※この節には残酷な描写が一部含まれます。
・カーテシー:スカートの裾を持ち、片足を少し内側へ曲げる挨拶。主に西洋で用いられる。
「確かお前、あのならず者の姉だったよな?」
正面からやってきた金髪の隻眼は、そう吐き捨て腕を組む。背後に立つ二人の銀髪も、エレを見てはくすくすと笑い始めた。
「えっ、こんな女が?」
「姉は死んでるし妹は亜人じゃないしで、何のために生まれてきたの?」
「エレさん達になんてことを……!!」
「良いのです、シェリー様」
……俺ですらかなり頭に来てるってのに、当の本人は何故ここまで冷静なんだ。何故、そんなにも肝が据えているんだ。
新緑の瞳でエルフどもを真っ直ぐに見つめるエレ。彼女がダガーを取り出した矢先、アイリーンが「エレ」と呼び掛け前に立つ。
「貴女が傷つく必要なんて無いわ。ここは自分が」
「ああ。お前には大事な役割があるからな」
「アイリーン様……アレックス、様……!」
俺もアイリーンの隣に立つと、ごろつきの女たちも拳を構える。特に中央の金髪は自信満々といった様子で不敵な笑みを浮かべたままだ。
「手加減は無用だ。行くぞ」
「「Oui monsieur!《承知致しました!》」」
「俺はあの二人を倒そう。アイリーンちゃんは金髪を頼む」
「ええ」
「うぉぉぉおおおぉおお!!!!!」
金髪が雄叫びを上げてアイリーンに迫る一方、二人の銀髪は同時に跳躍して俺を挟む。
「女だからって甘く見たら火傷するよ〜?」
「お兄さん、捕まえられる?」
俺が逃れぬよう、サイドステップしながら囲う彼女ら。盗賊としての技術を持ち合わせているのか、素早く駆け回って俺を錯乱させているようだ。
しかし、俺からすればまだまだ遅い方だ。敢えて一歩も動かずにいると、片方が一気に距離を詰める!
「捕まえたぁああぁ!!!!」
真っ直ぐに伸びる鉤爪。俺は半歩左へ動き、彼女の右腕を片手で掴んだ。
「ひえっ!?」
流石に男の握力には逆らえまい。俺はそのまま引っ張り、建物の壁に向かって投げ飛ばす!
「ぐあぁあっ!!」
彼女の背中と後頭部が石レンガの壁に激突。周囲は大きな衝撃音に慌てふためき、一目散に走り去った。時には食物が転がり落ちるも、彼らは構わず踏み潰していく。
石畳の上で肉片のように飛び散る果物。それは俺たちが普段食しているものとは思えない程、グロテスクな光景だった。
「はぁぁぁあああ!!!!」
今度はもう片方か。彼女はアイリーンさながらの飛び蹴りをかますも、本人と違って跳躍が乏しい。
すなわち──俺の敵ではない!
俺がローリングすることで、彼女は踵で硬い地面を引きずる。立ち上がるタイミングが重なると、今度は腰に下げていた短い棍棒を取り出して横に払う。
「ふんっ!」
子分の掛け声と同時に頭を下げた。目には見えないが、棍棒から雷の氣を感じ取れる……。きっと彼女は陽のエネルギーを棒に落とし込んでいるのだろう。
ただ、大きく横に振った分隙もでかいようだ。俺はしゃがんだまま右足を回転させ、彼女の足を払う。
「うぁ!?」
その勢いで子分の手中から棍棒が滑り落ちる。尻餅をついた彼女は愛器に手を伸ばしたが、マリアがそれを後ろへ蹴飛ばした。
「あたし達にそれ以上噛み付くなら、容赦しないわよ」
長柄の杖を持ち、先端の紅い水晶を子分に向けるマリア。
俺は子分の目つきを見逃さなかった。獰猛な瞳が恐怖に一変し、その場で凍りつく様を。
その傍ら、女の荒い呼吸が聞こえてくる。その方を見遣ると、未だ平静であるアイリーンと対照的に息が乱れる隻眼のエルフがいた。
「はあ……はあ……」
「これでわかったでしょ? 貴女自身の実力が」
俯くエルフ。アイリーンに諭されて、ようやく納得したのだろうか。
……いや違う。拳をわなわなと震わせ、歯を軋ませるのだ。彼女は憎悪を込めた声音でこう呟く。
「……あたいの実力は……こんなものじゃねぇんだよぉぉおおおぉおお!!!!!」
エルフの右手にあるのはダガーだ。
彼女がアイリーン目掛けて突進しようとした刹那、凛々しい女声が街中に響き渡る。
「およしなさい。大切なお客様ですよ」
エルフの足が止まり、誰もがその声がする方を向く。そこには、白金の髪を足首まで伸ばし、月桂冠を被る初老の女が堂々と佇んでいた。先程まで理性を失っていたエルフは我に返ったようで、片膝をついてから頭を下げる。
「申し訳ございません、宰相様。あの死人が『また滅びの道を辿る』とぬかし──」
