騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第八節 愚者

公開日時: 2021年3月5日(金) 12:00
文字数:5,479

【前回のあらすじ】

 ヴェステル迷宮にある憩いの場を後にし、三階へ向かうアレックスとマリア。魔術剣士らに包囲される彼らだったが、脱出中のアイリーンに助けられる。

 魔術剣士の溜まり場であった倉庫で近況報告をしていると、何者かが扉を開けて此方こちらに近寄る――。

 俺はマリアに後ろへ回るよう促すと、アイリーンと共に扉の前に立ちはだかった。

 長剣の柄を握り締める右手が急速に汗ばむ。


 扉の向こうにいる者たちは、俺たちの事を気にも留めないだろう。

 ドアノブがゆっくりと回転し、木材の擦り切れた音が鼓膜を揺さぶる。


 俺とアイリーンの息を大きく吸う音が偶然にも重なったとき。

 扉がついに開かれ――



「アレックスさん!」

「それに、陛下やアイリーン様まで!!」



 現れたのは、シェリーにエレ・アンナの三人だ。誰もが俺たちを見て息を呑み、その場に立ち尽くす。アイリーンが「入りなさい」と声を掛けると、後ろに立つアンナが慌てて扉を閉めた。

 良かった……こんな場所まで魔物に入ってこられたらどうしようかと


「うあああああああんシェリーーーーーーー!!!!!」

「わ、わわわわマリア!?」


 泣きながらシェリーに駆け寄るマリア。シェリーの身体を抱き締める光景はとても尊いが、同時に背筋を凍らせる瞬間でもあった。


「聞いてよ聞いてよー! さっきアレックスが……」

「わあああああ!!! 何でもねえんだ!!!」


 ダメだダメだ! さっきの件――憩いの場でマリアを押し倒した事――をシェリーに知られたら色々終わる!! ティトルーズ王国どころか人間界で居場所を失くすかもしれん!!


「気にすんな! 俺たちは何にもしてねえ!!」

「……うん?」

 シェリーはただ首を傾げるだけだ。その傍らでアイリーンが俺をいぶかし気に見つめるが、此処は敢えて無視しよう。


「そ、そんなことより改めて近況報告だ! エレちゃん、アンナちゃん。そっちはどうだったんだ!?」

「あ、え、えっと……ボクたちは……」

「道に迷いやすいので、紙に地図を書きこんでいたのです」


 すごく良い流れだ、エレ。お前はいつだって俺がピンチになった時に助けてくれる。

 彼女は巻かれた紙を取り出すと、紐解いて紙全体を広げてくれた。それはこの迷宮の構造をなぞったもので、一枚目には一階を、二枚目には二階を地図に起こしている。ほぼ正確だが、俺とマリアしか通れなかった通路については当然途切れていた。


「アレックスさん達の方は一体どんなことが?」

「……それがだな」


 俺はアイリーンと合流までの経緯を大まかに説明した。


 通路を歩いていたら身体が一気に重くなり、闇の波が押し寄せてきたこと。

 飛び降りたら地下水道のような場所に辿り着き、スケルトンやリッチに囲まれたこと。魔力をおおかた使い果たしたマリアが、武術で敵を蹴散らしたことも話した。

 二階では戦車を壊した。装甲に埋め込まれた人面は銀月軍団シルバームーンとの戦いで犠牲になった奴らで、しまいには一人の騎士が銀の心臓で生かされていた。俺たちで弔うと、彼は生命力をマリアの魔力に換えて最期を遂げる。


 最後に魔術剣士に囲まれたことだ。憩いの場での出来事は割愛するとしても、一気に色んな事が起きた気がするよ。


「ボクたちが三階に来るまでの間、そんなことがあったんだね……」

「心臓をすり替えるなんて、どうかしていますわ……」

「そうすることで、わたくしたちを“人殺し”に仕立てる気なのです。最も、人を殺めているのは彼らの方なのですが」


 エレの言う通り、俺らに罪を負わせるつもりなら花姫フィオラたちの生活に支障をきたすことになる。国民の誰もがジャックに騙されない保証はない。

 人の命を踏みにじった憤りで沈黙が生まれる中、最初に顔を上げたのはアイリーンだった。


「こんなところで立ち尽くしても何も解決しないわ。行きましょう」

「そうだな」


 彼女の言葉に応えるように一同が頷く。

 しかし、意外なタイミングでマリアが突如頭を抱え始めたのだ。俺が彼女に近寄った頃には、激しい頭痛のせいか


「おい、大丈夫か!?」

「……大丈夫、よ。さっきよりはマシ……だから……」


「陛下。この迷宮を脱したら、引き続き療養いたしましょう」

「そこまでは、要らない……。医者だって言ってたはずよ。時間が経てば、前のように上位魔法も詠唱できるって……」


 マリアはアイリーンに背を支えられながらもゆっくりと立ち上がる。それから徐々に頭痛が引いたようで、「もう平気だから」と俺たちと目線を合わせた。俺としては懸念が晴れないが、今はヴィンセントを倒すことに集中しなければならない。

 俺が前に立って扉を開けたとき、澱んだ空気が少しマシになったような気がした。相変わらずカビのにおいが充満するが、さっきの倉庫よりは断然良い。


 部屋を後にした途端、隊員たちは真摯な表情で硬い床を踏み鳴らすのみだった――。




 紆余曲折を経て辿り着いた先は、やけに広い通路だ。それは人面戦車が現れた階層と造りがそっくりで、魔物が現れる予感が拭えない。その先には、クロス型の紋章――ようの紋章を模った大きな扉があった。

 目を瞑るシェリーは扉に向けて片手を伸ばすが、納得のいかないおも持ちで手を引っ込める。そこでマリアは「どう?」と尋ねてきた。


「やっぱり、女神アポローネさまの気配を感じない。本来ならあの先にご加護があるはずなのに」

「銀月軍団が放つ魔力はそれだけ強力ってことね。おそらく神殿に逃げ込んでるんじゃないかしら」


「本当に私たちだけで片付けられるかな……」

「こんなところで弱気になるべきじゃないわ」


 軽く抱き寄せるマリア。

 シェリーが「うん」と首を縦に振って一歩踏み入れた直後、より緊迫感のある空気へ一変する。


 案の定、背後で鉄の柵が降りた。そのせいで来た道へはもう戻れなくなっている。魔物の気配もさらに増したことで、俺たちは武器を構えざるを得なかった。


 扉の前に現る黒いもや

 肩まで伸ばした髪に猫の耳、丈の短い令嬢服――と見覚えのある存在を形成させていく。



「にゃにゃーん! そう簡単に通すワケにゃいでしょ!」



 拳を作って少女のように振舞う猫男ジェシーだ。上目遣いでこちらを見るが、俺含め隊員たちの誰もが反射的に表情を歪めた。


 このクソ野郎は、これまでにあらゆる罪を犯してきた。


 アンナの親友ルナの両腕を切断したこと。

 ヴィンセントと共にアイリーンの誘拐を企て、マリアの頭を抉ったこと。


 もう惨劇を増やすわけにはいかない。

 その戒めを込めて彼を睨みつけていると、怒りを真っ先にぶつけたのはアンナだった。


「よくもルナとマリアさんを傷つけたな!」

「あれ? 君、誰だったっけ?」

「とぼけるのも大概にしろ!! 今度こそお前を――」


「アンナ」

 アイリーンが前に立ち、片手を広げることで剣士を引き留める。


「でもこいつを倒さないと……!」

「力をヴィンセントのために温存しないと、いざという時に負けるわよ」


 理にかなった忠告だ。つい先ほどまでマリアが魔力の枯渇と闘ったからこそ、俺も同意の旨を示す。

 だが、肝心の猫野郎は緊張の『き』の字すら感じられないほど飄々ひょうひょうとしている。それどころか無駄に大きな瞳の奥に恍惚を秘めているようにも見えた。


 しかも、さっきから誰を見つめてるかと思えば――。


「にゃ~ん! やっぱりヴァンツォちゃんはカッコいいにゃん! あの時、無理やり彼のく――」


――ブンッ!

