屍侍を倒したあと、俺たちは橋と化した倒木を渡る。すると、背丈より遥かに低い木造の家がいくつも並んでいた。いま俺の足下には石のタイルがあるが、その先は草ばかりで時に土が露出している。中には幹に穴を開けた木もあり、どれも年季が入った家ばかりだ。
「妖精の理想郷……」
俺たちの背後に立つマリアは、そう呟く。確かに、小動物ではここまで精巧に造れないだろう。考えられるのはドワーフか、絶滅種族の妖精ぐらいだ。同じく見据えるヒイラギは、マリアにこう話しかける。
「妖精が此処に棲んでたってことか?」
「ええ。ご先祖様が生まれたばかりの頃に……ね」
「遺跡ってヤツか。聞いたことはあったが、流石のうちも何故滅んだかまではわからなくてな」
「それが未だ不明なのよ。調査をお願いしても神隠しに遭うわけだし」
「だったら戻った方が良いんじゃないの?」
「そうしたいのはやまやまだけど、この神殿が遺跡と繋がってるせいで戻れないのよね。だから皆、いつでも迎撃できるようになさい」
シェリーの言う通り、本来なら戻って獅子男の場所を探した方が良いだろう。だが此処以外の道筋は存在しないのも事実だ。いくら俺でも神隠しは怖いし、だからこそ気を引き締めて進まねばならない。
タイルから踏み出せば、少し湿った感触が足の裏から伝わってくる。そこからまた数歩進めば、今度は草の擦れる音が聞こえてきた。整備されていない地を歩く中、今一度家々を見つめてみる。
妖精の家と思しき建物を凝視すると、何処かしら穴が開いていたり焼け跡があったりするのだ。そこで俺は、あらゆる仮説を立ててみる。隕石が落ちた、噴火した、誰かが燃やした……などなど。でも、考古学を習ってもいない自分が考えても限界がすぐに訪れるし、安直なものしか思い浮かばない。
だから彼女らと意見交換でもしようと思うのだが……エレの表情は変わらず曇ったままだ。『エルフは妖精との親和性が高い』と云うし、憂いな気持ちになるのも無理もない。もし彼女がまた歌えるようになって、それで妖精が復活してくれたら──って、あまりに都合が良すぎるか。
此処までくれば、もう神殿ではなく森と云って良いだろう。木々が絶え間なくそびえ立つものの、一応は石柱が至る所で見つかる。だからそこを頼りにすれば、また道筋が見えてくるはずだ。
それと、さっきからシェリーが頭を抱えながら歩くのが気になる。俺や他の仲間は問題ないようだし、何か記憶と絡んでいるとか?
「辛いときはいつでも言え。その時は何処かで休みを取ろう」
「いえ、大丈夫ですわ。私の事はお構いなく……」
「早めに休まないと戦いに支障が出るぞ。ヴァンツォ、此処は一旦休みを……」
ヒイラギが言い掛けたとき、シェリーの背後にある空間が突如歪みだした。
波紋が生まれた直後──
「きゃああ!!」
蔦が彼女の四肢に絡みつき、空間へ引っ張ろうとする。俺は真っ先に彼女の腕をこちらへ引き戻……
ダメだ、この蔦の引力が想像以上に強くて前に引き込まれる!
「うわぁぁああ!!!」
「アレックス! シェリー!!」
マリアの叫び声が聞こえるが、俺とシェリーはそのまま見知らぬ世界へ連れて行かれてしまう──。
まるで水に飛び込んだような衝撃。
息苦しくなるものの、それはほんの一瞬だけだ。
シェリーの上に被さってしまった俺は即座に離れ、彼女の上体を起こしてやる。彼女も立ちあがると、共に眼前の景色を一望した。
「いたた……」
「大丈夫か?」
「ええ、何とか。ところで、此処はどこですの?」
「さあな……」
木の並びは先程と似るが、霧が濃いせいで不気味に感じる。……それだけでなく、何かがけたたましく響くのだ。断末魔のような、女子供の悲鳴が。
「誰かいるのか?」
「アレックスさんも聞こえるのですね」
「ああ、それも一人じゃねえ。複数人だ」
シェリーが「声の主を探しましょう」と言ったあと、この枯れ木だらけの森で一歩踏み入れる。
「はっ!?」
ぐにゃりとした感触が、俺の背筋を凍らせた。
すぐさま足を離し、膝を折って正体を確かめてみる。
手中に収まる程の背丈に、四枚の羽根を生やした人形。
その人形を左手で持ち上げてみたとき、ひどく冷たい感触と共にある映像が脳内を駆け巡る──。
森を焼き尽くす炎。
小さな身体を持つ少女たちは羽を広げ、空を飛ぼうとする。
