エレを家まで送ろうとしたとき、公園でリッチが湧きだした。それも五体と、彼女を除いた俺たち――シェリー、マリア、アイリーンも含む――なら少し不利だ。
けれども、今の俺じゃあ魔法しか効かない彼らと太刀打ちできない。そんな時、俺の前に立ったのはマリアだった。
「行くわよ。シェリー、アイリーン」
女王の一声で二人が現れた直後、アイリーンがリッチに向かって駆け寄る!
「はぁぁぁああ!!!」
五体をまとめて蹴散らすアイリーン。彼女が繰り出す蹴りの輝きは、流星群の如く。リッチ共はその光に目が眩んだのか、貧相な身体をふらつかせた。
その隙を突くように、シェリーはマシンガン型の魔力変換銃で彼らの頭を撃ち抜く。骸骨の頭が陶器のように砕け散ったあと、黒の花弁が舞い上がった。
それでもリッチは再出現する。今度は七体。それに対し実際に立ち向かえる花姫は三人と、不利であることが目に見えた。
マリアが赤い水晶を宿した水晶を掲げると、魔力によって水晶が光り出す。
「炎幕!」
――ゴォォォオオオ!!!!
視界に広がる程の炎が咆哮する。火の海は彼らを飲み込んだが、これまでの行為が嘘のようにまた湧き出した。これだけ多いと、数えるのすら億劫だ。
「こいつら……いつになったら消えるの!?」
マリアの言葉から苛立ちが窺える。彼女らは息切れしてるってのに、俺はここで見守るだけで良いのか?
見てるだけなんて性に合わねえ。
今度こそは俺の力を――。
その時、俺の隣に立つエルフの少女が、高らかに謡い始めた。
孤独に苦しむ亡霊よ どうか嘆かないでおくれ
女神は汝を見放さぬ 天に飛び立つ者はみな家族だ
もし愛を取り戻せば 汝にいずれ転生の機が訪れるだろう
その時まで その時まで
顔を上げ 広大なる空と海を抱き締めよ
なんて綺麗な歌声なんだ……。花姫たちからリッチまで、彼女の詩を聞いた全ての者は立ち尽くすほかなかった。
それは凍った心を溶かすような、透き通った声。気付けば涙腺が緩みそうな自分がいた。
――オォォオオ……。
奴らが光に包まれる。悪魔すら浄化されてしまいそうな詩は、魔物の影を跡形もなく掻き消した。
「これが、吟遊詩人の力……」
感激のあまり、俺は思わず呟いてしまった。歌で死霊を滅ぼすほどのヤツを彼女以外で見たことがない。食事処で少年がサインを求めるのも納得だった。
エレはどうやら歌い終えたようで、三人の花姫に話し掛ける。
「あの……皆様、ご無事ですか?」
「ありがとう。おかげで助かったわ」
アイリーンがそう答えると、エレは静かに微笑んだ。
直後、一体のリッチが現れる。それは一段と身体が大きく、胸元には“銀の心臓”といわれる宝石が埋められていた。
ようやく首領が出てきたか。
しかし、花姫たちが取った行動は攻撃ではなかった。シェリーは突如目を瞑り、祈るように両手を胸の前で重ねる。
「彼女から感じる……樹の力を……!」
エレの足元に魔法陣が生じ、そこから緑色の光が現れる。
「念じて。この戦禍で、あなたが本当に望んでいることを!」
「……ベレ……」
シェリーの問いに答えたエレは、妹と思しき名前を呟く。すると、魔法陣の光はさらに増し、金色の髪を靡かせるほどの風が吹き上がる。
そしてエレは、自身を包み込む光の中でこう叫んだ。
「待ってて、ベレ! 必ずあなたを見つけ出すわ!!」
くっ……眩しい!!
急激に増した光の輝度に耐え切れず、俺は腕で瞼を覆う。
まさか、本当に樹の花姫が見つかったとでも言うのか?
光が消えたとき、答えは葉のような花びらが舞う先にあった。
花姫に目覚めたエレが、新たな姿で佇んでいたのだ。頭上にある小さな羽根に、新緑を連想させる鎧。例えリッチが怖気づいても、その凛々しい表情が緩むことは決してないだろう。
両手を掲げるエレ。虚空からは、身長と同じ高さの大弓が召喚された。
彼女は手慣れたように弓を構えると、銀の心臓目掛け矢を放つ。
「射る!!」
槍のように大きい矢は、瞬く間にリッチを撃ち抜いた!
――アァァアアア!!!!
ヤツの悲鳴と共に黒い花びらが咲き乱れ、あの世へと消え去る。
「なんて強さだ……!」
「あれが、樹の力……」
偶然なことに、アイリーンは俺の言葉を代弁してくれた。
そういえば、シェリーは?
ふと彼女の方を向くと、血だるまと化した男性の前で祈る姿があった。彼の周りで様々な花びらが舞い上がるのと同時に、傷口がたちまち塞がっていく。男性は先までの痛みが嘘のように立ち上がり、懐から何かを取り出そうとしていた。
「助かったよ。ありがとう!」
男性は俺たちに向かって御礼を言うと、金貨のようなものをシェリーに渡す。どうやらチップのようだ。
「いえ。夜は危険ですから、早くお逃げになって」
「そうするよ。君たちも気を付けて!」
シェリーと話す男性は、軽く手を振ってから走り去った。
彼が消えるのを確認すると、彼女らは変身を解く。一同がエレの元へ駆けつけたあと、マリアが一番最初に話し掛けてきた。
「エレ、だったかしら? さっきはありがとう」
「えぇっ、陛下!!?」
まあ、ビックリするよな……。なんせ国王が戦っているのだから。
だが、その国王は構わず手を差し出す。
「こんな非常時を城からただ眺めるだけってのは、趣味じゃないの」
「そうなのですか……。こちらこそ、お役に立てたようで何よりなのです」
互いに握手するマリアとエレ。
「あの……」
エレはシェリーの方を向いて続けた。
「シェリー様、お久しぶり……なのです。といっても、あなた様にとってはもう思い出したくないかもしれませんが……」
「いいえ。あの時のことは感謝しておりますわ」
「きっと、わたくしのお顔すら見たくない、ですよね……」
「そんな! 私、エレさんともっと仲良くなりたいのに」
「まあまあ。せっかくこうして会えたんだし、続きは晩餐でしましょ」
どうやらシェリーとエレは知人らしいが、会話はマリアが割って入ったことで途絶える。
ただ、今は夕食の時間帯であることも事実だ。マリアがもてなすということで、彼女の住む城へ向かうことにした。
俺たち純真な花は城の食堂で集まり、長いテーブルを囲んでいる。横長の広い部屋で、エレの左隣に座ることとなった。数多くのシャンデリアが明るく照らすおかげで、花姫たちの顔はもちろん、運ばれてくる食べ物も遠くから目視できた。
シェフが用意してくれたのは、皿の上に堂々と乗っかる一枚のビーフステーキ。大きな肉塊の香りは、彼女らの鼻腔をくぐり食欲をそそらせる。
ちなみに肉を食べない俺は、野菜中心の料理を用意して頂いた。白い皿と赤いテーブルクロスのコントラストが、眼前のフォークとナイフを握らせようと煽ってくる。今にも誘惑に負けそうな少女は、俺の向かい側にいた。
「わぁぁ!!」
シェリーは目を輝かせながら、一同共に「いただきます」と両手を合わせる。今か今かと銀のカトラリーを手に取ると、器用な手つきで肉を裂いていった。それから小さく切られた塊を口の中に放り込み、顎と頬を上品に動かしていく。
「んーーーー!! 美味しいーーーーっ」
ああ、無邪気な子どもみたいで、その……すっげえかわいい。さっきまでこいつは“ジャック”とかいう男とあんな事やこんな事をしてたというのに、そんな事すら許してしまいたくなる。
やっぱり、こいつの彼氏になりてぇ。今はマリアと一緒だから気を許してるのだろうが、俺と二人きりの時もその笑顔をまた拝みたいものだ。
そう思いながら野菜の甘味に身を委ねていると、(俺の右斜め前に座る)アイリーンがエレに話しかけた。
「さっきの詩、素敵だったわ」
「アイリーン様……ありがとうございます!」
あのメイド長、いつもの堅い感じじゃないぞ……。庶民相手だから敬語じゃないのか? 普段もそんな感じで絡んでほしいのだが。
それにつられたのか、マリアもエレに柔らかい言葉を向ける。
「こんな可愛らしい子があたし達の仲間だなんて、とっても嬉しいわ」
「は、はわわわわ!! 可愛いってそんな……! 陛下の方こそお美しくて直視できないのです」
「なっ……何言ってるのよ」
マリアの褒め言葉を受けて、可憐なエルフが一気に赤面する。確かに、この四代目国王は黙っていれば綺麗なんだよな……。黙っていれば。
「私も、マリアを近くで見るとついキ……」
「ちょっとシェリー!!?」
「ご、ごめん!」
両手を合わせ、申し訳なさそうに謝るシェリー。言いたいことはわかるし、俺も似たようなことは思っていたから。それにしてもこの二人の会話は、聞くだけでちょっとにやけてしまうな。
ひと段落つくと、シェリーがエレの方を見つめる。
「エレさんが弓で、私が銃……親近感を覚えますね」
「ですね! これからも、どうか仲良くしてください。シェリー様」
こうして見てると、みんな楽しそうだ。賑やかな雰囲気のおかげで飯がもっと美味くなる。
この光景は、かつて所属していた隣国へプケンでの出来事を少しばかり思い出させた。岩肌の上で飯や果物が入った缶をこじ開け、クラッカーを頬張りながら談笑する。失敗談を語らいつつ、肩を叩き合った日々が懐かしく思えるよ。
あいつら、今頃どうしてるかな。中には戦禍に呑まれたヤツもいるが、願わくば今も彼らが健やかであってほしい。遠く離れた家族とも再会できているだろうか?
「まあ、ちょっとはできるんじゃない?」
思い出に浸っていると、鋭くもどこか優し気な高い声が耳の中に入ってきた。その声の方を向けば、真ん中に座る陛下が俺を話題にしていたようだ。
「あら、お認めになったということですか?」
「ち、違うわよ!」
「「あははははは!」」
アイリーンが悪戯な笑みを浮かべる中、マリアがどもる。
そのやり取りを笑うエレとシェリーにつられて、俺も思わず顔が綻んでしまった。
(第十節へ)
◆エレ(Elle)
・外見
髪:ブロンド(やや淡い)/ボブカット/横髪は長め/後部に大きな赤いリボン
瞳:垂れ目/青柳
体格:身長170センチ/B80
備考:長耳
・開花時の外見
髪飾り:二枚の小さな羽根(白)
鎧:若葉色
・種族・年齢:エルフ/180代
・職業:吟遊詩人
・属性:樹
・攻撃手段:弓/詩の詠唱
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