騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

悪魔、深淵に導かれ

公開日時: 2022年1月10日(月) 12:00
更新日時: 2022年1月10日(月) 14:46
文字数:3,142

 せいの神殿でオーブを手にした俺とシェリー。かつて彼女から別れを告げられるも、もう一度元の関係に戻れると信じていた。

 だが、それを拒んだのは彼女ではない。俺の四肢に纏わりつく、不気味な触手だ。


 どす黒く、無数の吸盤が埋め込まれた足──長年の経験から、“クラーケン”と判断した。


「なっ!?」

「アレックスさん!!?」


 どんなに抗おうと、俺の身体がまるで深淵へ引きずり込まれるかのよう。

 シェリーは拳銃を取り出すべく、スカートを捲りガンベルトを覗くが──。


「そんな! 銃が……ない!?」


 もしやジャックが奪ったのか……!?

 背後には清神ガニメデが待つものの、本来の彼は魔術を持ち合わせていない。


 ならば、シェリーらを巻き込まないためにも此処は──!


「俺を構うな! 早く逃げろ!!」

「でも、あなたを置いていくわけには……!!」

「行け!! 必ずお前の元へ戻る!!」


 彼女とは──いや、皆とは二度と会えない。

 もう一人の俺がそう囁いてくる。


 だからこそ、一縷いちるの望みに賭けるんだよ!!

 シェリーは振り切るように横切り、ガニメデと共に去った事だろう。それを物語るように、呼吸が突如失われ肺に大量の水が入り込む。


 それでも、この目に焼き付いた光景がある。

 彼女が走り去る時、真珠のような光を幾つも残した事を──。


 俺はどこまで情けねえんだ。何のために大悪魔おやじの力を授かったってんだ。

 身体は暗闇へ引きずり込まれ、視覚も聴覚も──思考も奪われていく。


 その刹那、眼前に何者かの姿がぼんやりと浮かび上がる。羊のようなツノを生やし、黒いマントで身を包む男。顔の輪郭は曖昧に映るものの、漆黒の髪とブラウンの瞳に心当たりがあった。

 彼は口角を上げ、何やらぶつぶつと呟く。言葉の端々に耳を傾けようとしても、もう何も聞こえない。


 ただ言える事は、『そいつが決して味方では無い』という事。


 彼はいったい何者なのか?

 思考を巡らす前に、俺の意識はとうとう──。



 ──────────────。


 ────────────。


 ──────────。


 ────────。


 ──────。






 どれくらいの時が経っただろう。

 最初に戻ったのは聴覚。硬質な物を打ち付ける音は絶え間なく響き、真っ黒だった意識を呼び覚ます。その次に触覚だ。冷たく凹凸のある床が左頬を撫でるせいで、尖った部分が皮膚に喰い込んでいく。


 しかし俺が瞼を開けるよりも、聞き慣れた男声の方が鼓膜に速く到達した。



「起きろ」



 靴のような何かで脇腹を蹴られ、必然的に瞼が開かれる。だが辺りは依然として真っ暗で、布で視界を遮られているようだ。激痛の余り声が出そうになるが、口の中に鉄臭いものがある事に気づく。

 猿ぐつわ──その単語が浮かび上がった時、俺はまた誰かに捕まっている事に気づいた。着慣れた布地や鎧は変わらず、しかし両手を後ろに縛られ、脚で他なかった。


「躾が足りぬようだな。これでどうだ?」

「んぐ……っ!!」


 腿にも強い衝撃が走ったと思いきや、何者かに髪を掴まれる。

 そして視界を奪う布が剥がされた時、ジャックが俺を睨んでいたのだ。


「が、ぐぉ……」

「貴様とは長年の付き合いだ。これ以上隠す必要もあるまい?」


 隠、す……?

 何故こいつは、あたかも友達だったかのような言いぐさを?


 それに、此処はいったいどこだ? 彼の背後に映るのは、岩肌に包まれた洞窟。だがエンデ鉱山のように整備されており、朱色の光が随所で漏れているようだ。しかも今は冬だと云うのに、全身の毛穴から汗が噴き出る。

 ジャックはこの疑問を汲み取る事無く、そっぽを向いて誰かを呼びつけた。


「アマンダ」

「はっ」


 おい、何を言ってんだこいつは!

 アマンダは、セレスティーン大聖堂で俺と夢魔リリトに殺されたはずじゃ……!?


