騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第二節 刀剣使いのダークエルフ

公開日時: 2021年10月6日(水) 12:00
文字数:3,189

※この章には残酷描写が含まれます。

「さあ、行くぞ」

 そう言葉を放ったのは、真の姿ダークエルフに変身したヒイラギだ。更に勝気な印象を与えるのは、燃え上がる闘争心を黄金の釣り目に秘めているからだろう。


 此処はじゅの神殿ではあるが、これまでのように紋章が刻まれた扉が無い。ただ、これまでも結界やら鍵やらと煩雑なものは無かったし、攻めに行くならこっちの方が気楽である。俺やマリア・シェリー・エレも含めた五人が半円型の門をくぐり抜けると、何とも不安定な情景が広がっていた。


 天井というモノはほぼ無いに等しく、あるとすれば吹き抜け部分に存在する程度だ。だが、その天井もヒビが入っているせいで懸念が募る。石畳から露出する土は風化を物語る。柱に絡むつたや少し湿った空気は、都会との対比を体現していた。

 入り口は若干ひらけているものの、特に目ぼしいものは無い。少し歩けば道が分かれるようなので、そこに辿り着くまで道なりに進むことにした。


「気を付けて歩け。罠があるかもしれない」


 メンバーたちの応答を最後に、俺たちはしばらく無言のまま歩く。右手にも道があるようで、その分かれ道に向かうと小部屋に辿り着いた。


「あら? こんなところに小箱がありますわね」


 シェリーが最奥にある木の小箱を見るや、言葉を発する。だが戦闘経験を重ねている以上、反射的に疑心を懐いてしまう。そこで無色透明の液が入った小瓶を取り出し、箱の上部から一滴垂らしてみた。


──オオ、アァァア……。

 おすの奇妙な呻き声──すなわちミメーシスが棲んでいる証だ。木箱は酸によって亜麻色の液体と化し、土がぶくぶくと泡を吹きだす。少し待つと泡が消えてくれたので、屈んでから中身を確かめてみた。


「こんなところにブレスレットがあるなんて、珍しいじゃない」

「どこかで見た事あるな。もしや……」


 それは、エメラルドの小さな宝石を金のチェーンで繋げたもの。識別できる魔術具──コンパクトミラーのような形状──の蓋を開け、空洞にブレスレットを挿し込む。すると樹神じゅしんの加護』という名称が浮かび上がったため、自身の中にある知識と合致した。さて、これは誰に渡そうか……。


じゅ魔法を受け付けない御守りね。役目を終えると切れてしまうけど、大黒柱であるあなたが着けたら?」

「これを身に付けたいヤツはいるか?」


 マリアが俺に着けるよう促すが、その前に一同に確認を取ってみる。すると彼女らは譲るようなジェスチャーで示してくれたので、俺は左腕に付ける事にした。


 そのとき、草木の揺れる音が鼓膜を掠める。彼女らもその音を聞いたらしく、誰もが警戒するような表情で周囲を確かめた。

 中でもマリアの反応は速く、杖を掲げて俺らを広大な結界で囲う。その次はヒイラギだろうか。虚空から大弓……ではなく、細い刃を持つ剣を取り出したのだ。


 緩やかに曲がる細身の刃に、質素な鍔──世間はそれを東の刀剣エスパーダと呼ぶ。初めて見かけたときは衝撃的だったようで、今日こんにちも高額で取引されていると云う。その影響は言語にまで及び、『張り合う』という意味を持つ“太刀打ち”もされてきた。あずまの国と縁のあるヒイラギが持っても何の違和感もないはずだが、それでも内心は驚いてしまう。


 俺たちは二手に分かれ、部屋の角で身を潜めた。エレとマリアはヒイラギの前で、シェリーは俺の前で息を殺す。俺はジェスチャーで戦略を立てたあと、長剣の柄を握り締めた。

 五感を研ぎ澄まし、気配を感じ取る。地を踏みしめる音は段々と近づき、不気味な気配が壁越しで伝わる。さらには、何か長いモノを引きずっている音まで聞こえてきた。このような場でそれらの音を同時に発するのはいったい何者か、何となく見当がついている。


 そいつが部屋を横切る時、後ろ姿を目視できた。

 ゆっくりと歩く一人の女。頭のてっぺんから生えるのは、肉塊のような色を持つ花。随分と太い髪の毛の正体はつるであり、その群れはまさに引きずる程だ。白いワンピースに染み付いた赤黒い液体は、血痕を彷彿させる。……やはりマンドレイクだったか。


 仕掛けるなら今だ。

 音を立てずに出入り口へ、そして一気に跳躍!


