強い陽射しが差し込み、花壇が並んだ通りを照りつける。色彩豊かな道を抜けると、正面には横長でレンガ造りの建物がそびえ立つ。人々は左右に分かれた階段を昇り、屋内へ入るのだった。俺も雑踏に紛れて階段を昇ると、場所を確認するべくその建物を眺めてみる。
此処は、城下町の大きな玄関となる駅だ。藍媚茶に染まる屋根は中央部分で凸な曲線を描いており、壁がけの時計が午前十時頃を指す。中央付近と外側には尖塔が浮き出るように隣接。白い縞模様が走るそれは、左右対称を為していて美しさを感じさせた。
随所にある長方形の格子窓は、反射して雲ひとつ無い空を映す。だが位置次第で日差しも跳ね返るため、突然の目眩ましに思わず眉根を寄せてしまう。それは俺のみならず他の通行人も同じで、サングラスが無いと目が焼けてしまいそうだ。
三箇所に並ぶ入口が駅の玄関だ。今日の待ち人はその近くで待っているというのだが、あらゆる人々が行き交うせいで探すのも困難だ。
「えーっと、右側の入口近く……か」
ちょうど人が掃けた時、そこに目を向けてみると背の低い少女が立っていた。彼女は行儀よく立ち、先程から辺りをキョロキョロと見回している。俺がその少女に近づき「よう」と声を掛けると、素っ頓狂な声を出して此方を見た。
「待たせてごめんな」
「う、ううん……ちょうどボクも来たばかり、だから……」
俺を此処へ呼び出したのはアンナだ。エンデ鉱山で鉱夫達を救出してから数日後、彼女から『一緒に“サファイアの湖”へ行かないか』と誘われて今に至る。
そんな彼女は白ブラウスの膨らんだ袖口から細い腕を、レモン色のプリーツスカートから膝下を露わにする。つま先が丸いパンプスは黒のベール生地と色白な肌のコントラストを生み、足首を捉える留め具が少女らしさを強調させた。
どこか強張った表情のアンナは、緊張を誤魔化すように小さな両手でピクニックバスケットの取っ手を握りしめる。両手では収まりきらない大きさから、何らかの食べ物が入っている事が窺えた。
「うっ……そんなに見られると、恥ずか、しい……」
アンナは俺と目を合わせたかと思いきや、すぐに顔を逸らしてしまう。髪を飾る白いリボンのカチューシャは、いつぞやシェリーと三人で買い物をした時のものだろう。余程気に入っているのか、若干の使い込みが見られる。
俺は彼女の緊張を解すべく、口角を上げて微笑んでみせた。
「もっと自信を持て。似合ってるぞ」
「へぇっ!?」
こいつは相手を間違えてる気がするが、今はアンナを褒めよう。メイクだっていつもと少し雰囲気が違うし、この日のためにお洒落してきただろうからな。
さて、中に入って切符を買うのは良いが……どうも野郎どもの視線が痛い。こういうのには慣れてきたが、たまにはそんな視線から逃れたいものだ。
気にせず駅員に切符を鋏で切ってもらった後、ホームへ降りて蒸気機関車を待つ。此処も人がそこそこ多いせいで、熱気が更に帯びていた。
線路を呆然と見つめるアンナに関しては、顔が赤い理由がもはや判らない。俺と一緒に居てそうなったのか、それともこの暑さのせいなのか──どのみち、彼女が倒れないよう注視せねばならない。
「あ、来た」
ちょうど右奥から現れたのは、円筒形の鉄を横倒しにして天辺に煙突を取り付けた電車だ。これこそが蒸気機関車であり、後ろには数両の列車が連なっている。雲にも似た白い煙を天高く燻らせ、汽笛を鳴らしながら俺達の前で着地した。
先に並んでいた人々を始め、俺たちもその車両に乗り込む。それから向かい合わせの座席に座り、まずは横切る景色を無言のまま眺めていた。
相席なんてよくある話なのに、この席はアンナと二人きりだ。俺と向き合う彼女は、『絶対に目を合わさない』と言わんばかりに窓辺ばかり見つめる。しかしその様子に嫌悪感を抱くどころか、初々しくて可愛いとさえ思えるのだ。
「……何?」
「いや、何も」
彼女は俺の視線に気付いたようで、眉を下げたまま此方を一瞥する。せっかく会ったのに一切会話しないのは寂しいので、俺から他愛ない話題を振って到着までの時間をやり過ごした。
水面が煌めく巨大な湖に、熱風で微かに揺れる深緑の木々。“サファイアの湖”と呼ばれるこの地で、かつてルーシェと戦った事が記憶に新しい。だが、それ以上に此処はアンナにとってかけがえの無い場所──ルナと一緒に来たことがあったらしい──でもあった。
多くのカップルで賑わう中、俺らも紛れてある場所へ向かう。それは、この地で人気のボート場だ。水辺に視線を移せば、小舟に揺られる者たちが愛の言葉を交わし合っている。……俺もシェリーとああいう事したいが、彼女はまだ嫌がるだろうな。
今は本命の存在を振り切り、隣に立つ少女をできる限りリードする。俺とアンナは“隊長と隊員”という関係なのに、このような場所にいると『恋人同士だったのでは無いか』と錯覚してしまう。
いよいよボートに乗る時だ。俺は先んじて中へ踏み込んだ後、彼女の手を引いて乗せてやる。
「気をつけろよ」
「うん……!」
籠を相当な握力で握り締めたのか、アンナの手はひどく汗ばんでいた。彼女も無事乗り込むと、俺はオールを漕いで発進させる。時に背後に気を配りながら、できる限り彼女を見つめるようにした。
澄み切った水辺が、今在る景色を鮮明に映す。それは、青空の下に広がる樹林と静かに行き交うボートだ。オールを漕ぐたび水紋が広がり、逆さに映る鏡は一時の歪みを見せる。
鳥たちは歌声を響かせ、次々と蒼天へ飛び立っていく。点在する黒の群れは、まるで自らの存在を示しているかのようだ。
そんな中、アンナは依然と赤面したまま景色を眺める。……此処は、デートの練習として此方へ向かせよう。
「アンナちゃん」
「うっ……」
アンナが徐々に俺の方を向くも、伏し目がちになる。そこで俺は、ここ最近の出来事について触れる事にした。
「街でジェシーと戦ったろ。あのときのお前、すげえカッコよかった」
「で、でも……最後はジェイミーが助けてくれたし……」
「それでも十分に持ったじゃねえか。だから、あいつも呪いを解いてまで『お前を守りたい』と思ったんじゃないかな」
「そう、なのかな……」
こいつには、少しでもジェイミーの好意を知ってもらいたい。あくまで『俺の友達』という体で話題を振れば問題ないだろう。
「お前はたくさん辛い思いをしただろうが、『守られる事』を屈辱と捉えるのは勿体ねえぞ」
「っ!!」
息を呑むアンナ。俺の言葉が核心に触れたのか、しばらく硬直したままだ。
そして──
「……ボクが、頑張らなきゃいけないから……」
「背負い込むのも程々にしろって。むしろ、頼ってくれないと寂しがるヤツがお前の周りには沢山いるんだぜ?」
彼女の瞳に溜まる涙は、自制してきた反動だろうか。この手で拭ってやる事はできないが、あの男には早く彼女の涙に気付いてもらいたいものだ。
アンナは鼻をすするが、懸命に嗚咽を押し殺し俺を見つめる。その大きな緑目には、戦いの時と変わらない凛然さが宿っていた。
「ありがとう……ボク、もうちょっと頼ってみるよ」
「それが良い。それから、今度はお前の手料理を皆に奮ってやれ。マジで美味かったから」
「実はね、今日お弁当を作ってきたの。といっても、簡単なモノだけど……」
「昨日連絡してきたもんな。楽しみにしてるぞ」
「……うん!」
良かった、やっと笑ってくれて……。アンナの笑顔には涙が伝っている。けれど、その泣き笑いは『どんな景色よりも美しい』と心の底から思えたのだ。
アンナは横顔を俺に見せ、静かに呟く。景色を見つめる彼女の表情は、どこか切なげだった。
「……早く、銀月軍団との戦いに蹴りをつけたいね」
「そうだな」
この部分だけ切り取れば、あたかも永らくの平穏が流れているようにも見える。しかし、実際は戦禍の最中だ。いつ何処で平穏が崩れてもおかしくない。
例え俺がアンナの好意に応えられなくても、今を大事にしよう。複雑ではあるが、これも隊員との関係を深めるために大切な事だからな──。
ボートを漕いだ後、腕時計を確認したら既に十二時を回っていた。隣ではアンナが包まれた敷物を取り出し、昼食の準備に取り掛かる。俺たちで布地の両端を掴んで広げると、薄橙色のチェック模様が芝生を覆い被さった。
辺りを見渡せば、食事を取るカップルたちが散見される。俺たちも靴を脱いで敷物の上に腰掛けた後、アンナは籠の蓋を開けた。
「さあ、食べて食べて」
籠の中身は、色とりどりのサンドイッチだ。明らかに二人では食べ切れない量だが、大半は彼女が食すのだろう。切り込みを入れた細長のパンには肉厚のハムやスクランブルエッグなど、お約束の具材がぎっしり詰まっている。小麦色に艶めくパンが食欲をそそるせいで、思わず涎が出そうになった。
「じゃ、いただきます!」
「いただこう」
俺たちは両手を合わせて食材に敬意を示した後、早速サンドイッチを手に取った。俺が最初に手にしたのは、数枚のハムとレタスを挟んだものだ。端から一口かじってみると、レタスの瑞々しさとハムの肉汁がじんわりと口の中に染み渡る。
「相変わらず美味えな」
「良かった……! ちょっと寝坊しちゃったもんだから」
全くその様子が見られないほど綺麗な盛り付けだ。俺も料理をしないわけじゃないが、どうしたらこんなに美味そうに見せられるか不思議である。
本当は先に玉子を手に取っても良かったが、肉を最初に選んだのには理由があった。
それは昨日の夕方に遡る。いつものようにリビングで一人過ごしていたら、アンナからこんなメッセージを受け取った。
〈アレックスって、嫌いな食べ物ある?〉
嫌いな物、か……。肉は敢えて避けてたけど、食えなくはないからなぁ。それに、マリーニの丘でジャックと殺り合った事とか皆に素性を打ち明けたのもあるし、また日常で食すのも悪くない。
〈特に無いよ〉
〈じゃ、いっぱい肉を詰めておくね!〉
『お前の独断で決めてるだけだろ』と突っ込みたかったが、頭の中に留めておいた。この時は『何を作ってくれるのか』知らなかったが、期待に胸を膨らませていたのは事実だ。
それに、例の嫌な記憶を紛らすにはちょうど良い機会だ。当日は彼女と一緒だし、会話しながら食えば問題ないと思ったのである──。
幸い、予想通りの流れのおかげで記憶がよぎる事は無かった。美味そうに肉を頬張る彼女もまた可愛いし、カメラに収めてジェイミーに見せたいくらいだ。……まあ、『誘われた』なんて話したら友情崩壊まっしぐらだがな。
「ねえ、アレックス」
「ん?」
アンナが首を軽く傾げて此方を見る。しかしその直後、彼女は再び顔を赤くして俯いてしまった。
「えっと……あのね……」
「ああ」
「……ボクは、────のことが…………──」
「…………?」
「ごめん、やっぱ何でもないっ!」
何言ったんだ? 声が小さくてよく聞こえなかったぞ……。
でも、それで良かったのかもしれない。俺が尋ねれば、一気にムードを壊してしまいそうだから。
その代わり──
「気にするな。それより、残りのヤツも食っちまおう」
これから俺が気づかせてやれば良いんだよな。
──この姫に相応しい王子が、あいつだって事に。
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