【前章のあらすじ】
アレックスがヴァルカと外出した後、アルタ街にて魔物が出没。純真な花が魔物を討伐すると、ジャックと共にある獣人が現れる。それは、かつて転移事故で下肢を失った不死の獅子アーサーだった。銀月軍団は花姫の動きを封じたのち、エレの声帯を強奪。その後、副メイド長クロエの潜入調査により、樹の神殿にて亡霊が存在する事が判明した。
また、アーサーとの戦いで負傷したアイリーンとアンナは、マリアより出撃の停止を命じられる。エレもその一人のはずが、彼女の強い意志により妹ヒイラギと共に出撃する事となった。
吟遊詩人から声を奪った理由とは。そして彼女は声を取り戻せるか。美しき花々に、新たな暗雲が訪れる。
いよいよ樹の神殿に向かう日。雲で覆い尽くされた空の下、ティトルーズ城の屋上に着くと少女たちは既に待ってくれていた。今日はアンナとアイリーンがいない代わりに、ヒイラギも助力してくれる。彼女と共に戦うのは、フィオーレ動乱事件以来だろう。エレもまた獅子男によって負傷した一人だが、変わらず援護に回ってくれるそうだ。
普段なら石レンガの上に設置された転移装置を用いるが、今回はその隣に佇む怪鳥グリフォンに乗ることとなる。彼を囲うのは複数人の巫女部隊。乳白色のオーブを纏う女性たちは、誰もが真剣な表情で俺たちを見つめていた。
そのうちの一人である少女は俺に近づき、穏やかな声と共に手で怪鳥を指す。
「隊長様、どうぞ此方へお乗りくださいませ」
「おう。わざわざありがとな」
「とんでもございません。我々は常に陛下たちのお傍におります」
彼女がお辞儀をするのと同時に、他の巫女たちも一礼する。ここでマリアも「ありがとう」と一言告げたあと、怪鳥の広い背に乗った。ちょうどシェリーが俺の隣に乗ろうとするので手を貸してやる。
「ここは私とマリアにお任せ下さい。後方はベレさんにお願いしてありますわ」
「それなら俺はエレちゃんを守ろう。しかし、ヒイラギちゃん一人で大丈夫なのか?」
「うちの弓から逃れたヤツはいない。姉貴には指一本触れさせないさ」
ヒイラギの低い声が後ろから聞こえてくる。俺やエレ達と背中を合わせる彼女は、きっと自信に満ちていることだろう。
「さて、そろそろ行くわよ。みんな、準備は良い?」
「ああ」
誰もが声を揃えたあと、マリアは息を大きく吸って声を張り上げる。
「飛べ!!」
――キエェェェエェ!!!!!
女王の号令と共に、鶯茶の両翼が上下する。怪鳥の咆哮は俺たちの髪と服を揺らすだけでなく、奥の森に棲む鳥たちを一斉に羽ばたかせた。
離陸の瞬間、怪鳥の身体が徐々に宙を浮く。腹の底から感じる重力は、緊張感と高揚感を同時にもたらした。誰もが開花しているからか、唯一隊員では無いヒイラギも既に真の姿に変身。褐色の肢体を包む煽情的な衣装は、本能を微かに揺さぶってくる。そこで俺は景色に視線を移し、辺りを見張る事にした。
ついに俺たちは城を離れ、街や森・山を通過していく。肌がより冷たい空気に晒されるが、戦えばすぐに身体が温まるだろう。
「このまま東に向かうわよ。いつでも迎撃できるようにしなさい」
東といえばリヴィや東の国があるが、樹の神殿はその近くに存在する。周辺にある風の町ウェンティーヌについては、討伐後に向かうようだ。
そんな中、シェリーがマリアに話しかける。
「ウェンティーヌって確か、『自然と共存する町』だったよね」
「ええ。一応電気は通ってるけど、蒸気はまだ通ってないのよね。……むしろ、『通す予定が無い』と言った方が正しいのかも」
「ヴィンセント程じゃないが、あそこはなかなか受け入れないだろうな。魔力を通すだけでも荒れたって言うぐらいだし」
「そうね。おじい様とパパからは『交渉するのに大変だった』と聞くわ」
「ああいう場所も落ち着くっちゃ落ち着くが、旅行ぐらいがちょうど良いだろうな」
マリアと話したように、あの町の住民はあまり機械を好まない。電気の使用は灯りや交通手段・ラジオと必要最低限に留まっていて、あとは天に身を任せるしかないのだ。蓄音機とか娯楽モノはまあないワケじゃないが……大体は大通りに行かないと入手できない。
風の町について会話をしていると、ヒイラギの言葉で現実に引き戻される。
「おいマリア、さっそく追手が来たぞ」
「何ですって!?」
背後で十数体の魔物が飛行する一方、彼女は既に片膝をついて大弓を構えていた。蝙蝠の翼を生やした彼らは、おそらく眼下の森林から来たと思われる。
「俺は至近距離で来たヤツを叩き切ろう」
「よろしく頼む。……たぁっ!!」
ヒイラギは、一本の大きな矢が放つ。直後、魔物のいる数だけ一気に分裂し、奴らの頭をことごとく打ち抜いた。肉片が飛び散り、次々と樹海へ落下していく。
同時に、俺は左側から何かが迫るのを予感していた。それも迅速に──!
とうとう肩まで迫ってきたとき、反射的に長剣を振り下ろす!
「はっ!!」
──グシュッ!
歓迎を受けたのは、インクのような黒い肌を持つ魔物“グレムリン”だ。そいつはゴブリンのように醜い顔をしているが、身体は至って細い。いくら空は飛べると云えども、何らかの衝撃を受けたら簡単に吹き飛んでしまうようだ。
「マリア! 今度は前方から来るよ!」
「あたしは前とエレの近くをカバーするわ。シェリーとアレックスはその逆をお願い!」
「おうよ!」
敵が群れを為すのも把握済みだ。グレムリンが全方位から襲い掛かる中、シェリーはショットガン型の魔力変換銃を唸らせ、横に並ぶ魔物たちを一斉に撃ち落とす。
「倒しきれないときは突っ切るわよ。雷霧!!」
俺たちの後ろで、マリアが電気を帯びた霧を撒き散らしたようだ。シェリーやヒイラギも狙いを的確に定めているが、俺が手を休めて良い理由にはならない。時に急接近してくるグレムリンに対し、剣を振り下ろしていった。
しかし、これではいくら倒してもキリがない。そこで俺は、マリアに一つ提案をしてみる。
「結界を張ってくれねえか?」
「ちょうどやるところよ! みんな捕まって! あいつらもそろそろ魔法を使ってくるわ!」
マリアはそう言って怪鳥を囲うように結界を張る。グレムリンたちが炎や氷など各々の魔法を放つが、タイミングが遅かったようだ。結界に弾かれてバチバチと火花を散らすも、壊れる様子が無い。
誰もが屈み、グリフォンの背にしがみつく。無論俺も右手をエレの肩に回しつつ、厚みのある羽毛に顔を埋めた。
「《グリフォンよ、あなたの翼で奴らを吹き飛ばして!》」
──キェァァァァアア!!!!
再びグリフォンの咆哮が轟いた直後、呼吸ができない程の重力が働く! 本当に掴まってねえと落っこちてしまいそ──
「きゃあぁぁああ!!!」
ヒイラギの悲鳴が響き渡ったとき、予感が的中した。ここは俺が助けに行こう!
「エレ、しっかり掴まってろ!」
赤いリボンを揺らすエルフにそう声を掛けると、彼女は恐怖に耐えながら頷く。そして俺はすぐさま身体を後ろに向けて手を伸ばすと、褐色に染まった手が握りしめてきた。
「離すなよ!」
「ぐ……っ!」
歯を食いしばり、ヒイラギの身体を一気に引き上げる。彼女が再びグリフォンに跨ることで無事助け出すことに成功した。
「すまんな……危うく落ちるとこだった」
「良いさ。この中で落ちれば、奴らの餌食だからな」
何とか逃げ切れたのか、グリフォンは速度を落として空を羽ばたいている。ふと正面を見てみれば、木造の家や店が並び立つ町へ辿り着こうとしていた。それはフィオーレや焔の都と違った趣だが、今はそこに視線を向ける時ではない。
「あれが風の町、ですわね」
「ええ。あの先に遺跡が見えるでしょ。もうすぐ神殿に着くから、そろそろ降りる準備をなさい」
生い茂る森に囲まれる、石造の遺跡。此処が今回の目的地であり、亡霊たちが待ち構えているようだ。冷風が運んでくる湿気は、かつては違う国の所有地であった事を物語る。
やがて少し開けた平地が近づくと、俺とヒイラギは一斉に飛び降りる。その際花姫たちは翼を展開させたため、着地が俺とヒイラギより少し遅かった。
その建物は、石で粗削りされたようなアンバランスな外観。これまでの神殿と違って天井は大きく欠けており、何らかの紛争や天災に巻き込まれた証かもしれない。今は木々の大半が暖色に染まっているが、こちらは所々で緑葉も存在する。土地の有り様を大事にしているからか、空気がとても新鮮だ。
「グリフォンに乗ると、こんなにも早いのですね」
シェリーが話すと、エレが相槌を打つ。姉の着地に気づいたヒイラギは、「大丈夫だったか?」と尋ねて身を案じていた。気を引き締めるという意味を込めて、俺もエレに話しかける。
「苦しいと思うが、『長くは続かない』と信じるんだ。何かあったときは、俺たちが必ず助ける」
俺が肩に手を添えると、彼女は澄み切った翠の瞳でこちらを見つめる。
その眼差しは声を失う前と同じ輝きを放っており、俺の心に潤いを与えるのだった。
(第二節へ)
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