騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第六節 殉ずる魂、戦車となりて

公開日時: 2021年3月1日(月) 12:00
更新日時: 2021年8月10日(火) 16:55
文字数:4,108

※この節には残酷描写が多く含まれます。

 ヴェステル迷宮に辿り着いたあと、俺たち純真な花ピュア・ブロッサムは二手に分かれて行動する。俺とマリアは騎士と魔術師しか入れない通路に立ち入るも、あらゆる仕掛けに翻弄されることとなった。なかでも俺たちの敏捷性びんしょうせいを下げる魔法が厄介で、この通路を突破しない限り上手く立ち回らねばならない。

 色々あって悪臭漂う階層を突破して二階に向かうと、今度は巨大な戦車が俺たちの道を阻む。


「なんだ、あれ……!?」


 幅広の車体は勿論、砲塔部分にも人間の顔が幾つも埋め込まれている。どれも白目を剥いているか目玉が無いかのいずれかだ。それらを繋ぐのは肉壁で、時に鉄材が垣間見える。タイヤ部分は横に並べた車輪に履板を巻きつけ、無限に回転させるもの。隣国のへプケンで何度も見てきたが、ティトルーズ王国で見かけたのはこれが初めてだ。


「うっ……!」

 突如マリアが口を両手で覆い、入口の近く――但し、鉄の柵で閉ざされている――まで走る。そこで跪くマリアは、目の当たりにしたモノへの嫌悪を吐き出しているようだ。


 まさかとは思うが……この人面って、銀月軍団シルバームーンが出した犠牲者じゃないよな……? いずれにせよ、外道な戦車なんざぶち壊してやる!


「アレックス、あたしは……」

「お前はそこにいてくれ」


 埋め込まれた彼らは、陛下にとっての知り合いでもあるだろう。それを察した俺は長剣を構え、いま一度戦車と対峙する。

 戦車は主砲を光らせると、魔法の光線を乱射する!


――ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!!


 高速に放たれた光は一斉に俺を狙う。だが、それらは全て剣身に弾き落とされた。

 にしても、なんつう速さだ……。本来ならもっと速く対応できるってのに、今は身を護るだけでも精一杯だ。


 魔法が使えない自分に腹が立つところだが、戦車は俺に休みを与えない。

 砲塔が次の手を打つようだ。光を収束させる中、付近の人面たちに変化が起きる。


 苦渋の表情を浮かべる彼らは大きく口を開け、鉛の銃弾を放射状にばら撒く!

 再び剣身で受け止めようとしたとき、背後から何か気配が迫ってきた。


防御壁バリエラ!」


 マリアのヤツ、まだ魔力が残ってたとでも……!? 彼女が俺の前に立って杖を突き出すと、ドーム状の結界が俺たちを覆い始めた。

 結界が全ての銃弾を呑み込むが、それは決して長くは持たないだろう。銃弾の効力が高いのか、それとも注いだ魔力が少ない故か――いずれにせよ、前面に走る亀裂はその場しのぎであることを物語る。


「くっ……もう、ダメ……!」

 彼女が屈みこんだ刹那、結界が硝子ガラスのような音を立てて崩れ落ちる!


 嵐の後の静寂は、死の始まりでもあった。

 砲塔を包み込む大きな光はついに限界に達し、極太の閃光を放つ!!


 俺はすぐに地面を蹴り、長剣を余所へ投げ棄てる。

 剣が床に打ち付けられるまでの間、マリアの前に立って大剣を


――ドガァアァァアアァァァア!!!!!

 視界を遮る爆発に……いかずちのような轟音!


「ぐお……っ!!」

「アレックス!?」


 なんとか間に合ったようだ。

 背丈の半分を誇る剣身は、砕かれることなく俺たちを庇ってくれた。


 どうやら天は俺らに味方してくれているらしい。強力な魔法を何度も放った反動か、戦車はただ砲身と人面の口から煙を吹かすだけだ。

 ならば!!


 一気に距離を詰め、車体を超える高さまで跳躍。

 そのまま剣を横に一振りだ!!


「喰らえぇ!!」


 刃は不快極まりない音を立て、人間たちの顔を次々と切り裂く。その光景は俺ですら直視しがたいもので、血飛沫が目に飛び込む前に瞼を固く閉ざした。

 生温かい感触が瞼に付着したあと、腕で拭い次の人面に突き刺す。切先が肉壁と鉄を貫くことで、戦車の力が弱まったのが判った。


 大剣を勢いよく引き抜いたとき、鮮血と薄花色うすはないろの液――魔力回復剤が同時に吹き飛ぶ。砲身が未だ冷却中なのを良いことに、俺は次々と犠牲者の顔をぶっ壊してやった。

 血を正面から浴びたせいで、鎧はもちろん自身の顔にもことだろう。一旦呼吸を整えるために間合いを取ると、目の前で信じがたいことが起きていた。


「ぐぇ、がはっ!」

「おい、何やってんだ!?」


 マリアが――いや、ティトルーズの女王が跪き、床に垂れた回復剤をすすっているのだ。油と汚れが混じった回復剤。命の源を酸に換えられた魔術師かのじょにとって、それほど貴重な資源である証だ。

 彼女は俺の言葉に耳を貸すことなく、毅然きぜんとした態度で立ち上がる。片腕で口元を荒々しく拭う様は、女戦士さながらの勇ましさを見せた。



「皆、もう少しよ。もう少しで……あたしらが楽にしてあげるから」



 長柄の杖を握りしめ、戦車を見据えるマリア。

 しかし、砲塔に残る彼らは彼女の声を無視し――


 氷の弾をひょうの如く解き放つ。

 それでも彼女がられることを想像できないのは何故か?


 ――この女が、ただの上級魔術師ではないからだ。


「これがどうしたっての!?」


 紅い翼をはためかせ、舞うように弾をかわす彼女。

 杖をバトンのように回したあと、先端の水晶に稲妻が走る!


雷撃トゥレンテ!!!」


 魔術師が放つは中位の魔法。

 だが、それは頭部を貫かれた者にとって最大限の力でもあった。


 激しい頭痛に襲われたのか、マリアは歯を軋ませ杖を強く握る。

 斜めに振り下ろすと、稲妻は戦車を瞬時に捉えた! 人面は一気に焼き爛れ、魔法を無力化させられたらしい。


「こんなことしたくないけど……えいっ!」


 彼女が取り出したのは、酸に換わってしまった魔力回復剤だ。それを戦車に投げつけることで、皮膚や鉄がじわじわと溶け出していく。硬骨な装甲は醜いほどに、ついに車体から煙を噴出させる。


「アレックス、とどめを」

「ああ」


 もう一度距離を詰め、砲塔へ跳躍!

 砲身が最期の力を振り絞ろうと震わす瞬間と、俺が大剣を振る瞬間が重なり――


「うぉぉぉぉおおおぉぉ!!!!!」


 砲塔が縦に裂かれ、予想外のモノを露出させる。

 コードに繋がれた三つの脳髄。薄花色と緋色の血液が大量に溢れたせいか、コードはバランスを崩して枯れた花のようにしな垂れる。それから重さに耐え切れなくなり、脳髄は次々とコードを千切って車体へ転がるのだった。


 ようやく戦車が停止し、人間たちの血色が失われていく。

 後方へ跳んで全体を眺める中、やはり目につくのは三つのグロテスクな部位だ。


「銀月軍団め……こんな惨いことをしやがって……!」

「変よ。本当は“心臓”があるはずなのに、全く気配を感じない!」

「んなことがあるのか?」

「こんなことは今までに無かったから、あたしもわからない。とりあえずこの先を――って!」


 マリアの足元にある脳髄には、何かが刺さっているようにも見える。小さく金色に照らすそれは鍵のようなもので、『取り出さねばならない』と直感した。

 丸く平面な柄を指先で握り、思い切り引き抜いた。肉が破れるような音を立て、極小の肉片と鮮血を撒き散らす。そうしてでも俺が手に入れたのは、やはり何処かの部屋に繋がっているであろう鍵だ。鍵山の部分に張り付く汁は血が混じっており、床へだらりと滴り落ちる。……あまり触れたくないが、素手で汁を拭ってから懐にしまった。


 ふと戦車の方に視線を戻した瞬間、車体が大きく膨らんでいる。

 これはまさか……!


