騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
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第二節 美しきエルフ姉妹 〜烈火の悪夢〜

公開日時: 2021年6月11日(金) 12:00
文字数:4,167

 ティトルーズ防衛部隊の応援としてキッカ平原で薬草を採取した俺とエレ、そしてヒイラギ。無事(?)任務を終えた日の夕方、シェリーが務める酒場ランヘルへと足を運ぶのだった。

 ……つかこの二人、いい加減俺の腕にしがみつくのめてくれねえか……。彼女に見られたら一体どうして──


「いらっしゃいませ……って、まあ! エレさん達ではありませんの!」

「こんばんは、シェリー様♪」

「ようシェリーちゃん。今しがた、防衛部隊の任務を終えたとこなんだ」


「あら、そんな風には全然見えませんけど……」

「細かい事は気にするな♪ よし、あそこの席を取るぞ!」


 おいどうしてくれるんだよ、早速恋人に突っ込まれたぞ!

 ヒイラギが中央のテーブル席を指差すと、エレも嬉しそうに頷く。とりあえずウェイターとして付いていくシェリーだが、目が明らかに笑ってないよな? しかも周りがめっちゃガン見してやがるし、これは絶対ロクでもない流れだぞ……。


 エルフ姉妹に囲まれる形で席に着くと、マスターが煽るようにカウンター越しから話し掛けてくる。


「おいおいアレックス、また美人の知り合いか?」

「いや、ただの隊員……」

「あたくし達、イイことをした関係なのです♡」

「違ぇから!!!!」


 数時間前。キッカ平原で薬草のアフロディアを採取した後、姉妹の不可抗力によってそのうちの一輪を食わされた。その薬草が媚薬に使われるだけに、口にした俺がどうなったかは言うまでもない。

 ただ言えることは、は一切手を出してないからなっ!!!


 ヒイラギは更にとんでもない事を口走り、シェリーの一纏めした髪が大きく跳ね上がる。


「よし姉貴、この際だからシェリーも持って帰るぞ!」

「ふぇぇ!? な、何の話ですか!?」


「勝手に話を進めるな! 此処で飲んだら俺もシェリーちゃんも真っ直ぐ家に帰る。泣いても行かんからな」

「そんなぁ……連れないのですっ……」


 いくらエレの頼み事でも、今回は引き受けない。絶対だ。

 マスターはただ面白そうに笑ってるだけだし、これは俺一人の戦いになるやもしれない。


 シェリーは「では、こちらを」と笑顔に戻り、メニューを綴った羊皮紙を差し出す。ヒイラギは勿論、エレも泣き顔から一変して食い入るように眺めた。

 ヒイラギは気になる肉料理を見つけたようで、ある字面を指差す。だがそれは、俺の背筋を凍らせるには十分じゅうぶんなものだった。


「シェリー、これ持ってきてくれ。あとビール二つとウイスキーな」

「わかりましたわ! 今回だけ特別にしておきますから♪」

「まあ、楽しみなのです! ね、アレックス様?」

「あ、ああ……そうだな……」


 彼女らが次々とさかなを頼んだ後、シェリーが楽しそうに歩き去る。ヒイラギが危険なモノを頼んだせいで、目に見えるもの全てがモノクロームに映ってしまう。


 少しすると、シェリーが両手にビールジョッキとグラスを抱えて戻ってくる。今となっては麦色の液体も金色の泡も、朽ち果てた色に見えて仕方が無いのだ。

 彼女が各グラスを卓上に置くとき、俺は思い切って話し掛けたが──。


「それでは、ごゆっくりどうぞ!」

「あの、シェリーちゃん……」

「大丈夫です。私が言った事ですから」


 ……いや、絶対に怒ってる。採取任務に行ったのは本当だが、状況が状況だし嘘ついてると思われてるかもしれん。しかもエレたちがお構いなしに俺に絡むものだから、内心はかなり嫉妬している事だろう。


