騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第七節 王を護りし者 ~肉欲を懐く騎士~

公開日時: 2021年3月3日(水) 12:00
文字数:5,351

 俺とマリアはヴェステル迷宮二階で戦車を倒したあと、扉を開けて小さな部屋に辿り着く。入って右手には、ある女神を模った石像が在った。

 ようのエレメントを司る女神アポローネ。ウェーブヘアを足首まで伸ばす彼女は優しく微笑み、両手を広げている。まさに太陽みたいな慈愛を以って俺たちを歓迎しているようだ。


 部屋の造りは他の小部屋と変わらず、レンガ造りでカビの臭いが漂う。けれど魔物の気配は一切感じられないどころか、守られているような感覚だった。それに、この部屋に入るまでずっと感じていた重圧も存在しない。一気に身体が軽くなった俺は思わず床に身を投げてしまうが、マリアは流石にそんなことをしなかった。

 無機質な天井からマリアへ目線を向ける。彼女は壁沿いで三角座りをしたあと、殻に閉じこもるように頭をうずめようとしていた。


犠牲者なかまたちを苦しめたのは、あたしの責任よ。あの人たちは、銀月軍団シルバームーンを倒すために奮闘してくれた戦士たち。ギルドや防衛部隊に、騎士団の皆……誰もが捕虜になって、皮を引き剥がされたのよ。もしあたしがしっかりしていれば、彼らが兵器として利用されることは無かったはずなのに」


「自分を追い込むのはそれぐらいにしろ。彼らだって、国を護るために戦うことを選んだわけだし」

「ええ。それはわかってるけど……もっと良い方法があったはずなのよ」


「例えば?」

「………………」


 この状況下で思い浮かぶ方が逆に難しいだろう。彼女は罪悪感に身を委ねる余り、言葉を放つ様子が見られない。

 だから俺は天井を見つめたままこう言った。


「俺たちが彼らの分を生きよう」と。


「今は大変な状況だが、それでも誰もが前を向こうとしている。戦士であろうと、そうでなかろうと。お前が本当に我儘だったら、ああはならねえよ」


「あたしはただ、シェリーやアイリーンと一緒に過ごせたらそれで良いのよ……もしあたしが『ティトルーズ家に生まれなかったら』って何度恨んだかわからないわ。もしシェリーみたいに自由に過ごせたら、窮屈な生活をしないで済むはずなのに」

「それなら、シェリーちゃんと出会えてなかったかもしれないぞ。俺だって人間として生まれてたら……」


『……なんで……なんで俺は悪魔なんだよ!!!!』


 何度も繰り返される夢。その中で俺は、あの銀髪の女との別れを惜しむように泣き叫ぶのだ。たかが夢なはずなのに、その先の言葉が出てこなくて……「何でもねえ」と取り消した。

 重い沈黙がしばらく続いたあと、彼女の嗚咽が聞こえてくる。丸まった背は俺を起き上がらせ、彼女の隣へと足を運ばせた。真横で胡坐を掻く俺は、泣きじゃくる彼女にハンカチを差し出してみる。


「何よ……」

「これも隊長の使命だ。今日のことは忘れてやるから、遠慮なく使え」

「……身勝手な男ね」


 そういう割には、丁寧に受け取ってくれるよな。彼女は俺のハンカチで涙を拭ったあと、顔を上げて前を見つめる。腫れた目と赤くなった鼻先は、彼女なりの苦労を物語っていた。


「不思議ね。ルドルフの前だと肩ひじを張っちゃうのに、あなたの前だと気にならない。ううん、正しくはあなたがの」


「あいつと上手くいってないのか?」

「そういうわけじゃないけど……時々疲れるの。親切にしてくれてるのに、あたしは彼に何も返せなくて」


「別に無理に返さなくて良いんじゃないか? 好きなようにやってるだけなんだから」

「違うわ……その……夜が、嫌なのよ」


 夜……か。昼は優しい代わりに、激しく求めてくるタイプなのか? まあ、妹のルーシェもヤバそうな女だったし、兄もその気があるのだろう。

 何となく察した俺は敢えて口を挟まないことにした。


「ごめんなさい。困らせちゃったわね」

「良いさ。隊員同士なんだし、困ったことがあれば何でも話してくれよ」


「あなたに話すことなんか何も無いわ」

「全く説得力ねえぞ」


 雰囲気を和ませようとしているのか、口角を上げるマリア。無理に強がらなければ、絶対に良い女であるに違いないんだけどな。

 いやいや、何言ってんだよ俺。あれだけ立ち向かってたんだから十分に良い女だろ。それに見た目だって悪くねえし、アリかナシかと訊かれたら……間違いなくアリだ。そんなことを考えてると、身体が勝手に疼きだす。せっかくだし、シェリーには内緒で誘ってみるか?


「寂しくなったらいつでも頼れよ」

「ちょっと! 何を言って……!」


 マリアが俺の方を向き、大きな目を丸くする。その驚きぶりが俺をさらに興奮させていることを知らないんだな……。

 だからそのまま彼女を床へ押し倒し、両膝で下半身を押さえ込む。マリアは膝を擦り合わせ、頬を赤らめたまま俺を見つめるだけだ。


「どうせ魔物が出てこないんだ。色々ほぐしてやるぞ」

「……そういうのは、よしてちょうだい。誰にでもしてるの?」

「んなわけねえだろ。これは、俺とお前だけのヒミ」


「たぁっ!」

「ぐあぁ!!」


 死ぬ!!!!!!!!!!!!!!!

 突如下半身に襲い掛かった衝撃のせいで、頭の中が真っ白になる。マリアを押し倒したはずなのに、俺がのたうち回る羽目になった。


 ああ、いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい

 もう俺の命は持たないかもしれん


 親父、おふくろ

 今まで俺をそだててくれて


「今のあたしは、力を得たおかげで十分に魔法を撃てるわよ。それとも杖で殴られたい?」

「どどどどどどっちも嫌だ! ……じゃなくて、イヤです陛下!!!」


「あら、拒否権はなくてよ? 女の子にご奉仕してもらえるんだから、有難く思いなさい。焔撃フィアーレ!!」

「あぎゃああああぁぁぁぁあああああぁぁあああ!!!!!!!」



 おれのからだは

 みごとまるこげになった



「さて。一休みできたことだし、さっさと行くわよ!」

「はい…………」


 たのむ おれのじんけんをそんちょうしてくれ

 やけどといたみでもだえるおれは、マリアにからだをひきずられながらへやをでた




 憩いの場を後にした俺たちは、とうとう三階の階段を昇った。それから例の如く探索してみるのだが、これといったものが無いし魔力回復剤だって見当たらない。無論、酸に換えられたものが元に戻るなんていう奇跡もあるわけがない。

 ただ、魔物が現れないだけ救いだろう。ひっきりなしに現れても面倒なだけだし、却って気が楽だ。


「此処が最上階だから、アイリーンもヴィンセントもいるかもね」

「早いとこシェリーらとも合流しねえとな」

「ええ。今頃この階にいれば良いけど……」


「こんなところで逢瀬か?」

「「!!!」」

 背後から男の低い声が聞こえたとき、既にマリアは何者かに捕まっていた。


「鍵をよこしてくれれば、女王を解放してやるぜ」

 全身傷だらけで褐色肌の青年。彼がマリアの首に剣を掛ける中、他の野郎どももぞろぞろとやってきた。


「誰だお前らは!」

「見てわからねえかぁ? わしらは魔術剣士ってヤツだよ!」


 魔術剣士――それは、剣に魔術を込めて戦う人々のことだ。そんな彼らが何故こんなところに……?

 首領であろう傷だらけの青年は、此処にいる理由を話した。


「ヴィンセント様より、『侵入者を始末せよ』という通達を受けた。抵抗すればどうなるか……わかっておるな?」

「このあまには、此処でぜんっぶ見せてもらうぜ! あんただってホントは期待してたんだろ?」


 確かに俺だってマリアを襲ったが、こんなことは俺の趣味じゃねえ。

 だけど、さっきの鍵は俺とマリアが苦労して得たものだ。簡単に渡せばアイリーンの救出が遅れるし、何よりも仲間たちの信頼を失っちまう。


「アレックス……あたしのことは良いから、早く逃げて!」

「バカ野郎! お前を置いてくわけねえだろ!」

「でも、アイリーンが……!」


「黙れ」

「あぁああ!!」

 マリアを捕える男は、彼女に電撃の魔法を掛ける。マリアは稲妻に縛られ、全身麻痺を起こし始めた。


「可愛い声してるな~」

「あんちゃんはそこで見てろよ」

「うう……っ」


 マリアが痺れに苦しむのを良いことに、大股で近寄る男たち。

『それ以上はやらせまい』と鍵を取り出し、彼らに近づいた瞬間――。



影嵐オンヴォーレ



 冷淡な女の声と共に、ダガーのような黒い影が男どもに迫る。

 鋭利な影が後頭部から血を噴出させると、糸が切れた人形のようにあっさりと倒れてしまう。


「なっ……! 貴様、いつの間に!?」

 驚く余り、マリアの首から剣を離してしまう首領。痺れが和らいだマリアは、ある者を見て息を呑む。


 俺の背後からやってきたのは――

 囚われていたはずのアイリーンだった。力だって解放させたままだ。いったいどうやって此処へ……?


「アイリーン!!」

「陛下!」

「くそが! 出てこい!!」


 再会を阻むのは、瞬時で現れた複数の魔術剣士たち。

 誰もが俺やマリア――ではなく、アイリーンを囲い始めたのだ。


「卑怯な真似をしやがって!」

「隊長、この程度の数は自分の敵ではございません」

「でも……!」

 マリアが呼び止めようとした瞬間、アイリーンは屈んだと思いきや一気に跳躍する。


「はっ!!」

 彼女は長い脚をスリットから露わにすると、身体を回転させて衝撃波を放った!


