騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第四節 温もりを力に

公開日時: 2021年4月9日(金) 12:00
文字数:3,528

 メルキュール迷宮で早くもシェリーと合流。一階の探索を終えた後、俺たちは階段を昇った。

 二階に繋がる扉を開いた瞬間、とめどない冷気が押し寄せてくる。その時、隣を歩くシェリーは「ひゃっ!」と声を上げ、両手で身体を抱き締める仕草を取った。


「な、何ですのこれ……ひどく冷えますわ……!」

「こんな時に温石おんじゃくがあればな……」


 この迷宮に足を運んだのは随分と久しく、二階が此処まで冷え込むかどうかも憶えていない。職人が暖炉で温めた石──温石を持っていれば、手先はもちろん全身にも血が巡るんだけども。

 通路は人間2.5人分の幅があるとはいえ、少しばかり狭い。視線を横に向ければ、青碧の壁に降りた霜が目立つ。タダでさえ魔物との戦いで油断できないってのに、凍死の心配もしなきゃいけないのは不本意だ。


 全身が冷え込むせいで、一歩動くのに一苦労である。俺は両手に息を吹きかけて擦った後、この道なりに続く通路を突き進んだ。


 踵で踏みしめるたび、氷を砕くような音が聞こえてくる。

 小気味良い足音で気を紛らす中、突き刺さるような低温が俺の右足を襲う。


「なんだこれ!?」

「まさか、凍化とうかの罠!?」


 くそ。この足を早く抜かなきゃいけないのに、全く感覚がねえ!! 氷は右足首にまで及んでおり、心臓に行き渡るのも時間の問題だろう。

 シェリーは何を思ったのか、俺の背後に回る。その理由を考える前に、張るように冷えた耳はを前後から察知した。


 姿を表したのは、生成り色の毛に覆われた巨漢たち。ゴリラのような顔を持つ彼らは“雪男”と呼ばれる魔物だ。前方と後方、それぞれの場所から挟撃する彼らを前に、焦燥が脳内を支配する。


「アレックスさん……こればかりは、私一人では……」

「判ってる。早めに始末しよう」


 シェリーが俺の後方でマシンガンを、俺はマグナムを構える。

 前方の雪男がしゃがんで片足を突き出す瞬間と、トリガーを引く瞬間が奇しくも重なった。


──ドォオン!!!


 マグナムが火を吹き、雪男の太い脚から血が噴出する。彼の踵が足元の氷に到達する前に、何とか阻んだようだ。

 雪男が短く苦鳴を上げるも、すぐさま直立の体勢に戻る。それから両手を広げると、拳を作って旋回を始めた。


 腕が俺の身体に届くまでの距離は一メートルにも満たない。それでも俺は恐怖を押し殺し、肩を確実に狙った。何発も撃ち込んだおかげか雪男は怯み、尻餅をつく。ヤツの目が回っている間、紅く滲む左肩に追撃の銃弾を加えた。


──オォアァァァアァ!!!!

 左腕が後方へ吹き飛び、幾らかの血しぶきが顔や胸元に張り付く。その血は雪男にしては随分と生暖かく、氷に付着した点々が溶かそうとしていた。


 その背後では、前回──蜘蛛男との戦い──同様銃声が連なって聞こえる。シェリーの俊敏性には敵わなかったのか、後方の雪男は唸り声を最後に気配を掻き消した。

 さて、意識を前方に戻そう。隻腕の雪男は歯を食い縛り、再び立ち上がる。一方で氷は既に両足を捕らえ、腹部にまで到達していた。


 心臓に届く前に倒さねえと……! 手先が未だ動くとはいえ、指を曲げることすら精一杯だ。


 早く、動いてくれ! 俺の両腕……!!

 ようやく両手に収まるマグナムを雪男の頭部に向けたとき、“絶望”という単語が脳裏を過ぎった。


 ヤツは今、残る腕を横に広げて此方に突進してくる。

 あと数十、数センチだというのに、


 人差し指が、動かない。


──グォォアァァァアア!!!!!

 片腕を俺に奪われた魔物が、咆哮に憤怒を込める。


 まさに人間二人分の巨体が迫る中

 俺は目を瞑り、心臓を犯す冷気に身を委ね──



「させないっ!!!」



 金色の……光? それも、優しい気持ちになれそうな温かさだ。その光は氷をたちまち溶かし、俺の身体を解き放つ。突然の事に思わず屈んでしまうが、末端から徐々に感覚を取り戻しつつあった。


 血痕がついた床から視線を戻し、シェリーと雪男の戦いを見届ける。流石の雪男も光に目を眩んだのか、俺と同じように前屈の体勢だった。


 そして──



「この力は、人々を守るためにあるのよ!!」



 その言葉は、まるで過去を振り切るかのようだ。高い声を張り上げ、突き出された両手の先で青白い光の球が形成されていく。

 球は通路を支配する程に膨らんだ末、前方に大きな光線を射出。光線が雪男を飲み込むと、ヤツは声を上げる事無く浄化された。


 これで、一応は魔物が消えた……んだよな?

 畜生。まだ身体が思うように動かねえし、喋ることもままならねえ。


「シェ……リー……」


 曲がった膝を伸ばすにも支えが必要だ。けれど、壁は相変わらず霜だらけだし、触れるだけで手が凍りそうだ。

 シェリーに向けて手を伸ばすと、彼女は振り向いて俺の肩に両手を載せる。


「今、治しますから!」


 その時、予想し難い事が起きた。

 彼女がそのまま霊術を使うかと思いきや、冷え切った身体を抱き締めてくる。この柔らかな全身も甘い香りも味わいてえってのに、なんで俺の手が動かねえんだよ……!


 でも、それも束の間のようだ。あの優しい光が身体を包み込み、内側がどんどん温かくなっていく。……これで、こいつに借りを返せそうだな。

 光が消えたあと、シェリーが俺から離れようとする。無論、『済んだから』と云って離す奴などいないさ。


「ちょ、ちょっと! 私はただ、霊術としてあなたを──」

「『やられたらやり返す』。それが俺の信条だからな」


 さっきもこんな事したばっかなのに、何やってんだろうな。まあ良いか、シェリーもまんざらじゃ無さそうだし。(抱き返してくれないけど)


「……また、だわ」

 ま、『また』って何だ? もしかして、俺にはが見えているとか?


「やはり……身体が彼を求めている……」

「なあ、さっきから何を言ってるんだ?」


 こんな時によしてくれよ。お前の口から『身体が求めてる』なんて言葉が出た日には、俺の本能が黙っちゃいられ──


「アレックスさん。どうやら私は、あなたに触れられることで霊力が回復していくようです」

「は!?」


 彼女の身に起きている事が信じられなくて、思わず両手を離してしまう。つか、いつからそんな現象が起きてるんだ? まさかキスしたらもっと回復するとか、そんな都合の良い話でも無いよな……?

 シェリーは顔を赤らめたまま、胸に手を当てて俺を見つめる。それはまるで、想い人に向けた仕草だ。超常現象に加えてそんなリアクションとか、俺を困らせる気かよ……!!


「い、嫌ですよね……私なんかに『霊力を回復させたいから抱き締めて』なんて言われたら……」

「嫌じゃねえし、むしろ……。それより、お前の力っていつもどう回復させてるんだ?」


「時間経過ですわ。教会で祈りを捧げても早く取り戻せますが、いつも通う時間があるわけではありませんし……」

「……いつからこの現象が?」


「ジャックから助けてくれた時です。あの時は相当費やしてしまいましたから、抱き締めてくれた時に初めて気付いたんです」

「そうか、あの時か……」


 おおよそひと月前の事だ。今となってはティトルーズ騎士団長として活躍するルナが、義手を装着したばかりの頃。俺たちは彼女を見舞うべく病院へと向かった。

 のちに(シェリーに)いきなり城内の礼拝室に連れられ、飛行の指輪を受け取る。何時いつでも翼を展開できるようになった事よりも、『シェリーと二人きり』という状況が嬉しくて思わずキスしてしまったのだ。


 だがその晩……俺が先に去ったせいで、シェリーはジャックに襲われてしまう。彼と戦った末逃げられたが、彼女が生きていればそれで良かった。

 救出後はシェリーの家まで送り、翌朝まで支えてやった。でも、まさかそれで霊力が回復するなんてな……。


 あれ、ちょっと待て。霊力って確か心と繋がってるはずだよな? 使用者の感情次第で正邪せいじゃが決まるなら、『触れられて回復する』ってのも……いやいや、そんな事はねえよな。

 落ち着け、アレクサンドラ。ここ最近、シェリーが俺を頼ってるのもあくまでしご──


──グルルルルルル……。


「奥に魔物の気配が……!」

「ああ、俺も聞こえたさ」

「先程よりも強大な予感がしますわ。急ぎましょう!」


 俺とシェリーは銃を構えつつ、通路の中を駆け抜ける。走行で視界が揺れる中、正面奥に光玉が浮遊しているのが見えた。

 鬼火、か。俺がマグナムを突きつけようとした刹那、シェリーが真っ先に数発の光弾で撃ち破ってくれた。


「アレックスさん、銃弾を大事になさって」

「そうだな。引き続きお前を頼りにしてるぞ」


 走りつつ、死角にも気を配る。

 幸い罠や魔物に遭遇しなかった俺たちは、鉄製の扉を蹴破って次の部屋に辿り着く。


 だが──。


「っ!!!」


 シェリーの顔が一気に青ざめ、両手で口を押さえる。

 俺たちが見たもの。それは、広々とした貯水池に浮かぶ戦士たちの亡骸だった。




(第五節へ)






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