隊長に任命するワケが無かろう! すべてはマリアの愛を受けるため。そう、化け物には化け物がお似合いだからさ!」


 なん、だと……!?

 そうか……だからマリアは、この男をずっと愛せずにいたんだな──。


『教えてくれ。なぜ悪魔を隊長の候補にした? 俺の能力はさておき、人柄と実力を兼ね備えた存在なら人間にもいるだろう?』

『…………それだけは、口にしたくない。があるからこそ、あたしの身体を彼に委ねられないの』


 愛する女の大切なモノを踏み躙りやがって……何が“愛”だ。不幸だったのはシェリーだけではない。自分で相手を選べないマリアもだ。

 早くこの手でこいつを殺さねえと、次はアイリーンが──!


「いい加減になさいっ!」


 アイリーンが飛び蹴りを喰らわせた事でルドルフの身体は後方へ吹き飛び、俺は灼熱の鎖から解放される。だが、身体中が焼け爛れたせいで指一本すら動かせないでいた。

 それでも目で彼女らを追うことはできる。プールの前に立つ二人は、剣と武の攻防を絶え間なく繰り広げていた。


 薙ぎ払いや突きで牽制するせいで、彼女は手足が出ずにいる。軽やかに躱し続けるアイリーンだったが、ついにバランスを崩して脇腹を刺された。


「あぁああ!」


 くそ、あのままじゃ彼女が──! 何故こんな時に動けねえんだ俺は!!

 アイリーンの身体がプールへ傾く中、ルドルフは片手で彼女の長い髪を乱暴に掴む。それから彼女の顔を水中へ押しやりながら、何らかの言葉を耳元で囁いていた。


 俺は痛む身体を無理矢理起こし、手放した剣を拾い上げる。足を引きずってでもルドルフに近づく傍ら、彼は俺にも聞こえる声量で言葉を吐いた。


「何のために花姫フィオラの力を得たんだい? それとも、私にその手足を壊されたいのかな?」


 ルドルフはアイリーンの髪を持ち上げ、彼女の顔を空気に晒す。しかし咳き込む刹那、彼は再びアイリーンの顔を水中へ押しやった。

 俺とルドルフらの間の距離は、二メートルにも満たない。それでも存在に気づかねえなら、こうしてやらぁ!


「おらっ!!」

「ぎあぁぁあぁぁあぁぁぁあああ!!!!!」


 騎士の剣をルドルフに向かって投げ飛ばし、見事に命中。顔半分を貫かれた彼は、情けない悲鳴でこの広い空間を埋め尽くした。

 その隙に、プール脇で横たわるアイリーンを介抱。彼女は両腕を俺の首に回し、肺に溜まった水と血をげほげほと吐き出した。


「ありがとう……後は……自分に、任せて……」


 アイリーンは体勢を立て直し、懐からダガーを取り出す。魔法銀ミスリルで作られたであろうその剣身は、太陽に照らされ眩い光を放った。

 彼女はルドルフの方を向き、ダガーをかざしながらこう呟く。



「マリア・ティトルーズ陛下に、栄光あれ」──と。



 ルドルフは顔に刺さった剣を引き抜くが、新たな痛みで再び泣き叫び後ろへ倒れ込む。顔半分からは鮮血がとめどなく溢れ、白い肌がたちまち穢れていった。

 そして──



「はああぁああぁあ!!!」



 ルドルフの胸に跳び込み、忠誠心を突き刺すアイリーン。彼の左胸に突き刺さったミスリルは、赤黒い何かを火山のように噴出させた。

 先程まで暴走していた男は助けを求めるように手を伸ばすが、それも叶わずしだれる。アイリーンはダガーを引き抜くと、片膝をついて彼の顔に手を添えた。


「皇配殿下、ご無礼をお許しください」


 それは、彼女の心に残る僅かな慈悲から来たものだろう。彼女はこちらに向き直るが、その顔は俯いたままだった。


 血溜まりは徐々に広がり、鉄の臭いが立ち込める。青い隻眼を部下の手で閉ざされた今、起き上がる事は二度と無かった。


「行くわよ……陛下の、元へ」

「ああ」


 いかなる理由であれ、血縁の死は辛いものだ。

 だからこそ、妹を喪ったこの地で俺達を待っていたに違いない。今更弔うつもりなど無いが──。


天国あっちで妹と仲良く


 振り向きざまにそう吐き捨てると、脇腹を押さえるアイリーンと共にプール室を後にした。




(第五節へ)






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