だが、次々と迫る漆黒の蔓が彼女らの身体に絡みつき、鮮血を噴出させるのだ。首を絞められた者に、身体を分断させられた者。中には抗う者もいたが、蔓は刃へと姿を変えて腕を千切ってみせた。
力を発する者の正体は、炎のせいではっきりと見えない。長髪男がマントに身を包んでいる。ただそれだけだ。
『お姉ちゃん、早く逃げよっ!』
そう叫ぶのは、先ほど俺が持ち上げた妖精。彼女が話し掛けるのは、自身の後ろにいる姉だ。彼女は既に火だるまと化していて、死を覚悟しているようだった。
『私のことは、良いから……さっさと行きなさい……!』
『嫌だ!! お姉ちゃんがいない世界になんて行きたくないよ!!』
妹は姉の身体に近づき、炎を振り払おうと必死で叩く。火は妹の身体にも点き、二つ目の火だるまが生まれ始めた。彼女もまた苦しみの声を上げることなく、『これで良い』と言わんばかりに佇んだのだ。
『何してるの!?』
『あたしはずっとお姉ちゃんと一緒。死ぬときもね』
それから姉妹は手を合わせ、業火の中で静かに目を閉じる。
目尻から溢れる小粒は、火を消すにはあまりに頼りなかった──。
「……くっ!」
意識が再び現実に戻り、手に灼けるような痛みを覚える。俺が握りしめていた人形が燃え上がり、手首まで急速に焦がそうとしうていた。
「アレックスさん!」
この点火はたった今起きたことのようで、シェリーが霊術を使おうと両手を突き出す。しかし、清魔法を持つ俺は右手に力を宿し、水を放つことで応急処置を施した。
「っあぁぁぁあ!!!」
くそ、痛すぎる……! 思わずのたうち回ってしまったとき、シェリーは改めて治癒の術を使ってくれた。爛れた左手は修復していくが、痛みが完全に消えたわけではない。
「しっかりして!」
「……なんだ、今のは……」
仰向けになった俺の上体を、シェリーが丁寧に支えてくれる。罪悪感と激痛に圧し潰されそうだが、何も出来ないのは事実だ。
それでも俺は声を振り絞り、先ほど見た映像の真実を告げる。
「シェリー、此処は……妖精が絶滅した直後の、世界だ……!」
「そんな! じゃあ、この周りに落ちているのは全部──」
「そういうことだ。だから、絶対に見つめるな……俺らも同じ目に遭うぞ……」
乾ききった土に転がる無数の死体。悲鳴が絶え間なく響くせいで、耳がおかしくなりそうだ。
それでも俺は再び立ち上がり、元の場所へ戻るべく歩を進める。シェリーも不安げな表情を見せる中、小さな屍を避けながら歩き始めた。
進むにつれ、邪悪な気配が近づく。
それは、憎悪とも取れる感情。苦しみ、悲しみ、悔しさ──あらゆる感情を集約させたような重苦しさを、ひしひしと感じさせる。
そして──。
「うあぁぁぁあ!!!」
「シェリー!?」
突如シェリーが頭を両手で抱え、苦しそうにうずくまる。彼女から発する呻き声は、かつて俺が味わった追憶の痛みを彷彿させた。
「絶対に……赦さない……!」
いったい何を思いだしたんだ? ルーセの事か?
それとも──。
彼女を抱き締めようとした刹那、
脇腹に鋭い何かが刺さる。
「がぁ……っ!」
激痛が全身に広がり、身体が勝手に倒れる。視界が徐々に霞むせいで、目の前にいる存在がただ蒼い影にしか見えなくなっていく。
追い打ちを掛けるように、鳥の枯れた泣き声が聞こえてきた。その声の正体がカラスと判断するが、複数の羽ばたく音が脳内を混乱させる。
「うっ……! 何よもう!!」
シェリーの苛立つような声と共に、発砲音が響く。直後に聞こえる肉の破裂音は、俺が人を喰らったときの音と非常にそっくりだ。
俺も彼女を援護せねば……!
もはや何も見えないし、まともに動けそうにない。
無理矢理身体を起こそうと、爪を立てた時だった。
「まだ抗う気なんだね。……でも、もう無駄なんだよ」
この突き刺さるような声、ヒイラギか……? いや彼女の声はもっと低いし、ましてやエレでもない。
近くに立つであろう女は、乾いた笑いと共に次の言葉を放つ。……その言葉は、俺にとっても聞き捨てならないものだった。
「いくらキミたちが立ち向かったところで、あいつ……あいつらには逆らえないし、あたしはあの事を後悔してるんだ。それよりさ、いい加減こっちにおいでよ。……ねえ? アリス」
(第五節へ)
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