シェリーが俺に想いを告げようとした矢先、彼女は胸を抑えて悶絶してしまう。俺は胸の痛みを訴える彼女を抱き上げ、付近の救護馬車で病院へ向かう事となった。
救急医は治療を施そうと回復魔法を用いるが、魔法陣がシェリーを護るように彼の手を弾く。そこで医師は、彼女の服を脱がし状態を確かめるのだが──。
「これは……まさか……!」
彼につられて覗いてみると、シェリーの左腕には何かが深く刻まれていた。
蔓でハートを模ったような、禍々しい烙印。血のように赤く光るそれは、かつて見たことのないものだった。
「なんだ、こいつは……!?」
「何者が刻んだ呪いでしょう。これ程の強い瘴気は、上級魔術師か呪術師でなければ生み出せません」
もしや、シェリーが前から伝えたい事ってこれなのか……? この紋章が、心臓の痛みと関係していると云うのか?
不安がますます募り、思わず医師に催促してしまう。
「なあ、彼女は元に戻れるんだよな!?」
「それは──」
医師が言葉を言いかけた時、ズボンのポケットに入れていた通信機が長い振動を起こす。
タイミングの悪さに苛立ちが募る俺だが、仕方なくその端末を広げる事にした。
「こちらアレックス、何があった?」
「マリアよ。銀月軍団が城内に攻め込んできたわ! 相手は兵士を引き連れて庭に入ってきたの!」
「くそ、こんな時に……今、シェリーが──」
「マリア……! 私たちも今行くから……!!」
シェリーは上半身裸のまま身体を起こし、俺の言葉を遮る。彼女は胸元を片腕で抑え、マイク越しで友に訴えかけた。
「お前、今どんな状態か判ってるのか!?」
「胸の痛みが、落ち着いてきましたの……ですから、すぐに下ろして!」
「シェリー、アレックス……ありがとう」
戦闘中か、マリアとの通信が途切れる。俺が端末を折り畳んでポケットにしまうと、御者はその場で馬車を停止させた。
「それでは、お気をつけて!」
「ありがとな!」
シェリーが服を着直した後、救急医が急いで扉を開ける。俺たちは街に出た後、城のある方面へ一気に突っ切った。
城を囲うように、兵士たちが上空から銃を構えている。しかし花姫と護衛たちによって、彼らは容易に撃ち落とされていった。
「あと少しか……!」
緑の歩道を駆け抜け、城門に辿り着く。両脇に立つ門番は俺たちを見るや、すぐに通してくれた。
ようやく噴水がある庭に着くと、周辺には無数の横たわる兵士。随所に散りばめられた血痕は、激戦を物語っていた。
「隊長! お嬢様!!」
「アイリーンさん! 遅れてすみません……!」
真っ先に俺たちを迎えてくれたのは、開花したアイリーンだ。彼女は俺たちの顔を見た後、眼前の兵士を飛び蹴りで撃退。見る限りだと、味方で傷を負った者はいないようだ。
「ちょうど片付いたわね……後は」
俺らがマリアとアイリーンの元へ近づく中、二人は空を見上げる。
俺たちも視線を移してみると、上空には一人の少女が浮遊していた。
「ターゲット五体補足。これより排除いたします」
冷ややかな眼差しに、抑揚が感じられない声。顎部分まで伸びた亜麻色の髪を揺らし、長柄の斧を握る彼女はどこか人工的な印象を受けた。
シェリーはその女を過去に見たことがあったのか、息を呑む音が聞こえてくる。
「あの人は……!」
「知ってるのか?」
「ヴァルカね。此処の護衛用として開発した機械人形よ」
俺の問いに答えたのはマリアだ。ヴァルカと呼ばれた機械人形が俺たちの前に降り立つと、凛然とした佇まいでこちらを見据える。
黒の令嬢服から覗く白い腕──その関節には繋ぎ目があり、本当の人間でないことが改めて判る。身長や年齢はシェリーたちに近いだろう。その細い腕に反して、少女の手中には自身の背丈を上回る斧槍が収められている。
「お嬢様!」
「判ってます!」
アイリーンがシェリーを見つめ、開花するよう示す。シェリーもそれに応え通信機を取り出すと、交差するように端末をかざした。
だが──。
「開花!」
端末が光る事も無ければ、花弁が舞い上がる事も無い。彼女の張り上げた声も虚しく、時が流れるのみだった。
「そんな……どうして……!?」
「あたしが出るわ!」
マリアは焦るシェリーの前に立ち、ヴァルカに向けて杖を振り回す。杖の先端から炎の弾が数発放たれるも、ヴァルカはバックステップで回避した。
その回避ぶりは人間と大差ないほど自然だ。以前、セレスティーン大聖堂で戦った聖騎士型より性能は高いだろう。
「目標、シェリー・ミュール・ランディの捕獲」
ヴァルカは無表情のまま、宙に浮くシェリーを大きな碧眼で捉える。
瞬間移動の如く、彼女は隙間を縫ってシェリーを狙うが──。
「させるか!」
突如アイリーンがヴァルカの前に現れる。シェリーは自身への攻撃に気づいたようで、呼吸を整えてから魔力変換銃を取り出した。
ヴァルカがハルバードを横に振る瞬間、アイリーンは高くジャンプ。そのまま空中で前転するのと共に長い片脚が飛んできた。
後頭部を蹴られたヴァルカが前に倒れ──そうなところで踏みとどまり、今度は俺を捉える。
そして呼吸も許さぬ速さで迫り、斧が振り下ろされる!
「殲滅」
「くっ!」
長剣を横に構え、剣身でハルバードを阻む。だが、外見以上の圧力だ……相手がさらに力を加えれば、この剣があっさり砕かれるだろう。
「アレクサンドラ・ヴァンツォ。私があなたに勝てる確率、九八・六%」
「へっ、ずいぶん自信があるな」
内心は必死だってのに、数値を測る余裕は何処から来てるんだ?
ヴァルカは僅かに圧を加え、言葉を続ける。
「御主人様は私に生きる意味をもたらしました。『人間以上に優秀な貴様が、奴隷として生きるべきではない』と」
「相変わらず見境ねえ野郎だ」
思わず笑いが込み上がりそうになるが、此処は歯を食い縛る時。
しかしヴァルカは俺の思考を読み取ったようで、怒りを機械的な言葉に添えてきた。
「『マエストロを侮辱』と判断。これより、殺戮段階に移こ──」
「そんな蛇男に身を捧げて良いのかよ? せっかく綺麗なのに台無しだぜ」
「…………!」
えっ、頬が赤い? しかも力が弱まった……?
いや、これがチャンスだ! 全力でハルバードごと弾き飛ばし、ヴァルカの腹を踵で蹴る!
「飛行距離一メートル、軽度の損傷を予測」
ヴァルカが後ろへ飛ぶ刹那、マリアが次の魔法攻撃に移るようだ。
彼女は力強い声で詠唱すると、杖に光が収束する。
「聖砲!」
杖を突き出すと、金色の閃光がヴァルカをさらに遠くへ弾き飛ばした。
「やぁあああ!!」
今度はシェリーが地面を蹴り、勢いよく跳躍。未開花でありながらあの軽やかな身のこなしは、努力の賜物とも云えるだろう。
ジャンプ中の彼女は拳銃を構え、ヴァルカ目掛けて数発発砲。銃撃は全て躱されるも、牽制として十分に役立っている。
が、シェリーが着地した瞬間に形成は逆転。
ヴァルカは再びハルバードを構え、彼女に向かって突進。無防備なシェリーを護るべく、俺が彼女の前に立とうとした時──。
黒髪を揺らし、刀で受け止める女が現れた。
「ベレさん!?」
「良いから逃げろ!! 姉貴! アンナ!」
「ええ!」
「次はボクらが相手だ!」
上空からはエレが、ヴァルカの後方からはアンナが現れる。
ヒイラギがヴァルカを突き飛ばすと、エレは大弓を構えた。
「えいっ!」
無数の矢がヴァルカの足下に着弾し、翠の爆風が発生。
風の轟音と共に彼女の身体が打ち上げられると、アンナが空中で大剣を振り下ろした。
「喰らえぇぇえええ!!!!!」
その剣は機械人形の左腕を切り落とし、青い血が噴き出る。
当の本人は悲鳴を上げぬものの、苦渋の表情を浮かべていた。
「左腕損傷につき、命中率低下」
ご丁寧に自身の状況を述べるヴァルカ。
それを見たヒイラギは刀を構え直し、隻腕の少女に向かって斬り掛かるが──。
「撤退」
ヴァルカが後方転回した後、背から鉛の飛行機具が出現。機具から射出される蒸気は、俺達の視界を一時的に奪った。
「ちっ! あの女逃げやがった!」
視界が晴れた頃にはヴァルカの気配は無く、ヒイラギが舌打ちする。衛兵たちが兵士らの遺体を担ぐことで、一時の休戦状態となった。
「私が……開花できないなんて……」
ふとシェリーに視線を移してみると、彼女は動揺した様子で自身の両手をまじまじと見つめる。先程まで銃を構えていたとは思えないほどの困惑ぶりだ。
マリアは幼馴染の肩に手を添えつつ、俺たちに目線を送る。今の俺にはシェリーに対する懸念が募るが、彼女はそんな俺を察してかこんな提案をする。
「ちょうど皆がいる事だし、緊急軍議を開くわよ。アレックス、あたしが後で言伝するからアウレッタ牢獄へ向かいなさい。そこに居るヴィンセントから、シェリーの身に起きている事を聞き出すのよ」
「うちも同行して良いか? 元仕事仲間に挨拶したいものでね」
「まあ、護衛として動くなら構わないわよ」
そうなると、俺はヒイラギと一緒に行く事になるのか。あの男が簡単に吐くとは思えないし、かつて銀月軍団に所属していたヒイラギがいれば確かに心強い。
「行くぞ、ヴァンツオ。悠長に歩いてる暇はない」
「ああ」
早速翼を広げ、ヒイラギと共に牢獄のある方角へ向かう。
城下町から少し離れた場所とはいえ、緊迫した状況下で言葉を交わす事は決して無かった。
(第三節へ)
◆ヴァルカ(Valca)
・外見
髪:亜麻色/ショートボブ
瞳:青緑色
体格:身長163センチ/B82
備考:関節に繋ぎ目
・種族・年齢:機械人形/製造から6ヶ月経過
・属性:月
・武器:ハルバード
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