※この節には残酷描写が含まれます。
気が付けば夜だ。街灯が城下町を照らす中、春の温もりに身を任せる人々。彼らが世間話を繰り広げる一方で、私は一人アレックスさんを探していた。
あの癖っ毛の男性、まさか……
いや、違った。ツノが無い。酒場で窓越しから探してもいなかったし、何処にいるの?
『俺も男だということを忘れるな』
この街が喧騒に包まれたって、あの低くて逞しい声が頭から離れられないの。
彼は強引に唇を重ねてきたあと、真剣な眼差しで私を見つめた。
抵抗はできなかった。いや……しなかったのかもしれない。心のどこかで期待していたのかもしれない。置いてけぼりにされた私の心を救ってくれる存在を……求めていたのかもしれない。
でも、彼が私の騎士になってくれる保証なんてどこにもない。
あの人はよく私に話し掛けてくれるし、『お前の専属騎士ってのも悪くない』とも言ってくれたけど……手に入れた途端、雑に扱ってくるかもしれない。本当は私以外の人にも同じことをしているから、エレさんも懐いているんだと思う。きっとそうだ。
だから、本来はあの人を探す必要なんて無いのに……
私の身体が勝手に探し求めていた。
近づく理由を聞き出すために。
キスしてきた理由を聞き出すために。
でも、そろそろ疲れてきた。
またベンチで腰掛け、自身の唇を指でなぞる私。近くに男性の気配があっても、私の指先は止まらなかった。それどころか……チクチクと痛む胸を、もう一つの手で押さえる自分がいる。
目を瞑れば、城の礼拝室で起きた出来事が甦る。
誰もいない空間で指輪――大悪魔の力を制御した状態で翼を展開するための魔術具――を渡して去ろうとしたら、強引に腕を掴まれたんだ。それから――。
ああ! なんでダメな私がそんな目に!?
首を横に振ったって、胸の痛みが治まらない。それどころか、またしても懐かしい感覚に苛まれるだけ。
アレックスさんは身勝手だ。
私を抱き締めたって、ただ胸の痛みが増すだけなのに。まだ何も言ってないのに、あたかも恋人のように接してくるし。
どうせ我が身可愛さで振り回しているくせに……! エレさんにも同じことしているくせに……!
もうっ、だんだんイライラしてきた! 会ったときには絶対に
「おい」
この声は――!?
顔を上げれば、私を置き去りにした人――ジャックが佇んでいた。黒のスーツに身を包む彼は、ズボンのポケットに両手を入れて私を見下す。
「また、あの男の事か?」
その棘は紫煙の匂いと共に放たれた。
私たちを一瞥し、急ぎ足で去る人々。彼らは『男女間のもつれ』だと言って騒ぎ立てるが、誰も近寄ろうとしない。けれど、それはさして問題ではなかった。あくまで私とジャックだけの事情だし、むしろ首を突っ込まれるほうが厄介なのはわかっているから。
「何のことでしょう」
私は立ち上がり、彼と同じく上着のポケットの中に片手を入れる。薄くて堅い感触を確認すると、意識を集中させた。今はアレックスさんに対する考えを隠し、目の前にいる男を淡々と見つめれば良い。
「誰が何を考えたって自由じゃない」
「この短期間で随分と態度を変えたものだな。……貴様には仕置きが必要だ」
「もうほっといてちょうだい! 開花!」
ポケットに眠る通信機が青く光り、私の全身が花びらに包まれた。
私は花姫になり、翼を広げて後ろへ飛ぶ!
「何処へ行く気だ?」
ジャックも同じく飛行し、右・左とメスを上空へ放った。
何とか回避するも、メスが僅かな毛束を引き裂く。
彼が裏ポケットに手を入れる間に、二丁の拳銃を召喚した。
再び放たれた鋭利な刃。光の弾で確実に撃ち落とすまで。
すべてのメスが街に降ってきたのか、複数人の悲鳴が響いた。もちろんそれに構う暇などない……!
「ちっ」
舌打ちする彼が片手を突き出すと、濡烏色の弾が弧を描く。
それらを一つ一つ避けたあと、今度は拳銃を機関銃に切り替えた。
ずっと愛し合った人に銃を向けるなんて……
ううん、考えてる場合じゃない!
過去を振り切るようにトリガーを引く。
魔力をこの銃に注ぐ間、弾が高速で飛んでいった。
銃声を連続させるせいで、地上から不穏な空気が漂う。
それでも止めはしない。いま目の前にいる男は元主治医でも元恋人でもなく、銀月軍団の主犯なんだから……!
それにしてもこの男、動きが速すぎる!
この機関銃はただでさえブレやすいのに、飛んでいるせいでいまいち当たらないわ!
「誰のおかげで命を救われたと思っている?」
「うるさい! 気が散るのよ!!」
わかってる!
