※この節には残酷な描写が一部含まれます。
7th.Rub, A.T.26
ムカつくムカ■くムカつくムカつ■ムカつく■カつくムカつくムカつ■!!!!
なんで悪魔って上から目線なの? 『特別に助けてやった』と言われてもちっとも嬉しくないし、雰囲気もあいつに似てて腹が立つのよね!!! この際踏んづけてやったけど、ぐにぐにしてて気持ち悪かったわ。
これが最初の日記なんて信じられない。次会ったらとっちめてやろうかしら?
彼のせいで今日は眠れないし、カモミールティーでも飲んで過ごしましょ。おやすみなさい、私。
8th.Rub, A.T.26
読み返したら、力入れすぎて穴が開いちゃったみたい……。怒りに任せた自分が恥ずかしいわ。
でもね、全部ぜんぶあの悪魔が悪いのよ! ま、考えてもムカつくだけだし、誰がなんて言おうがメアリーのところへ出かける!
P.S.
なんであの子まで『アリスが悪い』って言うのよーーーーーー。家にいても修行修行修行修行って、退屈で死んじゃいそうなのにだーれも私の気持ちをわかってくれない! もう!! みんなのバカーーーーーーー!!!!!!
「……なんつうか、世間のイメージとは違うよな」
こんな形で思い出すのも何だか癪だが、当時の俺はギルドで初めて任務をこなしていた気がする。それも単独でな──。
──ティトルーズ暦二十六年、七のルビー。
かつて兄貴が魔界を去った後、俺と両親は人間界に降り立った。そこで偶然目を付けた国が、ティトルーズ王国だ。現地の野菜に恋した両親は、いきなり『畑を耕す』と言って農業に勤しむ。初めは『悪魔と夢魔が農業など想像しただけで滑稽だ』なんて思ったが──歳を重ねた今は、のんびり暮らしてくれるだけでホッとしている。
ただ、この頃からすぐに手が出るタイプの俺は、当然農業なんざに興味が無かった。だから親が住む僻地を離れ、生計を立てるべく城下町のギルドに登録した。
早く金が欲しかったから、とりあえず手強そうな魔物──ベヒモス討伐依頼の紙をコルクボードから剥がし受付に手渡す。この討伐こそが初めての任務だった。
「では、これが冒険者の証です。忘れないでくださいね?」
「はいはい」
ポニーテールで虎の耳を生やした女は、当時の受付嬢だ。早く現地に向かいたくて、思わずその小さな両手から一枚の紙札をぶんどってしまう。
「ヴァンツォさん。そんな態度じゃ他のメンバーが怖がりますよ?」
「俺ひとりで十分だ。人間とか足手まといだし」
「こらぁ! そうやって油断する人は、皆すぐにやられるんですからね!?」
「魔界でもっとやべーの見てるんで」
受付嬢が頬を膨らますが、当時の俺は心底どうでも良かったんだろうな。
さっさと背を向けて建物を抜けようとしたとき、荒くれの冒険者たちがクスクスと俺を笑い始めた。
『あの野郎、嬢ちゃんになんてこと言いやがる!』
『いるよなー、ああやってイキる初心者。ま、ああいうヤツほど野垂れ死ぬんだけどさ』
彼らが俺を笑う筋合いなんて無いんだがね。結局こいつらだって、こっちが本気を出さなくても勝てないさ。
さて、目的のキッカ村へ向かうとしよう。俺はそれだけのために大悪魔の魂を呼び起こし、翼を広げて移動する。
「しかし、すっげえ荒れてるな。これもベヒモスの仕業か?」
此処は、フィオーレから少し離れた場所にあるキッカ村だ。畑を見渡す限りどの野菜も食われてやがるし、こんな光景を親父が見たら間違いなく怒るだろう。
しばらく畑道を歩くと、石造の民家が姿を表す。都会と違って疎らに並ぶ家々は、俺が少し前まで住んでいた場所を思い出させた。
ふと右側の一軒家に目を向けたとき、流れる銀髪を腰まで伸ばした女が年配の男と話し込む光景を目撃する。その格好は、いかにも田舎と無縁そうな真っ白いワンピース姿だ。
そんな彼女は老人と手を取り合い、何かを約束しているようだった。話の内容までは聞こえてこないし、彼らの顔も判らない。
だが彼女は深々とお辞儀をした後、俺が向かおうとするキッカ平原へ足を運び始める。
「……まさか、あの弱そうなのが」
女は俺に気付く事無く、背筋を伸ばしたまま粛々と歩き出す。俺と彼女の距離間はかなり離れているが、とりあえずついて行く事にした。
緑の地平線が果てしなく続き、木々が生い茂る地。此処がキッカ平原で、ベヒモスは此処を生息地とする。俺と彼女の目的地は偶然にもそこだったようで、この時の俺には良からぬ考えがあった。
全部あの女に任せて、とどめはこっちで刺す。ベヒモスは強大な魔物である以上、骨一本手にするだけで金を多く稼げるのだ。ちょうど俺の近くには大樹があったため、その木陰から眺めてみる。
女が佇んで程なくすると、ずしんずしんという振動が足元にまで及ぶ。しかし、彼女は狼狽えるどころか、振動の正体を凛然と見据えるのみだ。
巨大な影はやがて鮮明になり、全長三メートル程の体躯が顕となる。
四足歩行で草を踏み鳴らすその魔物は、象のような頭部にして腹のでかさは河馬に似る。また、手足は脂肪に包まれていながら、爪は鉤爪のように伸びていた。ヤツこそがベヒモスだが、果たして彼女がこのデカブツに勝てるのか?
