騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第五節 彼女に導かれ

公開日時: 2021年8月4日(水) 12:00
文字数:4,028

 最上階に立ちはだかるランヘルを倒し、憩いの場で心身を休める。アリスの女神像と蒼のステンドグラスに見守られる中、傷と疲労を癒やした俺は再び探索に出た。

 次は儀式室に向かい、聖具室の鍵を入手せねばならない。一階と地下を回っても手掛かりが無かったので、探すなら此処しかないだろう。


 だが回廊を徘徊する最中さなか

 正面奥から、白いドレス姿の少女がこちらに向かって走ってくる。揺れる蒼髪をこの目で捉えた瞬間、とうとう高揚を抑えきれなくなった。


「シェリー!!」

「アレックスさん!!」


 きっとジャックの魔手から逃げ延びてきたんだ! ああ、これでようやく……!!

 彼女と俺の距離が瞬く間に縮まり、互いに抱き合う。甘い香りに、優しい感触──彼女と離れてから二、三日程しか経っていないと云うのに、これらが随分と久しく感じるものだ。


 こうして再会できた以上、今の俺らを阻む者は誰一人いない。彼女が鼻をすするたび、この痩せ細った身体を固く抱き締めた。


「会いたかった……!」

「俺もだ! ホントに、ごめんな……!」


「ジャックに酷いことされて……。怖かったの……」

「わかってる。俺も……お前が近くにいなくて、気が気でなかった。さあ、早くあいつを倒そう」

「はい……!」


 シェリーが目を腫らしたまま俺を見上げ、大きく頷く。それから俺の片腕を引っ張り、彼女が来た方向へ連れ出そうとしていた。


「それでは、私がご案内しますわ」

「よろしく頼む」

「……私のために、倒してくれるんですよね?」

「勿論だ」


 振り向きざまに儚げな笑顔を見せるシェリー。未だ目尻に浮かぶ涙が、美しさを引き立てているのは言うまでもない。まさに、最後の逢瀬を果たした初恋相手アリスとの面影が重なった。

 ずっと恋しかったのか、俺の腕に絡んで歩みだす。まあ、可愛いから良いんだけど。


「うふふっ」

「おいおい、まだ戦いは終わってねーぞ?」


 周囲の魔物たちが、俺達に嫉妬の眼差しを注ぐ。いくら銀月軍団シルバームーンと云えど、ここまでイチャイチャすれば襲ってくる事はないのか?


「さあ、こちらですわ」


 暫く歩き、辿り着いた先は両開きの大扉だ。此処が儀式室のようで、扉の隙間から禍々しい氣が流れてくる。


 ……って、あれ?


「ジャックが此処にいるのか?」

「どうでしょう。入ってみないと判りませんわね」


 ジャックに酷い事をされたと云うのに、なぜ平然としているのだろう……。それとも、俺のために平静を装っているとか?


「シェリー、無理に笑う必要は無い。全て俺の手で片付けられる事だ」

「アレックスさんったら……忘れちゃったんですか? 私には霊力があるということを」


「だからと云って、今のお前では危険すぎる」

「……私は、あなたのお役に立ちたいんです。それに、あの男にお返しをしなければなりませんから」


 ……その瞳の奥に悲痛さを秘めているはずなのに、シェリーは強い女だ。

 この気高い恋人を二度と手放さない。そう誓うように、柔らかな髪に指を通す。


「無理はするなよ」


 彼女が再び頷くと、今度こそ二人でドアノブに手を掛ける。この重い扉を一緒に引いてみせると、広大な円形空間が俺たちを出迎えた。


 足下には直径五メートル程の巨大な魔法陣が刻まれてあり、ある魔物を象った石像が中央奥で見守る。醜い顔と悪魔の角に、尖った耳──そして筋骨隆々たる人体は、ガーゴイルを彷彿させた。

