騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第九節 無垢なはじまり

公開日時: 2021年9月7日(火) 12:00
文字数:4,318

 城下町フィオーレから戻って数日後。ヴァルカの監視を命じられた俺は、単身でティトルーズ城へ足を運ぶ。エントランスに入れば、クロエが出迎えてくれた。


「ごきげんよう、隊長」

「おう。ヴァルカちゃんは今どこにいる?」

「私めがご案内いたします」


 彼女が俺に背を向けると、対になった三つ編みと羽耳が揺れ動く。それから穀然とした歩調で大階段を昇り始めた。赤い絨毯を踏みしめるたび、柔らかな感触が足の裏に浸透する。


 この廊下を歩く時の静けさ、アイリーンに案内してもらった頃とそっくりだ。背丈は本人より低めだが、従者の模範となるような振る舞いはメイド長譲りといったところ。

 ……それでも、こいつとはどうも深い仲になれそうにない。氷のような目つきとトーンはどこかジャックに似ているし、なんせ容赦ねえからなぁ。


「ヴァルカ様のお部屋はこちらでございます」


 クロエが示した先は、他の部屋と変わらない扉。この先であの機械人形オートマタが軟禁されているのだろうか。とりあえず入って見なきゃわからない。


「ありがとう。あとで彼女と散歩しても良いか?」

「構いませんが、くれぐれもハメを外しませぬよう」

「……俺を何だと思っている?」

「マスターから『隊長』と伺っておりますが何か?」


 アイリーンのヤツ、余計なことを話しやがって……。クロエもクロエで、そのザクロみたいな瞳の奥で俺を疑うな。


「図星のようですね。それでは、私はこれで」

「…………はあ」

 何故か引き留める気も起きない。これも、彼女との親睦を諦めているからだろうか。


 まあ、いいや。気を取り直して部屋に入ろう。相手が誰であれ、敬意をノックに込める。すると、扉の向こうから「はい」と機械的な声が聞こえてきた。


「アレクサンドラだ。入るぞ」


 本来なら『アレックス』と名乗りたいところだが、多分そのあだ名は学習していないはずなので本名を名乗る。


 扉を開けたとき、新緑な空間が視界に飛び込む。その部屋は、フィオーレの動乱で世話になった時と変わらないレイアウトだ。

 辺りを一望できる格子窓と、隣にある大きな天蓋付きベッド。高級皮革のアームチェアとガラス張りのテーブルだってご健在だ。今日は少し冷えるからか、石造りの暖炉には火が灯っている。


 ちなみにヴァルカは椅子に腰かけ、何やら本を読んでいるようだ。厚手で群青色の表紙を開いたまま、俺に上目遣いする。


「何を読んでるんだ?」

「こちらです」


 彼女は本にしおりを挟んでから閉ざし、俺に見せてくる。オートマタならやっぱ勉強は必要だもんな。どれどれ……?


「……って!! なぜ真昼間からを読んでるんだ!?」


 しかも俺が持ってるタイトルだし、いったい誰が提供したんだよ!?


「グラン・マエストロの命令です。『異性について知るなら、夜想小説を読みなさい』と」

「んなの読んだって間違った知識を身に付けるだけだ!! 没収だ没収!!」


 俺の手が勝手に動き、彼女から文庫本を取り上げる。

 マリアのヤツ、(月夜想つきやそうならまだしも)この純真無垢な少女にこんなモン渡すかよ……。つか、あいつの所有物なら尚更あの暖炉に投げ込むとこだったぞ。


御主人様マエストロ、入室の理由を提示して頂けますか?」

「お前の様子を見に来た。あと、ずっと此処にいるのも退屈だろうし、一緒に散歩にでも行かないか?」

「散歩ですか」

「別にそこにいたいなら構わんけど」


 ヴァルカは固まったかのように動かなくなる。人間みたいに『うーん』とか悩む様子は見せないようだし、きっと思考中なのだろう。


「はじめに、マエストロに情報開示を要求します」

「そういや話してなかったもんな。……つっても、何から話そう」


 ヴァルカの隣には余った椅子があるので、俺もそこに腰掛ける。


「出身地と家族構成」

「魔界で生まれた。俺の親父も兄貴も悪魔で、母親は夢魔だ。でも兄貴とは仲が悪いし、魔界から消えてそれきりだ。それからは両親と一緒に人間界を訪れ、ここティトルーズ王国で暮らすようになった。俺もとうの昔に親元を離れたよ」


「家族──単語の意味が見つかりません」


 うーん……オートマタにはどう説明してやれば良いんだろう。生みの親、とかかな?


「お前を造った奴らはみんな家族だ。あと、お前という存在をひらめいたマリアちゃんもそう」

「開発者ですか。では、マエストロも私の家族ですか?」

「違うね。俺は関わってないから」


「承知。次に趣味を教えて下さい」

「鍛練と音楽を聴くことかな。身体を動かすことなら何でもやるよ。お前は?」


「皆無」

「即答かよ」

 まあ……ジャックなら、いかがわしい娯楽しか与えなさそうだからな。


「じゃ、読書してるのはマリアちゃんの命令か?」

「いいえ、グラン・マエストロは私に本を与えただけに過ぎません。『読むかどうかは自由』と発言していました」


「これからも色んな本を読んでみたいか?」

「はい」

「それなら、お前の趣味は“読書”だ」


「マエストロも読書は好きですか?」

「ああ」


「夜想小説の所持数を計測」

「……拒否権を行使する」


「約二十冊と推定」

「全然違う」


 ホントは五冊しか持ってねえし、これでも厳選する方だ。ちなみにあの手の小説はそこまで浸透していないので、二十冊はかなり多いほう。

 こんな話を女性とするのは気が引けるので、俺から話題を変えよう。もっと有意義な事を教えてやらねばな……。


「世の中には色んな本があるんだ。推理に喜劇、恋愛とかね。後で書庫に連れて行ってやるから、をそこから探すと良い」

「こちらも昼でも……」

「もうその部類から離れろ」


 ヴァルカは懲りたのか、ようやく違う話題を振ってくれた。


純真な花ピュア・ブロッサムの構成」

「まずはシェリー・マリア・アイリーンで結成された。その後、俺が隊長として着任。ほぼ同時期にエレとアンナが加わった」


「彼女らとの対話も所望します」

「うーん……そればかりは許可を貰わないと判らんな。いずれは会わせてやりたいところだが」


 ただ、これに関しては一つ懸念がある。

 それはアンナのことであり、彼女は己の正義に反するヤツを絶対に突き放す傾向にあるのだ。もちろん拒絶反応なんて自然なことだが、頑固な一面は時に災いとなる。ヒイラギ同様、上手くやってくれると良いんだけど。


「では、恋人の有無」

「もうそれ訊くのか……」


「任意回答です」

「いや俺になら良いんだけど、初対面のヤツには訊くなよ?」

「承知」


 彼女とまともに話したのはこれが初めてなのに、いきなり踏み込まれてビックリしたぜ……。まあ、こいつになら話しても良いか。


「今から話すことは、俺とお前だけの機密事項な。恋人はシェリーだ。さっき話したように、純真な花の隊員──つまり、花姫フィオラの一人だよ」

「恋人とはどのようなことを?」

「そりゃあ会って話したり、一緒に楽しいことをしたり……やることは友達と似てるけど、ちょっと違うかな」


「その“違い”とは?」

「俺からは言えない」


 明言するわけにもいかないし、こう言っておけば察しがつくだろう。

 しかし、彼女は意外な言葉を投げてくる。


「『恋人同士はデートする』と記憶しております。それを私にも体験させてもらえませんか?」

「いや、さっき(存在を)話しただろ」

「如何なる内容でも構いません」


 話を聞かないようだし、困ったな……。あと、恋人になる前は“友達”っていう手順を踏まなきゃならんし。ここは、無難な方向に持っていこう。


「それこそ一緒に本を漁りに行く、とかだな。今からどうだ?」

「お願いします」

 俺たちは立ち上がり、ヴァルカの仮部屋を後にした。




 それからしばらく廊下を進んでいくと、書庫の扉を見つける。


 室内の空気は外のように少しひんやりしていた。夏だと蒸気式冷房のおかげで涼しいが、冬だとブランケットとか上着が必須だろう。

 窓際にあるテーブル席は相変わらず無人だ。その背後には何台もの本棚が横に並んでいて、話題の書物から貴重な資料まで揃ってある。探したいカテゴリがあるなら、天井から吊るされた看板を見れば良い。古い本のおかげか、懐かしい紙の匂いがほんのり立ち込めていた。


 俺はヴァルカについて行こう。どんなものが好みか気になるし。彼女は本棚の列を一望すると、左奥にある『雑誌』という看板に目を付けた。


 雑誌が置かれた本棚は、他と違って表紙が見えるように陳列されてある。ここは女性が多いからか、大半がファッション雑誌や生活情報誌だ。

 そんな中、ヴァルカはある一冊に手を伸ばす。


「重要な情報と判断」


 その表紙は薄ピンクの背景だが、中心には少女の写真が大きく映し出されている。少女は、紫や青などパステルカラーのブルゾンと水色のパニエスカートという出で立ち。白みがかった金髪をツインテールで纏める彼女の表情からは、物憂さが窺えた。両手をポケットに突っ込み、壁に寄りかかる彼女は何を想うのだろう。


 ヴァルカはそんな少女と通ずるところがあるのか、ずっと見つめている。それからテーブル席へと向かい、雑誌を開き始めた。

 白い令嬢服を着こなす者や、表紙の少女のような恰好をする者──個々のスナップを全体で眺めると、幻想的で儚げな世界観があるように見える。


 彼女はそんなスナップを見つめながら、こんなことを尋ねてきた。


「この雑誌、マエストロの好みですか?」

「好きだよ。似合ってればどんな格好でも気にしないぜ」

「そうですか。……ソレナラ着ヨウカナ」


「俺のことは気にするな。お前の好きなようにしたら良い」

「思考中。デート服のコーディネート」


 なんでそんな……。これも体験の一つと捉えて良いのかな。服を着るのに、なぜ俺の反応を求めるのだろう。


「まえすとろト一緒ニ、外ヲ歩キタイ。コノ国ノ食ベ物、気ニナル」

「お前、飯を食えるのか?」

「グラン・マエストロが導入してくれたようです。もちろん食事は必須ではございません」


 なるほどね。本当に『人間のように扱いたい』ってことか。あいつは変なところもあるけど、こういう面があるから憎めないんだよな。

 それなら今後も人間のように接しよう。俺は約束を示すべく、小指だけ彼女に差し出した。


「よし、じゃあ近いうちに出かけよう」

「これは?」

「約束を守るときのサインだ。もしお前さえ良ければ、小指を出してくれ」

「こうですか」


 冷たい皮膚と絡めるとき、関節を動かす音が微かに聞こえてきた。

 温もりなんて無いはずなのに……不思議だ。人間に限りなく近い材質を使ってるとかそういうのではなく、眼前の相手が“人間”のように見えるのだ。これがオートマタの最新技術だとしたら、悪くないとさえ思う。


「如何なさいました?」

「いや」


 この少女を見て、思わず頬が緩んでしまう。まるで妹のような可愛らしさがあって──



「これからもよろしくな」



 もう片方の手を、いつの間にか彼女の頭に載せていた。






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