騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第十一節 神語り‐アルテミーデが微笑んでいる

公開日時: 2021年9月23日(木) 12:00
文字数:4,745

 えんのオーブを入手してから、一週間ほどの時が流れた。戦禍の最中さなかであれど、多くの者は来たる精霊祭に心躍る。花姫フィオラたちも例に漏れず、ある者は想い人と、ある者は血縁と時を過ごした。

 中でもアンナはジェイミーに誘われ、アルタ街を歩く。しかし時を同じくして、彼女の想い人であるアレックスも静かなひと時を過ごすのだった。


 それは天の気まぐれか。名も無き神は、肉体を取り戻した戦士の恋模様を描く。

 隅に置かれたモミの木が、季節の移ろいを物語る。無人のカウンターバーとは対照的に、テーブル席の殆どが男女で埋め尽くされていた。格子窓は情緒豊かな街並みと澄み切った空を映す。しかし秋のでは、この薄暗いレストランまで照らせないようだ。

 木を模した灯りは蛍の如く煌き、ある男女を照らす。やや広々とした店の中央に、アンナとジェイミーの姿が在った。


「そりゃあ、大変だったな……」


 そう言葉を放ったのは、赤のスタジアムジャンパーに身を包むジェイミーだ。彼は手前の小皿に載せたサラダをフォークで突き刺し、小さく口を開けて噛み砕く。だが胸中で渦巻くある感情が、野菜の甘味もドレッシングの酸味も容赦なく掻き消した。

 一方、桃色のニットに身を包むアンナは、食べ物を喉に通してから話を続ける。


「うん。マリアさんの身体を傷つけるわけにはいかなかったし、ボクはよう魔法で援護したり、救助信号を送ったりするぐらいしか出来なかったんだ。でも焔の都フラカーニャの人は優しかったし、アイリーンさんも色々フォローしてくれたから助かったよ」

「魂と肉体が入れ替わったら、できる事も限られてくるからね。短い間つっても、苦労したっしょ」

「そうだね……でも、マリアさんはスタイル良くて羨ましいなって思っちゃったよ。ボク、こんなんだから笑われちゃうし」


 アンナは軽く両手を広げ、眉を下げながら愛想笑いを見せる。しかし、その仕草を見たジェイミーの胸に棘のような痛みが訪れる。

 自身の頬が熱くなった事に気づいた彼は、アンナから目を逸らし小声でこう呟く。


「……あんたも、綺麗だよ」

「ほえ?」


 アンナは首を傾げるが、ジェイミーが答える気配はない。そして彼女は疑問を頭の片隅に置き、手元にあるピザを頬張り始める。

 振り絞った勇気はアンナの耳に届かず、バイオリンのくぐもった音色が流れるのみ。ジェイミーは沈黙に耐え切れず、事務的にピザを食すのだった。


「それにしても、此処のピザ美味しいね」

「だ、だろ? 誘った甲斐が、あったよ」


 アンナはジェイミーが吃音になる様を意に介さず、引き続き手を動かす。今度は細切りのポテトを手に取り、じわりと広がるアンチョビの味を堪能しだした。


 彼らが知り合って五か月ほど経つ。しかしアンナに想いを寄せるジェイミーは未だランデヴーに慣れず、『自ら誘っては緊張に苛まれて』という悪循環を繰り返していた。


(きょ、今日こそは……ああでも、やっぱ怖えなぁ)


 一度はアンナを見るジェイミーだが、その可憐な容姿を直視できるのは僅か数秒程度。結局、『ダメだダメだ』と首を振ってしまうのが常だ。

 これで何度目だろうか。アンナが「大丈夫?」と尋ねても、ジェイミーは気丈に振舞うのみ。その度、彼女はこう思うのだった。


(ジェイミーはボクを良い所へ連れてってくれるけど、あんまり目を合わせてくれない。……もしかして、何か企みがあるとか!?)


 口にすれば疑問は解決するだろう。だが『は無い』と判った時、二人の間で溝が生じるはずだ。ジェイミーを“友達”と認識するアンナは、『まあ良いか』と残る料理を片っ端から食べ尽くす。


 沈黙の中、アンナは卓上に置かれた食べ物を全て平らげた。勿論ジェイミーも摘まんではいたが、彼女の食事の量は彼を凌駕する。ジェイミーは誘った甲斐を見出すと共に、彼女に退室を促した。


「じゃ、先で待ってて。俺様は後から向かう」

「え、キミに全部出してもらうわけには……!」


「うっ……んなの、俺様のプライドに傷がつくっての! あんたが『美味い』つってくれりゃ、その……」

「……いつもありがとう。次こそ、ボクにも払わせてね」


 アンナが微笑を浮かべて席を立つと、ジェイミーは手を上げて店員を呼び掛ける。紙幣と達成感を革製のカルトンに置き、後から彼女を追うのだった。



 レンガと石造りの建物が並び、大きな川に何隻もの小舟が浮かび上がる。アンナとジェイミーは橋に辿り着くと、青々とした水辺に目を向けた。


「いつ見ても綺麗だよね」

「だね。俺様も、秋になったら必ず此処に寄るんだ」


 青の地平線が続くアルタ川。小舟に乗る者の大半は、愛を誓う恋人たちだ。ジェイミーはそんな彼らを見て羨望を懐かないわけではないが、『妬んでも仕方ない』と達観してみせる。

 それに対し、成人してから僅か二年のアンナは、ある人物と小舟に乗る光景を自ずと思い浮かべる。羊のような白いつのを生やし、波打つ茶髪が特徴の青年──妄想の中の彼は、アンナに向けて甘い笑みを見せるのだった。


 もし、小舟に乗る勇気が自分にもあれば。

 想う相手は違えど、二人の考える事は同じだった。


 だが──。

 橋の下から現れた二つの影は、アンナの妄想に亀裂を生む。



「え!?」



 空色の髪を靡かせ、祈りを捧げる少女。アンナがその後ろ姿を見間違える事など、決して無かった。

 向かいでオールを漕ぐ男は、何度も頭に思い描いた彼。アンナの胸に非情な現実が突き刺さり、全ての音を奪い去る。モノクロームに一変した彼女の視界は、茫漠たるものと化した。


(……違う、これは夢だ! 確かに、二人はすごく仲良さそうだって薄々思ってたけど、そんな事は……!)


 彼らは橋の下を過ぎ去り、小さな影となっていく。例え雫がアンナの頬を伝おうと、永遠に気づきはしないだろう。


 ジェイミーは、アンナの好意が自身に向いていない事を知っている。それに気づいたのは、四か月前にエンデ鉱山の魔物を討伐した時。一度は捨てようとした感情、しかし安易に捨てられず、今日こんにちも僅かな可能性に懸けているのだ。

 胸の痛みが不死身の吸血鬼を襲う。彼はそれに抗わんと拳を作り、提案を必死に思い巡らせていた。


 暫くしてアンナが鼻を啜りだした時、ジェイミーはようやく「あのさ」と切り出す。


「その……たまにゃ、遠い場所に行かねえか? きゅ、急に行きたくなっちまってよ!」


 目を腫らすアンナの顔は、胸の痛みを加速させる。だがジェイミーはそんな彼女を敢えて直視し、笑顔で余裕を装った。アンナはその笑顔を『ぎこちない』と感じながら、心が温まる感覚に意識を傾ける。

 そして彼女の口角が自然と上がり、涙声でこう答えた。


「うん、ボクもそう思ってたんだ!」


 彼女はあくまで誘いに乗っただけに過ぎない。それでも、ジェイミーは心の中で喜ばずにはいられなかった。

 二人は石橋を離れ、最寄りの駅へと足を運ぶ。彼らが買った切符には、ある都市の名が綴られていた。


 その名も──Artemidアルテミーデ




 蒸気機関車に揺られ、流れる景色を見つめる二人。都市から自然へと移ろう光景はアンナを高揚させるが、向かいに座るジェイミーの胸中はそれどころでは無かった。


(このまま終電が無くなったら、どうなっちまうんだ……? いや、いざって時はお互い飛べば良いが、それはなんか違ぇ)


 異性と遠い場所へ行く──連想する事柄は言わずもがな。『自分からは手を出さない』と決める彼だが、いざ目の前にすれば反動も有り得るだろう。

 無邪気な少女の細い首筋が、ジェイミーの視界に飛び込む。が脳裏をよぎった瞬間、彼はまたしても首を横に振るのだった。


「あの……大丈夫?」

「え? うん」


 そろそろ本気で頭の心配をされるやもしれない。

 そう悟ったジェイミーは、心を無にして景色を眺めたのである。




 陽は西へ傾き、薄らと灰色の雲が圧し掛かる。はらはらと降り注ぐ粉雪は、球状を為す紫色の屋根を白く彩った。手前に位置する尖塔の掛け時計は、十六時三十分を指す。

 城のような地を訪れるのは、一両の蒸気機関車。黒鉄くろがねの大筒はアーチ型の列柱の前に着き、白い煙を天高く燻らせた。


 機関車の扉が開き、次々と乗客がホームへ降り立つ。アンナとジェイミーもその一部であり、彼は無言でアンナの手を取った。


「な、なんでボクの手を!?」

「その……あんたが転んだら、俺様が嫌……だからな」


 ジェイミーはただ想い人の手を取っているだけではない。握り締める間、えんの氣を若干程度注いでいた。それによりアンナの手に血が巡り、身体の奥まで温まる。だが悲しいかな、アンナは魔術に疎い故、全身が温かい理由を判らずにいた。


