騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第六節 悲鳴は炎に呑まれ

公開日時: 2021年10月20日(水) 11:52
文字数:4,700

 じゅの神殿内で遺跡“妖精の理想郷ユートピア”を見つけたが、俺とシェリーは妖精が絶滅した直後の世界に引き込まれる。そこにいたのは“シエラ”というエルフの怨霊。かつて花姫フィオラとして戦っていた者の一人だ。俺たちは何とか彼女を倒してみせたが……シェリーは胸に穴が開くという重傷を負った。

 何とか彼女の傷を癒したあと、相変わらず霧が濃いこの森の中で脱出を試みる。


「此処までの事をする理由など、あるのでしょうか」

「相手は敵を徹底的に追い込むタイプかもしれん。……確かに、そういうヤツは俺の身近に一人いたがな」


 真っ直ぐ歩いていると、分断された柱のようなシルエットが何本か見える。その影は、先ほど訪れた神殿にあるものとそっくりだ。辿り着けば、何か手掛かりが見つかるだろうか。

 その時、小さな影どもが地面から這い上がり、俺らの視界を遮るように飛び交う。蟲のような群れの正体は妖精の屍であり、彼女らはで襲い掛かった。


「!? まさか……!」

「もはや不死者アンデッドじゃねえか……殺るぞ」


 焼け爛れた者から目玉を抜かれた者、身体の一部を奪われた者まで様々だ。妖精とは思えない、抑揚と生気を失った低声があちこちで聞こえてきた。

 俺は担いでいた大剣を取り出し、柄を握り締める。しかし両手はたちまち汗ばみ、両脚がガクガクと震え出す。不死者なんぞ数えきれないくらい斃したってのに、何故今更──。


『命ヲ……寄越セ……』

『私タチノ、大切ナ場所……』


「良いか、絶対に耳を貸すな」

「……はい!」


 どうせなら、一思いに浄化させるまでだ。

 意に反するように剣を持ち上げ、横に一振り!


「ふんっ!」


『アァァァァァアァァア!!!!!』

『ヤメ……グォ……!』


 千切れていく小さな身体たち。骨肉の断つ音は少女たちの苦鳴に掻き消されるどころか、生々しく鼓膜を打ち付けてくる。乾いた身体から噴き出るのは血ではなく、灰のような粉だ。まさに何者かがこの森を燃やした証にもなり得るだろう。

 一方で、シェリーは霊術で瞬発力を向上させたようだ。二丁拳銃を持つ手から躊躇が見えるものの、的確に撃ち落としていく。


 しかし──。


「何これ……記憶が、入ってくる……!」

「まやかしだ。苦しいが、しっかり振り切れ!」

「わかってます、けど……!」


 声を荒げながら大剣を振り、次々と妖精を灰に還す。妖精は長い爪を立てて咬みつこうとするが、元々戦闘能力が乏しいのか俺たちに近づくことも儘ならない。その代わり、俺の脳内にも流れてくる断末魔や炎の映像で干渉するようだ。


「だから、どうしたってんだ?」


 斬る、斬る、斬る。

 こいつらが俺らの命を奪おうと、元々は被害者だ。何の苦しみも与えず、この大剣で眠らせるまで。それは三ヶ月ほど前にミュール島で信者を片っ端から殺したことを想起させるが、今はただ血も涙も無い悪魔となるまでだ。その傍ら、少女が風を切る音と重厚な銃声を交互に響かせた。


 ようやく数が減ってきたところで、俺の息が上がり始める。幸い無傷とはいえ、油断は許されない。偶然にもシェリーと背中を合わせて月白色げっぱくいろの景色を一望したとき、亡骸を燃やすような異臭が立ち込めた。


「今度は……火!?」


 すぐに察知したのはシェリーだ。長いこと鬱蒼うっそうとしていた景色は、燃え盛る世界に一変。炎は木々を覆い、枯れ葉をも巻き込んでいく。中には熱に耐え切れず、一部の木が倒れる始末だった。


 神殿への道は──南の方向か。此処は一旦大剣をしまおう。

 そしてシェリーの手を引き、全速力で煉獄を駆け抜ける!


「一気に抜けるぞ! 絶対に離れるな!」

「はい!!」


 何処へ行っても火の海……いや、火の森だ。

 いつになれば神殿へ辿り着く? 俺たちは本当に抜け出せるのか?


 いや……弱気になるな、アレクサンドラ!

 隊長おれが希望を持たねえでどうする!



『愚か者どもよ、我から逃げる気か?』



 おい、そんなわけ……!

 脳に語り掛けてきたのは、俺に似る男の声。懐かしいどころか、憎悪が増すこの話し方は──


「……兄貴、てめえが仕掛けたのか?」

『人聞きが悪い。弱者どもを楽にしてやっただけだ』


「ふざけんな! 俺の意識なかに入ってきやがって! まさか人間界こっちでも好き勝手やる気か?」

『汝には関係の無いことだ。女共々、そこで灰になるが良い』


 反射的にシェリーの手を離し、大剣を持ち直しつつ辺りを見回す。その時、シェリーは既に拳銃からレールガンに持ち替え、まさに悪魔のような形相で声を荒げた。


「姿を現しなさい、ヘンリー!! シエラさんを苦しめた罰、受けていただきますわ!!」

『笑止。あの男より罰を受けた所以ゆえんを判らずにいるようだな』


「まさかてめぇ……ジャックと繋がってるってのか!?」

『それは汝らの目で確かめれば良かろう』


 兄貴の言葉と共に、俺たちの前に巨大な魔法陣が展開される。

 深緋こきあけ黒紅くろべにの稲妻が空間上で幾つも走る中、二色の入り混じった球体が徐々に膨らんでいく。


 その球体が俺たちを呑み込む程に大きくなったとき、音無き爆発を起こした。

 黒い光が空間を包み込む刹那、俺は真っ先にシェリーの頭を胸の中に埋める。瞼を固く閉ざす間、背筋が凍るような冷風が肌を叩き髪を靡かせる。先程までの火炎がまるで嘘のように感じられたが、風が止んだ直後に再び熱気が漂い出す。


 瞼をゆっくりと開け、魔法陣が存在した場所には巨体の魔物が立ち尽くしていた。

 虎の頭を三つ持ち、首に無数の蛇を纏わせる獣──ゴアケルベロス。本来は犬の頭を持つ魔物だが、虎になると更に威圧的だ。体毛は酸化した血のように赤黒く、尻尾部分にも蛇の頭は在った。獲物を狙うかのような鋭い眼差しが、俺たちに更に緊張をもたらす。


 ケルベロスの大きな口元が光り、煙のようなものが漂う。

 三つの口が同時に開け放たれると、紅蓮の炎を撒き散らした。俺は後方転回で、シェリーは側転で回避。彼女は体勢を整えると、俺に指示を送った。


「アレックスさん、あなたは魔力を温存してください! まずは私が撃ちます!」

「おうよ!」


 シェリーは長細い筒のような銃口を突き出し、電流を纏わせる。

 細やかな指先がトリガーを引いた直後、大きな衝撃音と共に蒼い閃光が獣を狙う! 反動で彼女の身体が一瞬後退するものの、地を硬く踏むことで微動に収まった。


 だが、閃光が着弾する直前──ケルベロスは突如姿を消す。いや、正確に言えば彼女の真後ろだ。図体がでかい上に気配を掻き消すなんて、随分やるじゃねえか……!


「危ねえ!」


 翼を展開し、一気に距離を詰める。

 そしてシェリーの前に立ち、ケルベロスの手を阻む!



 一瞬何が起こっているかわからなかった。



 鱗が自身の首に絡みつく違和感。

 これでもかと喉を、呼吸を殺してくる──!


「う……っ!!」

「今助けますわ!」


 彼女はすぐに拳銃を取り出したようで、この生きた縄に風穴を開けていく。

 銃声が耳を掠め、光弾が間髪入れずに撃ち込まれる。


 視界に鋭利な爪が飛び込む。

 今にも振り下ろされようとするが──


「これで! 消えなさい!!」


 全ての蛇が千切れ、不気味な感触が瞬く間に消える。身体の一部が黒の花弁に変化したことで、ケルベロスは呻き声を上げながら怯んだ。


 今が反撃の時だ。

 右手を掲げ、念ずるはせいの魔法。


結晶クリスタリモ!!」

 空中に雪の結晶を描いた後、氷の縄となって獣を縛──ったはずが、ヤツの長い爪が打ち砕いてしまう。


「そんなバカな!」

「マジでどうなってんだ……?」


 先程まで援護してくれた彼女も、あまりのショックで立ち尽くすほか無いようだ。

 銃撃も魔法も効かないのならば、残る手段は──。


『父の力に頼ろうなど思うな。行け、ケルベロス。彼らを汝の餌食にするが良い』


──グォォオオオ!!