 俺の両脚が勝手に前進し、長剣を斜めに振り上げる。

 それでいてこのクソは「にゃんっ」とか気持ち悪い声を出しながら躱すんだから余計腹立つ……! それ以上言えば、シェリーは勿論ほかの花姫たちにも誤解されちまうんだよ!


「もうっ! そんにゃに照れにゃくていいのよ?」

「そのお花畑な脳みそを抉ってやらねえとな。シェリー、援護してくれ」

「わかりましたわ!」

「僕も舐められたもんだね……出てきな、しもべたち!」


 俺の剣技とシェリーの銃弾を躱す中、素の声を発するジェシー。彼が指を鳴らして乾いた音を立てると、床に大きな魔法陣が展開された。

 その魔法陣から現れたのは、魔術師と騎士たち。各二体が出現すると、一斉に花姫たちを攻撃し始めた。


「くっ! 魔術師あいつらが防御壁バリエラを張るせいで上手く狙えないわ!」

「陛下、ここは自分たちが!」

 彼らの連携に難儀するマリアたち。早いとこ猫を始末したいところだが、ちょこまかと動くせいでもう少し時間が掛かるだろう。


 ジェシーは袖口から鉤爪を露出させると、レンガの壁を蹴って一回転。

 小柄な身体は軽やかに、そして確実にシェリーに狙いを定める!


「ヴァンツォちゃんもジャック様も僕に振り向いてくれにゃいのは、君のせいにゃ! 君みたいにゃが、世界で一番嫌いにゃんだにゃああああ!」


「なっ!?」

「そいつに耳を貸すな!」


 銀灰色の爪が蒼の眼球に迫り、先端を光らせる。

 俺は一気に距離を詰めた直後、シェリーの前に立った!


――ギギィィィイ!

 剣身と爪に軋みが生じ、鼓膜に不快感を与える。


 それでも眼前に構える剣を下ろすことはできなかった。

 どうせ誰かが傷つくなら、俺が受け止めれば良い。


 力をさらに込め、己の筋肉を以ってしてジェシーを弾き飛ばす!


「にゃあぁ!?」

「振り向いてくれない理由は、もっと違うとこにあると思――」


 ヤツの身体が宙に浮く間、スカートがめくれてが露わになる。

 だがそれは、俺の眼に入れるにはあまりに毒々しいものだ。


「しかも、ピンクかよ……」

「にゃにゃ!? 見られてるー!?」



 だから俺は悟った。


「何が悲しくて……」


 跳び蹴りを


「てめぇのパンツを見なきゃならねえんだよおおぉおおおお!!!」


 せねばならんと!



「にぎゃああぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!!!」


 ジェシーの喉が千切れそうな悲鳴が階層に響く。ぐにゃりとした感触を揉み消すように床へ降り立つと、一同の視線がこちらを向いているのがわかった。彼の身体が着地するのと同時に、何者かの倒れる音も聞こえる。振り返れば、マリアとアンナが騎士たちの息の根を止めたようだ。

 一方でジェシーは大事なものを押さえつつ回っている。魔術師二人が焦った様子で主に近寄ったとき、彼は泣きそうな声で指示を出した。


「み、みんにゃ~! 可愛い僕をしっかり護ってにゃ!!」

「「しょ、承知いたしました!」」

「ほら、早く僕の前に立つにゃー!」


 ジェシーの前に立つ魔術師ら。アイリーンとマリアはその光景を見て呆れているようだ。


「あたかも倒してくれって言ってるみたいね」

「この猫、案外バカなのかも」

「うるさいにゃ!! 胸に余計なもの載せてるヤツらに言われたくにゃいにゃ!! ほら、早くるにゃん!!」


 ここに来て、一生成長しないヤツひがみか……。ジェシーは魔術師たちに怒鳴り散らすのだが、肝心の彼らには違和感があった。

 嫌そうな顔をする彼らは互いに目を合わせ、作戦を思いついたかのように頷く。いずれも短い杖を掲げ、俺たちの方を向いて呪文を詠唱するが――。


――ドガァァァアア!