 次々と疑問が駆け巡る中、ヒールを鳴らす音が近づいてくる。

 ジャックに手放された俺はそのまま床に打ち付けられると、間髪入れずにくうを切る音が聞こえてきた。


「んがぁあ!!」

「起きなさいこの雄犬がっ!!」


 この激痛を忘れはしない。ミュール島で捕まった頃、俺はこの女に鞭打たれながらジャックの過去を聞かされたのだ。……それも、シェリーとの情事が大半。

 アマンダに指図されるのは癪だが、自分の居場所を確かめるためにも上体を起こし、何とか両脚で立ってみせる。そこには、光沢ある黒の衣装に身を包むアマンダが立ち尽く──


が高いのよ!!」

「ぬぅぅうう!!」

「ふっ……愚か者が」


 鞭は俺の顔と上半身を何度も叩き、全身を稲妻が駆け巡る。アマンダとジャックの連携に太刀打ちできず、四つん這いにならざるを得なかった。


「二足歩行の家畜が何処に在ろう?」

「そのまま私を御覧なさい。お腹も空いてる事でしょうし、足くらいは舐めさせてあげるわ」


 ああ、クソどもの命令に従う自分が憎い! 身体が勝手にこいつらの言いなりになろうとしてんだ!

 頭を上げれば、アマンダは不敵の笑みを浮かべ俺を見下してくる。彼女の服装は極めて露出度が高く、かつて負傷した右目部分には一凛の朽ちた花が咲いていた。尖った耳に蝙蝠の翼……もしや、魔族に転身したのか?


「あらあら、私の美しさに見惚れちゃったようね」

「餌付けはその後だ。大人しくしてろ」


 ジャックに言われるがままに待機していると、鎖を引きずるような音が聞こえてくる。彼に首を触れられる中、革で作られた輪が俺を縛り付けた。馴染み深い感触からして人間の皮膚で作られたものだろう。その悪臭ぶりは吐き気をもたらすが、ジャックは構わずつま先で頭を


「やればできるではないか。ついてこい」


 痛みを感じる間もなく、彼が鎖を引っ張れば身体が引きずられる。岩肌にこすられる痛みに耐え切れず、必然的に四肢で歩かねばならない。


 暫く洞窟の中を歩くにつれ、掌に穴が開くような感覚が生じる。例え血が滲もうと、彼は傷を見る猶予すら与えないだろう。

 急な階段を昇らされるうちに、自分がどんな生物だったか忘れそうになる。ついさっきまではこの手で剣を握り締め、愛しい女に触れようとしていた。──それが今じゃ、ただ歩くための部位になってるのだからな。此処で抗っても、背後に立つアマンダに鞭打たれるのが明白だ。


 階段を昇り終え高台に着くと、ジャックは「待て」と命令を下す。すると彼は、何かを見せるように脇に立った。


「この情景、実に美しいと思わないか? 降伏した(ティトルーズの)研究員どもは、俺たちに技術を捧げてくれたのだ」


 淡い好奇心が身体を前進させ、崖の端で四足あしを止める。

 ゆっくりと覗き込めば、眼下には壮絶な光景が広がっていた。


 滝のように流れるマグマが全貌を照らし、只ならぬ熱気が洞窟を包み込む。人族と魔族は粗雑な服に身を包み、それぞれの役割を果たそうとしていた。

 鉄を打ち付ける者に、機械を組み立てる者。時折聞こえる反抗者の悲鳴は、否応なく俺に恐怖心をもたらす。


 これまでに戦ってきた兵器は、全て此処で造られてきたのだ。その証拠として戦車は勿論、聖騎士パラディン型の機械人形オートマタだって大量に並べられている。

 奥には粘性の巨大な棺があり、おそらくはスライムで造られたものだろう。中に眠るのは、六本の手が生えた醜い魔人──デーモンを彷彿させるが、そのおすの顔に見覚えがあるのは気のせいか?


 まさに地獄のような光景に怖気づいてしまい、反射的に身体が後退していく。

 俺とした事が、震えちまうなんてな……。自身を監視する兵士やアマンダはクスクスと笑い、ジャックはただ見下すのみ。


 もはや理性を漏らす直前。

 そんな俺に対し、彼はとどめを刺してきた。



「今日から貴様は俺の犬だ。シェリーと結ばれる未来は無いと思え」



 ようやく判った。

 もう一人の俺が、『みなに二度と会えない』と囁いてきた理由を。


 蛇男かれが再び鎖を引きずった瞬間。

 一縷の望みはマグマに溶かされ、凄惨な調教が始まりを迎える。




(第二十章へ)






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