騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
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第七節 その女、『ベレ』と云う名を捨て

公開日時: 2021年2月8日(月) 12:00
文字数:4,463

※この節には残酷描写が含まれます。

『お気に入りの場所に連れて行ってくれ』

 そんなことを頼んだ俺がバカだった。


 因縁の遊歩道。

 その先にある蒼い花々は、まるでシェリーを歓迎しているようだ。


 ジャックとの行為きおくが蘇るせいで胸が痛い。

 お前は……俺が見てたことを知らないよな。


 もし無邪気な笑顔を俺のモノにできたら、どれだけ幸せなことだろう。

 花畑の中心で立つ彼女をこの手で抱きしめたい。


 そんなこともできないなら、これだけ言わせてくれ。


「お前のほうが綺麗だ」


「え? アレックスさん、いま何を……」

「いや、何も言ってないぞ」


 振り向きざまになびく髪がとても綺麗だ。キョトンとした表情で俺を見つめるが、敢えて応えないようにしよう。



「久しぶりじゃないか、名医の愛人よ」



 知らぬ女の声は、俺たちの世界を打ち破った。


「彼から乗り換えたのかい?」


 黒のロングストレートに、金色の瞳を持つ長耳の女。前髪はエレのように揃っていて、あずまの国の民族衣装である和服を身に纏う。黒い生地にはもみじと呼ばれる赤い葉が散らばるせいで、どこか血を彷彿させた。よく見れば体格も顔立ちもエレに似ているし、まさか……。


「ベレさん!?」

「ふっ、その名は捨てたさ。我が名はヒイラギ。ジャック様のめいにより、シェリーあんたを捕らえに来た」


 ヒイラギは扇子を取り出し、口元を隠すように構えた。


「そう怖い顔すんなって。今度こそ彼と結ばれるんだから」

「彼女には手出しさせんぞ」俺は長剣を取り出し、切先をエルフに向ける。


「エレちゃんがお前のことを探してたぜ。とっとと足洗ってツラ出してやったらどうだ?」

「うるさい! あんたも姉貴の味方なら、ここで吹き飛ばしてやる!!」


 ヒイラギが扇子を勢いよく振ると、扇子が自身の身長ほどある大弓に変化。

 同時に突風が起こり、俺たちの身体を後ろへ吹き飛ばした!


「うぁっ!!」

「きゃあぁぁ!!」


 木に迫る刹那、俺たちが受け身を取るタイミングはほぼ同時だった。もしこんなことをしなければ、激突して大きな傷を受けたであろう。


「開花!!」


 シェリーも立て直して通信機を開くと、空色の花弁が彼女の身体を包み込む。

 花姫フィオラに目覚めた彼女は、二丁の拳銃を以って和服の女を見据えた。


「良いのかい? そうやってうちに刃向かうってことは、彼を裏切るってことだぞ?」

「私はもう引き返せないの! たぁぁぁああ!!」


 シェリーが銃を持ったまま突進!

 その乱射ぶりは機関銃のような速さで、無数の弾がヒイラギを包囲した。


「くっ!」


 黒髪のエルフは弓で光弾をはじくが、苦渋が顔に表れている。

 この隙に俺は彼女の懐に迫り、長剣を突き出した。


「仲間の妹とて、容赦はしない!」

「ぐぁ……っ!!」


 ヒイラギの脇腹と口から溢れる鮮血。

 剣を彼女から引き離したとき、崩れるように倒れ込んだ。


 だが――。



「……あはははははははは!!!!」



 漆黒のオーラがヒイラギを覆う。直後、和服が一気に破れ肌が褐色に変化。服の破片は新たな衣装の一部と化し、妖艶な格好を形成させる。傷口が見事塞がったほか、弓もさらに大きくなるせいで俺らに威圧感を与えた。


「まさか、ダークエルフですの……!?」

「この矢からは逃げられないぞ。喰らいな!!」


 ヒイラギは六本の矢を一括で召喚。俺たちに狙いを定め、矢を放つ!

 俺はシェリーの前に立ち、剣で全ての攻撃をはじき落とした。


 しかし――

 彼女の掛け声と共に迫った大きな矢は、俺の胸を貫いた。


「ぐはっ!!」

「い、いやぁぁああ!!!」


 シェリーが駆け寄り、満身創痍の身体を支える。彼女は俺の前で祈りを捧げ始めたが、俺は掌を突き出すことで引き止めた。


「ちょうど良かったじゃないか。潔くそいつを捨てて、元の鞘に収まっちゃいなよ」

「………俺は、簡単には死なねえぜ」

「は?」


 この矢が何だってんだ。

 全身にエネルギーを込め、矢を粉砕!