「ならざる者の戯言など捨て置きなさい。……お待ちしておりました、ティトルーズ国王様。私めがリヴィの宰相シルヴィと申します」
宰相が深々とお辞儀をする間、負傷した二人の子分と共に逃げるごろつき。その一方で既に杖を(虚空へ)戻したマリアは、スカートの両裾を持ち片足の膝を軽く曲げる。
「宰相様、歓迎してくれてありがとう。あたしはマリア・ティトルーズ。こちらにいる人たちは、魔術戦隊の“純真な花”よ」
「なんて眩しい御方たちなのでしょう。さあ、この馬車に乗ってお行き」
宰相が手招きしたとき、三輪の幌馬車が並んでいる事にようやく気付いた。手前の白い幌は宰相の所有物だとして、深緑の幌を持つ後の二輪は来客用か。茶色い馬、アーチ型に張られた簡素な布──と、母国と違ってやや質素な印象を受けるが、贅沢は言ってられない。
御者に案内してもらった後、俺とシェリー・マリアの三人は真ん中の客車に乗る。俺は手を添える事で二人の搭乗を手助けした後、彼女らと向き合う形で座席に着いた。
どうやら後の三人も無事乗れたらしい。御者たちはそれを確認すると、掛け声と共に官邸へと発進した。
荒れた町をゆっくりと横切り、市場へと向かう。生鮮物の入り混じった匂いが幌の中へ入り込む。薄地の布越しで見えるのはぼんやりとした輪郭の塊だが、大きい屋根のようなものは屋台だろう。その周囲に群がる金銀の影は住民だ。
いかなる用事であれ、他国に来た時は日常的な光景も眺める。でもリヴィがエレを冷遇する以上、『観光したい』という気持ちが微塵も湧かないのだ。……たとえ、馬車列が通るたびに頭を下げられたとしても。
どうやら、官邸はこの市場を通り抜けた先にあるようだ。お淑やかに座るシェリーとマリアに目線を向けたとき、前の馬車が停まり宰相が降車。程なくして俺たちの乗る馬車も停まると、御者が促してきた。俺は先程のように彼女らの降車を手助けした後、一同と共に眼前で広がる光景を一望する。
「なんだか教会みたい……!」
そう感嘆したのはアンナだ。手前の尖塔は均等にそびえ立っており、背後には時計塔がある。確かにこれだけ見れば、ティトルーズ王国の教会に似ているな。なお、時計塔の針は午後二時過ぎを指す。広がる城壁であらゆる建物を囲う辺り、この国の城下町は城郭都市とみた。
「では、私についてきて」
いよいよ中に入る時だ。俺たちは宰相に続いて大きな扉をくぐり抜ける。途端にきらびやかな空間に入った俺は、その落差に内心戸惑ってしまった。
その落差を与えるものの正体は、天井から吊り下げられた豪華なシャンデリアだろう。四方にある石柱にはエルフを模った彫刻があり、男性とも女性とも判別し難い。正面から見て右手にある階段は、おそらく応接間に繋がっているのだろう。その隣は受付のようで、片眼鏡を掛けた女エルフが長に頭を下げる。また、所々に設置された植木からはミントのような爽やかな香りが漂った。
「「ようこそ、ティトルーズ国王様。そして純真な花の皆様」」
給仕服を着た女達がぞろぞろと現れ、一斉にカーテシーをする。……にしても、此処もみんな似たような容姿で宰相を認識するだけでも精一杯だ(後は髪を束ねているか否かぐらい)。長さは違えど、これ程までにエレほど短いヤツがいなくて不思議でもある。
それに、俺たちには礼儀正しくてもやはりエレへの視線は厳しいものだ。誰もが寒色の瞳だけ動かし、不快感を露わにする。いくらエレでも、耐え切れない余り目線を落としてしまうのが判った。
だから、此処は彼女の手を握り締めて廊下を歩く。彼女が俺の手を握り返す様子は、助けを求めているように感じた。
「俺がいるさ」
周りに聞こえぬようエレの長い耳元で囁く。すると彼女はハッとしたように顔を上げ赤面するのだが、微かに漏れた短い吐息はやや艶めかしかった。
赤い絨毯の上をしばらく歩いていると、大きな二枚扉に辿り着く。流石にこればかりは木製のようで、二メートル程ある扉の表面には複雑な装飾が施されていた。
宰相がその扉の前で立ち止まると、両脇に立つ二人の門番が同時に扉を開ける。……といっても、応接間は思ったほか広くないらしい。
俺たちが通されたのは、六人掛けのテーブル席。石レンガの壁に申し訳程度の白い絨毯、亀裂の走る天井──と、豪華なエントランスや廊下と違って現実に引き戻されたような気分である。それに長いこと換気していないのか、湿気やカビなどの臭いで鼻がひん曲がりそうだ。
俺とマリアは向かい合うように座り、他の花姫たちも後に続いて着席する。入口から現れたメイドはトレイに紅茶を載せるが、それも五つしか用意されていない。
自分の手元にティーカップが置かれると、真っ先に左隣のエレに差し出す。メイドが一瞬だけムッとしたように見えたが、それで動じる俺では無かった。
一方、宰相はテーブルの先に置かれた書斎机に着く。テーブルと書斎机の間は0.5人分の距離があり、この僅かな隙間が警戒心を表しているようにも見えた。
彼女は訝しげな眼差しをエレに向け、ついに話を切り出す。
「……ならず者の姉もまたならず者、とな。お前のような者が花として生きるなど贅沢よ」
「神様も気まぐれなもんでな。そう言わんでやってくれ」
どうもこの宰相には敬語を使う気になれなかった。花姫たちもそんな俺を嗜める様子が無いし、『無礼が過ぎれば武力を行使する』というそぶりを少しでも見せておいた方が良いだろう。
彼女はそんな俺を察したのか、「失礼いたしました」と咳払いして本題に移る。
「『ダークエルフが我が国に侵入した』との報告を多数受けております。ある者によれば和装でしたり色の黒い女でしたり、と。おそらくは──」
「ベレで合ってるんだろ?」
「ええ。追放者の肖像を保存しておりますから、間違いありません」
宰相は机の引き出しから一枚の羊皮紙を取り出し、メイドに差し出した。メイドからその紙を受け取ると、俺は水彩で描かれたヒイラギの全身像を眺める。
「えっ」
……これ、全裸じゃねえかよ……。絵画を目の当たりにした花姫たちの多くは顔をしかめ、特に姉のエレなんかは反射的に顔を逸らす程だ。そりゃあそうだよな。身内の辱めを好き好んで見たいヤツなんざいない。
全身像はお世辞にも巧いと言い難く、良くも悪くも『昔の絵』って感じだ。黄金の髪や白い肌は再現できているものの、肝心の体格は画家の誇張表現が混じるせいで参考になりやしない。画家が妙な気持ちでヒイラギを描いたと思うと反吐が出るぜ。
とにかく、追放者といえど枷に嵌められた女の絵を長く見る趣味はない。俺が紙を裏返してメイドに返却すると、宰相が話を続けた。
「被害者の話によりますと、ベレは“ガルティエの遺跡”に潜り込んだそうです。彼が尾行しましたところ、樹魔法で払われ重傷を負いましてね」
「ガルティエの……遺跡……!?」
目を見開かせ、息を呑むエレ。俺含む誰もが彼女に目線を向けるが、ショックのあまり何もできないようだ。
「ベレ……どうして、寄りにもよってそんな場所へ……」
「心当たりがありますの?」
「幼い頃、わたくしとベレはあの地で遊んでいたのです。あちらにいた魔物ともお友達だったのですが、今はきっと──」
その時。地面が縦に揺れ、建物が崩れるような爆音が響き渡る。複数の悲鳴が耳へ到達したとき、俺は真っ先に窓辺へ走った。
「悪ぃ! 開けさせてもらう!」
解錠して身を乗り出し、根源を確かめてみる。
官邸からやや離れた町は既に黒煙が立ち昇り、紅蓮の炎が燃え盛っていた。
そして、屋内から初老の金切り声とそれを押さえるメイドの声が聞こえてくる。
「ああ……ああぁぁあああぁああ!!!!! あの悪夢が、再び訪れるというのぉぉお!?」
「落ち着いて下さい、宰相様!! あの頃と違い、今では新たな純真な花が──」
『新たな純真な花』?
じゃなくて、今は町へ向かう事を優先せねば!
けど……その前に、宰相に伝えるべき事がある。
「宰相、此処で約束してくれ。もし俺らがこの国を救ったら、エレたちを対等にもてなす──と」
「あ、わわわわわわわかったから! 早くあの怪物を止めて!! 全身像も今すぐに破棄するから!!」
「話がわかるようで助かる。じゃ行くぞ、みんな!」
「「はいっ!!」」
俺は花姫たちの方に向き直り、狼狽する宰相を置いて応接間を後にする。
それからエントランスを抜けると、町を蹂躙する巨大な獣の元へ飛行した。
(第五節へ)
◆シルヴィ(Sylvie)
・外見
髪:プラチナ/ロングストレート(足元まで)/センター分け(前髪も長い)/月桂冠
瞳:青紫
体格:身長176センチ
備考:長耳/外見は初老
・種族・年齢:エルフ/不明(500年以上は生きていたとされる)
・職業:リヴィ宰相
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