アンナやジェイミーがジェシーと戦った後、彼らにルナ、そして俺の四人はすぐに城へ向かう。
門番に扉を開けてもらうと、広々としたエントランスの中で数名の使用人たちが一斉にこちらを見た。うち一人にはちょうどアイリーンがいて、彼女はすぐさま俺らの元へ駆けつける。しかしジェイミーと目が合うや、細い眉をひそめて訝しげな表情を見せた。
「あら、盗撮魔が何の用なの?」
「うげっ!」
それは一、二ヶ月ほど前に遡る。ある日、ジェイミーは何を思ったのかティータイム中のマリアを盗撮した。ただ茶を飲んでいるだけなら気に留めなかっただろうが、彼女はシェリーの私物を優雅に嗅いでいた為、衝撃写真として収められてしまったのである。
その時、アイリーンは不審者の居場所を特定できるメガネで彼を感知。どうやらジェイミーは彼女の鉄拳制裁をそのまま喰らったようだ。
何故俺がその事を知っているのか? 以前あいつがうっかり見せてしまったマリアの写真に加え、後に彼本人が明かしてくれたからである。
アイリーンに睨まれて狼狽するジェイミーだが、彼は片手を顔の前に掲げ、慌てた様子で頭を下げ始めた。ただ、謝ってる彼には悪いが、今は此処で油を売っている暇など無い。
「あの時はマジで悪かった! えっと、その……」
「連続殺人事件の犯人はジェシーだ。すぐに軍議を開いてもらえないか?」
「やはりそうだったのね……。ご報告感謝いたします、隊長。陛下も、『ちょうど明日にでも開こう』と仰っておりました」
さすがメイド長は切り替えが早い。俺が話を切り出すと、彼女はすぐに真摯な表情に戻ってくれた。その一方、俺の隣に立つジェイミーはまるで一命を取り留めたかのように、安堵の息を吐く。
「それでは、中でしばらくお待ち下さい。すぐに陛下を呼んでまいります」
アイリーンが正面階段の方を向くと、一つに纏めた三つ編みが弧を描くように揺れる。ヒールで早々と歩き去った後、他のメイド達が『どうぞ、此方へ』と手招きしてくれた。
「メイド長様と云えど、私の所業にお気づきになられていないようだ……助かった」
「うーん、それどころじゃ無かったんじゃない?」
別の事で安堵するルナに、首を傾げるアンナ。ルナは『彼女らに気づかれる前に』とマントを脱ぎ、颯爽と立ち去ってしまった。……つか、変に逃げ足の速い女だな。
少し待っていると、マリアとアイリーンが階段から降りてくる。マリアが真鍮の手すりとメイド長の支えを頼りに一段ずつ降下した後、赤い絨毯を踏みしめ俺たち三人の方に視線を遣った。
「お待たせ……って、ルナは?」
「用事があると言って持ち場に戻った」
「あら。最近どうも巡回の頻度が多いから、ついでに話をしようと思ったけど……」
「それだけ仕事熱心って事さ」
此処はルナの名誉を重んじて、俺が適当な理由で凌いでやった。ついでにマリアにジェシーの事を話すと、彼女はスカートの両裾を持ち上げて丁寧にお辞儀する。
「報告ありがとう。そんな事があっては『明日に』なんて悠長な事言えないわね。今すぐ他の花姫たちも呼びつけるから」
「で。軍議なんだが、こいつも混ぜてくれないか? 見た目はこんなんだし盗撮が趣味な男だが、俺らの戦力になるはずだ」
「だから『盗撮』は余計だっての!!」
「アイリーンから聞いてるわ。まあ、戦う時ぐらいまともでいてくれるなら構わなくてよ」
「アレク、てめえ……」
「事実だろ」
拳を作り、俺に殺意の視線を注ぐジェイミー。彼が王室に迷惑を掛けた以上、こう伝える他無かったのだ。
ただ、こいつに活躍の場を設けたかったのも本音だ。少しでもアンナに良いところを見せてもらいたいからな。
「『類は友を呼ぶ』──隊長たちにお似合いな俗諺でございます」
「「えっ」」
アイリーンちゃん……凛然とした佇まいで辛辣なこと言うなよ……。
時刻は午後を回る。ちょうど昼食を取り終えた花姫たちが集まり、ジェイミー含めて七人が会議室の席に着いた。俺の正面にはシェリー、右隣にはアンナがいる。ジェイミーは(便宜上)部外者という事もあって、アンナの隣──最も扉に近い席だ。
正面に座るマリアはすぐに本題に移るかと思いきや、俺に目線を送って「まだあなたには話してなかったわね」と切り出す。
「ベレが銀月軍団の本拠地を教えてくれたわ」
「そういや聞いてなかったな。場所は何処だ?」
「この国の西端──かつてルーセ王国が存在していた場所よ」
「予想通りだな。ただ、えらく離れているが、どうやって行くんだ?」
「屋上にあった魔法陣、憶えてる? まずはあれを使って各神殿にあるオーブを回収しなきゃいけないの」
「えっ……それって、エレメントの神殿の事か?」
マリアが云うには、こういう事らしい。
ヒイラギの情報によれば銀月軍団の本拠地は、ルーセ王国の跡地である西端に位置する。
しかし、その本拠地に侵入するには、エレメントの神殿に埋め込まれたオーブが鍵となるようだ。神殿は花姫たちのエレメント同様、焔・清・樹・陽・月の五箇所である。
フィオーレからかなり距離があるため、神殿の周囲にある都市へ直接向かった方が早いとされる。そのためには、屋上の魔法陣──すなわち転移装置を用いての移動が必要不可欠だが……それを実現するには、シェリーの霊力を更に解放しなければならない。
彼女の説明が一通り終わると、シェリーがやや自信なさげに補足した。
「本当は今すぐに向かいたいところですが、強化防具の増産が追いついていないそうで……」
「ええ。今頃ミュール島も荒れていると思うけど、魔法銀の採掘が滞っている状態だからね……」
「それってエンデ鉱山の事なのです?」
アンナの向かいに座るエレがマリアに問う。すると、彼女の代わりにアイリーンが答えた。
「そうよ。犯人の事も気がかりだけど、鉱山で捕われている鉱夫たちも助けなければならないの」
エンデ鉱山──湧き出る仕組みはさっぱりだが、ミスリルという希少な石材──鋼より強く、銀より輝くと云う──が多く採れる場所として古来より有名な地だ。今は銀月軍団の退治を最優先とするため、直属以外の鉱夫が採掘するには国の許可だと云う。
「もしかして、魔物たちに巻き込まれたのでは……?」
「そうでしょうね。クロエたちの調査によると、今はメドゥーサが居座っているそうよ」
アイリーンの言う通り、本当にメドゥーサが居るとすればかなり厄介だろう。なんせあの魔物と目が合ったヤツは石にされちまうし、解呪するには霊術が必須。それでシェリーも石化すれば、ほぼ絶望的と言っても過言ではない。
だから、マリアは「ねえ、シェリー」と幼馴染にこう提案する。
「メドゥーサの居場所に近づいたら、あなたには目隠しをお願いしたいんだけどどう? その時、アレックスに付き添ってもらうから」
「えっ!? あ、うん……判った……!」
シェリーの声が上ずって肩がビクリと跳ねるが、提案には異論がないようだ。おそらく彼女は『俺と付き合ってる事が皆にバレるかも』と危惧しているだろうが、交際抜きにしても付き添いは隊長の方が良いとは思う。
マリアが「アレックスも良い?」と尋ねてきたので、俺は二つ返事で了承した。
「とにかく、今は鉱山にいる彼らを助けるのが先決ね。銀月軍団の居場所がわかった以上、あたし達も反撃に出るわよ。ジェイミー、あなたの実力も頼りにしてるわ」
「任せてくだせえ。俺様が皆の盾となりやしょう」
こうして軍議が終了し、隊員たちが次々と会議室を去る。
だが俺とジェイミーが廊下に出た時、アンナの垢抜けない声に呼び止められた。
「ねえねえ二人とも。ちょっとお話したい事があるんだ」
俺はジェイミーと顔を合わせ、「大丈夫だよな?」と予定を確認する。すると彼もしかと頷いてくれたので、アンナに付いていく事にした──。
此処はフィオーレ遊歩道だ。憂いなシェリーを追ったのも今では随分と久しく、並木通りに佇む桜の木々は深碧の葉を揺らす。
強い陽射しが皮膚を照りつける中、汗が首筋を伝う。それはアンナやジェイミーも同じで、ややしんどそうな表情が暑さを物語った。
「悩みがあるとき、ボクは此処を歩いて帰るんだ。まあ、遠回りなんだけどね」
「俺も此処は色々と思い入れがあってな。お前もだろ、ジェイミー?」
「あ、ああ……」
その微妙な反応はシェリーを盗撮した罪悪感か、それともアンナに対する照れか。どのみち、俺とジェイミーに挟まれて歩くアンナは気付いていないようだ。
ただ、そんな冗談を交わしたところでこの神妙な空気は変わらない。蝉が夏を謳う傍ら、アンナは静かな声音で胸中を打ち明ける。
「本当は魔族も男も信じられなかった。でも、アレックスやジェイミーと出会って、『それは違う』ってやっと思えるようになったんだ」
「……あんたさえ良ければ、聞かせてくれ」
「ありがとう」
ジェイミーも聞く姿勢のようだ。その姿勢に一安心すると、アンナは浅緑色の瞳に悲壮を秘めたまま話を続けた。
笑われるかもしれないけど、ボクはお姫様になりたかった。子どもの頃、絵本がきっかけで『お姫様になりたい』と思ったボクは、父さんと母さんにドレスを買ってもらったの。礼儀作法を学びに行ったこともあった。
……それがある日、悪魔が家に押し掛けたせいで全部がひっくり返った。
その悪魔は『父さんが犠牲になれば、ボクと母さんの命は保障する』と言ってたから、父さんは命を差し出した。そしたら、あいつは母さんを我が物にしたんだよ。ボクの身体は呪われたように動かなくて、怖かったのに……そこで見ることしかできなかった。
だから、ボクは『強くならなきゃいけない』って思った。女の子らしくしてたら、『母さんと同じ目に遭うかもしれない』とも。
壊れてしまった母さんは病院に、ボクはブリガの孤児院に連れて行かれたことで離ればなれになった。……もう母さんは“ボク”という娘を無かった事にしたせいで、会うことも儘ならないよ。
それから(孤児院で)ルナに拾われたあと、あの子と一緒に強くなった。ギルドでたくさん戦ったら、上の人達に防衛部隊に誘われたんだ。
でもね……『王室直属だから親切な人たちが多い』と思ってたボクがバカだったよ。だって男はみんなして『女は黙って従え』と見下すから。大剣を使うボクを笑ってきたし、ジェシーに襲われたときだってそう。
あいつらは……ボクとルナを囮にして逃げる気だった……。それでルナは、ジェシーに狙われて両腕を……。
「皆まで言うな」
ジェイミーがアンナの言葉を遮る。しかしそれは『これ以上聞きたくない』という意味合いではなく、気遣いから来ている事は見て取れた。
とはいえ、彼女はあれだけ強くなる事を望むのは、そういう過去があったからなんだな……。防衛部隊も、俺がいない間に廃れて悲しいさ。
悔しそうに唇を噛むアンナ。そんな彼女に対し、ジェイミーは次の言葉に信念を添える。
「あんたの怒りも恨みも、ぜんぶ俺様たちが受け止める。俺様がメスの血を吸って生きてることは認めるけど、嫌がるヒトのは飲んだって不味いし、勿論あんたを狙うこともない。だから、これからも俺様たちを信じてほしいんだよ」
「……うん。ボクが倒れたときはアレックスに襲われるかと思ったけど、それどころかボクに美味しいご飯を食べさせてくれたんだ。話も聞いてくれたしね」
「もしかして前に、アレクとあんたが飯食ってた時がそうか?」
「ああ。ちょうど外に出たらこいつが倒れてたんだよ。要は防衛部隊での過労ってとこだ」
「今思えば、情けないことしちゃったね……」
「気にするな」
あの日、もし俺が酒場に向かおうと外に出なければ、きっとこんな巡り合わせが訪れなかっただろう。遅かれ早かれアンナが隊員として着任するにしても、きっと俺たちに不信感を懐いたまま仕事をする事になっていたはずだ。
俺はアンナに気づきを与えるべく、少し窘めてみる。
「良いか、アンナ。お前は十分に強いが、自分を追い込みすぎだ。間違っても本当の王子を泣かせるなよ」
「ぼ、ボクみたいな成り損ないに、王子様なんか……」
「既にいるさ。でも、そいつが誰かは自分で探し当てろ」
その時、ジェイミーがハッと目を見開いた気がした。ただ、俺がこう言ったとこでアンナは「うーん」と首を傾げるだけ。
確かに彼女はシェリーと違って元気っ子な印象だが、こうして見るとちょっと似ている気がする。まあ、だから彼女とも意気投合するんだろうがな。
ついでに俺たちがアンナを家まで送った後、メイド──俺が見張りとして手配した──が玄関から顔を出してお辞儀をする。そこで俺らは彼女と別れると、ジェイミーは深刻そうな横顔を俺に見せた。
「……アレク、ちと俺様に付き合ってくんない?」
「良いが、どうしたんだ?」
「来りゃわかる」
アンナの家から離れた街外れで、ジェイミーが蝙蝠の翼を翻す。俺もそれに合わせて飛び立つと、彼はメルキュール迷宮がある方へと向かった。
「──で、話って何だよ」
此処は、メルキュールの近くにあるマリーニの丘だ。色とりどりの絨毯が広がっていて美しい事は確かだが、今は『どんな花があるか』なんていちいち見てる暇は無い。
ジェイミーは俺と向き合うように間合いを取ると、突如拳を構え出す。驚愕の声が漏れる俺に構わず、彼は意外な事をお願いしてきた。
「俺様と戦ってくれ。加減は無しだ」
「随分と急だな」
「大事な女がいるあんたなら判るはずだよ」
友は鋭い眼差しを以って理由を明かす。静かに紡いだ言葉の節々からは、止めどない熱意が感じられたのだ。
「ここで確かめたいんだよ。俺様の力で彼女を守れるか、ね」
(第六節へ)
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