 宿す翼は蝙蝠の如く、大悪魔ヴァンツォの紋章を身体たましいに刻み込む。

 爪を伸ばし、牙を生やした今――


 漆黒と深紅の魔力を解き放たん!


「な、なんだあんたは!!」

「俺はアレクサンドラ・ヴァンツォだ。この姿を見た時がお前の最期だ」

「……へっ、言ってくれるじゃんか! 我らが銀月軍団シルバームーンの力、侮るなかれ!!」


 ヒイラギは矢を何度も放つが、全てが遅いし芸が無い。俺は右手を突き出し、こく魔法で結界を張った。球体の膜は俺や背後に立つシェリーを覆い、次々と降り注ぐ矢を粉砕していった。


「ウソだろ……? ならば、次はこうだ!!」

「シェリー、そこから離れるな。全て俺に任せろ」

「はい!」


 ダークエルフが後方に召喚した四輪の花。それは薄紅藤の色を持つアザミだ。光った直後に針を射出し、目にも留まらぬ速さで俺を襲う。

 無論、こんなものに当たるわけがない。俺は最小限の動きで躱したあと、彼女の足元に魔法陣を生み出した。察知した彼女は跳躍しようとするが、重力によって見事阻止される。


「放せ! 放せぇぇえ!!!」

「お前はそこで苦しめ」


 今こそ好機。

 翼に身を任せ、彼女の身体を切り裂く!!


「ぎゃぁぁぁぁあああああ!!!!!」


 尖った爪で彼女の腹を貫くと、臓が露わになる。それは俺にとってどうでもいいことだ。今度こそ、ダークエルフは呻き声を上げて倒れる。


「……今回は、みのが、してや……る………!」


 ヒイラギは黒い光に包まれ、この花畑を去った。

 赤く染まってしまった花畑の中で、俺は元の姿に戻る。その中でシェリーは俺の名を呼びながら駆けつけてきたが、振り向いた頃には彼女も変身を解いていた。


「よかった……また、助けられてしまいましたね」

「気にするな。何度でも助けてやるさ」


 ちょうど背後から複数の足音が聞こえてくる。それは純真な花ピュア・ブロッサムの隊員たちで、エレの顔を見たときに罪悪感が込み上がってきた。


「お二方、ご無事ですか!?」

「ええ。アレックスさんのおかげで問題ございませんわ」


「エレちゃん、お前に伝えなきゃならない」

「何を……ですか?」


 彼女の深刻そうな表情は、さらに俺自身を追い込む。

 それでも俺は、息を吸ってこう告げた。


「お前の妹と会った」

「え………!?」花畑の上で座り込み、瞳を濁らせるエレ。


「どうなったんですか? この血は、まさか……」

「死んではいない。だが、彼女はジャックに取り込まれて、俺らに対抗するための力を得たようだ。ダークエルフヒイラギとしてな」


「………ウソよ、ベレ……! 『うちらはずっと一緒だ』って約束したじゃない! それもこれも、全部あの国のせいよぉ!! お願いだから、戻ってきて……ねえってば……!」


 顔を歪め、涙を流すエレ。こんなこと、わかっちゃいたが辛すぎるよな。


「……ごめんな」

 俺は彼女の前で片膝をつき、そっと肩に手を置くことしかできなかった。






 ヒイラギとの戦いを終えたあと、俺たち純真な花ピュア・ブロッサム一同で城内の会議室に向かった。情報を整理するため、そして魔力を秘めし最後の花姫フィオラを見つけるためだ。

 木材で造られた長い机は、艶があるおかげで高級感を醸し出す。中央にいるのは勿論陛下マリアで、赤い革製の椅子に腰掛ける彼女は凛としていた。アイリーンは主の横に立ち、俺とシェリー・エレは机の両脇で座する。俺の正面にはシェリー、右隣にはエレという配置だ。


