騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第八節 疾風の咆哮 ~花々を護る悪魔騎士~

公開日時: 2021年10月25日(月) 12:00
文字数:3,407

 ──じゅの神殿、中枢部。


 ヒイラギの手により、獣人の亡霊が持つエレの声帯を奪還する事に成功。亡霊がエレのうたによって浄化されると、中枢部である鉄塔内に一時いっときの静寂が訪れる。しかしそれを破ったのは、亡霊の兄とされるアーサーだった。

 彼は大木から降り立ち、俺たちの前に佇む。鋭き瞳で俺らを見据えると、静かに拳を作り始めた。


わしの妹を浄化させるとは見事なり。だが、首領様のめいによりお主らを倒さねばなるまい」


 鉄塔に厳かな空気が流れ、一同が武器を握り締める。

 亡霊の兄との戦いは、火蓋が切られる寸前だった。


「お前に如何なる事情があろうと、銀月軍団シルバームーンに与する以上は手加減しねえぞ」

「…………」


 彼は元々口数が少ないのだろう。言葉は返さぬものの、鍛え抜いた身体から威圧感が漂う。迂闊に近づけば、アルタ街で遭遇した時のように『返り討ちに遭う』と予感した。


「どうかお気を付けて、アレックスさん」

「ああ。ここは俺に任せてくれ」


 俺がせいのエレメントを持つのに対し、アーサーはじゅである事が予想される。相性の悪い元素だが、そこは剣術で補っていこう。


──シュッ。

 最初に仕掛けたのはアーサーだ。彼は風と共に消えたと思いきや、眼前へと接近。想定していた俺はすかさず長剣を構え、迫りくる鉄拳を幾度も防いだ。


「く……っ!」


 上段、下段、時に中段──と、不規則に隙を狙うアーサー。その度に剣で受け止めるも、俺の身体はじりじりと後方へ引きずられてしまう。

 だが、その状況下でも彼に隙はあった。がら空きになった懐をこの目で捉えた刹那、勢いよく弾き返す!


「ぬぅ!?」


 寡黙のアーサーが声を漏らした瞬間だ。今度は俺が主導権を握り、払いや突きで絶え間なく攻めてみせる。獣の腕を覆うのは、墨を落とし込んだような籠手こて。甲高く打ち鳴らすそれは、あずまの国における暗殺者“しのび”を彷彿させた。

 武装のみならず、動きだってそうだ。攻撃を受け止めるだけでなく、時にはに躱してくる。もしかすると、元々忍として活動していたのかもしれない。


 その証左を見せつけるかの如く、後方へ跳躍するアーサーは何らかの飛び道具を投げつけてきた。八方型の刃物はおそらく“手裏剣”と呼ばれるモノだろう。視界に飛び込む手裏剣は三枚。自身に近づくものから的確に叩き落とした──はずが。


「ぐあぁ!!」


 残る手裏剣に脛を切られ、思わず片膝をついてしまう。その隙を突くように、威圧はすぐ傍へと潜り込んできた。


 ならば、俺も本領発揮と行こう。

 大悪魔ヴァンツォの魂を呼び覚ました途端、自分の身体がさらに軽くなる。魔法を放つ猶予も無い今、アーサーの胸倉を掴んで投げ飛ばす! 彼が宙へ放り投げられる合間、俺はようやく詠唱の時間を確保できた。


無の環アネリェンテ


 赤黒い波動は、俺たちを中心に外側へと広がっていく。いくらアーサーと云えど、この速さに追いつけないだろう。


 ……否、彼は俺の予想をあっさりと裏切った。

 壁に激突する直前に受け身を取り、両手をクロスさせるアーサー。波動は籠手に受け止められ、闇の粒子として散り行くのみだった。


「こ、こく魔法を受け止めた!?」


 マリアが驚くのも無理もない。魔族のみが有するエレメントこくは強い瘴気を放つ故、魔法銀ミスリルでしか受け止められないのだ。

 しかも魔法銀で製造された防具は希少であり、扱いも困難だ。その手の防具を身に付ける事は、すなわち熟練者である事を意味している。


 魔法や剣じゃどうにもならねえなら、こっちも素手でやるしかねえな。

 有難いことに、あいつは俺の考えを察してくれたようだ。アーサーは着地するや、距離を詰めて回し蹴りをしてくる。そこで俺は屈んで足払いを試みるが、見事回避されてしまった。


