※この節には残酷な描写が含まれます。
久しぶりの酒場で俺を真っ先に歓迎してくれたのは、蒼い髪をポニーテールで纏めた少女だ。水晶色の瞳は大きく輝いているし、睫毛だって長い。加えて高い鼻筋に桃色の小さな唇と、どう見ても“美人”と言う他なかった。唇の端から頬までの横髪が、彼女の完璧な顔立ちをより際立たせる。体型も程好いし、はっきり言って俺好みだ。
でも――
この外見、どこかで見た事あるような……。
「アレックス、久しぶりじゃねえか。あんたの席、ちょうど取ってあるぞ」
逞しい男の声が意識を呼び戻す。その聞き慣れた声の主は銀の狼男だ。カウンター付近の空席を指差す彼は右目を眼帯で覆うも、隻眼に苦労する様子が一切見られない。
此処は、この狼男ランヘル――以降はマスターと呼ぶ――がおよそ二世紀以上経営する老舗の酒場だ。彼の名を冠したこの店は、相変わらず多くの戦士で賑わっている。
俺が背もたれの無いカウンターチェアに向かうなか、店主と例のウェイターがこんな会話をする。
「またビール追加だ。頼んでいいか?」
「はい、かしこまりました!」
喧騒の中、彼女の速やかな足音が聞こえてくる。一方で俺は、既に弾力を失った皮革に下半身を預け店主にウイスキーを頼む。彼は俺の好きな銘柄を手に取りながら話し掛けてきた。
「随分見ねえうちにまた男前になったな」
「どうだかな。それにしても、この国が一気に変わってて驚いたぜ」
マスターはグラスに亜麻色の液と幾つかの氷を流し込むと、「ほらよ」と卓上に置いてくれた。
「王様も代わったさ。今はマリア陛下と王配ルドルフがここを仕切ってる。防衛部隊も、王配が引き継いでくれてるよ」
「うん、知ってる。さっき謁見させてもらったからね」
「あんたが此処へ帰ってくるってことは、ここ一ヶ月で話題となった部隊の件だろ?」
「そうそう。……んなことよりさ、あの可愛い子ちゃんを紹介してくれよ」
「喰いつくと思った」
彼女が隣の客にビールジョッキを差し出す傍ら、俺は本人に聞こえぬようマスターに促した。彼は少女の手が空く隙を見て、「おい」と呼びつける。名前を呼んだ気がするが、流石にそこまでは聞き取れなかった。マスターは俺を指しつつ、落ち着いたトーンで彼女に話す。
「紹介するよ、こいつはアレクサンドラ。元防衛部隊のメンバーで、今日帰国してきたんだってさ」
「まあ……!」
丸いトレイを抱えながら目を光らせる様子は、見ていて気持ちが良い。彼女が高く澄んだ声で一礼する時、空色の髪がしなやかに揺れ動いた。
「えっと。三年前から此方に勤めています、シェリー・み……いえ、シェリー・ランディと申します」
「『アレックス』でいいよ。早速だけど、チーズクラッカー貰って良いか? 肉は抜いてくれ」
「良いですよ!」
なんて眩しい笑顔なんだ。こんなに綺麗な女を手放すヤツはきっといない。まあ、彼氏いようがいまいが、あの手この手で奪えば良いだけだ。
でも性格はどうだろう。ひっきりなしでビールを求められるくらいには、かなりのやり手かもしれん。もしかしたら男に貢がせたりとか……。
いやいや、あいつの笑顔に偽りは無い。別に騙されたってきっと悪い気はしないさ。
さて、先ほど両陛下から頂いた“通信機”――『端末』とも云う――とやらを見てみよう。懐に手を入れると、薄くて硬い何かを皮膚が感じ取る。
それを取り出せば、正方形の薄い板が視界に入る。表面は透明で、金や銀・銅の連なった歯車が半永久的に廻り続ける。広げると縦に連なった二つの正方形に変わり、前面の液晶が現れた。折り畳みなのに、液晶には境目がない。
これはいったい何なのか。陛下が説明してくれたことを脳内で整理してみる。
