騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

Sh. そんな目で見ないで

公開日時: 2021年1月21日(木) 12:00
更新日時: 2021年3月18日(木) 10:55
文字数:886

 やめて。

 そんな目で見ないでよ。


 私には、忘れられない人がいるのに。


 真っ直ぐな眼差しが胸を突き刺すせいで、息すらできないし顔だって熱い。

 もしこの息を吐いてしまえば、高い鼻筋が近づいて唇を塞がれるかもしれない。


 それから、厚い舌が入ってきて――。


 ……私ったら、何を考えているの?


 栗色の癖毛に羊のようなツノを生やし、尖った耳を持つ青年。

 いま目の前にいるのは、ただの仕事仲間のはずよ。


 彼の名は“アレクサンドラ・ヴァンツォ”と云うけれど、私はいつも『アレックスさん』と呼んでいた。

 その呼び方が彼の望みでもあるから。


 彼は引き締まった右腕で壁を押さえ、左手をズボンのポケットにしまい込んでいる。

 私をどうする気なのかな……。逃げれば酷い目に遭うかもしれない。


 怖いはずなのに、身体が疼いてくるのはアルコールのせいなのかな。

 こんなことなら飲まないほうが良かったんじゃ……。


 ねえ、マリア。

 君は三年前に『ふさわしい人がそのうち現れる』と言ってくれたけど、もしかして彼のことなの?


「お世辞だと思うなら、ここで証明しても良い」


 お願い。その低い声で囁かないで。

 左手を近づけないで。


 このまま身を委ねたら、あの人との約束を破っちゃうのに……!!



 ……え? 



「何やってんだ俺は……」



 私が予想していた未来は、左手をまたポケットにしまうことでついえた。

 彼は表情を歪ませ、私から視線を逸らしている。


「悪い。信じてほしかったとはいえ、怖がらせちまった」

「いえ……」

 あまりに意外な言葉で、思わず嘘をついてしまう。


「今のは忘れてくれ。くれぐれもマリアちゃんには話すなよ」


 アレックスさんは右手を壁から離すと、釘を刺すようにそう言った。






 それからは、何事も無いまま家に辿り着いたけど……

 私も私でどうかしていた。


「よかったら、私の家でお茶しませんか?」なんてさ。


 いくら胸が痛む理由を知りたいからって、流石にこんな誘いは無いよね……。


 迫られた恐怖は決して嘘なんかじゃないのに。

 あの続きを想像してしまう私がいる。


 偶然枕に垂らしていた白檀びゃくだんの香りは、私にこう呟かせる。



ゆるして……今夜だけだから」



 待ち人の名を呼ぶも、両手は既に理性を殺していった。






読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート