騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第九章 悪魔を惑わす花々

第一節 美しきエルフ姉妹 〜三人だけの秘密〜

公開日時: 2021年6月10日(木) 12:00
文字数:5,043

 アリスの日記を読んで思いを巡らせていた時、ある人物からのメッセージが届いた。

 その文には──少し前まで銀月軍団シルバームーンの一員だったヤツの名前も、はっきりと記されていた。


〈明日、ベレと三人で防衛部隊ギルドへ向かいませんか? またお手伝いしたいのです♪〉


 明日……これまた急だが、悪くない話だ。魔物が決していないわけでは無いが、ここ最近は俺たちが出撃する程の被害状況を耳にしない。

 そんな時は応援として防衛部隊へ向かう事もある。年俸とはまた別に報酬も得られるしで、断る理由が無かった。


 初恋相手の日記帳を閉じた後、必需品や武器・防具の状態を確認する。特に問題は無いと判断した俺は、そのままシャワーを浴びて次の日に備える。




 〜§〜




 翌朝、俺は単身でティトルーズ防衛部隊の本部に辿り着いた。老朽化が進むこの巨大な建物へ足を運んでいくと、玄関付近に二人のエルフが立っている事に気付く。とりあえず「おはよう、二人とも」と軽く手を上げると、彼女らは此方を向いた。


「おはようございます、アレックス様!」

 エレが清々しい笑顔を見せると共に、肩まで切り揃えた髪が揺れる。


 その隣にいるのはヒイラギだ。彼女は腕を組んで壁に寄り掛かるが、何処となく機嫌が悪そうだ。“はかま”と呼ばれるあずまの民族衣装に身を包み、胸と右肩は鎧で覆われている。


「ヒイラギちゃん、何かあったのか?」

「その、ベレは早起きが苦手でして」

「ふぁあ……」


 剣幕にも似た表情とは裏腹に、大きく開いた口と気の抜けた低声。いかにも早起きが苦手なのが伝わってくる欠伸あくびだ。口を片手で覆う彼女の目尻には、ほんのりと涙が浮かび上がる。

 そんなヒイラギを気に掛けないわけじゃないが、此処で立ち尽くしていても仕方ない。俺が先んじて入口に入るとエレは悠々と、ヒイラギは渋々とついて行った。


 入って左手には、コルクボードが壁一面に貼り付けられている。あらゆる戦士が往来する中、俺たちも依頼の一覧を睨む。麻紙に記された依頼は、勿論銀月軍団に関する内容ばかり──では無いらしい。

 このご時世に不相応な依頼(しかも匿名)を見つけたのは、ヒイラギだった。


「アフロディアの採取はどうだ? キッカ平原なら飛んでいけるし、たまにはこんな任務も良いだろ」

「良いわね! しかもアフロディアと云えば、惚れ薬に不可欠な薬草……つまり……」

「そうさ、姉貴。どうやら考えてる事は一緒みたいだな」


「おい、朝から何考えてるんだ?」

 エルフ姉妹が俺を見てニヤニヤしている。……この感じだと、絶対ロクでも無い内容だ。


「じゃ、決まりだな!」


 節操のないダークエルフは紙を剥がすと、一足先に受付へ向かう。

 カウンターで待つのは、小柄でメガネを掛けた獣耳の少女。彼女は俺と目が合うや、高い声で呼びかけるが──。


「あっ、隊長ー!!」



──ダンッ!!!!



「ひぃいいぃいい!!!」


 紙を卓上に叩きつける音が、朗らかな空気を一気に打ち砕く。鬼気迫るヒイラギに対し、受付嬢は瞳に涙を浮かべるほか無いようだ。


「さっさと受理しろ」

「は……はいぃ……」


 今にも泣きそうな顔で紙を受け取る受付嬢。俺はすぐにヒイラギの隣へ歩み、不機嫌な彼女をたしなめる。


「おいおい、いくら早起きが苦手だからって当たらなくても良いだろ……」

「あんたに色目を使う女に反吐へどが出ただけだ」


「彼女は別にそういうのじゃないと思うぞ……」

「いや、あれは好意の目だね。この貧相な女があんたに釣り合うとでも思うかい?」


「うっ、うぅ……えぐえぐ」

「よしなさい、ベレ。……あの、メンバーなのですが……」



「あれ、先輩にエレ様じゃないっすか!」



 エレが手続きを行おうとした矢先、左側から青年の声が聞こえてくる。癖のある喋り方に、藍色の髪を肩まで下ろす男──それはステファンだった。


 その時である。ヒイラギがステファンの方を向いた刹那、彼は雷に打たれたように息を呑んだ。頬にほんのりと赤みがさす辺り、一目惚れした事をすぐに察する。彼は金魚のように口を開けつつ、上ずった声でヒイラギに尋ねた。


「えっと……あなたも、先輩たちとご一緒で?」

「はいっ。あたくしは、エレの妹ヒイラギと申します。以後お見知りおきを」


 戦慄──背中を蟲が駆けるような思いをしたのは、もはやデーモンや兄貴と戦った時以来だろう。


 ヒイラギは悪魔のような形相から一変し、慈悲深い笑みを浮かべる。丁寧に一礼する様は東の姫を彷彿させるが、その本性はまさに魔族。

 もしかして彼女、美男イケメンの前だと態度を変えるのか……? いやそれにしては超がつくほど露骨だし、男の俺もこれにはドン引きだぞ……!! これはダークエルフに転身した時の代償か? エレの歌じゃ浄化が足りなかったのか? どうなってんだ、エレちゃん!!!