 一室全体を囲む八本の石柱は、いずれも天井との繋がりは無い。窓は一枚も無い以上、このような場所に閉じ込められたら逃げられないだろう。


 儀式室はどの聖堂にもあるが、此処まで不気味だっただろうか。暫しガーゴイルを見つめていると、背後で鉄の降りる音が聞こえてきた。


「っ!?」


 振り向けば、扉は柵に封じられている。突然の音に思わず息を飲む傍ら、シェリーは鼻で笑い始めた。


「うふふふ、アレクのざ〜こ♡」

「は!?」


 シェリーの身体が頭から掻き消え、粒子が蝙蝠に変化。姿を表したのは、紫の髪を靡かせたサイドツインテールの少女。悪戯が好きそうな童顔にして豊満な肉体というアンバランスな外見。加えて露出度は極めて高く、目のやり場に困ってしまう程だ。

 両手を腰に当て、「ふふん」と鼻を鳴らす彼女に心当たりがある。それは、以前ジェイミーを襲ったとされる夢魔に酷似していた。


「まさか全部てめえが……」

「そうなのだ。余こそがリリト。あの銃士があるじから逃れられると思うか? この戯けが!」


 なんだこのメスガキ……もしやこいつが鍵を持ってるってのか?

 長剣を鞘から取り出し、両手で構える。すると彼女は「お〜お〜」と俺を煽ってきた。


「夢魔はうぬの好みでは無かったか? そ・れ・と・も、“ツンデレ”ってヤツか〜?」

「『サキュバスは好きか嫌いか』と訊かれたら前者だが、お前みたいな女は無しだ。あと気安く“アレク”と呼ぶな」


「ほほう、やはりあの男の友ではあるな。だがアレクよ。今ここで余に跪けば、聖具室の鍵を明け渡してやるぞ?」

「断る」

「なら仕方あるまい……出番ぞ!


 リリトが石像に向けて片手を突き出すと、ガーゴイルの目が紅く光りだす。三メートルにも及ぶ魔物は悪魔の翼で飛び立つと、鱗で覆われた手を振りかざしてきた!


 けたたましい程の咆哮と共に、長い爪が襲い掛かる。俺が横へ跳ぶと、爪が床に食い込んで地面を揺らした。

 勢いよく腕を引き抜き、俺を睨みつけるガーゴイル。再び雄叫びを上げ、数回に渡って殴りかかってきた。


「お前をさっさと倒し、メスガキをぶっ飛ばす」

「大悪魔の力を封じられたに何ができよう?」


 リリトが俺を嘲笑う一方、俺はガーゴイルの攻撃を全て回避。

 ガーゴイルは次の攻撃に移るようで、口元が黒く光り出した。


 ヤツの目は俺を捉え、大きな口を開ける。黒い波動が放たれた瞬間、左へ回り込んだ。今度は右へ回避すると、魔法によって石畳に亀裂が走り出す。

 そんな中、ガーゴイルへの対処に思考を巡らせた。いくら特注の剣だろうと、そのまま振れば刃が折れるだけだ。ならば──あの石柱を使おう。


 まずは手前の柱から。そこへ一気に駆け抜け、あえて棒立ちしてみせる。するとヤツはまんまと引っ掛かり、喉を鳴らしながら歩み寄ってきた。

 爪が再び振り下ろされたとき、一気に右の柱へ飛び込む。その間、ガーゴイルの爪先が先程の柱の根元に刺さったようだ。


 ヤツが怒りに身を任せて引き抜いた刹那、例の柱が横に倒れ片足が下敷きになる。石像といえど痛覚はあるようで、喉が擦り切れそうな悲鳴を上げていた。

 その隙に氷撃ギアーレを奥の柱に投げつけ、ヒビを生じさせる。俺が移り変わる間、その柱はガーゴイルの片翼をへし折った。


「しぶてえな……っ!」


 ガーゴイルは近辺の柱を拳で粉砕。石の破片を掴むと、振り向きざまにそれを投げつけた。その攻撃を躱したつもりが、塊の幾つかが腕にあたってしまう。顔へのダメージは免れたものの、激しい痛みは拭えなかった。


 さらにヤツは、足の上にあった柱を持ち上げ横に振る!

