騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第八節 生者と不死者の乱戦

公開日時: 2021年6月21日(月) 12:00
文字数:5,945

※この節には残酷描写が含まれます。

 夕方頃、マリアの別荘に集まる一同は準備を整えてダイニングに集合した。


 アイリーンが俺らに配ったのは、ポケットサイズの紙箱だ。蓋を開けて銀の包装を剥がすと、やや厚めの板状チョコレートが出てくる。焦げたような茶色で、手に取っても溶ける様子が無い。

 これこそが戦闘糧食レーションであり、普段食すものと一見変わらない。しかし、考案したのは『料理のセンスが壊滅的』(アイリーン談)と云われるマリアだ。誰もが板状のチョコレートを訝しげに見つめ、戦々恐々としている。まるで凶悪な魔物と対峙するかのようだ……。


 表面が堅いのはいつもの事だ。顎を動かし、徐々に噛み砕いてみる。すると、本来なら味が広がっていくのだが──。


「味、します?」


 小声で尋ねてきたのはシェリーだ。いくら幼馴染と云えど、面と向かって忌憚のない意見を述べる勇気が無いらしい。

 けど、それは俺や他の仲間も同じ。お喋りなアンナとエルフ姉妹でさえ、何も話そうとしない。『陛下がご考案されたのだから』と笑顔に徹したつもりでも、何処か引きつった様子なのだ。


 これは、『腹ごしらえに特化している』。そう自分に言い聞かせながら飲み込むほか無かった。


「うふふ、無言になるほど美味しいって事ね。違う味付けも考えてみるわ」

「……やはり、うちが飯を作るべきだった」


 どうやら脳内お花畑のマリアには、ヒイラギの愚痴が耳に届いていないらしい。今度、栄養士に替わってもらうよう伝えなきゃな……。


 ようやく一枚の板チョコを食い終えると、一同は別荘を飛び立ち集落へと向かう。橙色に輝く海を眺める暇はない。飛行速度を上げ、木造住宅の集合体へと向かうのだった。




 ──満月の刻。


 空が橙と藍のグラデーションに染まり、天の川が見える頃。ヤシの木が微かに揺れ、やや湿った空気が頬を撫でる。方形ほうぎょう屋根の建物が向き合うように佇むこの場所が、エク島の集落だ。

 寺院や市場への道標には引っ掻いたような傷跡があり、建築物や石畳の随所に赤黒い滲みが張り付いている。生ぬるい風が運ぶのは潮の薫りではなく、緊迫感漂う鉄の臭いだ。


 あらゆる高所に設置された四台の巨大な弩は、“大弩砲バリスタ”と呼ばれるもの。台車を取り付けたその兵器も木造だが、人間の手で射た時以上の威力を誇る。四台はフィオーレで設置するなら少ないが、この小さな島国においては多い方だろう。


 勿論、地上には誰もいない──というわけではない。獣人たちは槍や剣などの武器を構え、森に棲む邪悪なる存在を睨むように立ち尽くしていた。


『おお、あれが救世主たちか……』


 誰かが口にしたのだろう。生来の鋭い目つきが一気に集中すると、いくら戦闘に慣れてる俺でも緊張するものだ。

 美しく列をなした彼らの姿勢からは協調性が窺える。殆どの者が逞しい肉体を誇る中、腕や身体の一部に傷を負った者もいる。誰もが命懸けであり、俺たちはその熱意に応えねばならない──そう思わずにはいられなかった。


 前線に立つのは、純真な花ピュア・ブロッサムとヒイラギの計七人。俺や花姫フィオラたちが戦闘服に身を包む一方、ヒイラギだけは私服姿に大弓というアンバランスな出で立ちだ。けれどそれは自信の表れであり、獣人達も不快に思うどころか大いに歓迎しているらしい。


 目を瞑り、気配を探る。海の波打つ音が微かに聞こえる中、枝葉の擦れる音がしかと鼓膜を伝った。

 方角は西。目を開けた刹那、青白い肌を持つ不死者アンデッド──ヴァンテたちが木々を飛び越え、両手を前に突き出す。月光に照らされた彼らは金属を擦るような雄叫びを上げ、高速で襲い掛かった。


「「おおぉぉおおおおお!!!!」」

 獣人たちが負けじと叫んで突進。次々とヴァンテに刃を向ける中、俺たちも地上に降り立つ不死者たちの処理に励んだ。


 この乱戦なら長剣で十分だ。奴らは長い爪で降り掛かるが、まだまだ動きは鈍い。今ここで暴れるヴァンテどもは、生前から身体能力がそこまで高くないのだろう。


 いま目の前に立つのは、獣耳が一部欠けた半人半獣のヴァンテ。端まで裂けた口を開けて腕を横に回転させるが、躱してしまえば此方のものだ。隙だらけの不死者に切先を向け、心臓を貫く!