「ステファン様っ、お久しぶりなのです!」

「エレ様! あの、よかったら僕も混ざっていいっすか?」


「ごめんなさい。今日は姉貴……いえ、お姉様とヴァンツォ様と三人で向かう予定ですの」


 いやそこはいつも通り『姉貴』で良いだろっ!! しかもエレまで『それが当たり前』って顔してやがる!! なんだこの姉妹……貼り付いた笑顔から(男への)貪欲さが見え隠れするぞ……特に妹! つか、周りの野郎どもは明らかに恍惚の目を向けてやがる。

 いま彼女らに引いてるのは、俺と受付嬢のみ……。泣きそうなのも判るぜ、俺もすっげえ怖いさ。お前とは良い酒が飲めそうだが、一緒に行けば間違いなく殺される。それも……純真な花ピュア・ブロッサムとは名ばかりの女たちにな。


「そうっすか……では、またいつか一緒に戦いやしょう。ヒイラギ様に、エレ様」

「「はい、是非とも!」」


 ちょっと待て。なんで俺呼ばれなかった?!

 鈍感野郎ステファンは残念そうに溜息をついた後、振り向きざまに悲しげな視線を注ぐ。だが、そのやさい瞳にはどうも俺が映り込んでいないらしい。


、僕はこれで失礼します」

「おい、俺は無視かよ!」


 ステファンは俺の言葉に耳を傾ける事無く、隣のカウンターへと足を運んでいった──。

 ……なんだ、このイラッとする感じは。しかも何故俺が周りに睨まれなきゃいけないんだ?


 そんな事をしている間に、受付嬢は受理し終えたようだ。その証拠として紙の上から『Accettare受諾』というスタンプが捺印なついんされている。


「では、お……お気を、つけて……」


 今はこの子を見ると胸が痛むので、俺が真っ先に紙を受け取った。チップとして数枚の紙幣を渡したあと、姉妹が先に受付を離れる。

 よし、彼女らが見ていないうちに──。俺は包装された飴玉を懐から取り出し、受付嬢に手渡しした。


「これ、今日のお詫びだ」

「ふぇぇえ、ありがとうございますぅぅうう」


 うんうん。辛かったよな、怖かったよな。とうとう彼女は泣き出したが、俺が慰めたからか何処か嬉しそうだ。


「アレックス様ー! 行きますよ?」

「ああ」

 エレが呼び掛けてくる。お先真っ暗でそわそわするが、仕方なく受付から離れることにした。




 キッカ村を越え、平原に降り立つ。特段目立った箇所が無いこの地は四世紀前から変わらない景色だが、あの頃と違ってベヒモスの気配は何処にも無い。その代わりに小動物が住み着いており、白くて丸い兎たちが楽しそうに跳ね回る。

 小鳥のさえずりが響き渡る中、エレとヒイラギはこの美しい景色に見惚れていた。


「うさぎ様、とっても可愛いのです!」

「ふふ、秘密基地を思い出すな」


 昔を懐かしむように、蒼と翠のコントラストを見つめるエルフたち。おっかねえ一面もあるが、自然を愛する気持ちは本当のようでかなりホッとしている。


 視線を落とせば、白のスイートピーに似る花が至る所で咲き誇り、白檀びゃくだんのような香りが漂う。これこそがアフロディアであり、今回の採取対象だ。

 エレは満面の笑みを浮かべたまま、懐から小さく折りたたんだ布を取り出す。生成色の布地を広げると、麻で作られた手提げ袋が姿を表した。


「では皆様、摘んだお花はこちらに入れてください」

「「うむ」」


 彼女は小さな手でマチを広げると、緑の絨毯の上に袋を置く。俺たちは分散し、いよいよ採取に取り掛かる事にした。



 どれくらい摘んだだろうか。アフロディアを手一杯掴んだ後、置かれた袋の中に放り込む。

 そんな作業を繰り返して、一時間程の時が経った頃か。ヒイラギが手に余る程の薬草を抱えながら、嬉しそうに近寄ってきた。


「どうだヴァンツォ。あんたより多く採ってみせたぞ」

「ベレ、張り合いじゃないのよ」


「そういう姉貴だって沢山採ってるじゃないか」

「だ、だって……!」


「ま、それだけあればこの男もうちらの虜さ」

「そうね! 後は縛っておけば──」

「待て待て!! 俺は監禁される趣味など無いぞ! 断じて!!」


「え〜? でも本当は嬉しいんですよね?」

「うちと戦った時、がっつりよな?」

「あれは不可抗力だったんだ!」


『さあヴァンツォ。うちと良いことしようじゃないか』


 ガルティエの遺跡でヒイラギと戦った際、彼女は俺に跨って誘惑してきた。思い出しただけでムラムラするからそれ以上の事は伏せておくが、見せてきたのはあいつの癖にスケベ扱いされるのは大変心外である。


