※この節には残酷描写が含まれます。
『お気に入りの場所に連れて行ってくれ』
そんなことを頼んだ俺がバカだった。
因縁の遊歩道。
その先にある蒼い花々は、まるでシェリーを歓迎しているようだ。
ジャックとの行為が蘇るせいで胸が痛い。
お前は……俺が見てたことを知らないよな。
もし無邪気な笑顔を俺のモノにできたら、どれだけ幸せなことだろう。
花畑の中心で立つ彼女をこの手で抱きしめたい。
そんなこともできないなら、これだけ言わせてくれ。
「お前のほうが綺麗だ」
「え? アレックスさん、いま何を……」
「いや、何も言ってないぞ」
振り向きざまになびく髪がとても綺麗だ。キョトンとした表情で俺を見つめるが、敢えて応えないようにしよう。
「久しぶりじゃないか、名医の愛人よ」
知らぬ女の声は、俺たちの世界を打ち破った。
「彼から乗り換えたのかい?」
黒のロングストレートに、金色の瞳を持つ長耳の女。前髪はエレのように揃っていて、東の国の民族衣装である和服を身に纏う。黒い生地には椛と呼ばれる赤い葉が散らばるせいで、どこか血を彷彿させた。よく見れば体格も顔立ちもエレに似ているし、まさか……。
「ベレさん!?」
「ふっ、その名は捨てたさ。我が名はヒイラギ。ジャック様の命により、シェリーを捕らえに来た」
ヒイラギは扇子を取り出し、口元を隠すように構えた。
「そう怖い顔すんなって。今度こそ彼と結ばれるんだから」
「彼女には手出しさせんぞ」俺は長剣を取り出し、切先をエルフに向ける。
「エレちゃんがお前のことを探してたぜ。とっとと足洗って顔出してやったらどうだ?」
「うるさい! あんたも姉貴の味方なら、ここで吹き飛ばしてやる!!」
ヒイラギが扇子を勢いよく振ると、扇子が自身の身長ほどある大弓に変化。
同時に突風が起こり、俺たちの身体を後ろへ吹き飛ばした!
「うぁっ!!」
「きゃあぁぁ!!」
木に迫る刹那、俺たちが受け身を取るタイミングはほぼ同時だった。もしこんなことをしなければ、激突して大きな傷を受けたであろう。
「開花!!」
シェリーも立て直して通信機を開くと、空色の花弁が彼女の身体を包み込む。
花姫に目覚めた彼女は、二丁の拳銃を以って和服の女を見据えた。
「良いのかい? そうやってうちに刃向かうってことは、彼を裏切るってことだぞ?」
「私はもう引き返せないの! たぁぁぁああ!!」
シェリーが銃を持ったまま突進!
その乱射ぶりは機関銃のような速さで、無数の弾がヒイラギを包囲した。
「くっ!」
黒髪のエルフは弓で光弾をはじくが、苦渋が顔に表れている。
この隙に俺は彼女の懐に迫り、長剣を突き出した。
「仲間の妹とて、容赦はしない!」
「ぐぁ……っ!!」
ヒイラギの脇腹と口から溢れる鮮血。
剣を彼女から引き離したとき、崩れるように倒れ込んだ。
だが――。
「……あはははははははは!!!!」
漆黒のオーラがヒイラギを覆う。直後、和服が一気に破れ肌が褐色に変化。服の破片は新たな衣装の一部と化し、妖艶な格好を形成させる。傷口が見事塞がったほか、弓もさらに大きくなるせいで俺らに威圧感を与えた。
「まさか、ダークエルフですの……!?」
「この矢からは逃げられないぞ。喰らいな!!」
ヒイラギは六本の矢を一括で召喚。俺たちに狙いを定め、矢を放つ!
俺はシェリーの前に立ち、剣で全ての攻撃を弾き落とした。
しかし――
彼女の掛け声と共に迫った大きな矢は、俺の胸を貫いた。
「ぐはっ!!」
「い、いやぁぁああ!!!」
シェリーが駆け寄り、満身創痍の身体を支える。彼女は俺の前で祈りを捧げ始めたが、俺は掌を突き出すことで引き止めた。
「ちょうど良かったじゃないか。潔くそいつを捨てて、元の鞘に収まっちゃいなよ」
「………俺は、簡単には死なねえぜ」
「は?」
この矢が何だってんだ。
全身にエネルギーを込め、矢を粉砕!
宿す翼は蝙蝠の如く、大悪魔の紋章を身体に刻み込む。
爪を伸ばし、牙を生やした今――
漆黒と深紅の魔力を解き放たん!
「な、なんだあんたは!!」
「俺はアレクサンドラ・ヴァンツォだ。この姿を見た時がお前の最期だ」
「……へっ、言ってくれるじゃんか! 我らが銀月軍団の力、侮るなかれ!!」
ヒイラギは矢を何度も放つが、全てが遅いし芸が無い。俺は右手を突き出し、黒魔法で結界を張った。球体の膜は俺や背後に立つシェリーを覆い、次々と降り注ぐ矢を粉砕していった。
「ウソだろ……? ならば、次はこうだ!!」
「シェリー、そこから離れるな。全て俺に任せろ」
「はい!」
ダークエルフが後方に召喚した四輪の花。それは薄紅藤の色を持つアザミだ。光った直後に針を射出し、目にも留まらぬ速さで俺を襲う。
無論、こんなものに当たるわけがない。俺は最小限の動きで躱したあと、彼女の足元に魔法陣を生み出した。察知した彼女は跳躍しようとするが、重力によって見事阻止される。
「放せ! 放せぇぇえ!!!」
「お前はそこで苦しめ」
今こそ好機。
翼に身を任せ、彼女の身体を切り裂く!!
「ぎゃぁぁぁぁあああああ!!!!!」
尖った爪で彼女の腹を貫くと、臓が露わになる。それは俺にとってどうでもいいことだ。今度こそ、ダークエルフは呻き声を上げて倒れる。
「……今回は、みのが、してや……る………!」
ヒイラギは黒い光に包まれ、この花畑を去った。
赤く染まってしまった花畑の中で、俺は元の姿に戻る。その中でシェリーは俺の名を呼びながら駆けつけてきたが、振り向いた頃には彼女も変身を解いていた。
「よかった……また、助けられてしまいましたね」
「気にするな。何度でも助けてやるさ」
ちょうど背後から複数の足音が聞こえてくる。それは純真な花の隊員たちで、エレの顔を見たときに罪悪感が込み上がってきた。
「お二方、ご無事ですか!?」
「ええ。アレックスさんのおかげで問題ございませんわ」
「エレちゃん、お前に伝えなきゃならない」
「何を……ですか?」
彼女の深刻そうな表情は、さらに俺自身を追い込む。
それでも俺は、息を吸ってこう告げた。
「お前の妹と会った」
「え………!?」花畑の上で座り込み、瞳を濁らせるエレ。
「どうなったんですか? この血は、まさか……」
「死んではいない。だが、彼女はジャックに取り込まれて、俺らに対抗するための力を得たようだ。ダークエルフとしてな」
「………ウソよ、ベレ……! 『うちらはずっと一緒だ』って約束したじゃない! それもこれも、全部あの国のせいよぉ!! お願いだから、戻ってきて……ねえってば……!」
顔を歪め、涙を流すエレ。こんなこと、わかっちゃいたが辛すぎるよな。
「……ごめんな」
俺は彼女の前で片膝をつき、そっと肩に手を置くことしかできなかった。
ヒイラギとの戦いを終えたあと、俺たち純真な花一同で城内の会議室に向かった。情報を整理するため、そして魔力を秘めし最後の花姫を見つけるためだ。
木材で造られた長い机は、艶があるおかげで高級感を醸し出す。中央にいるのは勿論陛下で、赤い革製の椅子に腰掛ける彼女は凛としていた。アイリーンは主の横に立ち、俺とシェリー・エレは机の両脇で座する。俺の正面にはシェリー、右隣にはエレという配置だ。
「ベレが、シェリー様の恋人さんと……いえ、ジャックと一緒にいるなんて、そんなの……」
「洗脳された可能性が高いわね」
目を腫らしたエレが唇を噛み締めるなか、アイリーンは冷淡に続けた。
「ジャックがお嬢様の前から消えたのも、ちょうど三年前。思想を刷り込ませるには十分な年数だわ」
「いったいどんな思想を……?」
シェリーの疑問に答えられる者は誰一人いない。マリアはこの僅かな沈黙を破るべく、口を薄く開けた。
「わからないわ。脅すつもりはないけど、次の狙いがシェリーなのは確かね。……だから、あの時あなたが元に戻ってくれて安心したの」