「はぁっ!」

 一気に引き抜くと、刃に血糊がべったりと張り付く。腐敗と鮮血の臭いはさらに勢いを増すが、次々と襲い掛かる奴らが考える余地を与えない。


 それにしても、絶え間なく攻められれば体力も消耗するものだ。

 俺や花姫たちの呼吸が少し乱れる頃、一体のヴァンテが長い爪を振り下ろしてくるが──


 刹那、空から一本の鋭利が飛び交う。

 ヤツの頭部に巨大な矢が突き刺さったおかげで、俺の脳髄を抉られずに済んだのだ。


 けれど、心のなかで感謝の念を述べる暇など無い。背後で若い青年の悲鳴を聞いた俺は、直ちに彼の方へ向かった。


 槍を投げ捨て、尻餅をつく若き獣人。

 ヴァンテが彼に向かって跳躍するのを目撃した俺は、獣人の前に先回りして剣を貫いた。串刺しになったヴァンテをその辺の石畳に投げ捨てると、身体を横に向けて獣人に手を差し伸べる。


「あ、ありがとうございます! 隊長さま!」

「いいって」


 彼の手を引いて立たせた直後、俺は単身でヴァンテの群れに突っ込んだ。


 血に飢えた者たちが俺を睨みつけ、囲い込む。多くのヴァンテは関節を未だ動かせずにいるが、一部は生身のようにしなやかに動き回る。俺は視線をその一部に移すと、相手が体術を以って攻め込んできた。

 こいつの動きも鈍いほうだ。隙を縫って片腕を切断、そして首を刎ね飛ばす!


 その直後だった。


「ぎあぁぁああぁあああ!!!!」


 少し離れた方で、またしても獣人の悲鳴。ヴァンテが彼の肩に咬みつき、血をすすっている様子が見えた。

 この距離からどう援護に向かうか……? 悩んだのはほんの一瞬で、彼は力を振り絞り剣で薙ぎ払う。


 更に、俺を挟むように横切る二つの影。

 空中へ飛躍する影たちの正体は、エレとヒイラギだ。


「面白くなってきたな、姉貴!」

「ベレ、油断してはダメよ!」


 表向きは妹を窘めるが、エレも楽しんでいそうだ。


 さて、俺は引き続き不死者どもの殲滅に掛かろう。奴らは俺らの前で存分に暴れまわるも、空から降り注ぐ矢に気を許してしまう。自身の周囲でのたうち回る敵を全て始末した後、花姫たちの援護に回る事にした。


「隊長! エレ達と共にワイトの処理を!」

「おうよ!」


 アイリーンの言葉通り、エレたちが向かった先──森の近くへ飛躍。群衆から抜けて中空に出た瞬間、視界の先で何かが光った。


「うぉっ!?」


 小さな鉛が俺の耳近くを掠め、僅かな毛先を裂く。

 その銃声を皮切りに、銃弾が次々と俺を狙ってきた。俺は一旦直進を止め、剣身で弾を弾き飛ばしていく。諦めがついたのか、程無くして銃の一斉攻撃が止んだのだ。


「あれが……ワイトか」


 俺に執拗に狙いを定めていたのは、高貴な衣装を身に纏うゾンビ。身体は酷くやつれており、小銃もロクに持てないようだ。

 ワイトの群衆に足を踏み入れ、剣を構え直す。その時、彼らが何やら呟き始めた。それも、憎悪を込めた声音でぶつぶつと……。


「ヴァンツォ、ワイトの言霊には耳を貸すな! 眠らされるぞ!」

「わかった!」


 ふと左側に視線を向ければ、薙刀を持ったまま片膝をつく獣人がいる。もし耳を傾ければ、彼のように動きづらくなるという事か……。

 ならば──ワイトの喉を貫き、力を捻じ伏せるまでだ。喉に穴を開けられたワイトは大量の血を噴出させ、その場で倒れ込んだ。


 更なる集中砲火。

 俺は再び剣を振り回し、銃弾を弾きまくる。同時に、反射した弾が奴らに着弾するよう都度向きを変えた。


 熱帯夜に乱戦──これだけ興奮する状況だと、汗だくになるのも早いものだ。早急に呼吸を整え、付近に立つエレに話し掛ける。


「まだ湧くよな?」

「はい……」


 同じく息を切らすエレは、森を見据える。

 すると、黒い茂みから新たな不死者たちが飛び出たようだ。


「今度は屍食鬼グールか」

「アレックス様、油断なさらずに!」


 ゾンビにしては随分と機動力が高い。呻き声を上げながらワイトやヴァンテの亡骸を貪るグールどもは、普通のゾンビに似て非なるものだ。この地に漂う腐敗臭が、どうやら彼らを引き寄せてしまったらしい。


『わぁぁああああ!! 逃げろ、逃げろぉぉおおお!!!』

『バカ野郎、陛下たちを置いて逃げるヤツがどこにいるってんだ!』


 その素早さは、取り乱す獣人が続出する程だ。戦闘に疎い者が慌てふためくのも無理もない。熟練の戦士ですら深い傷を負う程の強敵だから。


 グールの晩餐は早くも終わったようで、俺らの方を向く。当然、口から溢れる血を気に留める様子は無い。

 そして彼らは、目にも留まらぬ速さで此方に襲い掛かる!


「うわっ!?」


 くそ、早速俺に襲ってきやがったか……!

 気づけば俺はグールに押し倒され、長い爪が眼球に迫ろうとしている。


 しかし、


「……やらせは、しねえ!」


 グールの片腕を掴み、魔力を己の右手に注ぐ。するとヤツの腕は凍りつくや、爪先から粉々になっていった。

 グールが激痛に悶える間、身体を横に薙ぎ倒して立ち上がる。そしてそのまま切先で胸を貫くと、ただの死体へと戻っていった。


 それでも奴らが絶える事は無く、俺に言い寄ってくる。どいつもこいつも両手を広げ、走ってくるんだ。醜男ぶおとこに好かれても何一つ嬉しくはない。

 剣とせい魔法を駆使して一掃しようとした時、少女の高い声がけたたましく響いた。



「いい加減消え失せなさい!!!」



 この声は他ならぬマリアだ。

 怒号と同時に天から降り注ぐ火の矢。それは流星の如く緩やかに弧を描き、此処に立つ不死者ども全てを焼き尽くした。


 死人のあらゆる悲鳴が重なり、悪臭が一気に立ち込める。矢は時に地面や建築物に着弾するも、花姫の魔法なら何一つ影響は及ぼさない。身を焦がされた不死者たちは頭から灰──ではなく、黒の花弁に変わると、一時いっときだけと静まり返った。


 見上げれば、翼を生やしたマリアが浮遊している。彼女は緋色の羽を翻して徐々に降り立つと、獣人たちが一斉に跪き始めた。


「ありがとうございます、陛下!!」

「あなた方の助けがなければ、我々は……」

「まだ残ってるわ」


 マリアが指差すは森の奥。彼女は力強い声音で俺らに指示を与える。


「アレックス、アンナ。あなた達はあそこにある銀の心臓を壊してきて! それからシェリーは手当と修復に専念! 他の花姫とベレは迎撃体勢を崩さないで!」


「おっけー!」

「すぐに向かおう」

 黄色い返事の中、アンナと俺も首を縦に振った。


 まずは低空飛行で森の奥へ突進。あれだけ魔物を葬ったからか、幸い気配が感じられない。つい気の緩みが表面化してしまった俺は、頭の片隅にある雑学を隣のアンナに投げ掛けてみた。


「知ってるか? あずまの国だと、この時期は森の中で“肝試し”って遊びをするらしいぜ」

「え、今その話する?」

「ちょっと思い出しただけさ」


 森の規模はそこまで大きいまでも無く、あっという間に奥へ辿り着いてしまう。茂みから海岸が垣間見えるその地で、一箇所だけ禍々しい光を放つ存在が其処にあった。地面に刺さる石造の板は墓石と判断。その中に銀の心臓が埋め込まれているようだ。


「アンナ、お前は周囲を見張っててくれ。こいつは俺が壊そう」

「うん!」


 よし、これで破壊に専念できるだろう。俺に背を向けるアンナから並々ならぬ気迫を感じる。直後、彼女は「あ、そうだ」と思いついたように振り向くと、左手に白いオーラを宿した。


「君の剣に雷を宿す。そうすれば、簡単に打ち砕けるでしょ」

「助かる」


 アンナの手に宿るオーラはやがて稲妻に変わり、俺の長剣に向かって流れる。雷の付与を受けた俺は、迷わず墓石に切り掛かった!


「これで、終わりだっ!!」


 下から斜め上に斬り上げ、墓石の上部がずり落ちる。中心に埋め込まれた心臓も見事真っ二つとなり、墨の花弁が竜巻のように吹き荒れた。

 墓石は氣と共にそのまま掻き消えると、今度こそ物静かな地に戻る。勝利を確信したのか、後方で野太い歓声が響き渡った。


「もう大丈夫だね。(この事件で)息絶えた人は幸い居ないみたいだし、ひと安心だよ」

「ああ。此処の人たちに挨拶してから戻ろう」




 俺たちと獣人たちの間で礼を交わした後、別荘に帰還した。肝心の被害状況だが、彼らがタフなおかげか『軽傷者しか出ていない』と云う。シェリーの霊術による完全修復は困難だった代わりに、マリアが後日支援金を送るとの事だ。


 一足先にシャワーを浴びると、仮部屋のベッドで一人横たわる。まるで雲の上にいるような弾力に頭と背を預けていると、通信機がシーツの上で長い振動を起こした。

 端末を開いて耳に当てると、澄んだ女声が聞こえてくる。その声が耳に届いたとき、嬉しさで胸がいっぱいになった。


「もしもし?」

「アレックスさん、本日はお疲れ様でした」


「シェリーか、お疲れ。ちょうどお前と話したいと思ってたんだよ」

「はい。私も先程シャワーを浴び終えましたから」


「そういや明日、海に行くだろ? お前も泳ぐのか?」

「泳ぎはしません。でも……」


「でも?」

 俺が聞き返した時、シェリーが大胆な事を口にする。


「明日の夜中、砂浜であなたと一緒にいたいんです。……勿論、他の皆さんには内緒で」

「良いぜ。何なら、その後俺の部屋に来いよ」


「それでは、朝起きた時にバレてしまいますわ。だから、明日の晩だけ、ですよ?」

「じゃあその代わり、お前と一緒にしたい事があるんだよ」


「部屋に戻ったら? 一緒に? あの、どうやって……?」

「お互い部屋に戻って通話するだろ。それから──」



『それから』の下りを話すと、スピーカー越しで可愛げのある怒鳴り声が聞こえてきた。



「…………やだーーーーー!!!! そんなの恥ずかしすぎますわ!!!!」

「何だよ、恋人同士なんだから良いじゃねえか」


「そ、そうですけど! でも、『それはそれ』で『これはこれ』ですわ!!」

「それが嫌なら、お前の部屋に押し掛けるぞ」


「うっ……嬉しいお誘いですけど、翌朝面倒な事になるかもですし……」

「よし、決まりだな!」


「あっ! 勝手に決めないでよ! アレックスさ──」

「うん?」


 どうやら通話があっちから途切れてしまったようだ。

 まあ良い。これで約束を取り付ける事に成功したんだ。明日は皆で海に行くのも楽しみだが、夜中にシェリーとあんな事やこんな事をすると思うと昂りが止まらない。


 ──そうは言ったものの、この日の俺は珍しくもそのまま眠りについてしまったようだ。








「失礼いたします。お嬢様、先程の悲鳴は何事でしょうか?」

「わーー! アイリーンさん!? あ、えっと……何でも、無いんです……ええ、本当に……」


「それなら何よりです。では、明日の十時頃にお迎えに参りますので。おやすみなさいませ」

「あ……ありがとう、ございます…………うう、アイリーンさんにバレてないかなぁ?」




「……ふふ、自分もとびきりの水着を用意してきたのよ」






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