吸血獅子を倒してから数日後のこと。陛下から『訓練に参加せよ』という御通達で城へ呼び出された。
連れて行かれたのは、かつてお世話になった訓練場。ドーム状の空間はあらゆる状況を想定するためか天井は高く、声がよく通る。壁掛けの蝋燭が広い室内を照らすおかげで、昼夜問わず見通しが大変いい。思えば、昔の仲間と一緒にトレーニングしたり、剣を交えたりしたっけな。
しかし、今目の前にいるのはその昔の仲間なんかじゃない。つい最近に知り合ったばかりの、美しい銃士──シェリーだ。彼女は既に花姫と化していて、臨戦態勢といった様子である。
訓練とはいえ、こうして対峙すると緊張感が増す。
相手が仲間だとか女だとか些細な理由で手加減すれば、礼儀に反するのは明白だ。
「よろしくお願いします」
向かいに立つシェリーは丁寧にお辞儀すると、すぐさま二つの拳銃を構えた。その眼差しは、実戦さながらの真剣ぶり。彼女なりの礼儀に応えるべく、俺も「こちらこそ」と片手を胸に当てて頭を深々と下げた。これがティトルーズ王国に務める騎士の挨拶だ。
張り付めた空気の中、シェリーの息を吸う音だけが聞こえる。
細い指先がトリガーを引いたとき、長剣を持つ自身の手が反射的に動いた。
「行きます! たぁああっ!」
光弾の嵐!
この魔法の弾……剣じゃ防げねえぞ。
的確に避けつつ、徐々にシェリーの懐へ近づく。
ところが、彼女は拳銃を握ったまま俺から離れた。
頭目掛けて、しなやかな脚を高く浮かせる――!
なんとか躱せたか。
って、今度はハンドレールガンかよ!
呼吸を整える間に銃口を光らせ――
「喰らいなさいっ!」
レールガンから放出される、蒼の閃光!!
いくら訓練とはいえ、もろに喰らったら洒落にならねえ。
ひぇぇ。
閃光が身体をかすめるも、なんとか傷を負わずに済んだ。
シェリーの手元には、既に二丁拳銃がある。
対応速すぎだろ……。いや、これぐらいでないと花姫は務まらないか。
再び吹き荒れる光弾。
何度でもかわしてやるぜっ!!
「えぇ!?」
「ほらよ」
よし、相手はかなり焦ってるようだ。
一歩、二歩と近づき……
「俺の勝ちだ」
ようやく、彼女の喉元に剣を突きつけることができた。
「……参りましたわ」
シェリーは心底悔しそうに変身を解く。これで戦闘終了と判断したので、俺も同じく剣を鞘に納めた。
「それでもさすが上位部隊だ。下手したらこっちは蜂の巣になってたとこだよ」
「これぐらい本気を出さないと、実戦ではもっと厳しくなりますから」
実戦に近い緊張感を保つことで互いを鍛える。うん、訓練の基礎がしっかり身についているな。
「さて、もう少し付き合っていただきますわよ」
「構わん」
身体がちょうど温まったところだ。
俺たちはもう一度訓練を再開。剣と銃の交戦は、汗が流れるほど白熱した。
訓練の終了を陛下に報告すべく、シェリーと共に庭へ。
やれやれ。戦士でもある陛下は、指示だけして優雅に紅茶を嗜むってか。バラ園に置かれた丸テーブルが皮肉なくらい様になっている。
……と思ったけど、俺の想像するティータイムとは随分違うぞ??
テーブルにはケーキスタンドがなくて、在るのは白い陶磁器のティーセットだけだ。ぶっちゃけそこまでは良い。
問題は、陛下の手元にある謎の麻袋。どう見ても嗅ぎ煙草じゃないし、もっと危険なモノを吸ってるようだ。いかにも瞳にハートマークを浮かべそうな、恍惚って単語が似合う目つき。俺は真横で彼女を見ているというのに、どうやら気が付かないらしい。無論、シェリーも国王に対しゴミを見るような目を向けていた。
「あの……そろそろ返してくれない? アレックスさんが見てるんだけど」
このフランクな言葉遣いは、幼馴染だから許される。陛下――と今後も呼ぼうと思ったけど、マリアでいいや――は麻袋の中から口元を離して俺を睨むと、よそ者を追い払うように片手を外側へ振った。
「スケベはとっとと消えなさい」
「は?」
「『消えなさい』って言ってるの!」
「なんで俺がキレられなきゃいけねえんだよ」
「はぁ~あ。せっかく良いところだったのに、あなたのせいで台無しだわ」
「いや知らんから。だいたい、危険な薬を取り締まってるヤツが何吸ってんだよ」
「知りたい? これはね、シェリーの……」
「わーーーーーー!!!!!」
突如シェリーが叫び出し、俺の身体を勢いよく突き放してきた。つか、その力はどこから来てるんだよ……おかげで尻餅ついちゃったじゃねえか。
ちなみに彼女は顔を赤らめたままマリアに抱き着いているが、何が起きてるのか未だわからずにいる。
「もう返してってば!! うあーーーーん、これじゃあ私が変態だって思われちゃうよーーー……」
「えっ? えええ??」
「隊長」
ちょうど背後にいたアイリーンが手を差し伸べる。お言葉に甘えて立ち上がると、彼女は俺の耳元に近づいて衝撃的な真実を囁いてきた。
「袋の中身ですが、実は――――」
「…………マジで?」
「あーーー! アイリーンさん!! それだけは言わないでって約束したでしょ!!」
涙を浮かべ、アイリーンに向かって叫ぶシェリー。だが、アイリーンは『何のことでしょう?』という風に首を傾げ、ぱちぱちと瞬きしてみせた。……このメイド長、なかなか黒いな。
「アレックスさん、このことは絶対忘れてくださいね!? でなかったら、今度こそあなたの身体に風穴を開けますわよ!!」
「あ……うん」
物凄く必死さが伝わってくるので頷かざるを得ない。でも、アイリーンから真実を聞かされた以上は勝手に昂ってくるのだ。本人が脚を上げるときに『じっくり見れば良かった』とも。
ところで、あんなヤツと結婚した皇配殿下は妻の嗜好を知ってるのか? それとも知ってて結婚してるのか? どのみち隊長の俺がティトルーズ王国の未来を憂いたことに変わりはないし、銀月軍団が暴れる理由も正直わからなくもない。
まあ、今はここを離れよう。そのままシェリーに泣かれても困るし。
「邪魔みたいだから、そろそろお暇するよ」
「本日もお疲れ様でした」
一礼するアイリーンには、とりあえず「教えてくれてありがとう」と小声で言っておいた。
なるほどね、あの二人ってそういう関係なのか。しかもシェリーは訓練中、ずっと――。
魔物が来なければ、今日は最高の夜になりそうだ。
(第五節へ)
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