 黄金の通路を暫し歩くと、階段が見える。彼らが手を繋いだまま昇ると、荘厳な構内に辿り着いた。

 白黒の正方形が整列された床は、歩く者の姿を仄かに映す。巨大なシャンデリアによって隅々まで照らされ、女神アルテミーデを模したステンドグラスが乗客を出迎える。天井の随所には羽根の彫刻が施されており、アンナは終始感嘆の声を上げるのだった。


「す、すごい……!」

「あれ、行ったことあるんじゃ?」

「あの時は転移装置を使ったから、駅に行ったのは今日が初めてなんだ」

「そうだったのか。……って!」


 ジェイミーは人々の行き来が疎らである事に気づき、慌てて手放す。互いに赤面する中、彼は両手で顔を隠し始めた。


「俺様は何してんだ……すまん、キモかったよな?」

「ううん! むしろ、こんなボクにずっと気を遣ってくれて嬉しいよ」

「……こっちこそ、気遣わせて悪りぃな」


 アンナに背を向け、早々と歩き出すジェイミー。ポケットに手を入れて歩く様は、彼女の目にどう映った事だろう。


 切符を駅員に手渡し、大通りに到着する。横長の建物がいくつも並ぶこの街は、ある行事の準備で賑わっていた。


 その行事とは、二十五のラピスラズリに行われる“精霊祭”を指す。発端の諸説は数あれど、『あらゆるエレメントの精霊が集い、奇跡を起こす』という共通点が存在する。

 また、この日に『己の命運が決まる』とされており、特に品行方正に生きた少年少女たちには細やかな贈り物が届くと云う。祭事を好むティトルーズ人は、この日に備えて豪華な料理や歌・衣装などを特別に用意する事が多い。


 辺りを見渡せば、枯れ木には球体の装飾オーナメントが施されている。他にも、女神アリスを讃えて青いリボンをモミの木に巻く者もいた。石畳にはほんのりと雪が積もるものの、年端のいかぬ子ども達が陽気に駆け回る。アンナはそんな子ども達を見て、幼少期に思いを馳せていた。


「懐かしいな。ボクも、昔はルナと地元ブリガの中を走ってたよ」

「俺様はどうしてたかなぁ。昔の事すぎて、忘れちった」


 彼の言葉を最後に、二人の間で沈黙が流れる。否、正しくは周囲の喧騒に耳を傾けているのだ。賛美歌の演奏に、人々の世間話。流行と祭事を楽しむ二人にとって、今のアルテミーデは楽園だった。

 そして一人の吟遊詩人はラジオを介し、ジェイミーに語り掛ける。『今こそ告げよ、告げよ』──と。


「……あのさ」

「何?」


 ジェイミーの呼び掛けに、アンナが立ち止まる。彼は息を大きく吸うと、可能な限り勇気を振り絞った。


「きょ、今日は……此処で晩飯食おうぜ。ちゃんと、あんたを家まで送る、からさ」

「……うん、良いよ!」


 アンナを『身持ちの固い女性』と認識するジェイミーにとって、これほど嬉しい事は無い。彼に絡みつく緊張の糸はようやくほどけ、頬が緩み始めた。


「あっ、やっと笑った!」

「な、なんだよ! それじゃあ俺様がムスッとしてるみたいじゃねえか……」


「時々不思議に思ってたんだよね。シェリーとか他の人には笑うのに、ボクに対してはそうでもない。それなのに、『なんでボクをいつも誘うのかな』ってさ」

「それは…………」


 ジェイミーの言葉が詰まった時、どちらかの胃袋が空腹を訴える。アンナは恥ずかしそうに腹部を押さえると、彼は「とりあえずさ」と話題をすり替えた。


「飯屋でも探そ。今度はあんたが決めてくれ」

「判った! 今度こそボクが奢るからね!」


「んなのいいって!」

「ダメったらダメ! こういうのはお互い様なの!」



 アルテミーデの冴えた夜。彼らは胸の痛みを忘れ、温かなひと時を過ごした。

 その後、彼は約束通り少女を送り、無事帰途に着く。胸中を打ち明けるには至らなかったものの、また一歩距離を縮めたようだ。






読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート