※この節には残酷描写が含まれます。
「あれは……!?」
やけに上空が騒がしいと思って飛んでみたら、ジャックとシェリーが屋根の上で戦っていた。
というか、あいつ倒れてるよな?
ここで助けなきゃ男が廃るだろ!
「今行くからな!」
このまま屋根に向かって直進だ!
影がだんだん大きくなるにつれ、クソ野郎の声と想い人の痛烈な悲鳴が聞こえてくる……!
「嫌なら今すぐ跪け。『あなたのお傍にいさせてください』と泣きながら乞え! さもなくばこうだ!」
「あぁ、がっ……!」
ふざけんな。ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな!!!!!
鎖でシェリーの身体をひっぱたきやがって!!!
「まだ仕置きが足りないようだな」
ジャックの片手に込められた、黒い波動……!
間に合え俺!!!
「さあ、これはどうだ?」
やらせるかよぉぉおおおおおぉぉぉぉおおおおお!!!!!!!!!!
マリアたちが改造してくれたこの剣で
彼女を護る!!
――バシィッ!!
「「!?」」
間に合った!
剣身で波動を弾き飛ばすと、二人の息を呑む音だけが聞こえた。
「なぜ貴様がここに……!?」
「決まってるだろ」
彼女がどう思うかなんて、今はどうだっていい。
ここで言わなきゃ後悔するだけだ!
「悪魔の女を助けるためだ」
しばしの沈黙。
だが、ジャックの表情は明らかに歪んでいた。
「貴様ぁぁぁあああ!!!!」
「へえ、お前もキレることあるの。こりゃあ雪が降るかもな」
怒りに身を任せ、長剣を召喚するジャック。
今、互いの刃が火花を散らす!
「俺の女を寝取りやがって!!」
「人聞き悪ぃな。別にそんなんじゃねえよ」
そもそもシェリーは『想いを棄てる』としか言ってねえし。というか、まだ何もしてないからな。
「ま、お前の気持ちはわからんでもないけどさ」
彼の剣を弾き飛ばし、心臓めがけて突――
……って、空振りかよ!
ジャックは隙ありと見たのか、狂うように剣を振り回す。
その剣技からシェリーを護るべく、確実に剣身で防いだ。
「ずっと待たせるとかナシでしょ」
「やむを得なかったのだ。マリアが邪魔しなければ、俺らは……!」
「本当に好きなら、それでも愛を伝えな! 今更言ったってもう遅いがね!」
「はっ、わざわざ言うまでもない」
今だ!
剣を振り下ろす――!
――キィィイン!!
畜生! これも弾き返されたか!
互いに間合いを取り、次の手を探り合う。
「そのセリフ、元カノの前でよく言えるよな」
「何とでも言え」
またしても彼の拳から黒いオーラ。
もう何度目だよ。
「失せろ」
いくつも発射された黒い光弾。これは、シェリーの銃と同じ性質のものか……?
いやそれよりも!
「気にしてるんだろ? 誰かに取られねえかってさ。だから今になって、ちょくちょく顔を出してる。違うか?」
「新たな道を切り開くためだ」
「なんでお前って、いちいち含みのある言い方するんかね。そういうとこ、昔から変わらないよな」
いくら撃ったって無駄だ。
光線も誘導弾も、全部ぜんぶ吹っ飛ばすからな。
「憶えているか? 俺と貴様が初めて殺り合った頃、俺の顔に傷をつけたよな」
「あれ、そうだっけ?」
「……!!!」歯軋りするジャック。
「だいだい、お前と遊んでもなんかつまんねえんだよ」
「あの時の俺とは一味違うぞ? 毒霧!」
おい、こんなときにまき散らすバカがいるかよ!!
これじゃあシェリーもやられちまう!
「げほっ……!!」
まずい、さっそく彼女が咳き込んでいる。
……だったら、俺もガチでいくしかないな。
大悪魔の力、いま解き放たん!
憎悪を魔力に換えて、あいつをぶちのめしてやる。
――ゴオォッ!!
自身のエネルギーで霧を吹き飛ばすと、ジャックは目を見開いた。
「なぜだ!? そんなこと、できるわけ……」
「もう十分に愉しんだろ? まずは良い女を置き去りにした罪だ」
前方に魔法陣を展開させたあと、一条の特大槍を召喚。
槍の柄を掴み、ジャックの腹部目掛けて投げ飛ばす!!
「ぐぉあ……っ!」
ジャックは身体を貫かれ、大量の赤い花弁を咲かした。
俺がその槍を引き抜いて粉砕すると、彼は立膝をついて血を吐く。
もちろんこれで終わりなんかじゃない。
「ほら立てよ」
「あがぁ!!!」
ジャックの顎を蹴飛ばすと、彼は必然的に立たされた。
なぜまだ生かすかって?
その答えはこれだ。
「次に、女に暴力を振るった罰だ」
右手を掲げると、赤黒い鎖が具現化される。
彼に向かって勢いよく振り下ろすと、悲鳴と共に灼けるような音が響き渡った。
「あぁぁぁあああぁぁ!!!!!」
「情けねえ声出すなよ。男だろ?」
噴き出る鮮血が銀の月を照らす――なんとも皮肉な光景だ。
鞭のように振るえば振るう程、彼の銀髪も死人のような肌も真っ赤に染まっていく。空中に漂う鉄の臭いが、俺に反撃を促すのだ。
鎖を虚空へ戻す最中、ジャックはフラフラとよろめく。
屋根の上を躍る彼に対し、最大の制裁を加える!
「最後に教えてやる。シェリーに相応しい男は……」
「んぐぅ!?」
彼の首を掴んだまま、急降下し――。
「この大悪魔だ」
クソ男の頭を地面に叩きつける!
石造の床に走る大きな亀裂。
街中の連中は悲鳴を上げ、走り去るのみだ。
蛇男の頭から溢れる血が、床の溝に入り込んでいく。
あれだけやられたってのに、まだ動く気か?
「ぐは……っ……俺は、死なんぞ……」
右手を伸ばすジャック。
長い爪でその腕を千切ろうとすると、彼は黒い露となって消えた――。
「……戻るか」
先の屋根に向かって飛び立ち、シェリーの元へ行く。
瓦の上に足を着けると、変身を解いて彼女に近づいていった。
「アレックスさん……!」
「遅くなってごめんな」
今だ座り込むシェリーと目線を合わせるべく、片膝をつく。
彼女は唇を噛み締めるも、瞳から溢れる粒を抑えきれないようだ。
「……もう……辛いわ……」
両手で自身の顔を覆い、嗚咽をあげる想い人。
その姿は俺の無力さを教えていた。
あのとき、一緒に帰っていれば。
『気を引かせたいから』とかそんな下らない理由で置き去った俺がバカだ。
だったらせめて――。
「思いっきり泣け」
想い人の涙を、この胸で受け止めよう。
昂る感情が落ち着くまで――。
シェリーを本人の家まで送ったが、今日は朝まで彼女の傍にいよう。もう家に上がるのも三度目だし、あんなことがあった後の夜はさすがに寝れないだろうからな。
白い壁に寄りかかっていると、布の音が微かに聞こえてくる。癖で腕を組む俺は、彼女が着替え終わるのを待っていた。
脳裏をよぎるのは、飛行中の記憶。月光に照らされた傷だらけの身体。そして、抱きかかえたときの儚げな感触。恋人でも無いのにこの手で何度も抱きしめたが、今日ほど不安に駆られたことはない。あの時、ちょっとでも遅れていれば――そんなことを考えるだけで背筋が凍る。
それだけジャックはシェリーを追い詰めたのだ。あいつの目的は彼女を“殺すこと”ではなく、“自分の支配下に置くこと”。だから(彼女らしく)生かすことも死なすことも赦さない。
お前、なんでそんなヤツに惚れちまったんだよ。もっと早く気づけなかったのかよ。俺以外のヤツを好きでいるのは見たくねえけど……せめてまともなヤツにしてくれよ。
悔しい。何もかもが悔しい。
あいつがお前に愛されていたことも。あいつがお前を傷つけたことも。
そして……出会うタイミングが遅かったことも。
壁を殴りたい気持ちを抑えるべく、腕に指を喰い込ませていたとき。
部屋のドアが開き、シェリーがこちらを覗き込むように見つめてきた。
「あの……どうぞ」
「……ありがとう」
独占欲を廊下に置き捨て、部屋に入ることにする。直後、彼女の様子を確かめるべく全体を目視してみた。
シェリーが身に纏うのは、水色のネグリジェだ。少し膨らんだ袖とスカートの裾にあしらわれたフリルや、足首にかけて広がるスカートはまるで姫のようだ。しかもウエストラインが高いおかげで、バランスの良い体格がより目につく。
もしかして、俺が此処のベッドで寝てたときもこれを着ていたのか? あの時は振り向けば『ヤバい』と思ったから、敢えて興味のないフリをしていたが……。
しかしシェリーを見つめていると、前に倒れようとしてきた。両手に収まるほどの細い肩を反射的に受け止めるも、頭は下に垂れたままだ。
「おい、無理するなって」
「大丈夫ですわ。これぐらい……」
彼女も両手で俺の腕を掴むが、どこか心細い。だから彼女の腰に腕を回し、ベッドへと導いた。シェリーがベッドの上で仰向けになると、俺は布団を身体の上からそっと掛けてあげる。
「俺が傍にいてやるから、何か頼み事があればいつでも言え。というか、腹は減ってないのか?」
「ちょうどスープを作ろうと思ったところでして。助けてくださったお礼もありますし……」
「もし台所を借りても良いなら、俺が作るぞ」
「そ、それは……!」
彼女の口答えを止めるべく、彼女の唇にそっと俺の人差し指を添える。優しい感触が俺の荒んだ心を落ち着かせた。
「俺は素直に甘える女の方が好きだ」
「っ!!」
シェリーの肩は、ドキッとするかのように跳ねる。顔を赤らめる彼女をよそに、一旦部屋を出てみよう。
廊下を出て左に曲がると台所だ。カウンターキッチンの内側に行くと、金庫を縦に伸ばしたような白い機械がある。四つの脚で自立するそれは冷蔵庫で、取っ手を引くと冷気がやんわりと流れてきた。上部に設置された籠のような物体――制御装置が唸る中、材料を確認してみる。
うん、野菜はあった。玉ねぎと人参・調味料があればスープを作れるだろう。……人に食わせるとなると途端に自信を失くすが、ここは俺が男を見せよう。食器棚の場所は確認したし、早速調理に取り掛かる。
鍋に浸した橙色の汁をレードルですくい上げる。一杯分を桃色のスープカップに入れると、一気に鮮やかさが増した。俺が作ったのは、細切りの玉ねぎと人参を入れたコンソメスープだ。カップとスプーンを木製の丸トレイに置くと、両手で彼女の部屋へ運ぶ。
「できたぞ」
俺がそう声を掛けると、シェリーはゆっくりと起き上がってソファーに移動する。一式を静かにテーブルに置けば、「いただきます」と両手を重ねた。
スプーンとカップを持ち上げ、吐息で湯気を追い払うシェリー。俺は彼女の隣に座って、お淑やかに飲む姿を眺めることにする。
彼女がひと匙分を喉に通したとき、目尻に雫が浮かび上がった。手中にあるカップを震わせていることに気づいたシェリーは、一旦それを置いて手先で雫を拭い始める。
「アレックスさん……ありがとう……」
声を震わせながら発したその言葉は、俺の胸を一気に締め付ける。そんな彼女を抱き締めずになんか――。
悲し気な姿を胸の中に埋めるのと同時に、スプーンが床に叩きつけられる。彼女が思わず手放してしまったのだろうが、今はどうだって良かった。
それよりも。
涙で濡れた顔を月明かりから隠すように。
強く、強く――。
「あんな人を好きになるんじゃなかった……まさか、誰かを傷つける人のために三年も費やしていたなんて……」
「お前が人を想った時間は決して無駄じゃねえ。あいつがただ踏みにじっただけだ」
本当に誰かが大事なら、国を荒らすような真似はしない。ましてや手を上げてでも復縁に迫るなんて、クズのやる事だ。
けれど、シェリーの心に刻まれた傷はすぐに治るものではなかろう。それを証明するように、彼女は涙しながらこう話す。
「もう恋なんてしたくない」
何……言ってんだよ。
『ずっとお前を大事にする』と決めた男が此処にいるのに。
俺ならお前を痛めつけないのに。
俺ならお前を笑わせられるのに。
確かに、俺だって恋をして厭になったことは何度もあったけど……!!
「どんなにそう言ったって、お前への想いを棄てきれないヤツがこの世にいるんだ。それが誰かは、いずれわかるさ」
「…………」
彼女はただ鼻をすするだけ。
それでも心の片隅に留めてくれると信じよう。今の俺が言えるのは、これぐらいしか無いのだから。
(第四章へ)
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