 俺が後ろへ跳んで魔力変換銃マシンガンを取り出す傍ら、五本目の柱が崩れ落ちた。


 ガーゴイルが攻撃する前に照準を定め、六本目の柱に風穴を開ける。次にその柱の背後に回り、ヤツに向かって蹴り倒した。

 六本目の柱が脳天を直撃。粉砕直前の頭部に向かって光弾を乱射させた。


 やがて顔面から欠片が落ち、怒りに身を任せて暴れ始める。頭部が欠損してもなお抗うガーゴイルだが、何も視えていないのか予測不可能な暴れっぷりだ。


 ちょうど右奥の柱──七本目まで駆け抜けたとき、先ほどの黒い球が飛んでくる。その球が柱の根元に当たると、ぐらついた柱がガーゴイルの左腕を切り離した。


 砂埃が一気に立ち、視界が一時的に煙くなる。

 だが、砂塵が消えた頃にはガーゴイルもさすがにフラついていた。腕と首を失った彼は、もはやデュラハンかゾンビのようだ。


 そこで首の根から垣間見えたのは銀の心臓だ。俺は助走をつけてから一気に跳び、最大限の魔力で光る宝石に撃ち込む!


「これで終わりだ!」


 光が着弾すると宝石はたちまち砕かれ、雪崩のように崩れ落ちる。

 俺が着地した頃には、ガーゴイルは既に無に帰していた。


「ぐぬぬぬ……っ!」

 リリトが歯軋りする間、俺は彼女との距離を一気に詰める。首根っこを掴んでこちらへ引き寄せると、刃先を彼女の喉元に当てた。


「こ……この尊大な余に何をする!」

「さっさと鍵をよこせ。まだ死にたくないだろ?」

「きーーーーーっ!!! ……なら、仕方ないのだ」


 怒りを露わにするリリトだが、尋問に成功したようだ。彼女が「ほら」と鍵を差し出した時、俺は片手でそれを受け取る。


「もう良いだろ? 早く余を放せ!」

「今すぐ足を洗うと約束すればな」

「そんな話聞いておらぬのだ! この悪魔! マザコン!!」

「どこからその単語が出てきた」


 口うるさい夢魔だが、これ以上危害を加えてこないだろう。

 仕方なく解放してやると、リリトは再び両手を腰に当てて俺を見上げてくる。すると、彼女の口からこんな言葉が出てきた。


「ふん、余には“主”という存在など不要。この余が特別に聖具室へ案内してやるのだ! その礼として、余の御御足おみあしを舐めるが良いぞ?」


 その時、妙案が思い浮かぶ。

 俺はその考えを実行すべく剣を鞘に収めると、勢いよく彼女の身体を押し倒した。突如俺に跨がられた彼女は抵抗するが、どうやら男の腕力には敵わぬようだ。


「きゃあ!? な、何なのだ!! 余を襲おうと云うのか!?」

「あまり俺に偉そうな口を利くと引っ叩くぞ、この──が」

「ひゃうう……!」


 長耳に向かって囁いたとき、リリトの身体が仰け反る。すると彼女は顔を赤らめ、蕩けた目で上目遣いしてきた。


「下僕……もっと余を、罵れ……」

「へ……?」


 おいおい、Sかと思いきや隠れMか? その甘ったるい声で不覚にもキてしまったが、此処は理性を優先せねばなるまい。


「行くぞ」

「ええええ!? その調子で余を罵れ! 罵れぇえええ!!」

「いや意味がわかんねえよ」


 俺が離れると、上体を起こして頬を膨らますリリト。

 先に儀式室を抜けたとき、彼女は小走りで俺を追いかけてきた。




(第六節へ)






◆リリト(Lilita)

・外見

髪:パープル/ロング/サイドツインテール

瞳:髪とほぼ同色/ツリ目

体格:身長151センチ/B88

備考:童顔/背中に蝙蝠の翼/長耳

・種族・年齢:夢魔/400代

・属性・能力:げつ/不明

・攻撃手段:魔法

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