騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
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第七節 機械少女《下》

公開日時: 2021年9月3日(金) 12:00
文字数:4,175

【前回のあらすじ】

 げつの神殿 中枢部に辿り着いた純真な花ピュア・ブロッサム。誰もが機械人形オートマタヴァルカとの戦いを繰り広げる中、少女と化したアイリーンは恐怖に怯えていた。一方、アレックスは鍔迫り合いの末、ヴァルカに追い込まれるが──。

 ヴァルカのハルバードは俺の大剣によって分断されるも、彼女は抵抗を続けるようだ。

 機械とは思えぬ気迫で剣を弾き飛ばし、短くなった武器で間合いを詰める。


「接近までおよそ九十八センチメートル」


 しかし、俺が死を覚悟した刹那。

 金属音の擦れる音が、最悪な結末を打ち砕いた。



「アイリーン!?」

「絶対……負けない!」



 あれだけ怯えていたアイリーンが俺の前に立ち、幻影の鉤爪で剣撃を受け止める。

 ヴァルカはふと目を見開かせたが、冷徹な声と共に圧力を掛ける!


「風圧向上」

「ひゃああ!」


 氷のような視線をアイリーンに注ぐ機械人形オートマタ。アイリーンはその眼差しに逆らえず、後方へ大きく吹き飛ばされてしまった。


「くっ!」


 俺は地面を蹴って両手を広げた後、宙を舞うアイリーンを抱き留める。かなり体力を消耗したようで、小さな肩を大きく上下させていた。


「アイリーン、抵抗の理由を提示せよ」

「陛下は、そんな人じゃないもん! めちゃくちゃだけど、とっても優しい人だもん!!」


 アイリーンはヴァルカを睨み、言葉に怒りを込める。心の奥底では、きっと恐怖に満ちているに違いない。だとすれば、このまま俺の手で決着を付けるしかないだろう。

 俺は立ち上がろうとするが、アイリーンはすぐに「いいの」と制止のジェスチャーをする。



「大丈夫、今ならきっと……! アルテミーデ様、力を貸して!」



 彼女が高らかに叫んだ時、冷ややかな声が頭上から響き渡る。

 少女の前に降り立ったのは、切れ長な目を持つ長髪の女性。げつの女神像と一致するその女こそが、月神げっしんアルテミーデだった。彼女は三日月を模った杖を片手に、アイリーンを見下ろす。


「守りたい者のために、命を削る覚悟はあるか?」

「勿論!」

「ならば……その呪い、解いてしんぜよう」


 アルテミーデが杖を掲げると、紫色の粒子が先端に収束。

 その粒子は交差しながらアイリーンの元へ向かうと、彼女の身体を淡く包み込んだ。


 光に包まれたアイリーンは静かに目を瞑り、祈りを捧げる。

 彼女がシルエットと化した矢先、徐々に元の身長へと戻ろうとしていた。


 短かった髪は、芽が育つように伸びる。

 そして肉体が完全に戻ったとき、彼女は自身とほぼ同じ高さの女神を見つめた。


「覚悟はできているわ」

「うむ」


 アルテミーデは力強く頷くと、再び杖を掲げる。

 杖の先端に集まる光は先程より強く、目が眩む程に煌めいていた。



「《月光の花姫フィオラよ、我と契約せよ》」



 月神が言葉を紡いだ後、靄となって掻き消える。

 直後にアイリーンの身体が光り、彼女は苦鳴を上げ始めた。


「うっ……あぁぁぁああ!!!!」


 アイリーンは脇腹を抱えながらも、両足で地を踏みしめる。やがて右脚が光ると、彼女は歯を食いしばってヴァルカに迫った。


「対象者が時速170キロで接近。接触まで残り──」


 体勢を立て直すヴァルカ。

 だが──彼女の言葉は、アイリーンの呪文によって遮られる!



煉毒飛翔脚モルトスィーカル!!!」



 月光の花姫フィオラは大きく跳躍し、右脚を前に出す。

 その足に宿るは毒の霧。ハイヒールで蹴飛ばした後、霧がヴァルカの全身に絡みついた!


「融解により、甚大な損傷を確認。勝率二十%低下」


 毒は白肌のような塗装が剝がし、鋼の肌を露わにする。腕や顔の一部がただれた彼女は、まるで火傷を負ったかのようだ。


 一方で切り札を使ったアイリーンは、代償の痛みによりうずくまっている。俺は真っ先に彼女を支え、シェリーに声を掛けた。


「く……! あいつは、これで……!」

「もういい! シェリー、彼女を治せるか?!」

「はい!!」


 シェリーがアイリーンの元へ駆けつけると、俺は入れ替わるように持ち場を離れる。


「制御不能、制御不能。稼働停止まで残り十五秒──」


 俺がヴァルカとの距離を詰める中、彼女の全身に毒が回ったようだ。

 辿り着いた頃にはその十五秒が経過し、片膝をついたまま首が垂れ下がる。ぶうんと唸るような音が響くと、彼女は完全に停止した。


「これで、終わったの……?」

「そのようなのです。はぁ、しんどかった……」


 呆然と立ち尽くすアンナに、脱力するエレ。その傍ら、シェリーとアイリーンは女神像に近づいていった。

 シェリーは片手を突き出し、石像に語り掛ける。隣に立つアイリーンは、騎士の如く跪いて敬意を示す様子だ。


「アルテミーデ様、あなたのお力を暫しお貸し下さい」


 女神像の胸元に埋め込まれたオーブは、シェリーに応えるように淡く光る。紫の宝玉は石像を離れて宙に浮くと、そこから女神の声が聞こえてきた。


「我々の居所は、銀月軍団シルバームーンの瘴気に侵された。他の者──此処では元素の女神を指す──も同様に嘆いておられる。速やかに奪還し、我が故郷を救済せよ」

「はっ」


 シェリーが短く返事をすると、オーブは彼女の手元へ舞い降りる。そのとき彼女は苦しそうに瞼を閉じ、手放さぬよう必死に抱え込んだ。


「セリーナさん……!」


 あの感じ、前世の記憶が過ぎったに違いない。シェリーは一瞬だけふらつくが、何とか持ち直したようだ。


「シェリー!」マリアがすぐに駆け付け、幼馴染の身体を支える。


「何か思い出したの?」

「うん……また、アリスの事をね」


「セリーナってのは仲間か?」

「ええ。シエラと同じく、元祖“純真な花ピュア・ブロッサム”の一人──げつの花姫よ。彼女の亡骸を長いこと探してるけど、未だ見つかってないの」


「他の奴らは?」

「回収して、きちんと火葬したわ。墓石もそれぞれの故郷に置いてね」


 シェリーの背に手を添え、静かに語るマリア。その横顔は、悲しい歴史があった事を物語っていた。

 その間にシェリーは落ち着いたのか、「ありがとう」とマリアの手をやんわりと払い除ける。


「詳細は私からでもお話できますが、を思い出すのは今でも……」

「……辛いようだけど、女神様が当事者で在る以上は仕方ないわね」



 マリアが唇を噛んだ時、背後で何かの気配を覚える。

 振り向けば、停止していたヴァルカが徐々に立ち上がり始めたのだ。



「制御起動開始。これより、げつの神殿を離脱します」


 ヴァルカは俺たちに背を向け、武器を片手に半歩踏み入れる。

 しかし俺は、ある考えがあって彼女を引き留める事にした。


「待て」

「何か御用ですか?」


 俺の言葉で振り返るヴァルカ。亜麻色の髪がふわりと揺れ、爛れた顔をこちらに向ける。


「本当に人間ひととして生きたいなら、直ちにくだれ。それとも、引き続きジャックの奴隷として生きるか?」

「私ハ……奴隷ナンカジャ、ナイ」


「奴隷だ。お前が抗わない限りな」

「……違ウ。私モ人間。御主人様マエストロガ、ソウ言ッテイタ」


「じゃ、あいつがお前の話を聞いてくれたことはあったか? お前があいつに何かしたとき、礼を言われたか? お前が不調のとき、あいつは気に掛けてくれたのか?」

「………………」


 ヴァルカは俯き、黙り込む。重苦しい沈黙がしばらく続いた末、顔を上げる彼女の口から予想通りの答えが返ってきた。


「そのような記憶は存在しません。帰還後、マエストロは私を廃棄するでしょう」


「だったら戻らなくて良い。まずは本当のマエストロに謝るんだ」

「良いわ、アレックス。後はあたしが」


 マリアは俺の隣に立ち、向かいのヴァルカに向かって話し掛ける。


「ヴァルカ、あなたを利用しようとした事を謝るわ。『もうあっちに戻らない』って約束するなら、その身体を治してあげる。勿論、出かけるときはあの男に見張ってもらうけどね」

「えっ、俺!?」


 嘘だろ……お目付け役もやらされるとは思ってもみねえぜ。やった事ないわけじゃないから、別に構わんが。


「マエストロをルーセからヴァンツォに変更」

「いや、ご主人は俺じゃなくてマリア──」

「良いんじゃない? また女の子の友達が増えて」

「あのなあ……」


「マリアさん、本当に彼女を生かしていいの?」

「大丈夫よ、こうしておけばもう暴走しないはずだから。それよりアレックス、ヴァルカを出口まで誘導してちょうだい」

「おう」


 懸念していたアンナは、マリアの言葉を聞いて胸を撫で下ろす。親睦を深めるのに時間を要するだろうが、ヒイラギの時のようにいずれ馴染むに違いない。


 俺は左奥にある通路を目指し、花姫と共に中へ入る。そこでは、足下にある巨大な魔法陣が一室を照らしていた。


「これが脱出口ですわね」

「では、早速乗るのです」


 シェリーとエレを皮切りに、俺たちも後から魔法陣に乗る。誰もが意識を集中させると、一斉に亜空間へ飛ばされるのだった。




 パステルカラーの建物が立ち並ぶ、げつの都アルテミーデ。依然として曇り空であるものの、雨が止んで石畳の随所には水溜まりができていた。


 俺たちは再び教会に転移された後、マリアが通信機を介して騎士団に連絡。彼らと合流した末、ヴァルカは保護される事となった。

 それから花姫たちと共に街中を歩き、今に至る。アンナやシェリーが街並みに感嘆する中、アイリーンは溜息をついた。


「はあ……あんな姿になった時は焦ったわ……」

「でも可愛かったわよ。アイリーンって、昔はやんちゃだったのね」

「もう、忘れてください……! 呪いのせいでああなっただけよ!」


「うふふ。あのまま連れて帰れば、ベレがきっと喜ぶはずだったのです」

「断るわ。今度あの魔女に出会ったら、絶対ぶっ飛ばしてやるんだから!」


 拳を作り、復讐を誓うアイリーン。マリアとエレが『あのままでも良かったのにね』と顔を合わせると、アイリーンは「もう!」と口を尖らす。それでも、呪われる前と比べて何処か吹っ切れているようだ。


「全く……自分ったら、隊長に抱っこされるなんて」

「あの時はしゃあねえよ。オートマタはもう怖くねえか?」

「心も幼児退行したせいで怯えちゃったけど、もう大丈夫よ。恥ずかしかったけど、改めて礼を言うわ」


 アイリーンは頬を赤く染めたまま顔を上げる。一時いっときは一線を超えそうになったんだ。何だか俺まで恥ずかしくなってくるよ。


「あっ、見て! 美味しそうなスープ屋さんがございますわ!」

「此処行きたーい! ねえマリアさん、せっかくだから寄ろうよ!」


 後ろを歩くシェリーとアンナが楽しそうにはしゃぐ。俺らが横切ろうとした店は、玄関に水色のオーニングテントが張られた店。窓から漏れる優しい灯りは、戦いで疲れた俺たちを引き留める。


「悪くないわね。此処の瘴気を取り除いた事だし、一休みしましょうか」

「やったー!」

「さあ、早く入りましょ!」


 アンナとシェリーは大いに喜んだ後、小さな階段を駆け上がる。彼女らが扉を開けると、微かな暖気が皮膚に染み込んだ。




(第八節へ)






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