騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
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第二節 ヴィンセントとジェシー

公開日時: 2021年2月23日(火) 12:00
文字数:3,447

※この節には残酷描写が含まれます。

 黒橡くろつるばみのコートに身を包む、長身で茶髪のメガネ男。

 俺とアイリーンは彼から逃れるべく城近くへ辿り着いたが、二体のオークに行く手を阻まれた挙句追いつかれてしまった。


「さすが魔術戦隊だけの事はありますねぇ」

「ヴィンセント……アイリーンに何の用なの?」


 俺たちの背後に立つマリアが、ヴィンセントと呼ばれた男を睨む。しかし彼は女王の剣幕を物ともせず、歓迎するように両手を広げてきた。その目線をアイリーンに向けるも、当の本人は怪訝な表情をしたままだ。


「イリーナ、私を憶えていますか? さあ! その下劣な悪魔を捨て置き、私と再びやり直しましょう」

「悪いけど人違いよ。それに、貴方のような不気味な男に全然興味が無いの」


 アイリーンは両手で拳を作って構えてみせる。一方でヴィンセントは「そうですか」と嘲笑うように言うと、自身の背丈と同等の長さを誇る杖を召喚し出した。その形状は水晶を三本のねじれたツノが囲うというもので、気味悪さを強調させた。


「そう睨まないでください。じっくりと、思い出させてあげるだけですから」

「それは俺を倒してからにしな」


 彼は怪しく口角を上げるのと同時に、杖の先端をアイリーンに向ける。だから俺は対抗するようにアイリーンの前に立ち、刃をヴィンセントに見せた。

 しかし彼は何かを隠しているようで、深緑のやぶに目を向ける。それに気づいたのか、藪からは枝葉の擦れる音が聞こえてきた。


「ジェシーさん、そこにいるのでしょう?」

「はいにゃー♪」


 いったいどういう跳躍力なんだこいつ!?

 勢いよく宙を舞うのは、少女のような半人半獣のジェシー。猫耳を生やした彼女――いや、彼は紅いセミロングの髪を揺らし、脇を締めたまま両手で拳を作っていた。……野郎のくせにウインクしやがって、虫唾が走るぜ。


 だが、彼はそのままマリアに狙いを定め、かぎ爪を彼女の顔に向ける!

 アイリーンは目を見開き、マリアの元へ向かおうとするが――。


防御壁バリエラ!」


 ドーム型の結界がマリアを囲い、ジェシーの小柄な身体を弾き飛ばす。その時に「にゃんっ」という情けねえ声が聞こえてきたが、敢えて聞かないことにしよう。


 ジェシーの身体が着地する刹那。

 アイリーンは目にも留まらぬ速さで跳躍し、長い脚を以って彼を蹴り飛ばす!


「いやぁ~~~~~!!!」

「うるさい猫ね! これでもどう?」


 彼女が完全に主導権を握っているし、ジェシーへの攻撃は任せて良いだろう。

 俺がヴィンセントの方を向き直ったとき、マリアが隣へ駆けつけてきた。


「あたしとあなたでこいつを倒すわよ」

「おうよ」


 普通の魔術師なら俺一人でも十分だが、この不審者からはただならぬ気迫を感じる。ジェシーと組んでいるってことは銀月軍団シルバームーンの一人だろうし、上級魔術師でもあるはずだ。


「自ら国王が挑むとは……随分と廃れましたね。それも蒸気に頼っているせいですか?」

「あれはあくまで手段よ。この国の主軸が魔術であることに変わりは無いわ」

「そうですか。ならば、さっそく証明して頂きましょう!」


 ヴィンセントが杖を持ち上げ、両手で回転させる。浅緋色あさあけいろに光り出した顔の一部は、まるで火傷の痕のようだが――。


「はぁああっ!!!」


 彼が杖を振り下ろした瞬間、幾つもの火の弾が高速で迫りくる!

 俺が反射的に剣身を向けて弾く一方、マリアも防御壁バリエラで身を防いでいた。


「手が早いこと……。アレックス、《あなたの剣に力を注ぐわ》!」


 此処に来て隠語を使うマリア。戦術における隠語は、魔術師と連携を取るのに必要不可欠だ。他国の言語と織り交ぜたそれは修得するのに労力を要するが、腹に背は変えられない。

 彼女が杖をかざすと、黄金の粒子が俺の長剣に集まる。そして剣身を煌かせると、俺は突進し始めた。


 ヴィンセントは自身の背後に二つの碧い球体を召喚後、空中へ急上昇。碧い光は俺の眼を眩ます程の輝度だ。

 それでも俺は翼を広げ、彼を追う。引き続き俺に身体を向ける彼は、次々と漆黒の光線を放ってきた。


 時に躱し、時に砕く。

 破壊するたび重苦しい氣を感じ取るが、マリアが宿してくれたようの付与はそれを上回る。


 距離は徐々に縮んでいく一方だ。

 あと一人分詰めれば――!


「出でよ! 幻想の人形イリューチア!!」


 焦って避けることもままならないってか?

 そのまま斬りつけ――


「ぐあ……っ!」


 何だ、この灼けるような痛み!?

 背中をじりじりと焦がすせいで苦しい……!