だが──間抜けな俺は予想してもいなかった。
この後の彼女の行動が、全てを裏切る事に。
「さあ、来ましたわね。民を脅かす魔物よ!」
彼女の声が耳に届いたのは、これが初めてだった。
透き通るような高声は、悪魔の俺ですら身震いする程の迫力だ。同時に、強い使命感が鼓膜を伝って心臓を高鳴らせる。
女と魔物が対峙したのはほんの一瞬。
ベヒモスは長い鼻を上げて咆哮を轟かせた後、彼女に向かって猛突進。
彼女は片手を豊かな胸に当て、高らかに叫んだ。
「開花!」
その一言が彼女に大きな変化をもたらすなど、誰が想像できよう?
銀の毛束が揺れ、全身が蒼の花弁に包まれる。華やかな竜巻の中、ワンピースは金色の光に溶け込み一糸纏わぬ姿となった。しかしその光が眩しいせいで、彼女の体格を凝視する事は儘ならない。思わず瞼を閉ざしてしまった俺は、頭の中が困惑で支配されるのだった。
一方で、突進の音が止んでベヒモスが甲高い悲鳴を響かす。おそらく光を直視してしまったのだろう。
ようやく光が消えたため、俺は瞼を開けて彼女を確かめてみる。そこに立っていたのは、四枚の翼を天使の如く翻す美しい少女だった。
「我が名は、アリス・ミュール。平穏を司る者として、あなたのような魔物は見過ごせませんわ」
──その女こそが、のちに神格化するアリスだ。金の鎧に膝丈までの白いフレアスカートという風貌は、開花時のシェリーを見た時と同じくらい衝撃的だった。しかし、シェリーと違って片手には本人の背丈程の杖が収められている。杖の先端を模るのは、あの太陽のような紋章だ。
今思えば、花姫という存在を初めて見たのはこの時だったのだろう。明らかに魔族と相性の悪そうなヤツなのは目に見える。
それなのに──メスに対し今までに懐いた事の無い感情が湧き上がった気がしたのだ。俺はその感情を必死に振り切り、眼前の戦闘に目を向ける。
ベヒモスは再び象のような雄叫びを上げ、爪を何度もアリスの前で振り下ろす。だが、彼女は血塗れの軌道を舞うように回避。
ベヒモスが疲弊して息を切らしたところで、アリスは杖を両手で握り締め瞼を閉ざした。
「念っ!」
それは氣を溜める合図だ。青白い粒子が杖の先端に集まり、徐々に大きな光を生み出していく。
やがて光が二回りほど大きくなると、大きな碧眼を見開かせて杖を掲げた!
「波動!!」
扇状に広がる無数の光弾が、ベヒモスを確実に捉える。彼女の不可解な力は爆発に近い轟音を鳴らし、薄汚れた巨体を軽々と後方へ吹き飛ばした。ヤツは宙で一回転させられた後、ズシリという重い音と共に横に倒れ込む。
「すげえ……なんて力だ……」
感嘆を勝手に口走ってしまう。直後何かの拍子で現実に引き戻された俺は、本来の計画を実行すべく大剣を取り出した。
よし、ここでとどめを──
──グォォオオオアアア!!!!!
やべえ! まだ動きやがる!
ベヒモスは大きく跳躍した後、交差するように爪を振り下ろす。
草を刈るようにその長い爪で地面を抉ると、樹の衝撃波がアリスに迫り──いや、見てる場合じゃねえって!
「ああ、めんどくせえな!!」
心が未熟だった俺は、『あの女に力を見せてやる』と言わんばかりに解放。
覚醒して巨大な盾を召喚するや、それを片手にアリスの元へ向かった。──まさに光の速さで。
これは──間に合う。
その確信を胸に、俺はこの盾で衝撃波をしかと受け止めた。
シンバルのような爆音が盾に大きなクレーターを作る。けど、それが何だと云うんだ?