マリアが幼馴染の手を優しく握る。それでもシェリーは俯いたままで、後悔の念に駆られている様子だった。
「私がジャックを好きにならなければ……」
「自分を責めるな。こんなこと、誰にも予想できねえ。俺が此処に戻ってきたのはつい最近だし、シェリーちゃんの主治医だった頃はよく知らない。……けど、あれでも今は亡きルーセ王国の王子だ。父を他国の王に殺されて、恨まないヤツはいないさ」
「ルーセ……ご先祖様が倒した国のことね」
「ああ」
さすがマリアだ。この国の王なだけあって、呑み込みが早い。
「医者でありながら、反乱の機会を窺うことは決して難くない。異種族にとって数百年なんてあっという間よね、エレ?」
「えっと……はい」
「後の祭りだけど、ご先祖様はジャックも一緒に殺すべきだったわ」
「なら俺たちで倒せばいい」
話せば話すほど、ジャックへの恨みが大きくなっていくな。
「………だから、ジャックは私に『来い』と言ったのね……最近また私の前に表れるのも、反乱を起こすため……」
掠れた声でぼやくシェリー。もし俺が恋人なら、お前を抱きしめられるのに……。
ここは本心を抑え、隊長としての役目を優先しよう。
「話をまとめるぞ」
ジャックとヒイラギは、ある日消息を絶った。
それから三年後――すなわち今は銀月軍団として国を荒らし、何らかの目的を果たすためにシェリーを付け狙う。母国と父を奪われたジャックが首謀者と考えるのが妥当だろう。
「まあ、こんなもんか。次は陽の花姫について……だな」
「そのことですが……」
シェリーは表情を曇らせたまま、一枚の写真を取り出す。
白枠の中に映るのは、街中を歩く少女。
横髪がほんの少しだけ長い、土色のショートヘア。新緑な瞳はエレに似るものの、種族は人間っぽい。一部の毛先が外に跳ねているおかげで活発な印象を覚えた。
……って、こいつまさか……以前俺とぶつかってビンタしてきた子だよな? 遅かれ早かれ彼女と会うとなると、途端に胃に穴が開いた感覚を覚える。
「アレックス様、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。こんな奴、どうってことねえ」
「……その感じだと、何かあったのね」
俺は敢えてマリアの言葉を聞き流した。
とりあえず軍議はおしまいだ。例の少女はどうやらティトルーズ防衛部隊――ギルドの中でも最上位とする王家直属ギルド――の一員らしいので、後日マリアが呼び出すとのこと。
一同が会議室を離れる中、シェリーだけは座したままだ。ジャックのことで思い悩むゆえ、動けずにいるのだろう。
そっとしておくべきか? ……否。
無言でシェリーの隣に座り、卓上にハンカチを静かに置くことにする。何の変哲もない、群青色の無地だ。彼女は俺と目を合わせることなく声を震わす。
「放っておいてください……」
「お前を一人にするわけにはいかねえ」
「……どうして、私に優しくするのですか」
「俺の気まぐれだ」
「でしたら尚更ですわ。私は、首謀者と関係を持った人ですよ」
「だから何だよ。どのみち己の意思で断ち切ったんだから、もう関係ないだろ」
長居しても迷惑だろうからこの辺で去ろう。そのついでに俺は「それと」と付け加え、椅子から立ち上がる。
「そのハンカチは持ってていい」
彼女の反応を伺うことなく、静かに扉を閉めた。
声が聞こえたって戻らねえ。抱擁という欲望を抑えるべく、この赤い絨毯を踏みしめるのみだ。
◆ヒイラギ(柊)
本名:ベレ(Belle)
・外見
髪:ブラック/ロングストレート/姫カット
瞳:アンティークゴールド
体格:身長170センチ/B75
備考:長耳/三年前の髪と瞳の色はエレと同様
変身時:褐色肌/露出度の高い戦闘服
・種族・年齢:ダークエルフ/180代(エレと同い年)
・職業:狩人
・属性:樹
・武器:弓
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