「「アレックス!?」」

 地上から二人の声が聞こえてくる。だが、激痛に喘ぐ俺はただ逆さまに落ちるほか無かった。


「隙ありだにゃ!!」

「きゃああ!」


 マリアの、悲鳴……?

 もう一度飛ぼうと念じても、頭の中が酷く熱い。


 俺の身体は火に包まれていないのに……全身を焼かれるような気分だ。

 その時、あらゆる単語が断片的に思い浮かぶ。


 火傷のような痕。

 イリーナ。

 えんの、力。


 まさか、こいつ――――。



「彼女が味わった痛み、あなたにも体験して頂きましょう」



 頭が打ち付け――られるかと思いきや、黒い水が俺の頭を呑み込む。

 ただちに全身を放り投げられると、灼けるような痛みがさらに加速した。


「んぐぅぅううう!!!!」


 見えぬ炎は皮膚を貫き、骨をも焦がす。

 例え瞼を閉じても眼球は焼かれ、鼓膜がじわじわと溶けゆくのだ。


 やめろ、やめてくれ!!

 俺はまだ死にたくねえんだ……!


 助けを求めたくても、水の中じゃどうにもできねえ。

 本当に、このままだと――。


――バシャアァァ。


「……ぐはっ」

 いったいどうなってるんだ? さっきまで俺は焼かれたはずなのに、痛みが嘘のように存在しない。ただ、先ほどの黒い水のせいか身体がとてつもなく重い。枷が嵌められたような感覚は、首を動かすことすら困難にさせる。


 だが、俺の視界にはあってはならない光景が広がっていた。



「さあアイリーン。大人しく僕たちについて行けば、この女を解放してやるよ」



 マリアの首を片腕で締め付ける、全裸の猫男――それがジェシーだと認識するには、少々時間を要した。紅の毛を持つ猫男は、細身でありながら筋肉を露わにしており、割れた腹筋を目立たせていた。彼の声は少女らしさとは無縁で、本来のせいを物語るほどの低さである。

 こんな時に俺が動けたら……!


「っ!」

 重い身体を何としてでも起こそうとしたとき、硬い棒状の何かで溝を突かれた。


「そこで見ていなさい。あなたの仲間が降伏する様を」


 杖の石突部分で踏みにじり、レンズ越しで俺を見下ろすヴィンセント。細い先端は俺の胃を圧迫し、唾液を大量に吐かせた。

 一方でマリアはジェシーの腕を掴んで抵抗するも、身動きが取れないようだ。彼の長い爪はマリアの頬や眼球近くをなぞり、彼女に恐怖を煽る。


「ほら、早くしなよ。さて、どっちから先に抉ろうかな~?」

「……陛下を傷つけないなら、今すぐ貴方たちの元にくだるわ」

「ですよね~♪ 彼女が傷ついたら、責任がぜーーーんぶ君に行くもんねっ」


 違う。彼女は保身で言ったのではなく、本当に国王を護るために選んだのだ。いくら武術に長ける彼女でも、この脅迫には逆らえないはずだ。

 ヴィンセントが俺の胃から杖を離したので、今度こそ上体を強引に起こす。黒い影が徐々に近づくのに対し、無言のまま佇む彼女。……いや、半歩下がる片足が恐怖を示していた。


眠れドルミ


 差し出したのは例の杖ではなく、左手だ。

 アイリーンが視線を彼の掌に向けた瞬間、瞼が閉じて糸が切れたように倒れる。


「いやぁあ!! アイリーン!!!」


 半ば錯乱状態で叫ぶマリア。

 彼女がジェシーから離れようとしたとき、鋭利な爪は女王の頭蓋骨に食い込んだ。


 勢いよく引き抜かれた爪は紅く染まり、肉片が滴り落ちる。

 白目を剥いたマリアも倒れると、ジェシーは元の姿に戻って笑顔を振り撒いた。


「へっへーん、予定調和だにゃ♪」


 これは夢、だよな……?

 アイリーンが眠らされ、マリアは――


 嘘だ。そんなの嘘だ。

 アイリーンは『陛下を傷つけないなら』という条件を提示したはずだ。


 どうすれば良いんだ。

 この国の女王がこんな形で最期を迎えるなんて、聞いてねえよ。


 俺は隊長失格だ。

 あの時、俺が背後にも気を配っていればこんなことには



「マリアァァアア!!!!」



 シェリー……!? それに、アンナやエレまで来てくれたのか?

 既に開花した彼女らは、倒れたマリアを気に掛けるように囲う。ちょうどタイミングが重なったのか、騎士団の人々も駆けつけてきた。特にシェリーは、涙を流しながら幼馴染の身体を揺さぶっている。


 此処にはもう、ヴィンセントもジェシーも、アイリーンもいない。

 頭の中が真っ白な俺は、何もかもが目に入らなくて再び力が抜けてしまったようだ――。




(第三節へ)





◆ジェシー(Jecy)

・外見

髪:濃緋色/ストレート/セミロング/頭部のてっぺんにアホ毛

瞳:髪の色に近い

体格:身長155センチ

備考:猫耳/尻尾が途切れている(第二章第九節にて)/

変身時:獣人/素の声(低め)

・種族・年齢:猫/不明

・攻撃手段:小型チェーンソー/爪(第四章時点)

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