「ベレが、シェリー様の恋人さんと……いえ、ジャックと一緒にいるなんて、そんなの……」

「洗脳された可能性が高いわね」


 目を腫らしたエレが唇を噛み締めるなか、アイリーンは冷淡に続けた。


「ジャックがお嬢様の前から消えたのも、ちょうど三年前。思想を刷り込ませるには十分な年数だわ」

「いったいどんな思想を……?」


 シェリーの疑問に答えられる者は誰一人いない。マリアはこの僅かな沈黙を破るべく、口を薄く開けた。


「わからないわ。脅すつもりはないけど、次の狙いがシェリーなのは確かね。……だから、あの時あなたが元に戻ってくれて安心したの」


 マリアが幼馴染の手を優しく握る。それでもシェリーは俯いたままで、後悔の念に駆られている様子だった。


「私がジャックを好きにならなければ……」

「自分を責めるな。こんなこと、誰にも予想できねえ。俺が此処に戻ってきたのはつい最近だし、シェリーちゃんの主治医だった頃はよく知らない。……けど、あれでも今は亡きルーセ王国の王子だ。父を他国の王に殺されて、恨まないヤツはいないさ」


「ルーセ……ご先祖様が倒した国のことね」

「ああ」

 さすがマリアだ。この国の王なだけあって、呑み込みが早い。


「医者でありながら、反乱の機会を窺うことは決して難くない。異種族にとって数百年なんてあっという間よね、エレ?」

「えっと……はい」

「後の祭りだけど、ご先祖様はジャックも一緒に殺すべきだったわ」

「なら俺たちで倒せばいい」


 話せば話すほど、ジャックへの恨みが大きくなっていくな。


「………だから、ジャックあなたは私に『来い』と言ったのね……最近また私の前に表れるのも、反乱を起こすため……」


 掠れた声でぼやくシェリー。もし俺が恋人なら、お前を抱きしめられるのに……。

 ここは本心を抑え、隊長としての役目を優先しよう。


「話をまとめるぞ」


 ジャックとヒイラギは、ある日消息を絶った。

 それから三年後――すなわち今は銀月軍団として国を荒らし、何らかの目的を果たすためにシェリーを付け狙う。母国と父を奪われたジャックが首謀者と考えるのが妥当だろう。


「まあ、こんなもんか。次は陽の花姫フィオラについて……だな」

「そのことですが……」

 シェリーは表情を曇らせたまま、一枚の写真を取り出す。


 白枠の中に映るのは、街中を歩く少女。

 横髪がほんの少しだけ長い、土色のショートヘア。新緑な瞳はエレに似るものの、種族は人間っぽい。一部の毛先が外に跳ねているおかげで活発な印象を覚えた。


 ……って、こいつまさか……以前俺とぶつかってビンタしてきた子だよな? 遅かれ早かれ彼女と会うとなると、途端に胃に穴が開いた感覚を覚える。


「アレックス様、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。こんな奴、どうってことねえ」

「……その感じだと、何かあったのね」


 俺は敢えてマリアの言葉を聞き流した。



 とりあえず軍議はおしまいだ。例の少女はどうやらティトルーズ防衛部隊――ギルドの中でも最上位とする王家直属ギルド――の一員らしいので、後日マリアが呼び出すとのこと。

 一同が会議室を離れる中、シェリーだけは座したままだ。ジャックのことで思い悩むゆえ、動けずにいるのだろう。


 そっとしておくべきか? ……否。

 無言でシェリーの隣に座り、卓上にハンカチを静かに置くことにする。何の変哲もない、群青色の無地だ。彼女は俺と目を合わせることなく声を震わす。


「放っておいてください……」

「お前を一人にするわけにはいかねえ」

「……どうして、私に優しくするのですか」


「俺の気まぐれだ」

「でしたら尚更ですわ。私は、首謀者と関係を持った人ですよ」

「だから何だよ。どのみち己の意思で断ち切ったんだから、もう関係ないだろ」


 長居しても迷惑だろうからこの辺で去ろう。そのついでに俺は「それと」と付け加え、椅子から立ち上がる。


「そのハンカチは持ってていい」


 彼女の反応を伺うことなく、静かに扉を閉めた。

 声が聞こえたって戻らねえ。抱擁という欲望を抑えるべく、この赤い絨毯を踏みしめるのみだ。






◆ヒイラギ(柊)

本名:ベレ(Belle)

・外見

髪:ブラック/ロングストレート/姫カット

瞳:アンティークゴールド

体格:身長170センチ/B75

備考:長耳/三年前の髪と瞳の色はエレと同様

変身時:褐色肌/露出度の高い戦闘服

・種族・年齢:ダークエルフ/180代(エレと同い年)

・職業:狩人

・属性:じゅ

・武器:弓

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