「うあぁ!!」

「ぐぉおお!」


 闇の波動はザコどもは勿論、首領をも巻き込む。

 彼らが痛みに苦しむ中、アイリーンは数メートル先の床へ着地して手招きした。誘惑する相手は野蛮な男たちだ。一斉に襲い掛かる中、彼女は冷静に弄ぶのみ。いくら彼らが魔法も使えるといっても、俺からすれば乱暴に剣を振り回しているようにしか見えなかった。


「やっちまええええ!!!」

「おおおおおお!!!」


 剣身にえんじゅなど、あらゆるエレメントを宿す剣士たち。

 彼女の身体を切りつけんと大きく動く彼らだが、狭い通路のせいで同士を傷つける羽目になる。


「おい、何すんだよ!」

「知らねえよ、此処が狭いのが悪ぃんだよ!!」


「隙あり!」

 アイリーンは剣技と魔法を華麗に躱した後、男たちの身体に次々と拳を叩き込んだのだ。中には剣を振り下ろす輩もいたが、すぐに下に避けて足払いを決める。そして自身に落ちようとする剣を拾うと、舞うように残党の身体を分断した。


「いぃ……ひぃぃい」

「まだ陛下に近づく気?」


 アイリーンが煽れば、数人の男が泣きながら走り去る。結局残ったのは首領のみで、堂々と佇んでいるつもりでも足がすくんでいるのが判った。

 彼は恐怖を誤魔化し、アイリーンの前で剣を振り上げた。せい魔法を宿した刃からは彼女の背丈を超える程の波が押し寄せる。だが、そこで物怖じする彼女では無かった。


反射壁リフレシオン!」


 波がアイリーンの身体に触れる直前、黒い膜が彼女を覆う。清魔法はその膜に呑まれたかと思いきや、不気味な音を立てて跳ね返した。


「ウソだろ……おわぁぁああ!!!」

 波は使用者を呑み込んで後ろへ倒す。


 まばたきすれば、アイリーンは既に彼の前に立っている。男は「許してくれ」と何度も乞うが、陛下を人質に取った罪は決して軽くはない。

 三日月のような軌道が男の胸を抉り、血飛沫が天井に付着する。天に伸びた彼の手がガクリと落ちると、白目を剥いたまま息を絶った。


 マリアはアイリーンの元へ駆けつけ、彼女の胸の中に飛び込む。しがみつき、顔をうずめる様子には国王の面影が何処にも無い。ただ母との再会を待ちわびた少女のように泣き声を上げるのみだ。


「あぁぁあ、心配したんだからね……」

「もう大丈夫よ。貴方たちこそ無事で良かったわ」


 桃色の髪を優しく撫でるアイリーン。

 しばらく再会の瞬間を噛み締めたあと、三人で迷宮の探索をすることにした。




 此処は三階の一部にある倉庫だ。先ほどの魔術剣士の溜まり場でもあったようで、パンの食べかすやほこり、ガラスの破片などのゴミが不衛生な印象を与える。棚には数本の瓶が陳列されているが、不思議と取る気になれなかった。なんせ治癒薬だと思ったら、剣士の――振り返るのはよそう。

 俺とマリア・アイリーンは一旦その部屋で小休止を取りつつ、互いの近況を報告し合う。そこでアイリーンに対し『どう抜け出したのか』を尋ねると、次のように会話が続いた。


「監視者を招いた後、殴り倒して鍵を強奪いたしました。それから魔物を始末しつつ、探索を続けていると陛下たちらしきお姿がお見えになって……」


「今に至るってわけね」

「はい」


「その鍵って牢獄のための、だよな? じゃあ、俺らが二階で手に入れたヤツは?」

「おそらくヴィンセントのいる部屋に使うものかと。少しでも時間を稼ぐために貴方がたを弱体化させ、戦車を召喚したと思われます」


「それにしても随分と悪趣味だったわ……兵器を勝手に奪った挙句、仲間たちを利用したんだもの」

「全てはジャックの仕業でしょう。牢獄に来た彼は自分を覗きに来たあと、耳元でこう囁きました」


『月花は陰で咲いていろ。いずれ貴様も、あの女と同じ道を歩ませてやる』


「『月花』に、『あの女』……。ねえ、それってまさか……」



 その時、複数の足音が通路を響かせた。

 声は一切聞こえてこない。しかし、淡々としたリズムは俺に危機感を持たせる。



 俺はマリアに後ろへ回るよう促すと、アイリーンと共に扉の前に立ちはだかった。

 長剣の柄を握り締める右手が急速に汗ばむ。


 扉の向こうにいる者たちは、俺たちの事を気にも留めないだろう。

 ドアノブがゆっくりと回転し、木材の擦り切れた音が鼓膜を揺さぶる。


 扉がついに開かれたとき。

 俺とアイリーンの息を大きく吸う音が――


 偶然にも重なった。




(第八節へ)

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