※この章には残酷描写が含まれます。
「さあ、行くぞ」
そう言葉を放ったのは、真の姿に変身したヒイラギだ。更に勝気な印象を与えるのは、燃え上がる闘争心を黄金の釣り目に秘めているからだろう。
此処は樹の神殿ではあるが、これまでのように紋章が刻まれた扉が無い。ただ、これまでも結界やら鍵やらと煩雑なものは無かったし、攻めに行くならこっちの方が気楽である。俺やマリア・シェリー・エレも含めた五人が半円型の門をくぐり抜けると、何とも不安定な情景が広がっていた。
天井というモノはほぼ無いに等しく、あるとすれば吹き抜け部分に存在する程度だ。だが、その天井もヒビが入っているせいで懸念が募る。石畳から露出する土は風化を物語る。柱に絡む蔦や少し湿った空気は、都会との対比を体現していた。
入り口は若干開けているものの、特に目ぼしいものは無い。少し歩けば道が分かれるようなので、そこに辿り着くまで道なりに進むことにした。
「気を付けて歩け。罠があるかもしれない」
メンバーたちの応答を最後に、俺たちはしばらく無言のまま歩く。右手にも道があるようで、その分かれ道に向かうと小部屋に辿り着いた。
「あら? こんなところに小箱がありますわね」
シェリーが最奥にある木の小箱を見るや、言葉を発する。だが戦闘経験を重ねている以上、反射的に疑心を懐いてしまう。そこで無色透明の液が入った小瓶を取り出し、箱の上部から一滴垂らしてみた。
──オオ、アァァア……。
雄の奇妙な呻き声──すなわちミメーシスが棲んでいる証だ。木箱は酸によって亜麻色の液体と化し、土がぶくぶくと泡を吹きだす。少し待つと泡が消えてくれたので、屈んでから中身を確かめてみた。
「こんなところにブレスレットがあるなんて、珍しいじゃない」
「どこかで見た事あるな。もしや……」
それは、エメラルドの小さな宝石を金のチェーンで繋げたもの。識別できる魔術具──コンパクトミラーのような形状──の蓋を開け、空洞にブレスレットを挿し込む。すると『樹神の加護』という名称が浮かび上がったため、自身の中にある知識と合致した。さて、これは誰に渡そうか……。
「樹魔法を受け付けない御守りね。役目を終えると切れてしまうけど、大黒柱であるあなたが着けたら?」
「これを身に付けたいヤツはいるか?」
マリアが俺に着けるよう促すが、その前に一同に確認を取ってみる。すると彼女らは譲るようなジェスチャーで示してくれたので、俺は左腕に付ける事にした。
そのとき、草木の揺れる音が鼓膜を掠める。彼女らもその音を聞いたらしく、誰もが警戒するような表情で周囲を確かめた。
中でもマリアの反応は速く、杖を掲げて俺らを広大な結界で囲う。その次はヒイラギだろうか。虚空から大弓……ではなく、細い刃を持つ剣を取り出したのだ。
緩やかに曲がる細身の刃に、質素な鍔──世間はそれを“東の刀剣”と呼ぶ。初めて見かけたときは衝撃的だったようで、今日も高額で取引されていると云う。その影響は言語にまで及び、『張り合う』という意味を持つ“太刀打ち”も輸入されてきた。東の国と縁のあるヒイラギが持っても何の違和感もないはずだが、それでも内心は驚いてしまう。
俺たちは二手に分かれ、部屋の角で身を潜めた。エレとマリアはヒイラギの前で、シェリーは俺の前で息を殺す。俺はジェスチャーで戦略を立てたあと、長剣の柄を握り締めた。
五感を研ぎ澄まし、気配を感じ取る。地を踏みしめる音は段々と近づき、不気味な気配が壁越しで伝わる。さらには、何か長いモノを引きずっている音まで聞こえてきた。このような場でそれらの音を同時に発するのはいったい何者か、何となく見当がついている。
そいつが部屋を横切る時、後ろ姿を目視できた。
ゆっくりと歩く一人の女。頭のてっぺんから生えるのは、肉塊のような色を持つ花。随分と太い髪の毛の正体は蔓であり、その群れはまさに引きずる程だ。白いワンピースに染み付いた赤黒い液体は、血痕を彷彿させる。……やはりマンドレイクだったか。
仕掛けるなら今だ。
音を立てずに出入り口へ、そして一気に跳躍!
