騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第十一節 月下の宴

公開日時: 2021年3月10日(水) 12:00
更新日時: 2021年3月10日(水) 17:41
文字数:3,772

「私もようやく……イリーナの、元へ……」


 愛する者の名を呼び、手を伸ばすヴィンセント。

 黒のつゆと化す直前まで、彼の目線はアイリーンの方を向いていた。


 新緑の地に遺されたのは、大きな血溜まりと悲しき静寂。周囲に散らばるガラスの破片は、ヴェステル迷宮最上階から落下したことを物語る。

 俺と花姫フィオラたちがその場に着地したあと、アイリーンはそっと呟いた。──血溜まりを見つめながら。


「きっと、大切な人を亡くしたのでしょうね。天国あちらで彼女と会えていれば良いけど」


 大切な人……俺にもそんなヤツがいた気がするが、果たして誰だったか。疑問を浮かべながら、なんとなく空を見上げてみた。

 紺と茜の境目の中で星々が煌めく。喧騒が絶えない城下町フィオーレと違って、此処は草木の揺らめきだけが聞こえる。


 その揺らめきは増し、髪が乱れるほどの風が吹き始める。

 左方から大きな鳥の影が横切り、遠くへ向かうかと思いきや──緩やかに曲がって此方へ飛んできた。


 近づいてくる大きな存在。それは、俺たちを此処へ運んでくれたグリフォンだった。グリフォンは徐々に降下し、近くの芝生に着地。


「みんな、城に戻るわよ」


 先んじて進むマリアが、振り向きざまに声を掛ける。

 彼女らが次々と怪鳥の背に乗り込む中、俺は元の姿に戻ることにした。






 夜空を飛び交った末、城へ無事到着。

 エントランスに向かえば、メイドたちが横一列になって一斉に跪いていた。


「「おかえりなさいませ、陛下にマスター。そして、純真な花ピュア・ブロッサムの皆様」」


 はきはきとした女の声音が重なり、広い室内に響き渡る。マリアは前に立ち、彼女らに向かって「ありがとう」と微笑んだ。


「皆、ありがと──」

「マスタァァァアアァァァア!!!!」


 突如アイリーンに飛び込むメイド──それは、誰よりもマスターを慕うクロエだった。

 彼女はアイリーンを固く抱き締めたあと、向き合うように両手を握り出す。……ただ、肝心の本人からすれば少し戸惑い気味のようだ。


「ご無事で何よりです! 皆、今すぐ宴の準備をして!! それからシーツの準備もすること!!」


「いやシーツはいらねえだろ」

「変態は黙っててください」

「それはこっちの──」

「まあまあ二人とも、それぐらいにしなよ」


 クロエのやつ、相変わらず蔑むような目で見やがって。アンナが止めてくれなければ、また不毛な争いが起こってたかもな。

 アイリーンは俺とクロエに苦笑の表情を向けたあと、「さて」と切り替える。メイドたちの目線はマスターと女王に集中していた。


「自分だけ何もしないのは悪いから、手伝うわ」

「お待ちください! それではお祝いの意味が……」

「自分も皆にお礼がしたいの。クロエ、付いてきてくれるでしょ?」

「……はい!」


 アイリーンはクロエを説得したあと、部下たちと共にエントランスを後にする。その一方で、マリアは一部のメイドらをこの場に残し、掃除をさせる。俺の後ろでは、アンナとシェリーが僅かな暇を持て余して雑談を始めた。


 直後。ひんやりとした気配が俺に接近し、腕に絡みつく。

 満面の笑みを浮かべたエレが、さっきから俺に目線けんまくを送っていたのだ。


「アレックス様ぁ〜?? アイリーン様やシェリー様とどのようなご関係で?」

「ま、待てエレちゃん! その……目が、怖ぇぞ……」


 俺がそう言ったところで、彼女が離れてくれるわけでもな──

 って、しれっと足を踏むな! 踵でグリグリするなって!!


「今日という今日は、絶対に放さないのです」

「誤解だって! 別に俺は誰とも付き合ってなんか──」


「さあ、あなたたちは応接間で待っててもらうわよ。あたしについてきて」


 なあマリアちゃん、俺を助け……って思ったけど、絶対に力を貸してくれないよな。下手したら、迷宮で襲い掛けたことをバラされるかもしれんし。

 頼むエレ、皆に変な誤解を与えたくないからいい加減放してくれ……。



 結局、彼女は応接間に向かう間も中で待つ間も、ずっと俺にしがみついて目線を送るばかりだった──。






 三灯の巨大なシャンデリアが照らす大広間。菱形模様のフローリングの上で、礼装を纏う男女が優雅に舞っている。その背後で管楽器やピアノなどを演奏するのは、国王に招かれた弦楽団だ。

 奥にある横並びのアーチ窓は夜のとばりを映し、バルコニーへと繋がる出入り口からは涼しい風が入り込む。


 ティトルーズ城の人々は、俺たちの帰還を盛大に祝ってくれた。いや、正しくはアイリーンを迎えているのだ。

 此処で暮らす誰もが、花姫のみんなが、笑顔で飲食や雑談・ダンスの鑑賞を愉しんでいる。俺も雑踏の一人だ。シェリーとエレの間に座る俺は、ダンスを見るうちに妄想が勝手に膨らんでいく。