 俺が立ち上がる瞬間、彼の姿は既に無い。代わりに背後から圧を感じたため、後転で間合いを取る事にした。


「大悪魔であるお主が、何故なにゆえティトルーズに与する?」

「それはこっちのセリフだ。お前こそ銀月軍団に入ったワケは?」


「首領様は生涯の恩人なり。かの者は地下牢に閉じ込められた儂を助け、義足を授けてくださった。昨年に妹と半身を喪った儂に希望を与えたのは、他ならぬジャック殿なり」

「…………」


 マリアはアーサーの言葉を受け、唇を噛みしめる。もしアイリーンがこの場にいれば、すぐに慰めていただろうが──。


「陛下、決してあなた様のせいでは……」

「良いの、エレ。あんな事をすれば、誰だって恨むのは判ってるから」


 まずい、マリアが戦闘態勢をいてしまっている。このままでは、アーサーは真っ先にマリアを傷つけるに違いない。

 その予想が実現する前に、俺はマリアの前に立つ。すると彼女は息を呑んだようで、焦る様子で俺の名を呼んできた。


「ちょっと、アレックス……!?」

「俺はティトルーズ直属の騎士だ。陛下の身に危険が及ぶ前に、護るのが責務だろ」


 アーサーに体勢を解く気配はない。俺が陛下マリアの姿を隠すように脚を広げて立ち尽くすと、彼は瞬く間に樹魔法を放ってきた。


地中の柱ティラストロ

「お前ら、俺から離れろ」


 アーサーが詠唱すると、足元から轟きが聞こえてくる。振動が増すにつれ、俺以外のメンバーは一斉に飛び立った。

 そして振動がピークに達した瞬間、俺の身体が突如天高く打ち上げられる。強すぎる衝撃の正体は、地中から現れた岩の柱。本来ならば回避を要するが、ここで俺が受け止めねばマリアが害をこうむると直感したのだ。


 身体を打ち上げられ、背に激痛が走る。誰もが俺の名を叫ぶが、アーサーは決して追撃を止めなかった。


「主のために身を挺するとはな。その忠誠心、称えざるを得まい」


 静かな声と共に迫る拳。

 その拳が俺の頬に到達した直後、雷で打たれたような痛みが連鎖していった。


 嗚呼、これはアイリーンの攻撃を受け止めた時とそっくりだ。

 戦友でもある花姫フィオラたちを守り切れるなら、何度彼女らの盾になろうと構わない。それが例え、身体の一部を失っても──だ。


「大地よ、己の憤りをの者に示せ」


 これは、あずまにおける詠唱……?

 ぼやける視界は、アーサーの背後にそびえ立つ大樹を確かに捉えた。


 大樹の枝は自我を持つように伸び、俺の身体に高速で迫る。

 もはや受け身すら取れない俺は、ただ空中で身を任せる他無かったのだ。


「ぐあぁぁぁぁあぁあぁあ!!!!!」


 幾多の枝が全身に突き刺さり、痛みが思考を奪っていく。仲間の叫び声が微かに聞こえるものの、彼女らが何を言っているかまでは把握できずにいた。

 体内に忍ぶ異物は、骨を削るように打ち鳴らす。何もかもを激痛に支配された末、とうとう元の姿に戻ってしまう。


「戻れ」


 枝は、壮年の声に従い俺の身体から離れていく。地獄の次もまた地獄。今度は肉を抉られた痛みが待っていた。


「う、ぐ……」

「まだ生きておるか」


 視界がさらに霞み、あらゆる記憶が脳内を駆け巡る。瀕死に陥ったのはこれで何度目だろうか。

 そろそろ彼がとどめを刺してくる頃に違いない。もはや何も視えないが、力強い気配だけはすぐに感じ取れた。


 そして──。



「待ちな!」



 もしや……ヒイラギ?

 張りのある声と共に、矢を射るような音が横切っていく。流石のアーサーも咄嗟に動けず、そのまま身体を貫かれたようだ。


 その一方、俺の身体は今にも地へ落ちようとしている。このまま頭を打ち、意識が本当に飛んで──



「間に合って!」



 ……これまでの刹那が、とても長かったように思える。俺を受け止めてくれたのは、他ならぬシェリーの霊術だ。

 身体が彼女の腕に包み込まれ、傷口が急速に癒える。息を吸う事すら苦労していたのに、今では安定感を取り戻しているのだ。


「シェ、リー……」

「どうか、お身体を休めて。今はエレさんとベレさんが前線に立って下さいますわ」


 少しずつ鮮明になっていく視界。不安そうに見下ろすシェリーを捉えたが、俺はすぐにエレたちの方へ移す。

 左には刀を持ったヒイラギが、右には堂々と弓を構えるエレの姿が在った。


「お主らは、リヴィを追放されたエルフ……不貞を働く者どもに何ができよう?」


「姉貴は自身を顧みず、うちに付き合ってくれた。それだけだ」

「わたくし達が故郷を離れたからこそ、素敵な皆様とお会いできたのです。……だからこそ、アレックス様を傷つける人はわたくしが許さない!!」


「ほう、面白い。お主らの信念、この武で推し量ってしんぜよう」


 情けない事に、俺は強敵を隊員たちに託す形となってしまった。

 しかし──獣人に立ち向かうエルフたちの背は、俺に強い確信をもたらす。



 彼女らなら、彼を倒せる──と。




(第九節へ)






読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート