騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
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第十五章幕間

神語り 美人エルフ姉妹、秋の祭典へ《上》

公開日時: 2021年9月8日(水) 12:00
更新日時: 2021年10月29日(金) 11:35
文字数:3,527

 純真な花ピュア・ブロッサムげつのオーブを回収してから二週間ほどの時が流れ、暦はトルマリン下旬を迎える。世間では、毎年恒例である“秋の祭典”が開かれようとしていた。

 エレとヒイラギはある人物と共に催しへ向かうが、彼女らにロクでもない未来が待ち受けていた。


 不覚にも、名も無き神はその未来を見届ける事となる。

「すまんな、ジェイミーと一緒に行く約束をしてるんだ」


 スピーカー越しでそう答えるアレックス。エレは通信機を尖った耳に当てたまま、落胆の表情を浮かべた。彼女は「仕方ないのです」と明るく振る舞ってみせた後、静かに通話を終了させる。その長方形の機械を耳から離すと、大きな溜息が漏れた。


「ダメか」

「ええ……」

 落ち込むエレとは対照的に、隣のヒイラギは平静を保ったままだ。


 此処はエレ達の自宅。昼食を終えた二人は、リビングのソファーに腰掛けてアレックスに発信信号を送っていた。

 だが、『アレックスと共に秋の祭典に行く』という望みはこれで潰えた。エレが自身を納得させようと目を瞑る傍ら、ヒイラギには何か提案があるようだ。


「しゃーない。あいつ呼ぶぞ」

「あいつって?」

「パシリさ。浮いた金で装備品諸々買えるぞ?」


「……それは、大きいわね」

「なら決まりだ」


 妹の口から“パシリ”という単語が出る事に疑問を懐かないのだろうか。損得勘定で生きるエルフの姉もまたエルフであり、あっさりと頷いてしまう。

 ヒイラギは颯爽とソファーを離れ、壁掛けの電話がある方へ向かう。木製の直方体に取り付けられた小さな受話器を手に取ると、細い指先で中央のダイアルを回した。




 〜§〜




 秋の祭典当日は、秋空が広がっている。噴水広場は多くの人で賑わっており、エプロンドレスに身を包む女性たちが徘徊。エレとヒイラギもその一部であり、大きく開かれた白いブラウスの襟は行き交う男たちの目を惹きつけた。

 だが当の本人たちは意に介さず、待ち人を目で追い続ける。彼女らはしばらく雑談していると、例の者がようやく現れた。



「こんちわっす! その、遅れてすいやせん……」



 群青色の髪を揺らす細身の青年──ティトルーズ防衛部隊で活躍する双剣使いのステファンだ。彼はエレ達を見るや、顔を赤らめて目を泳がせる。恋愛経験が乏しい彼にとって、胸元が大きく開いた格好は刺激的なのだろう。

 緑を基調としたショートエプロンは、予め姉妹で合わせたものだ。ヒイラギは長い黒髪を纏めるせいか、ステファンにとって新鮮らしい。


 だが、彼はこの美しき姉妹に利用される事を知るよしも無かった。


「こんにちわ、ステファン様!」

「あたくし達、似合ってますか……?」


 一人称を『あたくし』とする方がヒイラギだ。普段は粗暴な口ぶりだが、美男の前だと上品に見せる。それすら気づかぬステファンの心臓は、今にも口から飛び出そうだった。


「は、はい! どちらもお似合いっす! あの、ホントに僕で良いんすか……? 必要なら、何なりと申し付けください!」

「そう仰られると気が引けますが、あなた様さえ宜しければ……!」


 戸惑うように片手を口元に当てるヒイラギ。彼女の本心など、もはや説明不要だ。

 三人は合流すると、会場へと足を運ぶ。一方エレは、アレックスらを見つけるべく辺りを見回していた。


「姉様、あまり飲みすぎませぬよう」

「判ってるわよ。あなたもね」


(ああ、なんて美しいんだ……! 僕に勇気があれば、あの間に挟まれたい……)


 ステファンの視界に白い花が咲き誇り、良からぬ考えが駆け巡る。ヒイラギがエレの腰に腕を回すだけで、ステファンは既に興奮を覚えていた。


 暫く歩けば、屋台の群れが見えてくる。多くの店で行列を為しており、肉の香ばしい匂いが立ち込める。先頭に立つ者たちは肴を手にした後、テーブル席に着いてビールジョッキを握り締めた。

 この喧騒を耳にした三人は顔を綻ばせ、期待に胸を膨らませる。ヒイラギは早速ステファンがいる事を忘れ、普段どおりの言葉遣いで姉に話しかけた。


「先にランヘルでもどうだ? シェリーがいるんだろ?」

「そうね! もしかしたら、アレックス様にも会えるかも……!」


 エレの口から“アレックス”という人名が漏れたとき、ステファンの胸に棘が絡みつく。それもそのはず、彼は『あわよくば姉妹を独占したい』と思っているのだ。


 ランヘルといえばフィオーレで有名な酒場だが、此処では出張店を指す。あらゆる屋台が立ち並ぶ中、三人はさっそく土色の簡易テントを見つけた。その上部に『RANGELランヘル』と書かれており、一同は長蛇の列を見て唖然とする。

