※この節には残酷な描写が一部含まれます。
「あんた、あいつの家で何をした?」
アンナを不審者から守るべく、一晩彼女の家に寝泊まりした次の日の事だ。『城へ向かおう』とアーチの下をくぐろうとした時、俺は何者かに壁へ押しやられてしまう。
俺の胸ぐらを掴んできたそいつは、彼女に恋するジェイミーだった。俺に向ける眼差しは、普段の陽気な雰囲気から全く想像できない程の殺意が表れていた。
「なあ、どうなんだよ? まさか俺様に言えない事でもしたのか?」
さらに問いただしてくるジェイミー。言葉が詰まるせいで声を出すだけでも精一杯だが、そろそろ言わないと余計怪しまれるだろう。
「確かに、あいつの家に行ったのは事実だ。でもそこで俺たちは何もやましい事はしていない。お前も知ってるだろ? 最近、城下町で殺人事件が起きている事を。『今度はアンナちゃんが狙われるかもしれないから』と、俺が見張ってただけだよ」
「……そういう事なら、判ったよ」
ようやく解放された……。とはいえ、依然と口を尖らせる辺り、心の底ではまだ納得いってない様子だ。
彼は俺に鋭い目つきを向けたまま尋ねる。
「で、その不審者ってのはどんなヤツなの?」
「黒いマントで全身を覆い、フードを深く被っている。俺たちよりも身体は大きいそうだ」
「いかにもやべー奴って感じだな……」
ジェイミーと話をしていると、狙いすましたかのように右側から怪しい気配。
アンナが向かった先──東の方へと視線を移すと、まさに例の人物がアーチの下をくぐり街外れに向かうのを目撃した。ジェイミーもその存在に気づいたようで、二人して彼(あるいは彼女)を見つめる。
そいつは、未だ小さく映って見えるアンナを追うように早々と歩を進めたのだ。
「まさかあいつが……?」
「間違いねえ、追おう!」
俺たちはほぼ同時に駆け出し、フードの人物目掛けて突っ走る。
奴は俺らに気づいたらしく、共鳴するように全力疾走で逃げ出した!
あいつ、左の角に曲がった?
数メートル先にはアンナがいる。早いとこ捕まえねえと……!
「待て!!」
ジェイミーが顔の前に右手をかざすと青い光が灯り、彼の足首へと流れ込む。その魔法の効果か、残像が見える程の速度でヤツを追いかける。
間もないうちに彼が不審者に追いつき、道を阻むように前に立った。彼の左手を包む赤いオーラはおそらく焔魔法。その気になれば、相手を焼き尽くせるという事か。
「アレク、そいつを捕まえてくれ!」
「おうよ!」
流石のヤツもジェイミーに阻まれたせいで立ち止まったようだ。
「観念しな、このロリコン野郎」
俺はそう吐き捨て、野郎が狼狽しているうちに羽交い締めを決める。シルエットに反して細い腕だ。自分が痩身である事を隠すためだろう。
ジェイミーが威勢を示すように近づき、ついに右手でフードを引き剥がす。
しかし──フードに隠されたその顔は、誰もが見た事のある意外な人物で思わず絶句してしまう。
「よ、よせ! 私は故あって彼女を追っていたのだ!」
凛々しい声に、栗色のポニーテールが特徴の女。不審者の正体は、つい先日にティトルーズ騎士団長に任命されたルナだったのだ。
この騒ぎに気づいたであろうアンナも慌てた様子で前方から駆け寄ってくる。俺やジェイミーはもちろん、彼女も驚かないわけが無かった。
「何してるのルナ!! もしかして、ずっとつけていたのはキミだったの!?」
「すまない、アンナ……これにはワケが……」
「いや……ワケも何も、騎士団長がんな事したらまずいでしょ……」
ジェイミーの言う通りである。いくら立場が上でしかも知り合いとはいえ、職権濫用は頂けない。
ただ俺たちもそこまで悪魔では無いので、近辺の喫茶店に寄って話を聞くことにする。
「それで、何故アンナちゃんについて行った?」
四人分のコーヒーが一通り置かれると、窓際に座る俺は向かいのルナに尋ねた。彼女は罪悪感に苛まれているのか、さっきからずっと縮こまっている。けれど、いくら親友のアンナも訝しげな表情をせずにはいられないだろう。
ルナは吃音を発しながらも、正面を向いて話を始める。
「さ、昨今……連続殺人事件が相次いでいるだろう? 私は既に寮に越してしまったが故、親友が気がかりで仕方無かったのだ」
「でも、あんな事されたらボクも困っちゃうよ……」
「本当にすまない! ああ、お前を不安にさせた私は王子失格だな……」
ルナが両手を合わせ、隣に座るアンナに詫びる。アンナは「しょうがないなぁ」とコーヒーに一口つけた後、やんわりと窘め始めた。
「もうやらないでね。ボクの過去を知ってるなら尚更」
「約束しよう。それに、ヴァンツォ殿にもご迷惑をお掛けして申し訳ございませぬ……!」
「あー、そこは気にしなくて良いよ。こいつもあんたと同じ事してたし」
「おいっ! ならあの女王も問題だろ!!」
「まあ合意っぽいし、良いんじゃね?」
なんで吸血鬼が対応するんだよ! しかもマリアには甘いとか回し者か……? つか、マリアもクロエもルナも国に仕える女は何処か頭のネジがぶっ飛んでるが、いったいどんな職場環境なんだ??
「此処のお偉いさん、ちょっと変わった人が多いよね……ルナもアレックスもそう」
「私を含めるな! そりゃあ今回はお前に失礼があったが……」
「ルナちゃんに同感だ。あれも仕事の一つだからな」
「部屋にあったアレが?」
「それ以上はよせ」
そうだ……アンナを俺の家に入れたとき、シェリーの写真を見たんだよな……。それもジェイミーが撮ったヤツで。依頼された本人も顔が真っ青だし、俺はすぐさま話題を変える事にした。
「ところで、その殺人事件の犯人は目星がついてるのか?」
「はい。犠牲者の遺体を確認しましたところ、喉元に爪のような引っ掻き痕があれば、刃物で心臓や顔を抉られた者も散見します」
ルナが冷淡に話す事で、一気に緊張感が漂う。アンナも真摯な表情に切り替え、親友に尋ねた。
「犯人の顔を見たことある?」
「目撃者たちの証言を纏めると、犯人は『赤い髪の少女』という事だ。中には『猫男』と述べた者もいる」
「つまりジェシーか」
「彼と見て間違い無いでしょう。……懲りずに惨たらしい事を」
ルナが唇を噛み締め、マントから覗く白銀の手で拳を作る。小刻みに震えるその手は、自身の腕を切り落とした恨みを表しているようだ。
それを見たジェイミーは、責務を引き受けるような眼差しでルナに声掛けた。
「なら、俺様たちに任せな。友達の怒りは俺様の怒りでもあるし」
「しかし、ヤツは強敵だ! 油断すれば、私と同じ目に遭うぞ」
「大丈夫だよ。俺様はこう見えても、不死身の上級魔術師なんでね」
親指で自身を指すジェイミー。その誇らしげな笑みから、彼もまた歴戦の強者である事が窺えた。……と、そのまま素直に話すのも気恥ずかしいので、何となくからかってみる。
「おいおい、んなの聞いてねえぞ」
「話したところであんた信じないだろ。ま、あんたには引けを取らないさ」
「期待外れなら奢れよ」
「大丈夫だって」
やはりアンナたちも初めて聞いたのか、驚いている様子である。まあ彼が嘘をついてるとは思えないし、実力を見るのが非常に楽しみだ。
俺は腰を上げ、座る三人を一望しながら号令を掛ける。
「よし、皆で猫野郎を襲うぞ。お前らは外で待っててくれ」
「『襲う』とかよせ。俺様はそんな趣味など無い」
「物理的な意味で言ったんだよ。あとそこの二人も白い目で見るな」
せっかく俺が指示を出したってのに、なんで皆して微妙な反応をするんだ……。まあいいや、さっさと皆の分支払って外に出よう。
俺たちは喫茶店を後にすると、引き続き街外れの通りを巡回する事にした。今回の事件は昼夜問わず起きるため、今この時も誰かが血を流して倒れているかもしれない。
前方には俺とアンナ、後方にはジェイミーとルナだ。アンナはまだ開花状態では無いが、通信機を握りしめる辺り準備万端のようだ。
「被害者は、だいたい人気の無いところで倒れてるんだってね」
「ああ。皆、どんな音も聞き逃すな」
俺がそう言うと、ジェイミーたちが短く返事をする。
だが、その時──熱い微風は血の臭いを運んできた。場所は西側にある路地裏からだ。
「なあアレク、あそこからヤバい臭いがしない?」
「俺もそう思ってた。ただちに向かおう」
建物と建物の間にある小道。狭いっちゃ狭いが、二人ずつ横並びで歩いても差し支えない広さだろう。
陽射しの当たらないその場所は冷気が立ち込めるが、同時に背筋が凍るような緊迫感も覚える。足を運ぶにつれ、吐き気を催すような悪臭がさらに増していった。
つま先が誰かの足に触れる。
視線を落としてみると、そこには目を背けたくなるような光景が広がっていた。
「「!!」」
俺たちの目の前に、仰向けで血を流して倒れる一人の女性がいた。彼女の頬は無残に抉られ、喉元には爪で引っ掻かれたような痕がある。数羽の蝿が羽を鳴らして飛び回る辺り、もう命が尽きているに違いない。
そして──。
誰もが唖然とする中、この場に似つかわしくない少年の声が響き渡った。
(第四節へ)
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