 巨大な虎が跳躍し、炎が揺れる。

 咆哮と共に牙を見せ、再び俺らの前に爪が振り下ろされる──!


 もはや覚醒も許されない以上、打つ手がない。

 ケルベロスはシェリーに襲い掛かるが、彼女にはまだ抗う意思があるようだった。


「シェリー、逃げ──」

「いい加減に……して!!」


 銃口から放たれた光弾は、中央の顔を粉砕する。鼻を中心に表面が割れ、切り絵のように皮膚が剥がれた後、花びらとなって頭ごと散っていった。それがこの獣にとって激痛のようで、今度こそ地面に打ち付けられた。


 衝撃から顔を背けていたシェリーが、徐々にケルベロスの方を向き直る。自分でも信じられなかったようで息を呑んでいた。


『……ふむ。このくらいにしておいてやる』

「兄貴! もう一度俺らと……って、おい!!」


 あの野郎……都合が悪くなったらすぐ消えやがる。次会ったときは、絶対ぜってえにぶちのめさねえとな……!


「見て! 私たちの場所が……!」

「……戻ろうと、してる?」


 ケルベロスの身体がもやと化すと共に、森を覆う火も消えていく。霧も晴れると、暖色と緑葉の入り混じった木々が視界に広がった。

 それだけではない。そびえ立つ錆だらけの鉄塔を前に、マリアやヒイラギ・エレが立ち尽くしていたのだ。彼女らは俺たちの存在に気づいたようで、ヒイラギが「おお!」と感嘆を漏らす。


「奇遇ね。ちょうどあたし達で声を取り戻そうと思ってたところよ」

「マリア! もしかして私たち、いつの間にか中枢部に?」

「ああ、それっぽいとこに辿り着いた。あんた達が急にいなくなるもんだから、ちっとソワソワしたよ」


 マリアとヒイラギがシェリーと言葉を交わすと、エレがシェリーの元へ近寄る。微笑を浮かべてシェリーの両手を握り締める様子から、俺たちを気に掛けてくれた事が窺える。


「エレさん……ご心配をお掛けしてごめんなさい」

「随分と遠回りしちまったが、俺らは何とか戦える。相手が誰であろうと、絶対に手加減するな」


 俺の言葉に頷くメンバー一同。ついに塔に近づき、樹神じゅしんウェンティーヌの肖像を描いた扉に手を掛ける。枝のように広がる長髪に、エルフの耳を持った女性──彼女こそが樹神であり、どういうわけか常に目を瞑っているのだ。両開き扉の左部分には自然を、右部分は荒廃した世界を表現しているのだろう。自然が失われる事への警鐘として、元来の国の者が描いたと思われる。此処の扉を開ける事は、平和を祈る女神への冒涜とも取れてしまう。


 だが、俺は僅かな迷いを振り切って扉を引く。秋風と共に鉄のにおいが運ばれる中、巨大な樹が目を引いた。季節は秋だと云うのに、この樹だけは新緑の葉で枝を覆い尽くしている。まるで世間から取り残された世界樹ユグドラシルのようで、哀愁さえ込み上がる。

 俺を現実に引き戻したのは、幹に埋め込まれた銀の心臓。不快な気分にさせる瘴気は、この宝石から放たれているようだ。


 頭上から漏れる深緑の光が、薄暗い塔の中を淡く照らす。半円型の小窓が張り巡らされる中、女神像はなんと壁に彫刻されていたのだ。位置は大樹の背後かつ、三メートル上の高さに在る。もし飛行手段が無ければ、あのオーブは決して入手できないだろう。


「ウェンティーヌ様の像が見当たらないと思いきや、あんな高いところにありましたのね……」

「彼女は人間との接触を好まないの。だから、『昔の人たちは彼女のお考えを汲み取って建設した』と聞くわ」


 この広々とした塔の中で、階段も部屋も一切見当たらない。他の神殿とは違う造りに戸惑う俺たちだが、が舞い降りた事で緊迫した空気に一変した。


 ワンピースをふわりと揺らし、獣の足を覗かせる。目を瞑る彼女は樹神ではなく、めすライオンの身体を持つ獣人だった。

 彼女は大樹の前に立ちはだかり、瞼をゆっくりと開ける。彼女の口から漏れた声は、これまでに聞いた声と見事一致していた。



「やっと声を手に入れたの……邪魔はさせない!」



 切れ長の蒼い瞳に鋭さが宿り、彼女の身体が宙に浮く。

 そして両手を大きく広げる雌ライオンは、守護神の如く俺たちを阻むのだった。




(第七節へ)






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