騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第九節 陽の花姫

公開日時: 2021年2月10日(水) 12:00
文字数:5,149

※この節には残酷描写が含まれます。

 アンナのヤツも、なかなか印象に残る子だ。一人称が『ボク』で、小柄な身体とは裏腹に大食おおぐらい。でも、明るい話し方の中にどこかかげがあるように思える。そんな彼女が秘めるようの力は、とても凄まじいものなのだろう。

 そう考えながら、いつものように訓練場に向かっていたある日。廊下に立つ使用人たちと挨拶を繰り返す中、視界が小さな金属の存在を捉えた。


 それは、チェーンが切れたオーバルがたのロケットペンダント。蓋は開いたままで、一枚の写真が埋め込まれているのがわかる。金髪でロングツインテールの少女。青い瞳の下には泣きぼくろがあり、どこか殿下に似ている。蓋の裏に刻まれた名は『Lucheルーシェ』。彼女はもしかして……以前アイリーンが言っていた彼の妹だろうか。

 俺はペンダントを拾い上げ、懐にしまう。彼に渡してから訓練場に向かおう。



 殿下の部屋の場所は、アイリーンから事前に教えてもらっている。アドバイスを頼りに足を運んだその先には、他の扉と違って唐草模様を描いたそれがあった。金色のドアプレートに刻まれた『Rudolfルドルフ』という文字が、確信をもたらす。公的な自分に切り替えるべく呼吸したあと、拳の裏でドアを三度叩いた。

 扉を開けてくれたのは、一人の執事……かと思いきや、殿下ご本人だ。ペンダントを届けたことをお伝えすると、「入ってくれ」と応えて頂いた。


 深緑で彩られた壁に、漆を塗った書斎。書斎の背後には大きな格子窓があり、その向こう側で青空が広がっていた。俺は部屋の中央かつ持ち主の前に立つと、えんじ色の絨毯じゅうたんの上で跪き両手で手渡す。目を瞑って頭を下げる中、彼が「ああ」と感嘆の息を吐いたのが聞こえてきた。


「ずっと探していたんだよ。見つけてくれてありがとう。顔を上げてくれ」


 自身の手元からペンダントが離れたのを確認して、元の姿勢に戻る。やや目下に立つ彼は、両手でペンダントを握り締めながら微笑んでいた。

 殿下は、濁りのない窓へゆっくり向かう。ペンダントと窓を交互に見つめるその仕草は、まるで空の上に住む妹を想うかのようだ。


「妹を殺した力に頼るなんて、皮肉な話だ。ルーシェ、今もそこから見守ってくれているのかい?」


『妹を殺した力』――。それは、シェリーたちの身に起きた一件を指しているのだろうか。とにかく恨みが伝わる一言だ。空から返事が返ってくることはない。だが、妹の写真を見つめているであろう彼の背は悲しげに見える。

 それでも、シェリーに対して放った『制御』という単語に、眉をひそめずにはいられないのだ。『撤回していただく』という意味も込めて、俺は「お言葉ですが」と一言添えてみる。


「本当にシェリーがご令妹様を殺めたのでしょうか。俺には……想像できかねます」

「……君はその場にいなかったから言える。わたくしもマリアも、アイリーンも、この目で見たんだ」


 苛立ちがこもった声音と共に、殿下が振り向く。切れ長の碧眼を尖らせたまま、彼は言葉を続けた。


「家族を殺されてもなおゆるす人がどこにいると云うんだ? それがわからぬ奴と話す暇など無い」

「………恐懼きょうくえません。失礼いたします」


 まあ、そういう反応、だよな……。

 異論を拭うようにもう一度跪いたあと、静かにドアノブへ向かった。


 俺だってそうだ。もし家族を殺されたら、そいつを赦すわけがない。でも、やっぱりシェリーがそんな人だなんて思えないんだ。俺はまだ彼女と深い話ができるほど親しくないし、真実を知らないだけなんだって。

 廊下を歩きながら、無念を絨毯に落としていく。しかし、背後からせわしない足音が静寂を破ってきた。足音の正体は、メイド服を纏うアイリーンだ。彼女が片膝をつくことで、今度は俺が目上の立場であることを認識する。


「何があったのか?」

「アンナの部隊が銀月軍団シルバームーンの攻撃に遭い、壊滅寸前でございます」

「何だと!?」


 壊滅寸前……!? 銀月軍団が相手じゃ、放っておけばまずいことになる。ちょうどその時、エレにシェリー、マリアの三人が駆けつけてきた。


「アレックス様! 今すぐ出撃しなければ……!」

「わかってる。場所はどこだ?」


「ヤツらは樹海で暴れているそうよ」

「もしかして、あの蒼い森のことか?」

「ええ。グリフォンを召喚して現地に向かうわ!」


 マリアに続いて屋上へ向かうと、そこには複数の巫女たちと巨大な鳥グリフォン――以前討伐したヤツとは別物だ――が佇んでいた。俺たちが怪鳥の背に乗ると、彼は咆哮して目的地へ飛び立ったのだ。




 怪鳥から飛び降ると、藍色の木々が視界に広がる。他の森と比べて暗いが、木漏れ日のおかげで松明たいまつが無くても移動しやすい。もし異変が起きなければ、海底の絵画みたいにとても綺麗な世界なんだが――。

 その耽美な空気は、少女の甲高い悲鳴によって破られる。


「おい、今のは……!?」

「あちらですわ!」


 シェリーが指さす方角は東だ。声の主を見つけんと走るにつれて、喧騒が大きく聞こえてくる。

 そして――俺含め、隊員の誰もがその惨状に息を呑んだ。


 数歩先で、魔術師ら三人の戦士が血を流して倒れている。

 さらにその先には、二人の少女が銀月軍団の一員であろう人物と対峙していた。


「なんてことなの……。あなた達はあいつを始末して。あたしは救助に回るわ」

「わかった。頼む」

 マリアがそう言ったあと、ただちに彼らの元へ駆けつける。すると背後から騎士や執事たちも現れ、横たわる戦士らを担ぎ始めた。


 さて、対象を戻そう。

 大剣の柄を握り締め、睨みつけるアンナ。その隣には、両腕を切り離されたポニーテールの少女がいる。後者は今も呻き声を上げてうずくまっていた。


 アンナの前に立つ誰か……どこかで見かけたことがあるな。深紅な色でセミロングヘアーの猫耳。大きな瞳とモノクロームな令嬢服。……もしかしてあの猫野郎も仲間なのか?

 右腕に嵌められた鋼鉄の塊――それは、無数の歯車が高速回転する小型チェーンソーだ。背負われた機具から蒸気を発することで、刃を唸らせているのだろう。白のブラウスと銀の長い刃を彩る、赤の無作為な点々と筋。視界に入るこれらの情報が、ここで起きた惨劇を見事物語っていた。


 呑気そうに佇む猫に対し、アンナは声を張り上げる。


「よくもルナを……絶対に許さない!!!」

「へえ。抵抗するなら、君の脚を切っちゃおうかな♪」


 相変わらず耳障りな甘い声と共に、細い右腕が上がる。チェーンソーはアンナの脚を確実に捉え、今にも振り下ろされようとしていた。

 俺が前に出ようとしたとき、誰かが腕を強く引っ張る。


「ここはわたくしが……!」

 エレは新緑色の瞳に決意を秘め、大弓を握り締めていた。


「任せていいか?」

「はい!」

 彼女の手が俺から離れると、弓と同じくらいの矢が虚空から生まれる。


 エレが狙うのは、鋼鉄の柄から生えた長い刃。

 彼女の構えや指先からは、迷いが一切見られない。


「当たって!」

 エレの掛け声と共に、大きな矢が真っ直ぐ飛ぶ!


「にゃ……っ!」

 矢は見事刃を真っ二つにし、蒸気の玩具をガラクタに変えた。それは猫を動揺させるのに十分なアクションと云えよう。


「行くぞ!」

「「はい!!」」


 アイリーンは猫の前に、シェリーは少し離れた場所に立った。

 そんななか、俺は彼の後ろに回り込む。


 彼の腰辺りから伸びた、赤毛の長い尻尾。

 枝垂しだれたそれの先端を、長剣で切り落とす!


「にゃぁあああぁぁぁあああ!!!!!」

 悲鳴と共に鮮血が舞い、猫がのたうち回った。


「悪趣味の塊はとっとと失せろ。アイリーン!」

「ええ!」

 アイリーンが飛びつき、彼を天高く蹴り上げる。


「たぁぁあ!」

「にゃうぅ!!」


 猫が宙に舞う刹那、シェリーがロケット型光弾発射器を具現化。

 彼の存在をスコープに収めると、トリガーを引く!


 鼓膜が破れそうな程の爆発音は、近くに棲む鳥の群れが一斉に飛び立つほど。派手な銃声と爆発から威力の高さをうかがえる。……もし彼女が暴走したときに使われたら、城ごと吹き飛んでいたかもしれない。


「エレさん!」

「はいっ!」


 猫野郎というバトンは、シェリーからエレへ受け渡される。

 大きな矢が再び生まれるが、今度は翠色に光っていた。


「やっ!」

 彼女は弓矢を掲げ、空中に向かってる。


 彼方へ飛んだ一本の矢は雲をすり抜けた直後――

 無数の矢が降り、猫の全身をハリネズミに仕立て上げた。


 身体中からは血を噴き出し、機具の存在意義は既に失われている。彼は片手で腕の傷を覆い、両膝を草原に付けた。

 アンナはその隙に近寄り、大剣を猫の顔に向ける。


 切先が鼻に触れそうな距離。

 彼は無駄に大きな紅い瞳を潤ませながら、両手をゆっくりと上げた。


「ゆ……許してにゃ……」

「誰が赦すものか。ルナにあんな酷いことをしたんだ。お前なんか、この剣で……!」

「……にゃっはははははは!!!」


 突如、猫が中性的な笑い声を轟かせる。明るい声音に秘めた狂気は、アンナのみならず俺たちにも戦慄を与えた。


「ねえねえ? 僕が降参すると思った~? 本当は人を殺したことにゃいんでしょ? 散々男の子っぽく振舞ってるくせに、口先だけは達者の臆病にゃにゃんだね~~~!! こんにゃお姫様に惚れる王子様が何処にいるというのにゃん??」