 もし此処でシェリーと踊れたら。


 どんな表情で踊ってくれるだろうか。

 どんなドレスを着てくれるのだろうか。

 その後は……どんな事が起きるのだろうか。


 嗚呼。今すぐ彼女の手を引いて、バルコニーへ抜け出せたら。

 いつ見られるかわからない場所で激しい接吻ができたら。


 エレは今、アンナとの会話に夢中なんだ。

 アルコールに身を任せてシェリーを


「ねえ」

 右の後ろから誰かが俺を呼び掛ける。振り返れば、紫のドレスに身を包むアイリーンがいた。


 さっきから見かけねえと思ったら……つか、胸元が開いてるせいで目のやり場に困る……。

 俺が困惑してる事に気にも留めず、彼女は半ば強引に肩を掴む。とりあえず席を立つと、「大事なお話があるの」と言ってバルコニーの方へ足を運んでいった。


 周囲が思い思いに楽しむ中、速歩きで彼女の背を追いかける。露出した背中は贅肉一つ無く、歩くたびに豊かな胸が揺れているのが判る。このまま部屋に導かれて、朝まで過ごすとなれば……この背中にキスしているだろう。


 此処のバルコニーは、以前俺がエレと会話した所より広々としている。点在する男女を尻目に、誰もいない場所に向かって真っ直ぐ歩くのみだ。

 演奏が遠くなるにつれて、胸の鼓動が高まる。アイリーンは死角を見つけると、俺の手を引いて壁に押しやってきた。


「おい、何す──」


 紅い唇で塞がれ、舌を絡ませてくる。口腔から漂う葡萄ぶどうの香り……こいつ、酔ってるのか……?

 引き剥がそうとするが、脚をも絡まれて身動きが取れない。淫らに動く腰は、俺を早々と興奮に至らしめた。


 口の中で吐息が混ざり合う。

 俺は快楽の虜となったようで、自ずと舌を動かしていた。


 アイリーンが俺の片手を掴み、ドレスの中に忍ばせ……って、これ流石にやべえだろ!! あとさりげなく触れるな! 別に、嫌じゃねえけど……。

 ああもう、ダメだダメだ!! 完全に主導権を握られてるし、いっそこのまま……。



 ……え?

 舌が……唇が……


 離れ、た?



 糸引く唾液が月光に照らされ、彫りの深い顔立ちが遠のく。……と思いきや、彼女は唇を耳元に当て、低い声で囁いてきた。


「ご主人様」


 意外な呼び掛けに身体が反応し、思わず手を彼女の腰に当ててしまう。それは胸と相反するように細く、滑らかな曲線を描いていた。

 しかし、彼女は俺に当てていた指先を剥がし、唇に当ててくる。俺の唇は弾力など無いはずなのに、指の腹に押されて微かな圧を感じた。


 もっと囁いてくれ。

 お前さえ良ければ、俺も男になって──



「助けてくれた御礼よ。じゃ、またあちらでね」



 えっ、あ……?

 いつの間にかアイリーンは俺から離れ、ヒールを鳴らしながら去っていった。


 もしかして、お預け……? それとも、弄ぶために此処へ呼び寄せたのか?

 頭の中が真っ白なせいで何も考えられない。あのまま手を引いて本当にご主人様おとこになれば良かったのに、もう手遅れだ……。


「……嵌められた」

 今はまだ宴会中なんだ。この場で抱き合うってことは、確かに有り得ねえよな。


 でも不完全燃焼だ。一周回って苛立ちすら込み上がってくる。

 とりあえず外の空気を吸ってから戻──


「今度は何だ?」


 ズボンのポケットに入れた通信機が短く振動する。とりあえず端末を取り出し、確認してみればシェリーからのメッセージが届いていた。


<あなた達がご無事で本当に良かった。合流するまでの間、とても心配したんですよ。ところで、今はどちらにいますか?>


 ……なんてことだ。俺をわざわざ気に掛けてくれるなんて。

 さっきまでアイリーンとだっただけに、罪悪感が一気に押し寄せてきた。


 ごめんな、シェリー。すぐに向かいたいとこだが、今は気持ちを切り替えることに集中したい。

 顔を上げ、夜空を眺めてみる。城下町はまだ明るいってのに、珍しく星がよく見えるな。


 バルコニーを優しく照らす三日月。

 銀色に輝くはずが、今日ばかりは金色に輝いていた。








「気が付いたか?」

「……申し訳ございません。全ては私の責任でございます」

「ふん。次こそ仕留められなかったら、ただでは済まぬぞ」

「ええ……重々に承知しております」


「しょうがないわね。次は私があいつらを取っちめるわ。ちょうどあの女がいるみたいだし」

「出る分には構わん。だが、あいつの身体は貴様だけのものでは無い事を銘じておけ」

「はいはーい」



「ジャック様、あたくしに御命令を」

「故郷へ行き、好きなようにすればいい。それから姉を見かけたら捕縛しろ」

「あね、き……!?」

「逆らう気か?」

「いえ……ただちに出撃いたします」



「あのヴァンツォちゃんって子、とっても強くてシビれちゃうにゃんね〜」

「…………」

「ねえ、ジャック様ぁ! どうして僕を無視するのにゃん??」




「……俺を見限ったこと、永遠に後悔させてやろう」






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