乾杯サルーティ〜〜!!」

「ええ! サルーティ♪」

「ああ……」


 シェリーが調理室へ消えた後、ヒイラギがビールジョッキを持ったのを皮切りに飲み交わす。にしても、こんなに味のしない酒を飲んだのは初めてだ……。

 そんな俺を気に留める事無く、問題姉妹が会話を始める。時折俺に同意を求めてくるので適当に頷いたが、内容が全く頭に入ってこなかった。


 さて、いよいよ料理が運ばれる時だ。看板娘はトレイを片手にやってきた後、ある物を静かに置く。



「お待たせしました。さあ、召し上がれ!」



 それは、鮮血のように赤く染まる肉の山。肉塊の正体は鶏肉だが、ソースの量が今まで見てきたものと明らかに違う。ツンとした嗅覚で鼻腔を攻めるこの調味料は、ほかならぬ死のデスソースだ。別に辛いのが全面的にダメ……ってわけじゃないが、それも限度ってものがある。


「もしかして、辛いの苦手なのです?」

「いや、そういうワケじゃなくて……」

「なら、うちが喰わせてやる」

「いぃっ!!??」


 肉塊の一つには、既にフォークが突き刺さっている。

 ヒイラギはその矛を介し、刺さった肉塊をこちらの口に向け──!


「ま、まままま待て!!! 心の準備ができてないんだ!!!」

「らしくないな? ほら行くぞ」


 だから待てって!!!!! 近づけるだけで涙が!! 涙が!!!!!



「あ……あぁ……!」



 口の中に破滅が押し込まれ



「ひ……」



 ひぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!




 あまりにからすぎて、こえすらでない




「あ、アレックス様!! これを飲んで!!!」

「ぐふっ!!!!」


 エレにもなにかをムリヤリおしこまれてむせる

 みず? ちがう、からい


「あ、姉貴……それウイスキーだぞ……」

「えぇっ!!?」


 だれかみず、はやく


「ほら、これ飲め!」


 しぜんのめぐみがくちのなかにのに、なぜからいんだ

 だれかたすけて、ホントたすけて



 だれか、


 だれか




《しばらくダンマツマとソウマトウがつづく》




「…………ここはどこだ」


 視界に飛び込む烈火の肉塊は、威厳を示すように未だ佇む。

 賑やかな空間、両脇には二人のエルフ。正面を見れば、制服姿の恋人が優雅に右往左往する。

 左右からフォークが飛び交い、山の体積を次々と減らしていくのだ。なぜお前らはこんなヤバいモノを平気で食えるんだよ……。


「美味しいでしょ?」


 シェリーが近づき、上目遣いで虚ろな俺を見つめる。だがこの眼差しは、間違いなく殺意だ。

 意識が曖昧なまま座っていると、ヒイラギが俺に代わって口を開く。けれど、その言葉は決して俺の心情に寄り添うものではなかった。


「最高に美味いさ。また今度頼んでもいいか?」

「勿論ですわ、ベレさん! また何かあれば、いつでも言ってくださいね」


 ああ、彼女は結局マスターのとこへ行ってしまう……。確かにシェリーは『面倒事を避けるためなら他の女と一緒にいても良い』と言ってくれたが、『』とは一言も言ってない。全部は俺の過失だ。

 意識が戻るにつれ、『どうお詫びしようか』という無限の悩みに苛まれる。


 直後、背後から何らかの圧を感じたのだ。



「姉ちゃん。そんな優男やさおとこを捨てて、おれと一緒に飲もうぜ」



 それは見知らぬ男の声。どうやらエレに話し掛けているようで、彼女の顔より大きな手で肩を撫で回す。

 しかし、それがこの男にとって運の尽きだった。


「あ???」


 そんな誘惑など、エレには通用しないのである。

 彼女は男の手を掴んで睨みつけた後、見事な一本背負いを決める!!