この人がいなければ、私はとうの昔に死んでいたことを。
「貴様の全てを理解できるヤツが、他にいるとでも思うか? あの女とてただの人間だ。所詮は貴様より伴侶を選ぶ女だ!」
「マリアを悪く言わないで!」
マリアが私を止めたことで、もうジャックと会うことは無くなった。
でも、あの子なりの理由があったから、受け止めようと思った。
『シェリー、もう彼と会うべきじゃないわ』
『どうして!?』
『あなたがずっと夜遅くに帰ってくるものだから、あたしもあなたの両親も心配してるの』
『ジャックを疑わないで! あの人は……悪い人なんかじゃない』
『憶えておきなさい。男はね、女の子を都合よく利用するためなら綺麗事も言えるのよ』
『信じてよマリア! あの人はそんな人じゃ……』
あの当時は、確かに彼女に苛立ってたけど……アイリーンさんの説得もあって呑むことにしたんだ。
それから、あの子は『ずっとあなたの事が好きだった』と言って抱きしめてくれた。卒業式の日だ。
私にとってマリアは親友だから戸惑ってたけど、寂しさを埋めたくて会う回数が増えた。それは今も変わらない……。
だから……
こんな私を受け止めてくれるマリアを貶すなんて、絶対に許さなかった。
ただ、どんなに弾に怒りを込めたって当たるわけが無い。
私は一旦射撃をやめ、防御壁を展開した。
目的地は、南にある橙色の屋根。広いおかげで余裕をもって戦えそうだ。
後方の防御壁に身を任せつつ、この翼で目的地へ向かっていく。
「逃がさぬぞ」
背後から迫る闇の力。
マリアに教えてもらった魔法はそれらを弾き飛ばしてくれた。
魔力を温存するべく、飛行速度を上げる!
もちろん諦める彼なんかじゃない。それどころか間髪入れずに私を狙っているようだ。もし身を護らなければ、今頃落ちていたでしょう。
屋根の上に両足をつけ、ジャックのいる方角に向き直る。
今度はレールガンに切り替えて、スコープに黒い影を収める。
当たって!!
蒼の閃光が放たれる反動で、私の身体が微かに揺れる。
足を広げてその場に踏みとどまるも――。
「そんな!?」
当たって、ない……!?
確実に狙ったはずなのに、既にジャックはいなかった。
右からの気配――!
振り向こうとし
「うあぁぁ!!!」
重い衝撃!
私の身体が宙を舞い、堅い地面に打ち付けられる。
それでも痛みを堪え、上体を起こした。
彼が来る前に立たなきゃ……!
「はっ!」
私は咄嗟に起き上がり、魔力とは違うエネルギーに意識を向ける。
私にだけ与えられたもう一つの力――霊力。
これを憎んだことは何度もあったけど、結局使うしかないのね。
彼の右手に込められているのは、黒魔法だろうか。
ならば先手必勝!
「よりによって、俺の顔に傷をつけた男を家に入れるとはな。抵抗すればどうなるか、わかっているだろう?」
「あなたには関係ない!」
両手を突き出し、光束を放つ!
「笑止!」
ジャックも同じ力を!?
いえ、私の方が絶対に勝つわ!
光同士の拮抗が、徐々に私の精神を追い詰める。
限界まで霊力を注いだとき、彼の力も同様に強まったのがわかった。
それどころか、かなり大きい!
しっかりしてシェリー! 私がここで負けたら――。
ここで力を弱めちゃいけないのに……
もう、ダメ……!
「きゃあぁぁぁあああああぁぁあああ!!!!!!」
怨念が……身体の中に入ってくる!
やめてやめて、頭の中を抉らないでぇ!!
『なぜ俺を見捨てた』
お願い、来ないでってば!
『貴様が他の男に目移りする女だとはな』
違う! 私は今、誰のことも
『少しは気になるのだろう? アレクサンドラという存在が。“あいつなら胸の痛みを理解してくれる”と、確信しているのだろう?』
なんで
なんで私のことを
『俺は貴様のすべてを見ているからだ。無論、俺と再会するまでの三年間もな』
監視されているってこと!?
そんな、バカな……!
「ふんっ!!」
「ぐはっ!」
青の花弁――それは、元の姿に戻るという証
ようやく干渉から解放されたと思いきや
ジャックがまた蹴飛ばしてきた
私の身体は何度も宙を舞い
口から何かが溢れ出す
でも
それで終わりなんかじゃなかった
背中と堅い衝撃が擦れ合う
私には抗う力が殆ど残っていなかった
「……げほっ」
「これ以上やられたくないだろ? 嫌なら今すぐ跪け。『あなたのお傍にいさせてください』と泣きながら乞え! さもなくばこうだ!」
「あぁ、がっ……!」
もう苦しいのに
漆黒の球でなぶられ
「きゃぁ!」
虚空から現れた鎖でいたぶられ
嗤われる
「ふっ、そうして苦しむ貴様も美しいものよ。いい加減理解しろ。貴様の全てを愛せる者など、俺以外に存在しまい」
本当にそうかもしれない
だって、ルドルフ兄さんもベレさんも他のクラスメートも
みんなみんな私から離れるのだから
やっぱり、私が間違ってたよね
さっさとみんなと別れて、彼の元へ戻るべきだ
ごめんなさい、アレックスさん
少しでも『あなたとなら分かち合えそう』と思った私が愚かでした
跪いて、謝るべきなのに
身体が 動かない
彼がまた魔法を出すつもりなのに
「まだ仕置きが足りないようだな。さあ、これはどうだ?」
黒いエネルギーが近づいてくる
ああ、私の身体はもう
――バシィッ!!
え?
私の前に、誰かいる……?
それも肩幅が広くて、悪魔の翼を生やした鎧姿の男性……
まさか、そんなことって!
「なぜ貴様がここに……!?」
「決まってるだろ」
これは夢?
ううん。私の意識はまだあるし、痛みだって残っている。
彼がここに来た理由を明かしたとき、私の心に衝撃が走った。
(第十節へ)
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