通信機を用いることで、純真な花の花姫たちと無線・文通を行える。
電波技術向上と暗号化の実験も兼ねているため、『必ず届く』という保証はない。しかし、普通の手紙と比較にならない程のスピードで届くという。
普及すれば、もっと便利になるかもな。俺は手紙でも全然構わんのだけど――
「それ、まさか……!」
えっ、この上ずった声は……
いつの間にかシェリーが片手にトレーを載せたまま、俺の近くに立っていた。目を丸くする彼女は俺と目が合うと、「はっ」と我に返りトレーの上にある皿を余った手で持ち上げる。
その時、耳元で何かが光った気がした。えっと、ピアスか? それも花の形で金色の。……いや、今はそうじゃねえって。
「何か知ってるのか?」
「えっと、その……」
「魔物が出たぞぉぉおおお!!!!」
窓越しで聞こえた男の叫びは、客たちを一気に現実へ引き戻す。
シェリーは声のする方を向くやいなや、トレーを投げ棄て玄関へ駆け出した。
なんで外へ出るんだ? しかも制服のままじゃねえか。
俺は卓上にあるつまみを置き去りにして、彼女の後を追うことにした――。
城下町フィオーレは恐怖に支配されていた。先ほどまでの賑やかさはもはや幻で、今では悲鳴があちこちで沸き上がる。人々が逃げ回るも、黒い影たちに捕らわれ紅い飛沫を飛ばす惨状が視界に広がっていた。
その影の一つを注視してみる。その正体は馬にまたがる騎士だが、馬も騎士も首が存在しない。というより、騎士は自身の生首を片手で抱えたまま剣を振り回していた。
デュラハン。かつてより存在する魔物が、何故この街を彷徨う? これが両陛下が仰っていた銀月軍団の魔物たちなのか?
それに、シェリーが何処へ行ったかも気になる。あの走り方は恐怖に怯えたそれじゃない。何か使命感に駆られたかのようだった。彼女が無事でいてくれれば良いが――。
ちょうど一望できるテラスを見つけたので、駆け足で階段を昇る。
階段を昇り切ると、蒼髪の影を大量のデュラハンが囲う様子が見えた。
でも……何故か不安を感じない。それどころか、あのウェイターは何かを秘めているようだった。
デュラハンの誰もがシェリーに剣を向ける中、彼女はあるモノを取り出した。
あれは通信機? 救援を求めるのか、彼女は端末を開いて交差するようにかざす。
しかし、清らかな声が放つ言葉は、俺の予想を遥かに超えるものだった。
「開花!」
端末が光り、青い花びらがシェリーを包み込む。彼女はその美しい竜巻と一体化すると、艶やかなシルエットを露わにした。幸か不幸か、花弁の群れが目眩ましのように舞うおかげで、肢体を凝視するのは極めて困難だ。
手出しする者は誰一人いない。いや、できないのだろう。あの竜巻から強い魔力を感じるし、迂闊に近づけば危険な事ぐらいわかる。特に俺のような魔族だと尚更だし、実際デュラハンの一部は光にやられて怯んでいる。
花びらが消えると、シェリーの違う姿がそこに存在していた。
淡色の鎧にひざ丈のフレアスカートという組み合わせは、戦闘服であることを物語る。しかし、その鎧は既存の騎士とは違うデザインで、女性らしさを強調しているようだった。真っ直ぐな長髪をなびかせ、瑠璃色の翼をはためかす様は確実に俺の目を奪う。
まさか……彼女のような存在が“花姫”なのか……?
その時、女の声が脳髄を揺さぶってきた。
『―――は、――――――――。平穏―――て、―――――――せ――――――』
「うっ!」
突如襲う頭痛が俺を跪かせる。
何だあの声は……!? シェリーに似てる気がするが、何て言ってたのか全く聞き取れなかったぞ。
それよりも、彼女は今どうなって――
「たぁっ!!」
――ズドォォォオオオオン!!!!