宙に浮く俺は、片足で眼前の壁をキック。
ただ前を歩くマンドレイクの首を狙い、横に一閃した!
「はっ!」
蔦が小気味よく切れ、頭が天を舞う。目玉を失い、唇が頬まで裂けた女の顔は目を背けたくなる程に醜い。頭上の花は養分を失ったせいか、赤い身が急速に黒くなっていった。
直後、何かが俺のところへ迫る。
だがそれは、黒髪を揺らす女によって両断されたようだ。
「隙だらけだったぞ、ヴァンツォ」
「ありがとう、助かったよ」
一瞬頭の中が真っ白になったが、俺の背後からもマンドレイクが襲ってきたらしい。俺に迫る無数の蔓を千切ったのはヒイラギであり、危うくマンドレイクに縛られるところであった。
人の形を持つ植物が前に斃れ、グロテスクな花が小刻みに茎を動かす。
だがその望みは白銀の切先によって断たれ、赤い粘液を噴き出すことしかできなかった。刀の持ち主は、顔に張り付いた肉片と血を腕で颯爽と拭う。振り向きざまに見せた褐色の肌は、この草木溢れる世界に相応しい存在とさえ思えたのだ。
「やるじゃねえか」
「あはは、そっちもな」
ヒイラギの頬が桃花のように色づいたのは気のせいだろうか。彼女は刀を振って穢れを落としたあと、腰に下げた鞘に納める。それから凛とした声で「あんたらも行くぞ」と言い、花姫たちを率い始めた。
かれこれ一階を探索しているが、これ以上は何も見つからないだろう。そう思った俺は、二階に行くための階段を探して回る。
その時、頭上から気配を感じ取った。見上げれば、烏のような黒い鳥がぐるぐると徘徊している。メンバーたちも訝し気に見上げる中、隣のエレは興味深そうに眺めていた。
彼女の瞳に映る鳥は、自然を愛する生物か。
それとも──。
やがて鳥は奥へ直進し、茂みの中に消える。そのときエレは寂し気な表情を見せる程、恋しく想っているようだ。
「気になるか?」
俺が尋ねると彼女は頷き、両手で小さいモノを包むかのように示す。静かに微笑む様子からして、『可愛かった』と言いたいのかもしれない。やはり、エルフなら動植物に興味を持たずにはいられないのだろう。一方で、その妹であるヒイラギはどこか物憂げだ。
「……こんなの、うちは認めないぞ」
数日前、エレはジャックに声帯を明け渡すよう強いられた。その事実を知って何もしない妹などいない。いるとすれば、そこまで家族を重んじない者であろう。ならば、エレの声を取り戻すまで刃を振り続けねばならない。
一方、シェリーは目線を落として違う方を向いているようだ。彼女は何かを見つけたように指差し、俺たちに声を掛ける。
「皆さん、あちらの階段を昇ってみますか?」
「なんか嫌な予感がするけど……行くしかないのね」
彼女が指さすのは、西にある螺旋階段だ。表面にはヒビが入っているせいで、マリアの言うように今にも崩れそうである。
「それなら飛べば良いんじゃないか?」
「安全に着地できそうな場所は……あっちか。俺が先に向かおう」
此処も天井が断片的にある状態だが、一応柱で支えられている箇所もある。言葉通り翼を広げ、開いた部分をくぐり抜けた。それから確実に柱があった部分に足を着けるも、幸い崩壊する気配が無い。
俺が「お前らも来い」と声を掛けると、シェリーを始めとした女性たちが後から上昇してきた。うん、彼女らの足元も大丈夫そうだな。
確信して前に進もうと思ったとき、奥には男と思しき人影が見える。その頭部を覆うのは大きな帽子──というより、竹などで編まれた笠のようだ。もしかして、東の国の者か?
「なあヒイラギちゃん、あれはお前の知り合いか?」
「んなわけないだろ。……あんたらはそこにいな。うちが始末する」
ヒイラギが刀の柄を握りつつ、少しずつ距離を縮めていく。
しかし──男が顔を上げたとき、大きく見開いた目が赤く光り出した。
(第三節へ)
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