「その汚ねぇ手で触んなこのカスッ!!!!!」

「ひ、ひぇぇええええ!!!!」


 巨体が床に叩きつけられ、地響きにも似た音が客たちを振り向かせる。棘のような視線が男に突き刺さる一方、俺とヒイラギは男の両脚を引っ張って玄関まで運んでいく。

 こういう酔っ払いは出禁だ。この酷く重い身体を持ち上げると、俺は思い切って遥か彼方へ投げ棄てる!


「あ~~~~~~~~~~~~~~~」


 こうして彼の断末魔はティトルーズ王国全体に響き渡り、星になった。

 誰もが「おおっ!」と拍手する中、エレが俺の隣に駆け寄る。すぐにいつもの調子に戻るところが、彼女の恐ろしいところだ。


「アレックス様……さすがなのですっ」

「何言ってんだ。エレちゃん達のおかげだよ」


「あんたら、対応ありがとな。手間が省けたぜ」

 マスターも俺らに近づき、俺の肩を軽く叩いてくる。


「じゃあ、さっきの死神デスソースぶっかけはタダにしてくれるか?」

「それはナシだ」

「なんでだよ」


 随分とひでえじゃねえか……。まあシェリーも持ち場に戻ったっぽいし、エレたちと飲み直そう。


 とりあえず俺たちは元の席に着き、思い思いに飲み食いする。そこで俺は、銀月軍団シルバームーンのある事についてヒイラギに尋ねてみた。


「ジェシーってなんでジャックに懐いてるんだ?」

「あー……」

 何か恐ろしいものを見たような顔をするヒイラギ。肝の据えた彼女がそんな表情になるという事は、相当ヤバい事情でもあるのだろう。


「ジャックは女好きだからさ、ジェシーもそうだと勘違いして襲おうとした」

「……マジかよ」


「ジェシーが独り歩きしてた夜、あの蛇が路地裏に引きずり込んで壁ドンしたんだよ。で、ときはかなりショックだったらしいね」

「最後だけは同情する。俺も無理矢理キスされた挙句、手でムリヤリ触らされたからな」

「こ、怖すぎるのです……」


 エレが怯えるのも無理もない。俺本人がすっげえ怖かったから。

 ヒイラギはジェシーの情報をまだ持っているようで、話を続けようとするが──。


「で、それがあの猫のハートに火を点けたってわけだ。だから夜になると──」

「もう大丈夫だ、ありがとう」


 俺は脊髄反射で話の続きを阻む。それ以上のことを聞いたって何の得にもならないし、むしろ聞けば心身ともに死ぬ気がする。


「どいつもこいつも異性関係がどうしようもねえな」

「そんなアレックス様も天然ジゴロなのです!」

「嬉しくねえよ……」


 いったい何のフォローだよ。それにしても彼女らの頬がだいぶ赤いし、かなり酔っているのが判る。


 その時、控室の方からドアの開く音が聞こえてきた。そこから現れたのは私服姿のシェリーであり、膝丈のスカートがふわりと揺れ動く。

 彼女は俺と目が合うと、真っ先に此方へ近づいてきた。


「あの、良かったら私も混ぜて頂けませんか? 頼んだ分は自分で払いますわ」

「んなの気にすんなって。全部俺の奢りだ」


「さすがヴァンツォ! 気が利くぅ♪」

「シェリー様もいーーーーっぱい飲みましょうね!」

「はい! あ、マスター! さっきのヤツください、ソースの量は同じで!」

「おうよー」


「おいっ、シェリーちゃんまでそれ頼む気か!?」

「だって美味しいじゃないですか! ソース多めは此処の裏メニューなんですよ?」


「アレックス様! 今度はわたくしが『あーん』してあげますからねっ」

「もう十分じゅうぶんだ!」


 シェリーも席に着いて四人となった今。

 あの悪夢が再び訪れようとしていた──。






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