視界に入ったのは――まっすぐに伸びた青い閃光と、広がる稲妻。
それらがデュラハンたちを串刺しにした後、黒い血……いや、花弁が一気に散らばった。
彼女の両手には大型の銃がある。これはレールガンと呼ばれるモノだと思うが、おそらく魔力変換銃の一つだろう。頭痛のせいで直視すら難しいが、彼女が彼らを誘導して一掃したことは見て取れる。
けれど……それも束の間。
新たな黒い影が、目にも留まらぬ速さでシェリーの背後に迫りくる――!
「やらせるかよっ!」
痛みに苦しんでる場合じゃねえ!
俺はテラスから飛び降り、大剣を持ったまま彼女の近くへ向かう!
――グシャァッ!
鮮血をまき散らし、落馬する首無き騎士。
彼と馬の虚像は、銃士への襲撃も叶わぬまま剣の錆となった。
「……っ!」
シェリーが息を呑む音。
振り返ってみると――
片手を胸に当てる姿が、銀の満月に照らされていた。頭部を飾る小さな冠と花形のピアスが、まさに姫と呼ぶべきと報せるよう。
乙女の髪を揺らす春風。
運んでくれたのは、血の匂いでも甘い花の香りでもなく、
切なげな表情だ。
悲鳴も肉を断つ音も聞こえない、二人だけの世界。
俺の身体は勝手に彼女に近づいて――。
「何してるのよ!!」
少女の甲高い怒号が最後の一歩を止める。
ああ、あと少しで抱き寄せることができたのに。
俺が「すまん」と声を発そうとしたとき、銃を持つ姫は悲しげな表情でこう呟く。
「触らないで」
彼女が俺とすれ違うとき、俺の心をあの青い閃光が貫いた気がした。
……今はダメだ、切り替えねば。まだ戦いは終わっちゃいねえし。
視界の奥に映るのは、赤橙のウェーブヘアーをなびかせた女性の姿。彼女はライラック色の鎧――デザインはシェリーのそれにそっくりだ――を纏い、デュラハンを蹴散らしているようだ。スリットから伸びる脚は引き締まっているし、格闘技に長けた女性なのだろう。もしかしてアイリーンか?
駆け寄るにつれて、憶測から確信へと変わっていく。髪型こそ違うが、大人の女性を彷彿させる体格は確かに彼女だと判断した。素手や脚で華麗に薙ぎ倒す様子が俺の闘争心を掻き立てる。
彼女も俺の存在に気づいたのか、俺と背中を合わせる形でデュラハンどもと対峙した。
今一度大剣を握り直し、刹那の痛みを誤魔化すように笑ってみせる。
「やっぱ戦いは華やかじゃねえとな」
「あら、随分と余裕なんですね」
うっ……こっちはこっちですげえ冷たい。どいつもこいつも俺に対して……
ええい、せっかくの準備運動だ!
俺が最前線で活躍してたことを見せつけるしかねえ!!
「うぉおおおおおお!!!!!」
一体のデュラハンを捉え、容赦なくヤツの身体に切りつけた!
奴らが群れを成して、一斉に襲い掛かってくる。それでも俺は剣を振り回し、まとめて魔物を薙ぎ払った。
「どうした、もっとかかってこいよ!」
こんな大群、幾度も単独で蹴散らしてんだ。今更ビビることはない。
鎧や床に張り付く、肉片と鮮血。
例え生臭い空間に身を投じても、一人でも救えるなら……!
