※この節には残酷描写が多く含まれます。
ヴェステル迷宮に辿り着いたあと、俺たち純真な花は二手に分かれて行動する。俺とマリアは騎士と魔術師しか入れない通路に立ち入るも、あらゆる仕掛けに翻弄されることとなった。なかでも俺たちの敏捷性を下げる魔法が厄介で、この通路を突破しない限り上手く立ち回らねばならない。
色々あって悪臭漂う階層を突破して二階に向かうと、今度は巨大な戦車が俺たちの道を阻む。
「なんだ、あれ……!?」
幅広の車体は勿論、砲塔部分にも人間の顔が幾つも埋め込まれている。どれも白目を剥いているか目玉が無いかのいずれかだ。それらを繋ぐのは肉壁で、時に鉄材が垣間見える。タイヤ部分は横に並べた車輪に履板を巻きつけ、無限に回転させるもの。隣国のへプケンで何度も見てきたが、ティトルーズ王国で見かけたのはこれが初めてだ。
「うっ……!」
突如マリアが口を両手で覆い、入口の近く――但し、鉄の柵で閉ざされている――まで走る。そこで跪くマリアは、目の当たりにしたモノへの嫌悪を吐き出しているようだ。
まさかとは思うが……この人面って、銀月軍団が出した犠牲者じゃないよな……? いずれにせよ、外道な戦車なんざぶち壊してやる!
「アレックス、あたしは……」
「お前はそこにいてくれ」
埋め込まれた彼らは、陛下にとっての知り合いでもあるだろう。それを察した俺は長剣を構え、いま一度戦車と対峙する。
戦車は主砲を光らせると、魔法の光線を乱射する!
――ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!!
高速に放たれた光は一斉に俺を狙う。だが、それらは全て剣身に弾き落とされた。
にしても、なんつう速さだ……。本来ならもっと速く対応できるってのに、今は身を護るだけでも精一杯だ。
魔法が使えない自分に腹が立つところだが、戦車は俺に休みを与えない。
砲塔が次の手を打つようだ。光を収束させる中、付近の人面たちに変化が起きる。
苦渋の表情を浮かべる彼らは大きく口を開け、鉛の銃弾を放射状にばら撒く!
再び剣身で受け止めようとしたとき、背後から何か気配が迫ってきた。
「防御壁!」
マリアのヤツ、まだ魔力が残ってたとでも……!? 彼女が俺の前に立って杖を突き出すと、ドーム状の結界が俺たちを覆い始めた。
結界が全ての銃弾を呑み込むが、それは決して長くは持たないだろう。銃弾の効力が高いのか、それとも注いだ魔力が少ない故か――いずれにせよ、前面に走る亀裂はその場しのぎであることを物語る。
「くっ……もう、ダメ……!」
彼女が屈みこんだ刹那、結界が硝子のような音を立てて崩れ落ちる!
嵐の後の静寂は、死の始まりでもあった。
砲塔を包み込む大きな光はついに限界に達し、極太の閃光を放つ!!
俺はすぐに地面を蹴り、長剣を余所へ投げ棄てる。
剣が床に打ち付けられるまでの間、マリアの前に立って大剣を
――ドガァアァァアアァァァア!!!!!
視界を遮る爆発に……雷のような轟音!
「ぐお……っ!!」
「アレックス!?」
なんとか間に合ったようだ。
背丈の半分を誇る剣身は、砕かれることなく俺たちを庇ってくれた。
どうやら天は俺らに味方してくれているらしい。強力な魔法を何度も放った反動か、戦車はただ砲身と人面の口から煙を吹かすだけだ。
ならば!!
一気に距離を詰め、車体を超える高さまで跳躍。
そのまま剣を横に一振りだ!!
「喰らえぇ!!」
刃は不快極まりない音を立て、人間たちの顔を次々と切り裂く。その光景は俺ですら直視しがたいもので、血飛沫が目に飛び込む前に瞼を固く閉ざした。
生温かい感触が瞼に付着したあと、腕で拭い次の人面に突き刺す。切先が肉壁と鉄を貫くことで、戦車の力が弱まったのが判った。
大剣を勢いよく引き抜いたとき、鮮血と薄花色の液――魔力回復剤が同時に吹き飛ぶ。砲身が未だ冷却中なのを良いことに、俺は次々と犠牲者の顔をぶっ壊してやった。
血を正面から浴びたせいで、鎧はもちろん自身の顔にもへばりついていることだろう。一旦呼吸を整えるために間合いを取ると、目の前で信じがたいことが起きていた。
「ぐぇ、がはっ!」
「おい、何やってんだ!?」
マリアが――いや、ティトルーズの女王が跪き、床に垂れた回復剤を啜っているのだ。油と汚れが混じった回復剤。命の源を酸に換えられた魔術師にとって、それほど貴重な資源である証だ。
彼女は俺の言葉に耳を貸すことなく、毅然とした態度で立ち上がる。片腕で口元を荒々しく拭う様は、女戦士さながらの勇ましさを見せた。
「皆、もう少しよ。もう少しで……あたしらが楽にしてあげるから」
長柄の杖を握りしめ、戦車を見据えるマリア。
しかし、砲塔に残る彼らは彼女の声を無視し――
氷の弾を雹の如く解き放つ。
それでも彼女が殺られることを想像できないのは何故か?
――この女が、ただの上級魔術師ではないからだ。
「これがどうしたっての!?」
紅い翼をはためかせ、舞うように弾をかわす彼女。
杖をバトンのように回したあと、先端の水晶に稲妻が走る!
「雷撃!!!」
魔術師が放つは中位の魔法。
だが、それは頭部を貫かれた者にとって最大限の力でもあった。
激しい頭痛に襲われたのか、マリアは歯を軋ませ杖を強く握る。
斜めに振り下ろすと、稲妻は戦車を瞬時に捉えた! 人面は一気に焼き爛れ、魔法を無力化させられたらしい。
「こんなことしたくないけど……えいっ!」
彼女が取り出したのは、酸に換わってしまった魔力回復剤だ。それを戦車に投げつけることで、皮膚や鉄がじわじわと溶け出していく。硬骨な装甲は醜いほどにふやけ、ついに車体から煙を噴出させる。
「アレックス、とどめを」
「ああ」
もう一度距離を詰め、砲塔へ跳躍!
砲身が最期の力を振り絞ろうと震わす瞬間と、俺が大剣を振る瞬間が重なり――
「うぉぉぉぉおおおぉぉ!!!!!」
砲塔が縦に裂かれ、予想外のモノを露出させる。
コードに繋がれた三つの脳髄。薄花色と緋色の血液が大量に溢れたせいか、コードはバランスを崩して枯れた花のようにしな垂れる。それから重さに耐え切れなくなり、脳髄は次々とコードを千切って車体へ転がるのだった。
ようやく戦車が停止し、人間たちの血色が失われていく。
後方へ跳んで全体を眺める中、やはり目につくのは三つのグロテスクな部位だ。
「銀月軍団め……こんな惨いことをしやがって……!」
「変よ。本当は“心臓”があるはずなのに、全く気配を感じない!」
「んなことがあるのか?」
「こんなことは今までに無かったから、あたしもわからない。とりあえずこの先を――って!」
マリアの足元にある脳髄には、何かが刺さっているようにも見える。小さく金色に照らすそれは鍵のようなもので、『取り出さねばならない』と直感した。
丸く平面な柄を指先で握り、思い切り引き抜いた。肉が破れるような音を立て、極小の肉片と鮮血を撒き散らす。そうしてでも俺が手に入れたのは、やはり何処かの部屋に繋がっているであろう鍵だ。鍵山の部分に張り付く汁は血が混じっており、床へだらりと滴り落ちる。……あまり触れたくないが、素手で汁を拭ってから懐にしまった。
ふと戦車の方に視線を戻した瞬間、車体が大きく膨らんでいる。
これはまさか……!
「あぶねえ!!」
俺はすぐさまマリアの方へ飛び込み、覆い被さるように守る!
直後、戦車は大きな爆発を起こし、火の粉と鉄の破片が自身の背を掠めた。爆音が止み、ガラクタを燃やす音が聞こえてくる。まずは俺がマリアから離れ、手を差し伸べた。
「大丈夫か?」
「ええ……」
手を震わせながらも握り返すマリア。過呼吸気味の彼女に対し、まずは呼吸を整えるよう促す。それから立ち上がり、戦車が在った方を向いた。火が所々で破片を燃やすが、通るには何の支障もないだろう。
ただ、彼女は一向に足を踏み入れようとしない。それどころか、既に肉塊と化した殉職者たちに目を向けるだけだ。
「……あたしがバカだった。この国をもっと豊かにしたくて、蒸気機関を取り入れたから……こんなことになって……」
マリアは拳を握り、唇を噛みしめる。涙を隠すように俯くのだが、零れ落ちる雫のせいですぐに見破ってしまった。
花姫たちの涙を、あと何度見ることになるのか。できればそうはさせたくないが、銀月軍団が暴れる以上は避けられない。
「マリア」
肩に手を添え、涙する彼女を見つめる。……しかし、この女王は誰かに甘えることを嫌うようだ。『余計なお世話よ』と言いたそうに振り払い、無言で前に進む。本当はきっと、その背中をシェリーに抱き締めてもらいたいのだろう。もし此処に彼女がいれば、マリアは例え俺の前だろうと泣き出す気がした。
長剣を拾って次に進もう。国王の背を護るという使命を見出し、神経を研ぎ澄ませながら後ろを歩くのみ。時に鼻をすする音が聞こえてくるが、敢えて知らぬフリをした。
しばらく道なりが続く通路。此処は先ほどの一階と違って特に捻りが無く、魔物も存在しない。むしろ『あの戦車を用意するための通路だったのか』と思わせるほど簡素な造りだ。
俺の前を歩くマリアが突如立ち止まる。何事かと彼女の隣に回ってみれば、想像を絶するものが壁に――違う、扉に貼り付けられていた。
四肢を広げたまま、有刺鉄線に縛られた鎧姿の男。顔部分の皮を無惨に剥がされ、左胸部分だけ抉れて肉が見える状態だ。拳一つ分ほど開いた穴には、心臓の代わりに銀の宝石が接続されていたのである。
……ちょっと待て。こいつ……生きてる!? 身体が、微かに動いて……。
「今のあたしじゃ、彼を休ませられないわ。アレックス、お願いしていいかしら?」
「……任せろ。俺も同じことを思ってたとこだ」
長剣を鞘から取り出し、片手で剣身を撫で上げる。ひと呼吸終えたあと、大きく息を吸って彼の心臓にヒビを入れた。
銀の心臓が割れると、鉄線が解けて男の身体が前に倒れる。マリアは彼の前で片膝をつき、右手を頭に添えてからこう紡いだ。
「《どうか安らかに》」
男がマリアの言葉に応えるように、足元から消え去る。光の粒と化した彼はそのままマリアの身体に宿り、何らかの力を与えたようだ。
国王の目尻から流れる涙。それを止められる者など誰一人いない。
俺たちが眼前の扉に手を掛けたのは、もう少し後の事だった。
(第七節へ)
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