「あぶねえ!!」

 俺はすぐさまマリアの方へ飛び込み、覆い被さるように守る!


 直後、戦車は大きな爆発を起こし、火の粉と鉄の破片が自身の背を掠めた。爆音が止み、ガラクタを燃やす音が聞こえてくる。まずは俺がマリアから離れ、手を差し伸べた。


「大丈夫か?」

「ええ……」

 手を震わせながらも握り返すマリア。過呼吸気味の彼女に対し、まずは呼吸を整えるよう促す。それから立ち上がり、戦車が在った方を向いた。火が所々で破片を燃やすが、通るには何の支障もないだろう。


 ただ、彼女は一向に足を踏み入れようとしない。それどころか、既に肉塊と化した殉職者たちに目を向けるだけだ。



「……あたしがバカだった。この国をもっと豊かにしたくて、蒸気機関を取り入れたから……こんなことになって……」



 マリアは拳を握り、唇を噛みしめる。涙を隠すように俯くのだが、零れ落ちる雫のせいですぐに見破ってしまった。

 花姫フィオラたちの涙を、あと何度見ることになるのか。できればそうはさせたくないが、銀月軍団が暴れる以上は避けられない。


「マリア」


 肩に手を添え、涙する彼女を見つめる。……しかし、この女王は誰かに甘えることを嫌うようだ。『余計なお世話よ』と言いたそうに振り払い、無言で前に進む。本当はきっと、その背中をシェリーに抱き締めてもらいたいのだろう。もし此処に彼女がいれば、マリアは例え俺の前だろうと泣き出す気がした。

 長剣けんを拾って次に進もう。国王の背を護るという使命を見出し、神経を研ぎ澄ませながら後ろを歩くのみ。時に鼻をすする音が聞こえてくるが、敢えて知らぬフリをした。


 しばらく道なりが続く通路。此処は先ほどの一階と違って特に捻りが無く、魔物も存在しない。むしろ『あの戦車を用意するための通路だったのか』と思わせるほど簡素な造りだ。

 俺の前を歩くマリアが突如立ち止まる。何事かと彼女の隣に回ってみれば、が壁に――違う、扉に貼り付けられていた。


 四肢を広げたまま、有刺鉄線に縛られた鎧姿の男。顔部分の皮を無惨に剥がされ、左胸部分だけ抉れて肉が見える状態だ。拳一つ分ほど開いた穴には、心臓の代わりに銀の宝石が接続されていたのである。

 ……ちょっと待て。こいつ……生きてる!? 身体が、微かに動いて……。


「今のあたしじゃ、彼を休ませられないわ。アレックス、お願いしていいかしら?」

「……任せろ。俺も同じことを思ってたとこだ」


 長剣を鞘から取り出し、片手で剣身を撫で上げる。ひと呼吸終えたあと、大きく息を吸って彼の心臓にヒビを入れた。

 銀の心臓が割れると、鉄線がほどけて男の身体が前に倒れる。マリアは彼の前で片膝をつき、右手を頭に添えてからこう紡いだ。


「《どうか安らかに》」


 男がマリアの言葉に応えるように、足元から消え去る。光の粒と化した彼はそのままマリアの身体に宿り、何らかの力を与えたようだ。


 国王の目尻から流れる涙。それを止められる者など誰一人いない。

 俺たちが眼前の扉に手を掛けたのは、もう少し後の事だった。




(第七節へ)





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