騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第三節 咲き誇る憎悪、寄り添う月花

公開日時: 2022年4月5日(火) 12:00
文字数:6,060

 陽の都アポローネで悪魔バフォメットの使者を撃退するも、アンナは過去のトラウマにより戦意を喪失。その影響で変身が解かれ、意識を失ったままとなった。

 俺たちは彼女を宿屋へ運んだ末、各々で休息を得る。そして一室で過ごす俺とシェリーは、アンナの様子を見るべくソファーから腰を上げた。


「行こう」

「はい」


 此処で俺がシェリーを置き去れば、またジャックに押し掛けられるかもしれない。それに、彼女はアンナとも親しいので本人にとって気休めにもなるだろう。

 先んじて扉を開けた時、廊下を歩くエレと鉢合わせた。いったいどうしたかと尋ねると、彼女からこんな返事が返ってくる。


「陛下たちとお話しなければならないのです」

「いったいどのような……?」

「わたくしにも判らないのです。少なくとも、アンナ様の事だと思うのですよ」


 シェリーが聞き返すと、エレは首を傾げる。確かにアンナの事であれば、あまり本人の前で話すのは不適切だろう。


「俺達はちょうど彼女の様子を見に行くところだ。お前が戻って来るまで見張っといてやるよ」

「ありがとうなのです! それでは、あの子をお願いしますね」


 両手を合わせ、満面の笑みを見せるエレ。いつものように明るく振舞っているが、心の奥底では悲しい思いをしているに違いない。

 俺らとエレは「それじゃあ」と別れると、隣にあるアンナ達の部屋へ辿り着く。……向こうには彼女がいるはずなのに、まるで気配が感じられない。シェリーもそれを察したのか、居ても立っても居られない様子で扉を三度叩いた。


「アンナ! いるんでしょう?」

「…………」


 やはり返事が無い。エレが用事を終えるまで、俺たちは此処で待つべきか?

 いや、ドアノブを回してみなきゃ判らないものだ。他人の部屋に勝手に入るのは気が引けるが──。


「……って、開いてる」

 エレのヤツ、鍵を掛け忘れたのか? ……まあ、俺たちが入るから良いか。


 ノブを極限まで回し引いてみせると、右側に配置されたダブルベッドが視界に入る。オリーブ色の絨毯や赤いソファー、それに群青色の丸テーブルだって俺たちのいる部屋と何ら変わらない。シックな印象を与えるこの部屋は、二人で過ごすには十分な広さだろう。

 向かって左側にはバルコニーがある。開け放たれたガラス戸の先で、ショートヘアの少女が手すりに重心を掛けていた。


「アンナ……」


 シェリーが名を呟き、少しずつ彼女に近づく。温かな微風が流れ込むと、シェリーの蒼い髪がふわりと揺らめいた。

 しかし──。



「来ないで」



 アンナの言葉は、この澄んだ空に相応しくないものだった。広大な世界に向けた背は何処か丸く、両親の後を追わないか心配だ。

 俺は勿論、シェリーの身体もピタリと止まってしまう。……が、俺たちは『気に掛ける』という行為を止めるつもりは決して無い。


「お願いだから、こっちを向いて。今の君がそこにいると心配になるの」

「…………」


 無反応なアンナに対し、シェリーは傍らに立つ。アンナはようやく横顔を見せてくれたが、その表情には変わらず憂いを帯びたままだ。


「君が意識を失って、ずっと心配してた。だから、今からマリア達に顔を出そう?」

「それは、できない」

「何故だ」


「……ジャックにやられた日から、ボクがボクじゃなくなってる気がして……。どんどん増していくんだ……悪魔への……魔族への、憎しみが……。このままじゃエレの事も傷つけそうだから、あの子に『一人にさせて』って言ったんだ……」