「っ!!」

 アンナは手を震わせながらも、大剣を両手で持ち上げる。


「……お前なんか、消えろぉぉぉおおおぉぉおお!!!!!」


 大剣と、分断された刃の衝突。一秒ほどの刹那で、幾度も摩擦を起こしていた。

 どちらの武器も重いはずなのに、軽々と攻防を繰り返す。蒸気の煙で俺たちの視界が少し遮られるも、彼らは刃での対話をやめなかった。


「にゃ~ん! おんにゃのこは大っ嫌いだけど、狂ってる子はと~っても可愛いにゃんね! 君がどんどん壊れてくれれば、僕とお友達ににゃれるのににゃぁ~ん」


「うるさいっ!! ボクはお前と違ってだっ!!!」

「ああそう? でもそう思ってるのは君だけかもにゃん!」


 猫野郎の武器がアンナの大剣を弾き飛ばす。

 彼女の体勢が崩れるうちに、彼の身体が浮いて蹴りの姿勢に入った。


 ここは俺が――!!


――ズガァッ!!


「アレックスさん!?」


 シェリーの、声……?

 身体の前面に重い衝撃が走り、身体が後ろへ吹き飛ぶ。


 倒れるな俺!!

 俺は一回転して受け身を取ったあと、猫目掛けて突進した。


 今度は俺と彼が刃を交える番だ。

 金属音が連続する中、チャンスを窺っていく。


 ……見えた!


――ズシュッ。

「ぐほぉおお!!」

 長剣で腹を貫けば、少年のような声と共に鮮血が吹き荒れた。


 剣を勢いよく引き抜くことで、彼が前に倒れる。その時、祈りの姿勢を取るシェリーが視界に入った。彼女が祈り始めると、アンナの足元に橙色の魔法陣が展開される。


「こ、これはいったい……?」

「アンナ、願いを込めて! そうすれば、あなたに力が宿るわ!」


 シェリーの言葉を受け、アンナの大剣を握る手が強まった。

 眩しい光がアンナを包み込み、彼女は高らかに叫ぶ――!



「ボクは、ルナの腕として生きるんだ!!!!」



――バキィィイ!!

「にゃん!?」

 強い意志が放つ光は、猫の盾である機具を見事粉砕。


 俺たちの視界に映り込む少女は、橙色の花びらに包まれ――違う姿へと変化していた。他の花姫フィオラ同様、花びらが次々と衣服や鎧を形成させていく。

 そして、目の前には陽の花姫フィオラとして目覚めたアンナがいた。剣士らしく、しかしどこか可憐な色をした鎧だ。頭上の黄色いリボンが彼女の美しさを引き立てている。


「そ、そんにゃ……」

「やぁぁぁああああ!!!」

 アンナが大剣を構え、彼に迫ったとき――


 剣身は上半身を貫いた。


「う、あぁぁ……!!!」


 それは、先ほどまでの甘い声とは全く違う呻き。低い男の声が聞こえると、今度こそ前に倒れ込んだ。

 直後、森の奥から誰かの足音が聞こえてきた。小さい影はだんだん大きくなり、姿を見せていく。血だるまの猫に近づいたのは、メガネをかけた黒いコートの男だ。


「おやおやジェシーさん、そんな機具ガラクタを以ってしても負けるなんて。とんだ間抜け猫ですね」


 その間抜け猫――ジェシーはメガネの男に応えることもないが、男は仕方なさそうに担ぐ。

 俺たちのこと、気に留めないのだろうか? あいつを担ぐということはなんだろうが……。


「全く。これだから魔法を使えない者は……」

「待て!!」


 アンナが怒鳴り、男たちへ近づこうとする。

 しかし、今は深追いしても被害が増えるだけだろう。俺は咄嗟に「戻ろう」と言って彼女の肩を掴んだ。怒りに駆られる彼女は、大剣を地面に突き刺して膝をつく。


「…………クソっ!!! こんなことしたって、ルナの腕は戻ってこないんだ……ボクがもっとしっかりしていれば……!! うあぁぁぁあああああああああ!!!!!!!」


『蒼い森の黒猫と会った者に不幸が訪れる』


 この出来事は偶然か、ジンクスか――。

 答えはわからない。


 最後の花姫は陽の力を得てもなお、涙を流すしかすべがなかった。




(第三章へ)





◆アンナ(Anna)

・外見

髪:テラコッタ(茶色)/ショート/やや外ハネ

瞳:ライトグリーン

体格:身長153センチ/B79

・開花時の外見

髪飾り:前方に大きなリボン(クリームイエロー)

鎧:こうじ色

・種族・年齢:人間/17歳

・職業:剣士

・属性:よう

・武器:大剣

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート