騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第九節 樹の花姫

公開日時: 2021年1月30日(土) 12:00
更新日時: 2021年2月4日(木) 08:05
文字数:3,916

 エレを家まで送ろうとしたとき、公園でリッチが湧きだした。それも五体と、彼女を除いた俺たち――シェリー、マリア、アイリーンも含む――なら少し不利だ。

 けれども、今の俺じゃあ魔法しか効かない彼らと太刀打ちできない。そんな時、俺の前に立ったのはマリアだった。


「行くわよ。シェリー、アイリーン」

 女王の一声で二人が現れた直後、アイリーンがリッチに向かって駆け寄る!


「はぁぁぁああ!!!」


 五体をまとめて蹴散らすアイリーン。彼女が繰り出す蹴りの輝きは、流星群の如く。リッチ共はその光に目が眩んだのか、貧相な身体をふらつかせた。

 その隙を突くように、シェリーはマシンガン型の魔力変換銃で彼らの頭を撃ち抜く。骸骨の頭が陶器のように砕け散ったあと、黒の花弁が舞い上がった。


 それでもリッチは再出現する。今度は七体。それに対し実際に立ち向かえる花姫フィオラは三人と、不利であることが目に見えた。

 マリアが赤い水晶を宿した水晶を掲げると、魔力によって水晶が光り出す。


炎幕フィテンダ!」


――ゴォォォオオオ!!!!

 視界に広がる程の炎が咆哮する。火の海は彼らを飲み込んだが、これまでの行為が嘘のようにまた湧き出した。これだけ多いと、数えるのすら億劫だ。


「こいつら……いつになったら消えるの!?」


 マリアの言葉から苛立ちが窺える。彼女らは息切れしてるってのに、俺はここで見守るだけで良いのか?


 見てるだけなんて性に合わねえ。

 今度こそは俺の力を――。


 その時、俺の隣に立つエルフの少女が、高らかに謡い始めた。



 孤独に苦しむ亡霊よ どうか嘆かないでおくれ

 女神は汝を見放さぬ 天に飛び立つ者はみな家族だ

 もし愛を取り戻せば 汝にいずれ転生の機が訪れるだろう


 その時まで その時まで

 顔を上げ 広大なる空と海を抱き締めよ



 なんて綺麗な歌声なんだ……。花姫たちからリッチまで、彼女のうたを聞いた全ての者は立ち尽くすほかなかった。

 それは凍った心を溶かすような、透き通った声。気付けば涙腺が緩みそうな自分がいた。


――オォォオオ……。

 奴らが光に包まれる。悪魔オレすら浄化されてしまいそうな詩は、魔物の影を跡形もなく掻き消した。


「これが、吟遊詩人の力……」


 感激のあまり、俺は思わず呟いてしまった。歌で死霊を滅ぼすほどのヤツを彼女以外で見たことがない。食事処で少年がサインを求めるのも納得だった。

 エレはどうやら歌い終えたようで、三人の花姫に話し掛ける。


「あの……皆様、ご無事ですか?」

「ありがとう。おかげで助かったわ」

 アイリーンがそう答えると、エレは静かに微笑んだ。


 直後、一体のリッチが現れる。それは一段と身体が大きく、胸元には“銀の心臓”といわれる宝石が埋められていた。


 ようやく首領が出てきたか。

 しかし、花姫たちが取った行動は攻撃ではなかった。シェリーは突如目を瞑り、祈るように両手を胸の前で重ねる。


「彼女から感じる……じゅの力を……!」


 エレの足元に魔法陣が生じ、そこから緑色の光が現れる。


「念じて。この戦禍で、あなたが本当に望んでいることを!」

「……ベレ……」


 シェリーの問いに答えたエレは、妹と思しき名前を呟く。すると、魔法陣の光はさらに増し、金色の髪をなびかせるほどの風が吹き上がる。


 そしてエレは、自身を包み込む光の中でこう叫んだ。



「待ってて、ベレ! 必ずあなたを見つけ出すわ!!」



 くっ……眩しい!!

 急激に増した光の輝度に耐え切れず、俺は腕で瞼を覆う。


 まさか、本当に樹の花姫が見つかったとでも言うのか?

 光が消えたとき、答えは葉のような花びらが舞う先にあった。


 花姫に目覚めたエレが、新たな姿で佇んでいたのだ。頭上にある小さな羽根に、新緑を連想させる鎧。例えリッチが怖気づいても、その凛々しい表情が緩むことは決してないだろう。


 両手を掲げるエレ。虚空からは、身長と同じ高さの大弓が召喚された。

 彼女は手慣れたように弓を構えると、銀の心臓目掛け矢を放つ。


射るティーラ!!」


 槍のように大きい矢は、またたく間にリッチを撃ち抜いた!


――アァァアアア!!!!

 ヤツの悲鳴と共に黒い花びらが咲き乱れ、あの世へと消え去る。


「なんて強さだ……!」

「あれが、樹の力……」

 偶然なことに、アイリーンは俺の言葉を代弁してくれた。


 そういえば、シェリーは?

 ふと彼女の方を向くと、血だるまと化した男性の前で祈る姿があった。彼の周りで様々な花びらが舞い上がるのと同時に、傷口がたちまち塞がっていく。男性は先までの痛みが嘘のように立ち上がり、懐から何かを取り出そうとしていた。


「助かったよ。ありがとう!」

 男性は俺たちに向かって御礼を言うと、金貨のようなものをシェリーに渡す。どうやらチップのようだ。


「いえ。夜は危険ですから、早くお逃げになって」

「そうするよ。君たちも気を付けて!」

 シェリーと話す男性は、軽く手を振ってから走り去った。


 彼が消えるのを確認すると、彼女らは変身を解く。一同がエレの元へ駆けつけたあと、マリアが一番最初に話し掛けてきた。


「エレ、だったかしら? さっきはありがとう」

「えぇっ、陛下!!?」


 まあ、ビックリするよな……。なんせ国王が戦っているのだから。

 だが、その国王マリアは構わず手を差し出す。


「こんな非常時を城からただ眺めるだけってのは、趣味じゃないの」

「そうなのですか……。こちらこそ、お役に立てたようで何よりなのです」

 互いに握手するマリアとエレ。


「あの……」

 エレはシェリーの方を向いて続けた。


「シェリー様、お久しぶり……なのです。といっても、あなた様にとってはもう思い出したくないかもしれませんが……」

「いいえ。あの時のことは感謝しておりますわ」


「きっと、わたくしのお顔すら見たくない、ですよね……」

「そんな! 私、エレさんともっと仲良くなりたいのに」

「まあまあ。せっかくこうして会えたんだし、続きは晩餐でしましょ」


 どうやらシェリーとエレは知人らしいが、会話はマリアが割って入ったことで途絶える。

 ただ、今は夕食の時間帯であることも事実だ。マリアがもてなすということで、彼女の住む城へ向かうことにした。




 俺たち純真な花ピュア・ブロッサムは城の食堂で集まり、長いテーブルを囲んでいる。横長の広い部屋で、エレの左隣に座ることとなった。数多くのシャンデリアが明るく照らすおかげで、花姫たちの顔はもちろん、運ばれてくる食べ物も遠くから目視できた。


 シェフが用意してくれたのは、皿の上に堂々と乗っかる一枚のビーフステーキ。大きな肉塊の香りは、彼女らの鼻腔をくぐり食欲をそそらせる。

 ちなみに肉を食べない俺は、野菜中心の料理を用意して頂いた。白い皿と赤いテーブルクロスのコントラストが、眼前のフォークとナイフを握らせようと煽ってくる。今にも誘惑に負けそうな少女は、俺の向かい側にいた。


「わぁぁ!!」

 シェリーは目を輝かせながら、一同共に「いただきます」と両手を合わせる。今か今かと銀のカトラリーを手に取ると、器用な手つきで肉を裂いていった。それから小さく切られた塊を口の中に放り込み、顎と頬を上品に動かしていく。


「んーーーー!! 美味しいーーーーっ」


 ああ、無邪気な子どもみたいで、その……すっげえかわいい。さっきまでこいつは“ジャック”とかいう男とあんな事やこんな事をしてたというのに、そんな事すら許してしまいたくなる。

 やっぱり、こいつの彼氏になりてぇ。今はマリアと一緒だから気を許してるのだろうが、俺と二人きりの時もその笑顔をまた拝みたいものだ。


 そう思いながら野菜の甘味に身を委ねていると、(俺の右斜め前に座る)アイリーンがエレに話しかけた。


「さっきのうた、素敵だったわ」

「アイリーン様……ありがとうございます!」


 あのメイド長、いつもの堅い感じじゃないぞ……。庶民相手だから敬語じゃないのか? 普段もそんな感じで絡んでほしいのだが。

 それにつられたのか、マリアもエレに柔らかい言葉を向ける。


「こんな可愛らしい子があたし達の仲間だなんて、とっても嬉しいわ」

「は、はわわわわ!! 可愛いってそんな……! 陛下の方こそお美しくて直視できないのです」

「なっ……何言ってるのよ」


 マリアの褒め言葉を受けて、可憐なエルフが一気に赤面する。確かに、この四代目国王は黙っていれば綺麗なんだよな……。


「私も、マリアを近くで見るとついキ……」

「ちょっとシェリー!!?」

「ご、ごめん!」

 

 両手を合わせ、申し訳なさそうに謝るシェリー。言いたいことはわかるし、俺も似たようなことは思っていたから。それにしてもこの二人の会話は、聞くだけでちょっとにやけてしまうな。

 ひと段落つくと、シェリーがエレの方を見つめる。


「エレさんが弓で、私が銃……親近感を覚えますね」

「ですね! これからも、どうか仲良くしてください。シェリー様」


 こうして見てると、みんな楽しそうだ。賑やかな雰囲気のおかげで飯がもっと美味くなる。


 この光景は、かつて所属していた隣国での出来事を少しばかり思い出させた。岩肌の上で飯や果物が入った缶をこじ開け、クラッカーを頬張りながら談笑する。失敗談を語らいつつ、肩を叩き合った日々が懐かしく思えるよ。

 あいつら、今頃どうしてるかな。中には戦禍に呑まれたヤツもいるが、願わくば今も彼らが健やかであってほしい。遠く離れた家族とも再会できているだろうか?



「まあ、ちょっとはできるんじゃない?」



 思い出に浸っていると、鋭くもどこか優し気な高い声が耳の中に入ってきた。その声の方を向けば、真ん中に座る陛下が俺を話題にしていたようだ。


「あら、お認めになったということですか?」

「ち、違うわよ!」

「「あははははは!」」


 アイリーンが悪戯な笑みを浮かべる中、マリアがどもる。

 そのやり取りを笑うエレとシェリーにつられて、俺も思わず顔が綻んでしまった。




(第十節へ)







◆エレ(Elle)

・外見

髪:ブロンド(やや淡い)/ボブカット/横髪は長め/後部に大きな赤いリボン

瞳:垂れ目/青柳

体格:身長170センチ/B80

備考:長耳

・開花時の外見

髪飾り:二枚の小さな羽根(白)

鎧:若葉色

・種族・年齢:エルフ/180代

・職業:吟遊詩人

・属性:じゅ

・攻撃手段:弓/うたの詠唱

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