 その行列を捌くのは、三角巾を結ぶ看板娘シェリーだ。一同が見る限りだと、アレックスやジェイミーの姿は何処にも見当たらない。


「すごい行列っすね……」

「あれだけの客と笑顔で接するなんて、流石なのです」

「ふん、愛想良く振る舞ってるだけだろ」


 片手を腰に当て、口を尖らせるヒイラギ。しかしその言葉とは裏腹に、真っ先にランヘルへ突き進むのだった。


「ほら、並ぶぞ」

「は、はい!」


 ヒイラギが振り向きざまに呼び掛けると、ステファンが駆けつける。例え言葉遣いが荒くとも、一切気にしない彼であった。



 行列の中で雑談をする一同。彼らがカウンターの前に立つと、シェリーは「まあ!」と目を見開かせた。


「ごきげんよう! エレさんにベレさん! それから……ステファンさん、でしたよね?」

「そうっす! えっと、ビールを三つ下さい!」


「わたくしはソーセージの盛り合わせを!」

「うちはハンバーグを頼む」

「皆さん、ありがとうございます! では、ちょっと待っていてくださいね」


 シェリーは紙皿とトングを取り出し、注文の品を次々とよそう。五秒も経たぬうちに全ての惣菜を添えると、彼女は笑顔で姉妹に手渡した。

 カウンターの奥では、店主ランヘルがジョッキにビールを注いでいる。その間にステファンは悠々と財布を取り出し、数枚の紙幣と小銭を皮革製のカルトンに置いた。


「ほら。落とすなよ」

「あっ、ありがとうございやす!」


 大きな手で三杯のジョッキを掴み、ステファンに差し出す店主。一通りやり取りを終えると、エレ達はテーブル席を探し回った。








 時を同じくして、アレックスとジェイミーは既にランヘルを後にしている。それから向き合う形でジョッキを打ち付け、地元のビールを味わっていた。


「二ヶ月前はお疲れさん」

「どうも。戦いはまだ終わってないがね」


 アレックスは厚切りのポテトに手を伸ばし、柔らかな食感を味わう。


「アンナちゃんとはどうだ?」

「ぼちぼち。俺様と長電話してくれるけど、最近は『鍛錬で忙しい』っつーことであんま会ってない」


「なんだ、そんな事か。お前が相手になれば解決するぞ」

「え、でも怪我したら……」

「何のために回復と幻影魔法を覚えてるんだ? 俺だってシェリーとやるぞ」


「あんたの『やる』は意味深なんだよな……」

「それじゃねえよ。あと、お前が相手になれば彼女にとって良い刺激になる」

「うーん……」


 ジェイミーもまた肉を口に放り込み、考えを巡らせながら噛み砕く。きめ細やかな繊維を味わうはずが、アンナを想うあまり味覚が彼方へ消え去る。


「あいつと一緒にいる時ぐらいは、戦いを忘れさせてやりたいんだよね。写真を撮る時のあいつは、すっげえ幸せそうなんだよ」

「ま、お前がそう言うなら無理強いはしないさ」


「それからこないだ電話した時、俺様に訊いてきたんだよ。『“なんとかの六じかん”って何?』とさ」

「んぐ……っ!」


 アレックスの気管に食べ物が入り、げほげほと咳き込む。取り急ぎビールで流し込むも、焦りを拭えずにいた。


「俺、ちゃんと話したのに……」

「なんて?」


「『平和を祈るための儀式だ』って」

「あー、それね。『本当の意味がありそう』って言ってたよ。でも俺様もよく判ってなくてさ」


「つまり、あれだよ。お前がをするんだ」

「げふっ!!」


 今度はジェイミーがビールを噴き出してしまう。一体、彼らは昼間から何の話をしていると云うのだろう。


「よ、よせって! まだ俺様とアンナはそういう関係じゃ──」

「誰も『そうしろ』とは言ってねえよ。むしろしたいのか?」

「いや…………無理だよ。俺様の手であいつを汚すなんて」


 ジェイミーの胸中は不安に支配され、自身の手を見つめる。鮮明に浮かぶのは快楽に溺れるアンナではなく、吸血鬼じぶんじしんに怯える想い人だった。


「俺様だって、痛がる事ぐらい知ってるさ。だから、あいつが求めるまで一切手を出さない」

「…………大丈夫だ。そんなお前だからこそ、アンナもきっと判ってくれる」


 友の言葉は太陽の如くジェイミーの心に射し込み、希望を芽生えさせる。そしてハッとするように顔を上げるジェイミーだが──。


「おっ、エレちゃん達だ」

「へ?」


 アレックスの視線は既に別の方を向いており、エレ達がランヘルから離れるところを目視。

 しかし、エルフたちに挟まれて歩く青年を見掛けた矢先、アレックスはジェイミーの方に向き直った。


「声掛けないの?」

「夢ぐらい見させてやろうかなって」


 それはアレックスなりの配慮なのか、情けなのか──。ステファン同様恋愛に疎いジェイミーは、「変なの」と言葉を返すほか無かったのである。




(続く)






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