騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第二節 悪夢の再来

公開日時: 2021年8月13日(金) 12:00
文字数:3,718

 シェリーが俺に想いを告げようとした矢先、彼女は胸を抑えて悶絶してしまう。俺は胸の痛みを訴える彼女を抱き上げ、付近の救護馬車で病院へ向かう事となった。

 救急医は治療を施そうと回復魔法を用いるが、魔法陣がシェリーを護るように彼の手を弾く。そこで医師は、彼女の服を脱がし状態を確かめるのだが──。


「これは……まさか……!」


 彼につられて覗いてみると、シェリーの左腕には何かが深く刻まれていた。

 蔓でハートを模ったような、禍々しい烙印。血のように赤く光るそれは、かつて見たことのないものだった。


「なんだ、こいつは……!?」

「何者が刻んだ呪いでしょう。これ程の強い瘴気は、上級魔術師か呪術師でなければ生み出せません」


 もしや、シェリーが前から伝えたい事ってこれなのか……? この紋章が、心臓の痛みと関係していると云うのか?

 不安がますます募り、思わず医師に催促してしまう。


「なあ、彼女は元に戻れるんだよな!?」

「それは──」


 医師が言葉を言いかけた時、ズボンのポケットに入れていた通信機が長い振動を起こす。

 タイミングの悪さに苛立ちが募る俺だが、仕方なくその端末を広げる事にした。


「こちらアレックス、何があった?」

「マリアよ。銀月軍団シルバームーンが城内に攻め込んできたわ! 相手は兵士を引き連れて庭に入ってきたの!」


「くそ、こんな時に……今、シェリーが──」

「マリア……! 私たちも今行くから……!!」


 シェリーは上半身裸のまま身体を起こし、俺の言葉を遮る。彼女は胸元を片腕で抑え、マイク越しで友に訴えかけた。


「お前、今どんな状態か判ってるのか!?」

「胸の痛みが、落ち着いてきましたの……ですから、すぐに下ろして!」


「シェリー、アレックス……ありがとう」

 戦闘中か、マリアとの通信が途切れる。俺が端末を折り畳んでポケットにしまうと、御者はその場で馬車を停止させた。


「それでは、お気をつけて!」

「ありがとな!」


 シェリーが服を着直した後、救急医が急いで扉を開ける。俺たちは街に出た後、城のある方面へ一気に突っ切った。


 城を囲うように、兵士たちが上空から銃を構えている。しかし花姫フィオラと護衛たちによって、彼らは容易に撃ち落とされていった。


「あと少しか……!」


 緑の歩道を駆け抜け、城門に辿り着く。両脇に立つ門番は俺たちを見るや、すぐに通してくれた。

 ようやく噴水がある庭に着くと、周辺には無数の横たわる兵士。随所に散りばめられた血痕は、激戦を物語っていた。


「隊長! お嬢様!!」

「アイリーンさん! 遅れてすみません……!」


 真っ先に俺たちを迎えてくれたのは、開花したアイリーンだ。彼女は俺たちの顔を見た後、眼前の兵士を飛び蹴りで撃退。見る限りだと、味方で傷を負った者はいないようだ。


「ちょうど片付いたわね……後は」


 俺らがマリアとアイリーンの元へ近づく中、二人は空を見上げる。

 俺たちも視線を移してみると、上空には一人の少女が浮遊していた。



「ターゲット五体補足。これより排除いたします」



 冷ややかな眼差しに、抑揚が感じられない声。顎部分まで伸びた亜麻色の髪を揺らし、長柄の斧を握る彼女はどこか人工的な印象を受けた。

 シェリーはその女を過去に見たことがあったのか、息を呑む音が聞こえてくる。


「あの人は……!」

「知ってるのか?」

「ヴァルカね。此処の護衛用として開発した機械人形オートマタよ」


 俺の問いに答えたのはマリアだ。ヴァルカと呼ばれた機械人形が俺たちの前に降り立つと、凛然とした佇まいでこちらを見据える。

 黒の令嬢服から覗く白い腕──その関節には繋ぎ目があり、本当の人間でないことが改めて判る。身長や年齢はシェリーたちに近いだろう。その細い腕に反して、少女の手中には自身の背丈を上回る斧槍ハルバードが収められている。


「お嬢様!」

「判ってます!」


 アイリーンがシェリーを見つめ、開花するよう示す。シェリーもそれに応え通信機を取り出すと、交差するように端末をかざした。


 だが──。



「開花!」



 端末が光る事も無ければ、花弁が舞い上がる事も無い。彼女の張り上げた声も虚しく、時が流れるのみだった。


「そんな……どうして……!?」

「あたしが出るわ!」


 マリアは焦るシェリーの前に立ち、ヴァルカに向けて杖を振り回す。杖の先端から炎の弾が数発放たれるも、ヴァルカはバックステップで回避した。

 その回避ぶりは人間と大差ないほど自然だ。以前、セレスティーン大聖堂で戦った聖騎士パラディン型より性能は高いだろう。


「目標、シェリー・ミュール・ランディの捕獲」


 ヴァルカは無表情のまま、宙に浮くシェリーを大きな碧眼で捉える。

 瞬間移動の如く、彼女は隙間を縫ってシェリーを狙うが──。


「させるか!」

 突如アイリーンがヴァルカの前に現れる。シェリーは自身への攻撃に気づいたようで、呼吸を整えてから魔力変換銃を取り出した。


 ヴァルカがハルバードを横に振る瞬間、アイリーンは高くジャンプ。そのまま空中で前転するのと共に長い片脚が飛んできた。


 後頭部を蹴られたヴァルカが前に倒れ──そうなところで踏みとどまり、今度は俺を捉える。

 そして呼吸も許さぬ速さで迫り、斧が振り下ろされる!


「殲滅」

「くっ!」


 長剣を横に構え、剣身でハルバードを阻む。だが、外見以上の圧力だ……相手がさらに力を加えれば、この剣があっさり砕かれるだろう。


「アレクサンドラ・ヴァンツォ。私があなたに勝てる確率、九八・六%」

「へっ、ずいぶん自信があるな」


 内心は必死だってのに、数値を測る余裕は何処から来てるんだ?

 ヴァルカは僅かに圧を加え、言葉を続ける。


御主人様マエストロは私に生きる意味をもたらしました。『人間以上に優秀な貴様が、奴隷として生きるべきではない』と」

「相変わらず見境ねえ野郎だ」


 思わず笑いが込み上がりそうになるが、此処は歯を食い縛る時。

 しかしヴァルカは俺の思考を読み取ったようで、怒りを機械的な言葉に添えてきた。


「『マエストロを侮辱』と判断。これより、殺戮段階に移こ──」

「そんな蛇男に身を捧げて良いのかよ? せっかく綺麗なのに台無しだぜ」

「…………!」


 えっ、頬が赤い? しかも力が弱まった……?

 いや、これがチャンスだ! 全力でハルバードごと弾き飛ばし、ヴァルカの腹を踵で蹴る!


「飛行距離一メートル、軽度の損傷を予測」


 ヴァルカが後ろへ飛ぶ刹那、マリアが次の魔法攻撃に移るようだ。

 彼女は力強い声で詠唱すると、杖に光が収束する。


聖砲サノーネ!」

 杖を突き出すと、金色の閃光がヴァルカをさらに遠くへ弾き飛ばした。


「やぁあああ!!」


 今度はシェリーが地面を蹴り、勢いよく跳躍。未開花でありながらあの軽やかな身のこなしは、努力の賜物とも云えるだろう。

 ジャンプ中の彼女は拳銃を構え、ヴァルカ目掛けて数発発砲。銃撃は全て躱されるも、牽制として十分に役立っている。


 が、シェリーが着地した瞬間に形成は逆転。

 ヴァルカは再びハルバードを構え、彼女に向かって突進。無防備なシェリーを護るべく、俺が彼女の前に立とうとした時──。



 黒髪を揺らし、刀で受け止める女が現れた。



「ベレさん!?」

「良いから逃げろ!! 姉貴! アンナ!」


「ええ!」

「次はボクらが相手だ!」


 上空からはエレが、ヴァルカの後方からはアンナが現れる。

 ヒイラギがヴァルカを突き飛ばすと、エレは大弓を構えた。


「えいっ!」


 無数の矢がヴァルカの足下に着弾し、翠の爆風が発生。

 風の轟音と共に彼女の身体が打ち上げられると、アンナが空中で大剣を振り下ろした。


「喰らえぇぇえええ!!!!!」


 その剣は機械人形の左腕を切り落とし、青い血が噴き出る。

 当の本人は悲鳴を上げぬものの、苦渋の表情を浮かべていた。


「左腕損傷につき、命中率低下」


 ご丁寧に自身の状況を述べるヴァルカ。

 それを見たヒイラギは刀を構え直し、隻腕の少女に向かって斬り掛かるが──。


「撤退」


 ヴァルカが後方転回した後、背から鉛の飛行機具が出現。機具から射出される蒸気は、俺達の視界を一時的に奪った。


「ちっ! あのあま逃げやがった!」


 視界が晴れた頃にはヴァルカの気配は無く、ヒイラギが舌打ちする。衛兵たちが兵士らの遺体を担ぐことで、一時いっときの休戦状態となった。


「私が……開花できないなんて……」


 ふとシェリーに視線を移してみると、彼女は動揺した様子で自身の両手をまじまじと見つめる。先程まで銃を構えていたとは思えないほどの困惑ぶりだ。

 マリアは幼馴染の肩に手を添えつつ、俺たちに目線を送る。今の俺にはシェリーに対する懸念が募るが、彼女はそんな俺を察してかこんな提案をする。


「ちょうど皆がいる事だし、緊急軍議を開くわよ。アレックス、あたしが後で言伝ことづてするからアウレッタ牢獄へ向かいなさい。そこに居るヴィンセントから、シェリーの身に起きている事を聞き出すのよ」


「うちも同行して良いか? 元仕事仲間にしたいものでね」

「まあ、護衛として動くなら構わないわよ」


 そうなると、俺はヒイラギと一緒に行く事になるのか。あの男が簡単に吐くとは思えないし、かつて銀月軍団に所属していたヒイラギがいれば確かに心強い。


「行くぞ、ヴァンツオ。悠長に歩いてる暇はない」

「ああ」


 早速翼を広げ、ヒイラギと共に牢獄のある方角へ向かう。

 城下町フィオーレから少し離れた場所とはいえ、緊迫した状況下で言葉を交わす事は決して無かった。




(第三節へ)






◆ヴァルカ(Valca)

・外見

髪:亜麻色/ショートボブ

瞳:青緑色

体格:身長163センチ/B82

備考:関節に繋ぎ目

・種族・年齢:機械人形オートマタ/製造から6ヶ月経過

・属性:げつ

・武器:ハルバード

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