「「………………」」


 だからエレは『陛下たちとお話しなければならない』と言ったのだろう。鍵を掛けなかったのも、俺たちに託していたからかもしれない。

 アンナの言う通り本当に誰かを傷つけてしまうなら、俺たちに何ができるだろう。暫く考えた末、俺はある事を提案してみる。


「なら、俺を気の済むまで殴れば良い」

「え……?」

「俺だって生物を喰らうし、人間ひとを殺めたりもする。それでいて此方を憎まないのはおかしいだろ」


 反射的に此方を向くアンナは、今にも泣きそうだ。……こんな時にジェイミーがいれば、彼女の心が休まっただろうによ。

 シェリーも眉を下げたまま俺を見るが、口を挟む気配がない。片手を胸に当てる仕草は不安の表れ。それでも、こんな自分を信じてくれているのだろう。


 果たしてアンナはどんな答えを出すのか。誰もが彼女を見つめていた時、華奢な肩がガクガクと震え出す。


「……なんで……なんで、なの……」


 大きな瞳から涙を零し、声を震わすアンナ。一方で、自身を包み込むようのオーラは増幅していった。

 力を制御できないなら、尚更話が早い。隊員の憤怒を受け止めずして、何が男だ!


「ボクは、そうしたくないのに……身体が……勝手に……」

「来い。俺が全て受け止めてやる」


「アレックスさん! それではあなたが!!」

「構うな! お前は直ちに皆を呼べ!!」

「……判りましたわ……!」


 こうする間にも、アンナの力が増していく。シェリーが急ぐように部屋を抜けると、アンナはとうとう膝から崩れ頭を抱えだした。

 そして──。



「いやだぁぁぁぁああぁぁあぁああ!!!!!!!!」



 彼女が張り裂けんばかりの悲鳴を上げると、足下に魔法陣が浮かぶ。それは彼女が初めて開花した時を想起させるが、氣は明らかに禍々しい。

 橙色の花弁が小柄な肉体を包み、姿を変化させていく。そして露わになったのは花姫フィオラとしてのアンナ──しかし両手を見つめる彼女は、不敵な笑みを浮かべていた。


「…………あはは、ははははははは!!!」


 今更驚く事は無い。あらゆるトラウマで崩壊した人間たちは数多く見てきたのだから。

 彼女は大剣を召喚し、稲妻を宿す。それから此方を一瞥すると、大剣を振り下ろし光の衝撃波を放つ!


「うあ……っ!!」


 俺の身体が後方へ吹き飛び、床へ激突する。幸い頭部を打たなかったものの、痺れのせいで身体を動かす事は儘ならない。

 だが、これで良いんだ。いくら今のアンナが狂暴だろうと、兄貴のに比べれば可愛いものだからな……!


 瞬きをした刹那、彼女が俺に跨り首を締め付ける。抵抗できない俺はただ彼女を見つめるのみ。……その表情は、これまで見た中で最も苦しいものだ。


「滅んじゃえ……悪魔なんか、滅んじゃえば良いんだ……。そう、まずはキミからね!」


 狂気じみた笑顔、滝のように溢れる涙──そして緩急の多い手元から、憎悪と理性が混合しているように思えた。

 それでも彼女は正気に戻るどころか憎悪に打ち負け、さらに締め付けてくる一方だ。このままだとまずいか……!?


「あはは、こんな力があるのに……なんでずっと我慢してたんだろう……。キミの苦しむ顔を見れば見る程、何だか楽しくなっちゃうんだ……!!」


 とうとう視界がぼやけ、彼女の声が遠のいていく。だがここで抗えば、誓いを反故してしまうだろう。

 その時、複数の足音がした。音は急速に近づき、女性の息遣いが聞こえてくる。この気配はまさか──!!



「隊長!! アンナ!!」



 アイリーンがドアを蹴破った。それに気づいたアンナは目を大きく見開かせ、咄嗟に俺から離れる。それから自身の両手を見つめるが、先程と違い打ちひしがれている様子だ。


「……うそ……ボク、アレックスの事を……」


 俺はエレとシェリーに介抱されるが、先の圧迫により力がどうも出ない。アンナは俺達を見回した後、両手で顔を隠し再び泣き叫んだ。


「う……うあぁぁああああぁぁああぁ!!!!!」


「……似ていますわ。私が暴走した時と……」

「まさか、アンナ様にも霊力が?」


「いいえ」

 マリアが否定し、言葉を続ける。


「以前、シェリーはジャックに鎖のようなもので縛られ、あたし達に銃を向けたの。アイリーンから『アンナも同じ目に遭った』と聞く限り、彼の霊術による影響が大きいようね」

「それで精神干渉……ってか」


 今でも憶えているさ。俺とシェリーでティトルーズ城に向かった時、突如ジャックが現れシェリーを縛り付けた。あいつが彼女に何を言ったか知らんが、俺は胸を撃たれたんだ。……あの時は、本当に死んだと思ったよ。


 幸い、シェリーは俺を撃った時のショックで正気に戻った。しかし霊力を持たぬ存在があのような攻撃を受ければ、歯止めがきかないだろう。

 もはや万事休すか──? そう思っていると、アイリーンが前へ歩みだす。彼女が取った次の行動は、俺ですら予想がつかなかった。


「っ!!」

 平手打ち。頬を紅く染めるアンナは、呆然と立ち尽くすしか無いようだ。案外その衝撃は凄まじいもので、彼女を囲う花弁が元の姿へと戻す。


「……約束は果たしたわ」


 平手打ちが約束……? アイリーンはアンナに背を向け、颯爽と部屋を去る。エレが「あの!」と必死に呼びかけるも、時が虚しく過ぎるだけだ。

 マリアはエレの肩に手を添え、静かなトーンでこう告げる。


「今宵は傍にいてあげて。あなたなら、きっと大丈夫」

「は……はい……!」


 アイリーンを追う様にマリアも去ると、廊下から男女の声が聞こえてくる。おそらくアンナの暴走でオーナーたちが驚いたのだろう。

 役目に気付いたエレは、アンナを抱き寄せベッドに腰掛ける。それから俺たちの方を向くと、いつものように優しく微笑んでくれた。


「アレックス様、シェリー様。後はわたくしにお任せを」

「……判った」


 これ以上留まる理由は無い。そう判断した俺はシェリーと共に部屋を去る。

 そして陽が完全に沈むまで、俺たちは再び時間を潰す事にした。




 この日の晩は、自室で戦闘食糧レーションを食した。勿論シェリーも居合わせているが、殆ど会話する事は無かった。正しくは、先ほどの件により話す余裕が無いのだろう。

 それでも、抱擁は彼女から求めてくれた。肌を重ねずとも、温もりはしかと伝わってくる。些細なスキンシップに安心した俺は、一緒に部屋を後にした。


「悪いな。お前を置き去りにして」

「いいえ、久しぶりにマリアとお話したいところでしたし」


 今から数分前、急きょアイリーンからのメッセージを受け取った俺は宿屋内のラウンジへ向かう事となった。『どうしても二人で話したい』と言うので、シェリーをマリアのいる部屋まで送るところだ。

 程なくして部屋に着くと、マリアが扉を開けて顔を出す。手招きする彼女は、まるで童心に帰ったかのように何処か


「ちょっと疲れちゃったから、今だけ嫌なことを忘れたいの。付き合ってくれるでしょ?」

「勿論! ではアレックスさん、また後程」

「おうよ」


 こうしてシェリーらと離ればなれになると、俺は階段を降りてラウンジへ。開けた場所に人の姿は殆ど無く、奥の席で一人の女性が腰掛けるだけだ。

 赤橙のウェーブヘアーを靡かせる彼女は、ただ遠くを見つめている。いったい、どのような事に想いを馳せているのか。


 あの後ろ姿が誰か、既に予想はついている。そんな彼女の向かいに座ると、「あら」と俺に気付いてくれた。


「何度もお前を見てるのに、変身を解くと雰囲気が違うな」

「また口説くつもり?」


 小さなマドラーでカップの中をかき混ぜるアイリーン。豊満な肉体を包む流麗なドレスは、未開花時の戦闘服だ。お互い相手がいるはずなのに、こうも胸が高鳴るのは男のさがか。


 一灯の巨大なシャンデリアは、菫色に染まった空間を妖しく彩る。疎らに設置された丸テーブルとソファーは、いずれも華美なデザインで構成されていた。

 何となくこの場を眺めていると、ウェイターが一杯のカップを差し出す。香ばしい薫りが鼻腔をくぐるが、彼曰くディカフェのようだ。そのまま飲んでみれば、香辛料のような味わいが口の中で広がっていく。風味も独特で、今まで飲んだものとは全く違う。思わずクセになりそうだ。


 ……いけない。此処に来たのはコーヒーを味わうためでも、アイリーンと逢瀬を果たすためでもない。向かいの彼女が一杯飲むと、話を切り出してくれた。


「貴方に話してなかったわね。アンナを城へ送るまでの事を」

「他の奴らも知ってるのか?」

「いいえ。貴方だから話したいの」


 アイリーンが首を横に振ると、耳飾りが小刻みに揺れ出す。金色に輝くそれは星のようで、見惚れたら泥沼な関係まっしぐらだ。

 彼女はそう思う俺を余所に、数日前──俺とシェリーらが楽園へ向かった日──の事を明かした。


 自分がクロエ達と仕事していた時、アンナから発信信号シグナルが送られてきたの。

 だから……まずは自分だけで彼女の家に向かい、手当をしたわ。今はもう見られないけど、あの当時はひどく傷だらけだったの。少しでも高速回復剤の使用が遅れていれば、ずっと残っていたかもしれないわね。


 ……それでも、精神こころが癒える事は無かった。あんなにも絶望したような彼女は初めてよ。縛られ、電撃を受け、毒を喰らって──挙句の果てには、辛い過去を想起させられたと聞くわ。

 自分には判るの。ジェイミーと戦う事に使命感を懐く一方で、魔族たちに怯えている。『ボク達は、あの人と戦わなきゃいけないの?』──とね。


 少なくとも貴方に危害を加えぬよう、此方でケアをしたつもりだけど……甘かったわ。一応はを憶えていたそうで、ちょっとホッとしているけどね。


「その約束が、さっきあいつに話した事か?」

「ええ。『万が一の事があれば、自分たちが助ける』──こう話したの。そしてあの子の傷が癒えた後、馬車まで送って今に至るわ」


「お前とアンナちゃんの間にそういうやり取りがあったんだな……。そこまで酷いと、俺ですら癒してやれるか正直不安だ」

「ジャックは、ジェイミーを洗脳するついでに自分たちの関係を壊すつもりだったのでしょう。さっきは皆で止めたけど、再発する可能性は大いにある。明日は、一時的に(アンナの)開花を禁じるべきかしら……」


 アイリーンは髪を掻き分け、深く溜息をく。きっとその答えが欲しくて俺を呼び出したのだろう。

 もし未開花のままで探索に当たればどうなるか。いくら防衛部隊の経験があるアンナでも、銀月軍団シルバームーンが生み出した魔物と戦わせるのは危険だ。──例えそれが、ジェイミーと会うまでの間だとしても。


「彼女を信じて、開花させてやろう。それにようの神殿にあるオーブが最後なんだ。銀月軍団むこうが仕掛けてくる可能性はゼロじゃない」

「……ありがとう、貴方に相談して良かった」


 アイリーンの紅い唇が、三日月のように形を変える。しかし、瞳には未だ懸念を宿しているようだ。

 それでも彼女は立ち上がり、俺に背を向ける──かと思いきや、「ああそれと」と付け加え艶めかしく目線を送ってきた。


「この事は、皆に内緒よ? ……お嬢様にもね」

「誤解を招く言動はよせ」


「ふふ、自意識過剰ね」

「なっ……!」


 ……やっぱこのメイドは喰えないな。俺を殴った時はあれだけ泣いてたって言うのに。

 言い返されて何処となく悔しいが、あれでも面倒見の良い女なんだ。これ以上は負担を掛けさせるわけにはいかない。


「さて、俺も行くとするか」


 明日はいよいよようの神殿に向かう。こういう束の間を再び楽しめるのは、もう暫く先になるだろう。

 次にこのコーヒーを飲む時は、絶対にあいつを連れて行く。何なら、アンナ達に紹介したって良い。



 だから──そうだな。

 これは、『笑顔を取り戻すための戦い』って思うべきだ。






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