「ふんっ」
今度は両手で掴み、流星の如く速さでベヒモスに突進。象に似た体躯が地面に引きずられると、再び横たわって痛みを訴え始めた。
盾を宙に放り投げ、その間に片手をかざす。盾は赤黒い光に包まれると、長方形のシルエットが横に伸びて剣のような形に変化。形が鮮明に浮かんだそれは、ヴァンツォの一族が受け継ぐ剣だった。
落下する剣は俺に握られると、ただならぬ熱を放つ。
その熱が全身に行き渡った後、俺は迷わずベヒモスの元へ飛躍した。
「消え失せろ」
剣を両手に持ち、切先を肥えた腹に向ける。
そのまま降下した刹那、肉を断つ感触と共に大量の血飛沫が躍り上げた。
腹を貫かれたベヒモスはまだ頭と手先をひくつかせていたが、間もないうちにピタリと止まる。
「こんなもんか」
傷口に腕を突っ込むと、漁るうちにその穴が大きくなっていく。そこから骨の一部をぶち抜いたあと、黒魔法で亡骸を燃やした。鼻がひん曲がる程の死臭を放った末、ベヒモスは跡形もなく消え去る。
そして元の姿に戻った後、骨を袋にしまってアリスの顔に視線を移した。
水晶のような瞳と高い鼻筋に、糸を彷彿させる細い眉。太陽が聴色の唇を艶めかせるせいで、今すぐ劣情に身を委ねたいとさえ思う。加えてまつ毛も長い彼女は、まさに陶磁器の人形だ。
どうにもこの時の俺は『らしくない』と思ったのだ。たかが女一人でたじろぐ自分だったか? ……否、女に隙を見せるのは己の理念に反する。だから俺は、直ぐに得意げな表情を見せた。
「特別に助けてやったんだ、感謝しろ」
平静を装うのに精一杯で、アリスがどんな表情をしていたかあまり憶えていない。
こう振る舞えば、こいつは丁寧に頭を下げてくれる──それは、俺のとんだ勘違いだった。
「これが感謝の念ですわ」
「がぁぁあああ!!!!」
もしそんなクソみたいな事を言わなければ、アリスも半身を蹴る真似などしなかっただろう。流石に絶望的な痛みには逆らえず、その場でのたうち回るほか無いのである……。
それでも俺は、悔しい余り彼女を罵ろうとしたのだが──
「この……バカお」
「まだ足りませんか?」
「あぁぁぁああああ!!!!!」
アリスは追い打ちをやめなかった。今度は踵でグリグリと踏みにじるせいで、命よりも大事なプライドが潰れそうになる。
もうやめてくれ。それ以上されたら男が廃れちまう。助けてくれ親父、俺の命は……もう……
「それでは、私は急いでいますので」
「ひ、ひええぇぇええ!!! ……って、え?」
アリスが俺から離れることで、ある種一命を取り留める。しかし、俺の中ではどうにも釈然としなかった。
俺が助けたにも拘わらず、彼女は恩を仇で返した──そんな怒りに支配される余り、背を向ける花姫に向かって必死で怒鳴ったのである。
「おい!!!! それが助けてもらったヤツの態度か!? 聞いてるのかよ、バカ女!!!!!」
純白の翼をはためかせ、この地を飛び立つアリス。段々と小さくなる影が蒼空に呑まれてもなお、下らない憤りの谺が果てしなく続いた──。
……なぜだろうか。あの時の激痛が昨日のように残響する。苦し紛れだが、その痛みを忘れるべくある人物を思い出してみる。
確か、メアリーは音楽家クルトの妻だ。彼女も優れた魔術師の一人で、病死したとは思えぬ程陽気な人だったと聞く。だが彼女らと知り合いでは無い以上、他の情報を持ち合わせてなどいない。
にしても、一つ思い出しただけで頭が痛むものだ……。けれど、今のうちに読んでおかねえとそのまま逃げちまいそうだ。
頭痛を忘れるように紅茶を飲み干し、顔を上げたまま息を吐く。それから次のページを捲ると、閉ざされた記憶が再び蘇るのだった。
(第二節へ)
◆アリス・ミュール(Alice=MUHL)
・外見
髪:シルバー/ロングストレート(広がり気味)/横髪はリップライン
瞳:み空色
体格:身長165センチ/B86
備考:顔立ちと髪型はシェリーと瓜二つ
・開花時の外見
鎧:ゴールド
スカート:ホワイト
翼:四枚翼
・種族・年齢:神族/不明
・職業:ミュール族の御神子
・属性・能力:無/ミュールの奇跡
・武器:杖
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