人が襲われている以上、これは遊びなんかじゃない。
そうわかってるのに、俺の中にある大悪魔の魂が目覚めようとする。無論こんなことぐらいで呼び覚ます俺じゃない。
再び構え直した時、またしても少女の怒号が聞こえてくる。
「喰らいなさい! はぁああ!!」
あの刹那を引き留めた少女――陛下も後方で戦っていた。彼女の髪を留める飾りは赤いリボンではなく、深紅と桜色のバラだ。鎧は地毛を薄めたような色。手中にある真鍮の杖は柄が長く、先端に紅蓮の水晶が取り付けられてあった。
「焔撃!」
陛下が呪文を唱えると、杖の先端が光って炎を宿す。その杖を勢いよく振り下ろすと、炎の弾が魔物たちに着弾して焼き尽くした。
でも、なんで床とかに燃え移らないんだ? 普通は魔法を使えば地形にも影響があるというのに……。
「これで数はだいぶ減ったかしら?」
「かもね。あとはあいつを潰せば……!」
シェリーの言う『あいつ』って何だ?
疑問に思っていると、空から一際大きいデュラハンが俺たちの前に舞い降りる。騎士の方の胸には、銀色に輝く宝石が埋め込まれてあった。
「アレクサンドラ、そいつの心臓を壊せば片付くわ!」
「わかった!」
国王相手に思わずタメ口で応えてしまうが、今は撃破が優先だ。
親玉も察したようで、俺とヤツが正面で向き合う形となる。満月の下でこれとは、随分とテンションが上がるぜ。
シンクロするように地面を蹴り、互い目掛ける俺たち。
床を鳴らす蹄と漆黒の鎧が近づく刹那!
「そろそろ仕上げといこうか!」
長年愛してきた大剣に魂を込め、
ヤツを――
切り裂く!!
すれ違うように立ち尽くす俺とデュラハン。
僅かな静寂。
一騎討ちの勝敗を報せたのは、
ガラスが割れるような音だった――。
直後、黒の花弁と化す残党が視界に入る。それらは吹雪の如く舞い上がり、音も無く昇天していった。
これで終わりで良いんだよな。
大きく映る月を眺めるなか、背後から小さな足音が近づいてくる。
「あなたが、私たちの隊長であるアレックスさん……ですか?」
俺の隣に立ち、同じく白き光源を見つめる蒼髪の少女。跳ね上がる睫毛のおかげで、人形のような横顔が必然的に目を奪う。
高鳴る鼓動を悟られぬよう、俺は静かに「ああ」と答えた。
彼女は俺の反応を聞くと、伏し目がちで唇を薄く開く。
「どうか、今後とも力をお貸しください。マリアもアイリーンさんも、本当は不安なんです」
「……わかってる。お前らが信頼できる隊長として、これからも戦ってみせるさ」
「その言葉が聞けて良かったわ」
満月へ数歩近づく少女。
俺に背を向けたと思いきや、儚げに振り向き――。
「ありがとう」
優しく微笑んでくれた。
彼女は再び銀月のほうに向き直ると、祈るように両手を重ねる。
全身が淡い光に包まれると、囁くように言葉を紡いだ。
「《この世界に奇跡が起こらんことを》」
色とりどりの花びらがシェリーを中心に吹き荒れ、傷ついた人々や建物を取り囲んでいく。花弁に囲まれると、襲撃前の状態に戻っていくのだ。彼らは大切な人同士で抱き合ったり、一時の平穏を喜んだりと様々な反応を見せる。
この綺麗な瞬間を眺めていると、左隣に陛下が立つ。
「わかったでしょ、これが花姫の力。……また迂闊にシェリーに手を出したら、承知しないわよ」
アイリーン同様、『まだ認めたわけじゃない』と言わんばかりの圧を感じる。
だからといって、逃げも隠れもできないのだ。
強く麗しき乙女たちと共に、今日から歩むこととなる。
◆シェリー・ランディ(Sherry=LANDI)
別名:不明
・外見
髪:み空色/ロングストレート(広がり気味)/横髪はリップライン
瞳:髪の色に近い
体格:身長160センチ程度/B84
備考:勤務時はポニーテール
・開花時の外見
髪飾り:小さな冠(銀)
鎧:ベビーブルー
・種族・年齢:人間/18歳
・職業:ランヘルのウェイター
・属性・能力:無/不明
・武器:銃(魔力変換銃)
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