騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
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第二十章 灼熱の渓谷 ~駆け巡る記憶たち~

第一節 岩漿に沈む尊厳 ~駆け巡る記憶たち~

公開日時: 2022年1月12日(水) 13:24
文字数:4,605

【前章のあらすじ】

 暦はラピスラズリの初頭。アレックスは数日間行方不明だったシェリーから別れを告げられ、拒んだ事から胸を撃たれてしまう。城内で治療を受けるアレックスだったが、そこへ鏡映しのシェリーが侵入。花姫フィオラは霊石を封印された事で開花できずにいた。

 時を同じくして、せいの都ウンディーネは竜人アリア・アングレスによって支配されていた。アレックスはジェイミーらと共にアリアを撃破し、シェリーを救出。シェリーと二人で清の神殿に向かいオーブを回収するが、アレックスは潜んでいた魔物によってある場所へ転移されてしまう。


 その場所は、銀月軍団シルバームーンの兵器が生産される灼熱の渓谷だった。



※この章には残酷描写が多く含まれます。

 また、痛みが訪れる。


 此処は、渓谷に造られた牢獄。首輪をつけられた俺はジャックの犬として調教され、荒い岩肌は衣服や皮膚に幾度も喰い込んだ。


「貴方に死ぬ事は赦されない。少なくとも、ね」


 流れる柳色の髪に、右目に朽ちた花を咲かす女はそう言う。光沢ある黒の衣装に身を包み、蝙蝠の翼を生やした彼女は、四か月ほど前に殺したはずのアマンダ・ミュールだった。

 彼女から漂う白檀びゃくだんの香りは、劣悪なにおいを一瞬にして掻き消す。しかし少しでも距離を取れば、血と鉛の入り混じった臭いが鼻腔をくぐるのだ。


 アマンダがふと見せる慈悲深い笑み。それはまるで聖職者だった頃を想像させるが、すぐに不敵な笑みへと戻ってしまう。俺の身体を包み込む金色の光は、愛しい女が使うそれと同じ性質のもの。けれど全身の傷口が塞がれるという事は、玩具として再利用される事の裏返しなのだ。


 隣に立つジャックは、腹這いとなる俺の背を踏みにじりこう尋ねる。


「己が獣である事を認めたか?」


 許せねえ。シェリーを傷つけただけでなく、俺の尊厳をあっさりと奪いやがって──! この首輪のせいで大悪魔ヴァンツォの魂を呼び起こすどころか、おもりが圧し掛かったように全身が重てえんだ!


「……俺は……てめえの、飼い犬なんかじゃ……」

「まだ人間の言葉を話すか。おい」


 くそ、またかよ……!

 今度は彼に脇腹を蹴られ、仰向けにさせられる。ちょうどアマンダを見上げる恰好となった俺は彼女に頭を抑えられ、必然的にジャックと目を合わせる事となる。


 彼が馬乗りになり顎を掴むも、俺は頑なに口を閉ざす。だが結局は彼の圧力に逆らえず、再び口を開けさせられるのだ。


「どうやら、貴様には被虐趣味があるようだ」

「ふが……がぁ……っ!」


 彼がダガーを握り締めた今、また振り下ろされる事だろう。もはや抗う力は微塵も残っちゃいない。

 もうやめてくれ、それだけは────!



「がぁぁあぁぁあぁぁぁああぁぁあああぁぁああああ!!!!!!!!!」



 ────────────────。


 ────────────。


 ────────。


 ────。






「うああ……あぁ……」

「貴様はそこで寝ていろ。喚いても助けなど来ないからな」


 アマンダが傷を回復させたと云うのに、なぜ視界が滲むのだろう。

 人間ヒトである証が戻ろうと、今の俺にはただ呻く事しかできない。


 あいつが(俺の口から)猿ぐつわを取ったのは、話す権利を与えたからではない。吠える事を望むためだ。

 二人の足音が遠のき、俺だけが牢獄の中に取り残される。自身から漂う悪臭は、深部に棲む虫を引き寄せる。そいつが頬へよじ登ろうと、振り払う事さえ面倒だ。


 それどころか、仲間たちの顔がふと脳裏をよぎる。最初に浮かんだのはやはりシェリーだ。あいつとは、せいの神殿で離ればなれになっちまった。あれから無事城に戻れただろうか?

 それから……マリアやエレ、アイリーンにアンナ。……ヒイラギたちも、今頃銀月軍団シルバームーンと戦っている事だろう。


『こないだ電話した時、俺様に訊いてきたんだよ。“なんとかの六じかん”って何? ──とさ』

『お前がをするんだ』

『無理だよ。俺様の手であいつを汚すなんて』


 ジェイミー、お前とはどんな事も言い合える仲だと思ってた。だからこそ、俺はさっき──アングレス領家でシェリーを救出した時に──酷い事を言っちまったんだ。『お前には判んねえくせに』とな。



『……あんたに言われるの、一番萎えるんだよね。もういいや』



 心に穴が開いたような気分だ。男相手にこんな事認めるのは悔しいが、思い出すだけで涙が止まらねえ。……俺って、こんなにも女々しかったのか?