 宙に浮く俺は、片足で眼前の壁をキック。

 ただ前を歩くマンドレイクの首を狙い、横に一閃した!


「はっ!」


 蔦が小気味よく切れ、頭が天を舞う。目玉を失い、唇が頬まで裂けた女の顔は目を背けたくなる程に醜い。頭上の花は養分を失ったせいか、赤い身が急速に黒くなっていった。


 直後、何かが俺のところへ迫る。

 だがそれは、黒髪を揺らす女によって両断されたようだ。


「隙だらけだったぞ、ヴァンツォ」

「ありがとう、助かったよ」


 一瞬頭の中が真っ白になったが、俺の背後からもマンドレイクが襲ってきたらしい。俺に迫る無数の蔓を千切ったのはヒイラギであり、危うくマンドレイクに縛られるところであった。


 人のかたを持つ植物が前にたおれ、グロテスクな花が小刻みに茎を動かす。

 だがその望みは白銀の切先によって断たれ、赤い粘液を噴き出すことしかできなかった。刀の持ち主は、顔に張り付いた肉片と血を腕で颯爽と拭う。振り向きざまに見せた褐色の肌は、この草木溢れる世界に相応しい存在とさえ思えたのだ。


「やるじゃねえか」

「あはは、そっちもな」


 ヒイラギの頬が桃花ももはなのように色づいたのは気のせいだろうか。彼女は刀を振って穢れを落としたあと、腰に下げた鞘に納める。それから凛とした声で「あんたらも行くぞ」と言い、花姫フィオラたちを率い始めた。



 かれこれ一階を探索しているが、これ以上は何も見つからないだろう。そう思った俺は、二階に行くための階段を探して回る。

 その時、頭上から気配を感じ取った。見上げれば、カラスのような黒い鳥がぐるぐると徘徊している。メンバーたちも訝し気に見上げる中、隣のエレは興味深そうに眺めていた。


 彼女のに映る鳥は、自然を愛する生物か。

 それとも──。


 やがて鳥は奥へ直進し、茂みの中に消える。そのときエレは寂し気な表情を見せる程、恋しく想っているようだ。


「気になるか?」


 俺が尋ねると彼女は頷き、両手で小さいモノを包むかのように示す。静かに微笑む様子からして、『可愛かった』と言いたいのかもしれない。やはり、エルフなら動植物に興味を持たずにはいられないのだろう。一方で、その妹であるヒイラギはどこか物憂げだ。


「……こんなの、うちは認めないぞ」


 数日前、エレはジャックに声帯を明け渡すよう強いられた。その事実を知って何もしない妹などいない。いるとすれば、そこまで家族を重んじない者であろう。ならば、エレの声を取り戻すまで刃を振り続けねばならない。

 一方、シェリーは目線を落として違う方を向いているようだ。彼女は何かを見つけたように指差し、俺たちに声を掛ける。


「皆さん、あちらの階段を昇ってみますか?」

「なんか嫌な予感がするけど……行くしかないのね」


 彼女が指さすのは、西にある螺旋階段だ。表面にはヒビが入っているせいで、マリアの言うように今にも崩れそうである。


「それなら飛べば良いんじゃないか?」

「安全に着地できそうな場所は……あっちか。俺が先に向かおう」


 此処も天井が断片的にある状態だが、一応柱で支えられている箇所もある。言葉通り翼を広げ、開いた部分をくぐり抜けた。それから確実に柱があった部分に足を着けるも、幸い崩壊する気配が無い。

 俺が「お前らも来い」と声を掛けると、シェリーを始めとした女性たちが後から上昇してきた。うん、彼女らの足元も大丈夫そうだな。


 確信して前に進もうと思ったとき、奥には男と思しき人影が見える。その頭部を覆うのは大きな帽子──というより、竹などで編まれた笠のようだ。もしかして、東の国の者か?


「なあヒイラギちゃん、あれはお前の知り合いか?」

「んなわけないだろ。……あんたらはそこにいな。うちが始末する」


 ヒイラギが刀の柄を握りつつ、少しずつ距離を縮めていく。

 しかし──男が顔を上げたとき、大きく見開いた目が赤く光り出した。




(第三節へ)






読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート