【前回のあらすじ】
エレとヒイラギは、アレックスを秋の祭典に誘う。しかし『ジェイミーと一緒に行くから』と断られたため、ステファンと共に酒と肴を頬張ることに。
美しき姉妹を見て、彼は何を思うか。名も無き神が奏でる間奏曲は、いよいよ終盤へと向かう。
偶然か必然か、三人分の丸テーブルが目の前で空いた。エレ達はそこに腰掛けるが、テーブルが小さいゆえミントの香りが漂う。布製の大きな屋根の下、ステファンの興奮はピークに達そうとしていた。
「姉貴……じゃなくて姉様にステファン様。乾杯いたしましょう」
「「乾杯!」」
ヒイラギは慌てて言い換え、ビールジョッキを握り締める。グラスを打ち付け合うと、誰もがジョッキの縁にキスをした。
黒い液は一同の喉を通り、苦味が全身を駆け巡る。そして彼らは、ほぼ同時に美味の息を漏らした。
「かぁーー!! うめえな!」
「ベレ、言葉が乱れてるわよ」
「うーん! やっぱ外で飲むビールは最高っすね!」
早速フォークを手に取り、眼前の肴を捉えるエレ達。紙皿に載っているのは、様々な種類のソーセージとハンバーグ。ステファンは平らな肉塊を小皿に載せ、フォークの側面で裂く。赤身が垣間見え、肉汁が滝のように溢れるその光景に、彼は唾液を飲み込んだ。
「とても美味すぎますわぁ」
「ええ! 行列ができるのも納得よね」
ヒイラギは白いウィンナーを、エレはハンバーグを頬張る。この時、ヒイラギの脳内である考えが思い浮かぶ。
(純真な花の奴らとバーベキューも悪くない。もちろん、就寝中のヴァンツォを襲ってな……ふふふ)
「どうしたの、ベレ? 顔がにやけてるわよ」
「こっちの話だ。それよりステファン、あんまり飲んでないじゃないか」
「えっ、そんなに飲んだんすか!?」
「ビールはうちらにとってソーダみたいなモンだからな、姉貴」
「そうね。ねえ、せっかくだからイイコトしましょ」
「ああ。うちもムラムラしてきたし」
「な、何が始まろうとしてるんだ!?」
ステファンのジョッキに入ったビールはおおよそ五分の四といったところ。一方、エレとヒイラギのジョッキは早くも底尽きようとしていた。
酔いが回った二人を止められる者など、この国には存在しない。ヒイラギが立ち上がった後、背後から腕を回してエレに密着。ヒイラギは姉のジョッキを持ち上げビールを口に含んだ後、そのまま唇を重ねるのだった。
「え……えええぇぇえぇぇええぇえええ!!!!!」
『なんだなんだ?』
『うっひょ〜! 美女二人がキスしてるぞぉ!』
『あそこで座ってる奴はどっちの彼氏なんだ?』
『あんな貧相なヤツ、ただのパシリだろ』
(なんで僕がそんな風に言われなきゃならないんだ……。でも気にするな! あいつらと違って、僕は特等席で見れる!!)
周囲の煽りを受け、深いキスと共に触れ合う姉妹。互いは満足して唇を離すと、野次馬たちから謎の拍手と口笛が湧き上がった。
野次馬が消え去ると、ヒイラギもまた席に着く。何事も無かったかのように残りのビールを飲み干すが、ステファンは己の獣を抑制するのに精一杯だ。
「どうするよぉ姉貴、もっと食ってもっと飲もうぜ?」
「そうね。ねえ、ステファン様。ベレと一緒に取ってきてくださらない?」
「了解っす! エレ様たちのご命令なら!」
他人から『パシリ』と罵られ、傷ついた事を忘れるステファン。彼が勢いよく立ち上がると、ヒイラギと共に屋台をまわり始める。
一方、エレの背後に佇む大柄な男に気づく者など、誰一人いなかった。
ステファンとヒイラギが他店のビールと肴を購入した後のこと。彼らは、エレに近づく男の存在にようやく気づいた。しかし、肝心のエレは演奏中の管弦楽団を眺めるのみ。不安を覚えたステファンは、エレを助けるべく半歩踏み入れる。
「ヒイラギ様! エレ様の付近に男が──!」
「大丈夫だって。姉貴はあんたが思うより強いぞ」
「ですが……」
男は徐々にエレに近づき、肩に触れようと手を伸ばす。
しかし、全ては彼を油断させるための罠だった。
「ぐぎゃあぁあぁぁあ!!!!!!」
エレに左足を踏みにじられた男は泣き叫ぶが、助けに来る者はいない。エレは彼を見遣る事もなく、楽団の方を眺めるのみ。
男が涙を流しながら去り、ヒイラギは「ほらな」と誇らしげに言う。ヒイラギとステファンが持ち場に飲食物を置くと、エレが二人の存在に気づいた。
「エレ様! お待たせしやした」
「おかえりなのです!! なんて美味──いえ、美味しそうなのでしょう……!」
エレも酔いが回り、本性が垣間見える。ステファンは一瞬首を傾げるが、『気の所為』と自己暗示して食べ物をテーブルに並べていく。
「姉貴、今日ぐらいは良いんじゃねえの?」
「何を言ってるのベレ。いつだってうちら──じゃなくて、わたくし達は上品でいなきゃ!」
ステファンが密かに耳を傾けたとき、エレの声が普段よりやや低い事を悟る。一人称や口ぶりにも違和感を抱く彼だが、もはやどうする事もできない。
それは妹も同様であった。
「ひ、ヒイラギ様!?」
「なあ、ステファン〜。今晩うちの家に泊まってけよぉ」
ヒイラギがステファンに抱きつき、鼓膜に吐息を吹き掛けた。唐突の快感に襲われ、彼の短い悲鳴が裏返る。ステファンはヒイラギから離れようとするが、彼女の腕力と誘惑に逆らえずにいる。
「あの、ぼ、僕、初めてなんすけど……」
「ウソつけぇ。ホントはあんたもムラムラしてんだろぉ?」
「そうですよぉ。今晩だけですからぁ♡」
エレまで身を乗り出し、姉妹揃って声に艶を込める。ステファンは彼女らの為に水を持ってこようと立ち上がるが──。
「おいおい、うちらから逃げる気かよぉ」
「そうだそうだぁ、まだこれからだろ?」
「お、落ち着いてください!! いま水を持ってきやすから!!」
エレにまで腕を捕まれ、身動きを取れずにいる。必死に振り払おうとするが、計り知れぬ腕力が諦念を生んだ。
仕方なくまた席に着くと、ヒイラギは自身の頭をステファンの肩に預ける。そして不可解な言葉が口から次々と漏れた。
「もうこのままさぁ~~~~※◆#×%*+□▼……すぅ」
ヒイラギが突如無言になり、寝息を立てる。依然としてステファンが戸惑っていると、エレが妹を煽った。
「ベレったら寝ちゃうの~~~? じゃあ、ステファン様におぶってもらわなきゃだねぇ」
「ちょ、マジっすか!?」
「ほら、まだ残ってるだろ。あ〜んっ♡」
左肩に圧力が掛かる中、エレはフォークで刺した生ハムをステファンに差し出す。先程まで興奮していた彼だったが、今は疲労の方が上回っているのは言うまでもない。
秋の祭典を終え、彼らはエレ達の自宅へと向かう。
ダークグリーンの屋根と赤白橡の壁で構成された家──ステファンはヒイラギをこの場所まで背負う事となった。細身の肉体で背負ったせいか、彼女を下ろす頃には力がほぼ残っていない状態だ。
「ぐえぇぇ、疲れた……」
「おいおい、女子をおぶってそりゃねえだろ?」
意識が戻り、ステファンの肩に腕を回すヒイラギ。反射的に避けようとするが、今度は背後からエレがしがみつく。
「そうですよ? もっとクールにしなきゃ!」
「なあ姉貴、こいつを調教しようぜ?」
「ま、待ってくだせえ! “調教”ってなんすか!?」
「そのまんまの意味だよ。姉貴、そっち放すなよ!」
「はい! さあ、ステファン様。こちらにいらして……」
「‥…っ!」
ステファンはエレの囁きに逆らえず、高揚を自覚する。疲労困憊である以上、抵抗する力は微塵も残っていなかった。
ついに彼は部屋に連れ込まれ、ベッドの上で押し倒されてしまう。
「えぇええ、縛るんすか!?」
「当たり前だよぉ。デリカシーの無い事を言ったんだから」
「うふふ。ま・ず・は〜」
「うわっ、やめ……」
「ステファン様ったら嬉しそうなのです。ベレ、どうしましょう?」
「まだ早い」
「痛い、痛いっす!!」
「大丈夫だ。じきに慣れるよ」
「耐えたらご褒美をあげるのです。さあ、お次は──」
「ひぃぃいいぃぃいいいぃいいい!!!」
〜§〜
暗闇の空に、一筋の光が射し込む。大きな寝台で眠るは、一人の男と二人の女。誰もが身を露わにし、心地よい夢を見ている事だろう。
最も外側で眠るステファンは、瞼をこじ開け上体を起こす。真っ先に脳裏をよぎったのは享楽ではなく──困惑だった。
(あれ、なんで僕ここにいるんだっけ……?)
一晩限りの刹那は痛みとして刻まれ、しかし何処か心地良いもの。ステファンの中で、ぼんやりと何かに目覚める予感が在った。
しかし──左隣の女ヒイラギが瞼を開けた時、ステファンに悲痛な現実が待ち受けていた。
「…………は? なんであんたがここにいるんだ?」
「えっ!?」
ヒイラギは、『見知らぬ男がいる』と疑うように眉を顰める。その棘のある声音は、姉のエレを起こす事となった。
「うーん…………って、ステファン様!?」
「待ってくだせえ!! そもそも二人が僕を連行して──」
「んなことするわけないだろ! ほら、とっとと服着て帰れ!」
「そうなのです! 帰ってください!」
「ひぇぇええ!? なんで僕が!?」
ヒイラギに蹴られ、寝台から転がり落ちるステファン。シーツを剥がされた時、エレの甲高い悲鳴が上がった。
「きゃーーーー!! えっちーーー!!」
「んな、理不尽っすよぉ!」
昨晩、ステファンは酩酊状態のエルフ達に連れ去られ、奇怪な状況に追い込まれた。だが、酒乱の二人にそのような記憶は存在していない。服を着て家路に向かうステファンの背は、見えぬ神に哀愁を与えるのだった。
──それから数日後。
「姉貴、聞いてくれよ。ステファンのヤツ、うちに飯の誘いが来たぞ」
「あら、そんな事が。どんな店?」
「『ヒイラギ様を喜ばせたい』つって、高級店に連れてくんだってよ。ったく、パシリの癖に調子乗りやがって」
「その割には嬉しそうじゃない。もしかして、気になってる?」
「んなわけないだろ! 姉貴のバカ!」
「うふふ、照れてるわね」
「違うわ!!」
果たしてステファンは、エルフ達の心を射止める事ができるのか? 双剣使いの恋物語は、まだまだ続く。
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