 なあマスター、俺はどうしたら良い?

 ちょっとぐらい休んでも、怒られねえ……よな……?








 気付けば瞼は閉ざされ、懐かしい記憶が鮮明に浮かび上がる。


 遡ること、四世紀。

 この頃の俺は、アリスを喪ったショックで片っ端から人間を喰らい、アウレッタ牢獄に収容されていた。


 そして、俺という命を裁く時が訪れる──そう思っていたのだが。

 狼男ランヘルはこんな俺を拾い、心身ともに鍛えさせてくれたのだ。ただ剣を振り回すだけでなく、狩りの仕方や馬術だって教えてくれた。しんどい時もあったが、彼がいなければ今も人間への殺意を懐いたままだろう。


 今から映し出されるのは、それから一年後の事だ。

 ある日俺はマスターに連れられ、巨大な建築物に併設された酒場へ放り込まれる。カウンターにはワインがずらりと並び、バーテンダーがグラスを磨く。淡いランプが店内を照らし、あらゆる会話が喧騒となって熱気を生み出す。


 こうして見ると余所と変わらないが、どことなく違う点が一つだけあった。

 場内の連中は五人で一つのテーブルを囲う事から、何らかのグループを成しているようだ。各々はビールを飲み干したり、肉を頬張ったりする。流石に何を話しているかまでは判らんが、時折金銭かねの話が聞こえるのは気のせいか?


 マスターは、中央で盛り上がる三人のグループに目をつける。「こっちだ」と導かれるままに進むと、男女は一斉にこちらを見た。

 手前に座る鎧姿の大男はジョッキを握り締め、朗らかにマスターに手を振る。耳まで赤い事から、だいぶ酔っているらしい。


「おっ、隊長~! そいつが新人ですかい?」

「ああ」

「そのツノ……悪魔、ですか」


 大男の向かいに座るのは、マントに身を包む金髪の男だ。彼は俺を見るや、眉をひそめ指先を顎に当てる。大男は金髪の言葉を聞くと、「けっ」と唾を吐き捨てた。


「これまた御冗談を! 竜人ならまだしも、悪魔って!」

「隊長、本当にその者は信頼できるのですか? 昨今、魔族は晩になれば街中を荒らし、人間たちを傷つけます。もし彼が危害を加えた際、我々は──」


「その辺はわしが調教してるから安心しろ。ほれ、早く挨拶するんだ」

「おい、俺はお前のペットじゃねえんだぞ! 別に友達作りには興味ねえ──って、痛ぇ!!」


 当時の俺はまだ青臭さが抜けず、マスターに口答えをしてしまう。剛腕の彼が下す制裁げんこつは、何度殴られても慣れる事はなかった。


「わーったよ。……俺は“アレクサンドラ・ヴァンツォ”。これで良いか?」

「あぁ? 何だその態度はよぉ!」


「よせジミー。こいつは大剣と長剣の二刀流だが、協調性はからっきしだ。ティア、あんたにこいつの面倒を任せた」

「は、はい!」


 金髪の隣、俺から見れば奥に座っているのは赤髪の女性。毛先は露出した肩に触れる程伸びており、服装からは神官である事が予想できる。……が、それにしては胸元ががっつり開いてるし、何しろ。しかも翠色のペンダントを掛けてるとか、狙ってるとしか思えねえぞ。

 ティアと呼ばれた女性は慌てて立ち上がるが、却って目のやり場に困ってしまう。長いスリットからは程好い肉付きの脚が垣間見え、豊満な胸とは対照的にウエストがなだらかな曲線を描く。


『よくこんな女と同行できるな』と思いながら見つめていると、彼女は身体を俺に向けてお辞儀をしだした。


あたしは神官の“ティア・ドゥ・リィス”。この大柄な戦士が“ジミー”で、隣にいる魔術師が“ジョゼ”よ。よろしくね、アレク……サンドロ、さん」

「アレクサンドラだ」


「えっと……アレ……ック……」

「あーーーー!! もう“アレク”で良い!!」


 おいおい、俺の名前で噛むってこいつ大丈夫なのか?

 名を間違えられ、苛立つ俺は思わず頭を掻いてしまう。ジミーという大男も、金髪のジョゼも俺から目を逸らしたままだ。事前の説明なしで此方へ来たものだから、この先が全く見えやしなかった。……しかもマスターは笑顔で肩を叩くだけ。


「これであんたもティトルーズ防衛部隊の一員だ」

「あ? 防衛部隊? 聞いた事はあるが──」


「ギルドで実績を積み重ねたヤツは、此処に入る権利がある。少し前に、あんたは『もっと強ぇヤツと戦いたい』って言ってただろ? 報酬は皆で山分けだが、きちんとこなせばもっと稼げるぞ?」


「まさかてめえ、それで釣ってこんな人間どもと組ませる気──って、やめろって!」

「まずは口の利き方を改めろ」


 マスターに『てめえ』と言ってしまったせいで、彼からまた制裁を喰らってしまう。二つのが俺の頭部を支配するなか、マスターはジミーの隣に座った。


「早速乾杯だ。おいジミー、あんたもだよ」

「ちっ、隊長が言うならしゃあねえ。……ほら、とっとと座れ」


 彼が通したのは正面奥の席、すなわちマスターとティアの間だ。こんな荒くれに従うのは癪だが、座らないと話が始まらない。そしてウェイターは俺の来店を待っていたかのように、すぐさまビールを差し出してきた。


「じゃあ、アレクの入隊を祝って……かんぱーい!」

「おう、乾杯!」


 それぞれがジョッキを打ち付け合うが、男二人は俺にだけ雑に接してくる。まあ、この頃は魔族の品位が問われる時代だったし、今思えば仕方ない事なんだがな。

 この部隊はマスター、ティア、ジミー、ジョゼ、俺の五人で構成されているらしい。元々は別の人が入っていたが、『妻と遠方で暮らす』という理由で離れたようだ。


 そんな話をしていると、ティアが俺の方を向いて自己紹介をする。しかも不意に綺麗な顔を見せてくるものだから、胸が高鳴ったのは言うまでもない。


「あたしもリューク大陸から遥々はるばるやってきたんだー!」

「へえ、随分と遠いとこから来てんのな」


「うんー! 元々剣士になりたくてこっちに来たんだけど、神官が足りないっていうからさー」

「? 剣士と神官がどう結びつくんだ?」

「おほん! 実はね~」


 咳払いし、手を腰に当てるティア。だが彼女が勿体ぶる割には、案外普通の答えだった。


「あたしが神族だからよ! どう? 驚いたでしょ?」

「いや……別に」


「あーっ! その顔、『よくある話じゃん』って言いたげね! あたし、こう見えても獣とすぐ仲良くなれるのよ?」

「まあ、神族ならよくある話だわな」


「もうーっ!! 店員さん、茄子の激辛和え一つ!! こいつの口に全部ぶち込むわ!!」

「おい!! 何頼んでんだよこの迷惑女!!」

「何ですってぇ!!?」


 神官ティア・ドゥ・リィス。


 どうやら彼女は、ティトルーズ革命戦争の話を聞いて『この国で実力をつけよう』と決めたようだ。何故この国にしたのか判らないが、当時は『戦力になるなら』と俺はあまり深く考えなかった。

(ちなみにどこの神族か尋ねると、あまり聞き慣れないとこだった)


 ジミーもジョゼも初めは俺を冷たくあしらうが、マスターの助け舟もあってか徐々に打ち解ける。

 何よりも戦闘が俺たちの力のみならず、絆も強くしてくれたのだ。そう、例えば──マリーニの丘で出現した魔物を倒した時とかな。


「ありがとうございます、アレックスさん。おかげさまで助かりました」

「へっ! やっぱ隊長が連れてきただけの事はあんな!」

「ふふ、流石アレクねー!」


「こんなもの、肩慣らしにもならなかったさ」

「あんま調子に乗んなよ? 皆の力があって、あんたは無事でいられるんだ」

「はいはい」


 仲間が褒めてくれるのは勿論嬉しいが、ティアと接する時は少し浮ついてた気がする。

 この頃も、女性の前だと相変わらず素直になれなかった。妙に図太いところが、アリスに似ていたからだろう。




 でも……何故だろうか。

 彼女の屈託のない笑顔は、俺や仲間たちを癒す。


 当時は何とも思わなかったのに、思い出すだけで胸がチクチクと痛むのだ。


 鉄を打ち付ける音が、俺を現実へと引き戻そうとする。

 しかし──身体が拷問の味を憶える以上、もう暫く過去の世界に浸っていたかった。






◆ティア・ドゥ・リィス(Tia=de=Lys)

・外見

髪:紅赤色/セミロング

瞳:緋色

体格:身長163センチ/B89

備考:翡翠を埋めたペンダントを装着

・種族・年齢:神族/28歳

・職業:神官

・属性:無

・攻撃手段:霊術(媒体:杖)


※神族の年齢進行は人間と異なる。

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