「にゃあああん!? にゃんで僕にゃのぉ!?」


 魔術師らが放った爆発は、自分たちの後方にいるジェシーを打ち上げた。その間、アイリーンとエレもまた示し合っているようで、天井に向かって多量の矢を放つ様子が垣間見える。天井に生じた穴――虚空に矢を呑み込ませるということは、彼女らにも何か考えがあるはずだ。

 ジェシーがもう一度床に打ち付けられた直後、魔術師二人が元主を捕える。


「はにゃすにゃ!! 僕は君たちに身も心も委ねた覚えはにゃいにゃ!!」

「うるさい! 散々俺たちをこき使いやがって」

「いつもいつも媚び売っててイラつくんだよ!」


 近接に長けているはずのジェシーですら、男らの腕力には逆らえない。とうとうジェシーがロープで縛られると、寝返ってくれた二人はマリアの元に跪いた。


「陛下、および純真な花ピュア・ブロッサムの皆様。覚悟はできております」

「協力してくれたなら罪は帳消しよ。ありがとう」

「なんとお優しきお方……!」


 魔術師らはマリアに一礼したあと、転移魔法で姿を消す。残されたジェシーは身動きが取れないまま、ぎゃあぎゃあと喚き散らしていた。

 アイリーンがヒールを鳴らし、ジェシーに近づく。彼はアイリーンに溝を蹴られると、唾液を吐いて彼女を睨みつけた。


「吐きなさい。銀月軍団の本拠地は何処?」

「し、知らにゃいにゃ!」

「そう……。開放アペルト!」


 彼女の言葉でジェシーの真上にある天井に穴が開く。それは先程エレの矢を呑み込んだ虚空であり、鋭利な雨が一斉に振りかかった。どの矢も彼の身体に着弾しそうな位置に落ちると、彼は恐怖の余り声が裏返ったようだ。


「い……ひぃ……」

「まだとぼける気? もう一回踏まれたいのかしら?」

「あ、ちが……違うにゃ! 好きな人に踏まれるのは良いけどおんにゃはイヤにゃ!!」


「知りたくなかったぜ……」

「とととととととにかく! 本拠地はこの国の西端、ルーセ王国の跡地にあるにゃ! でもオーブを全部集めにゃいとダメにゃんだからね!」


 エレがジェシーの言葉に疑問を懐き、マリアに尋ねる。


「オーブって、各神殿にある宝のことです?」

「ええ、女神さま達の住処すみかを指してるわね」


 話を整理しよう。


 銀月軍団の本拠地は、かつてルーセ王国が所有していた城――西端に位置する。そこに入るには五大元素エレメントの神殿に向かい、各々の地でオーブを回収しなければならない。

 ティトルーズ王国は広大である以上、何らかの移動手段を用いないと被害が増える一方だろう。でも、一体どのような方法で……?


「アレックスさん、鍵を出してくれませんか?」

「えっ、あ、ああ!」

「ヴァンツォちゃん、置いてかにゃいでにゃ! 放置は趣味じゃにゃいにゃ~!」


 シェリーに呼び掛けられたので、急いで鍵を取り出す。必死に抗う紅猫あかねこを踏み越え、いよいよ大きな扉の鍵穴に挿し込んだ。鍵を右に回すと硬い手応えが生まれたので、真鍮のドアノブに手を掛ける。


 二メートル程の高さを誇る板が、徐々に内側へ開かれる。

 荘厳な広間の奥には、黒いコートの男と――狼のような幻獣が佇んでいた。




(第九節へ)






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