 とりあえず彼女らから離れよう。今の二人に関われば、俺の尊厳が色々と危ない。

 しかし──。



「待ちな」



 白い肌で肩を掴んできたのはヒイラギだ。振り向けば、エレはずっと優しそうに、ヒイラギは不敵な笑みを浮かべている。


「せっかく誰もいないんだ。一休みの時間だよ」

「いや、あの……俺は別に──」

「アレックス様、このお花の蜜で水分と塩分を補給できるの、知ってますか?」


 やめろ、一緒に迫るな。俺には大事な本命が──だからなんで掴むんだよ!!


「ベレ、を」

「ああ」


「“あれ”?」

「これもあんたを癒やすためだ。悪く思うなよ」


 右腕を掴むヒイラギが、余った片手で扇子を取り出す。その扇子を広げた瞬間──。


「うあっ!!」


 ち、地中から蔓!? なんで縛るんだよ放せ!! しかもこの独特な匂い──あの時と同じじゃねえか……。


「さあ、アレックス様。お口を開けて?」

「さもなくば……」

「──っ!!」


 エレがアフロディアを俺に見せる傍ら、ヒイラギが俺の耳元に迫──それはやめろ!! やめろって!!!


「ぐ……っ」


 俺は、絶対に喘がねえ。絶対だ!

 けど、抗えば抗うほどヒイラギの攻めが激しくなる……。奥歯を噛み締めていると、彼女は艶やかな声で囁いてきた。


「さっさと受け入れな。飲まないと干からびるぞ?」

「…………!」


 拒絶を口にすれば最後。エレがここぞと言わんばかりに蜜を飲ませる気だ。

 だがエレは痺れを切らしたのか、指の腹でありとあらゆる箇所をなぞってきた。


 その時、俺の口からついに快楽が漏れてしまう。


「えいっ!」


 花々を口の中へ放り込まれた俺は、『噛む』以外の選択肢が見当たらなかった。もし此処で吐き出せば、もっとやばいお仕置きがあると思ったからである。

 姉妹に見守られる中、花を徐々に噛み砕いていく。噛めば噛むほど汁が溢れ、甘酸っぱさが広がるばかり。喉を通る微量の蜜は、身体の奥を一気に熱くさせる。


 そして──


「よく飲み込んだのです! さすがですね、アレックス様っ!」

「今日という今日は、愉しませてやるよ」

「おい、俺にこんな事させて何を──ぬぁっ?!」


 澄み切った空の下。俺の聴覚はこの美しきエルフらに支配され、本能を弄ばれたのである。

 それはほんの僅かな時間だったが、俺にとっては非常に長く感じたのは言うまでもない──。






 ──夕暮れ時。


 汗やら何やらを放出した後、規定量を摘んだ俺たちはそのまま本部へ帰還した。

 受付嬢はヒイラギを見ては依然と怯えるが、彼女の恐怖を和らげるべく俺が手提げ袋を差し出す。三人が手分けしたおかげで、袋の中にある薬草アフロディアは底が見えぬ程積まれていた。


「これで十分か?」

「は、はい! では、こちらが報酬です!」


 革製のカルトンに置かれたのは、十数枚に及ぶ紙幣だ。これで三人分だが、分けるのは後にしよう。

 紙幣をひとまず財布の中に収めると、エレとヒイラギが両腕にしがみついてくる。その光景に受付嬢は唖然とするが、目にハートを浮かべる姉妹は気に留めないようだ。


「よし、今日はたっぷり飲むぞ」

「賛成ね! 今日はシェリー様にもご挨拶しなきゃ♪」

「お、お前ら……周りが、見てる……」

「良いだろ♪ こんなイイ男、滅多にいないんだから!」


 ダメだこの姉妹。仕事はばっちりこなすが、それ以外だと俺の人生が壊れるかもしれん。三人だけで任務を引き受けるのは、今日限りにしておこう……。


 向かうは、恋人が働く酒場ランヘル。いくら内緒の関係と云えど、俺に厄災が降りかかる予感がしてならなかった。




(第二節へ)






受付嬢「あの任務を依頼したの、エレさん……なんですよね……」

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート