騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
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第五節 森に棄てられし怨霊 ~悪魔殺しの射手~

公開日時: 2021年10月12日(火) 12:00
更新日時: 2022年1月7日(金) 12:39
文字数:5,913

2022年1月7日

・登場キャラのプロフィールを追加いたしました。

「いくらキミたちが立ち向かったところで、あいつ……あいつらには逆らえないし、あたしはあの事を後悔してるんだ。それよりさ、いい加減こっちにおいでよ。……ねえ? アリス」


 妖精の理想郷ユートピアを探索する際、過去の世界に引き込まれた俺とシェリー。突如襲い掛かった鋭い何かで視力を奪われる中、見知らぬ女の声が聞こえてきた。

 その言葉を放った女が俺たちの前にいるのは確かだ。でも、この真っ白な視界じゃどうにもできねえ……。


 それでもを引き抜き、気配や音を頼りに戦わねばならない。

 左の脇腹に突き刺さる異物──か細い棒を持つそれは矢と判断。俺は迷わずその棒を握りしめ、力強く引っ張り出す──! くそっ、すげえ痛ぇけど耐えねば……!!


「あ……ぐっ……!」

「その矢を抜いたって、キミの視界は戻らないよ」


 女の煽りが痛覚を刺激する。その一方で、徐々に尖端が外側へ押し出されるのが判った。

 もう少し、もう少しだ!!


「あがぁぁあ!!!」


 身体の一部が引き千切られるような痛みと、生温かい感触。今ごろ俺の脇腹には穴が開いていて、血がとめどなく溢れているだろう。その傍らで、シェリーの息を呑む音が聞こえてくる。


「アレックスさん、いま手当を!」

「やらせはしない!!」


 彼女の気配と共に、蔓をしならすような音が迫りくる!

 そして──。


「ぎぁ……っ!!」


 肉に次々と突き刺す音と小さな悲鳴。

 それらは俺の鼓膜を抉り、不安を掻き立てた。


「シェリーに、何をした!!」

「ごめんごめん。本当はキミを狙いたかったんだけど、手が滑って彼女に当てちゃったぁ」


 随分と腹立つ女だな……!

 こいつ、いったい何者なんだ?


「そういや、キミはあたしを知らなかったよね。あたしはシエラ。昔、アリスと一緒に旅してた一人さ。……むしろ、花姫フィオラって言った方がしっくりくるかな?」

「!!」



『ご先祖様が生まれる三十年ほど前、リヴィは魔王に一度焼き払われたの。その理由は、“純真な花ピュア・ブロッサムが敗北して追い打ちを掛けたから”らしいけどね』



 リヴィでマンティコアを倒した時、マリアはそんな話をしていた。その際、シェリーは“シエラ”という女の名を口にしたのだ。シェリーがアリスの生まれ変わりである以上、シエラが呼び掛けるのは納得行く。でも、その女がなぜ同じ仲間を攻撃するんだ……?


「うがぁぁ……頭の中に……入って……」

 悶絶するシェリー。彼女から発する声はいつもの澄み切ったそれではなく……首を絞められるような、人間としての尊厳を失われたような枯れた声だ。


「アリスってば一度あたしの末路を見たはずなんだけど、せっかくだからこの身体にも刻んであげなきゃね」

「ふざけ……んな! こいつはもう……アリスじゃなくて、違う……人間だ!!」


「どうせ継承者なんだから変わらないよ。それにキミはさっきから大口叩いてるけど、その視力と身体で暴れたら彼女の顔に傷がつくんじゃない?」

「く……っ!」


 くそっ、視力さえ戻ってくれれば……! 矢が刺さることぐらいどうってことねえのに!

 怒りを抑えるように自身の歯を軋ませる。だがシエラは俺の怒りを物ともせず、自身の過去を明かしてきた。



「この際だから、キミにもあたしの最期を教えてあげる。あれからヤツに捕まって、この森に放り出されたんだよ。それも、野生の動物ここのやつらが好きな蜜を全身に塗られてさ。あいつらも賢いから、あたしをじわじわと食い散らかしてきたの。なんせその方が鮮度を保てるしね、餌同然の扱いだよ。おかしいよね、いずれ此処で野垂れ死ぬ未来が待ってたってのに、バカみたいに妖精たちを守ろうとしてたんだ。今思えばしょうがないって思うよ。だって……弱いんだもん」



 シエラの乾いた笑い声が、森の中に飲み込まれる。その低い声からは哀愁が漂うとはいえ、シェリーへの攻撃を赦す理由には決してならないのだ。


「おい……さっきから『あいつら』とか『ヤツ』とか……いったい、誰を指している」


「あはは、呆れた。わからなかったんだね。あの男はアリスをも捕え、城であたしの最期を追体験させた。あたしが喰われる間、ヤツの言葉がずっとずっと聞こえてきたんだ。『所詮、花姫は散る宿命さだめだ』と……『あの女も生きた屍だ』、とも。抗えば抗う程バカみたいだし、だからもう一度現実を叩きつけてやってるだけ」


 遠距離で他人の脳に入り込む。そんなすべは並大抵じゃできねえし、ジャックも生まれちゃいない。加えて、近くにいた存在ヤツって事は──

 いや、今は研ぎ澄ませ。シエラがいる方角を特定するんだ。目を瞑り、耳を傾け、皮膚で気配を感じ取る。シェリーの苦鳴と脇腹の痛みで集中が削がれそうになるが、ここが正念場だ……!


「……北だな」

「その視力であたしの場所わかっちゃうなんて、さすがヴァンツォの息子だね」


 これは挑発だ。つくづく苛立ちが募るが、意識を集中させろ!

 右手にせい魔法を宿し……いま振りかざす!


氷撃ギアーレ!!」


 遠くへ飛ぶ冷気。

 しかし──シエラの身体に着弾したかと思いきや、金属の甲高い音が聞こえてきた。それは思わぬほうに当たり、俺をさらに混乱に陥れる。


「う、が……ひぇ…………」

「花姫たちを率いる隊長が、魔法の使い方を誤るなんてね。あっはははははは!! 剣しか振り回せない男は所詮そんなものよねー。キミの魔法、ちょうどアリスの溝に入っちゃったみたいだよ?」


 まさか……今撃った氷の球がシェリーの方にぶつかった、だと!? こうなりゃ、ダイスに身を任せて前に出るしかねえ……!

 白い世界で片足を一歩踏み入れ、長剣を取り出した刹那──!


「あたしの身体に触れさせはしない。キミもここで果てな!」

「いくらあなたでも……負けませんわ!!」


 くうを切る音が音速で近づく最中さなか、少女の振り絞るような声が遮る。その声と共に、視界が色彩豊かな花吹雪で埋め尽くされた。

 建物や人々の傷を修復させるときに魅せた、無数の花弁。その花びらたちは脇腹の傷と痛みを癒し、全貌を鮮明に映し出す!


「なっ……蘇った!?」

「シエラさん、これ以上私たちの邪魔をするなら容赦しません」


 黄金の鎧に身を包み、白銀の髪を靡かせるシェリー。四枚の羽を広げる彼女は、アリスとして再び姿を見せた。この姿を見たのは、セレスティーン大聖堂の時以来だろう。

 そんなアリスが対峙する女とは──色白の肢体を蔦で覆うエルフだ。ブロンドの髪を一つに束ね上げ、薄青色の隻眼を持つ彼女こそがシエラらしい。だが、エレたちのように長耳をも持つこの女の身体は、ある種直視しがたいものだった。


 小さな顔には尖端で突かれたような痕が幾つもあり、左の眼球は深く抉れている。曲線を描いたくびれも、肉が剥がれ落ちたせいで一部の骨がはっきりと見えていた。両手首に刻まれた刺々しい痕は、いばらか有刺鉄線で縛られた証かもしれない。

 その姿を見るだけで彼女なりの苦労が窺えるが、ここで同情すれば俺が果ててしまうだろう。


「お願いです! 此処は退いてください!」

「無理に決まってるでしょ! やぁあっ!!」


 アリスは、長い杖を用いて蒼の光弾をいくつも放つ。その一方でシエラは颯爽と躱し、アリスとの距離を一気に詰める。

 そこからが勝負所しょうぶどころと云えよう。大きな弓の両端にはナイフのような刃が付いており、シエラは片手でバトンのように振り回す。アリスは風のような舞を何度も躱すが、シエラの敏捷性が高いゆえ早くも息を切らしてしまう。優越に浸るシエラと、呼吸が乱れるアリス。俺は、ただただエルフの隙を窺うほかなかった。


「ほらほらどうしたの?」

「くっ……」


 アリスがシエラの攻撃を避けるたび、翼を掠め取られて羽根がふわふわと舞う。シエラは弓を下に構え、足払いとしてアリスの足首に向けて一周させる。アリスが跳躍したと思いきや、シエラはすぐに射撃の姿勢に移った。


撃つティーラ!」


 アリスの顔面に向けて放たれた矢。幸いなことに、狙われた本人は首を少し横に傾けただけで回避できた。

 アリスは杖を逆さに持ち、石突の部分でシエラの溝を突く。するとシエラの身体が反射的に前屈みになり、唾液が幾分か飛び出た。


「この女……!!」

「私だって……あなたと、戦いたくないのよ……!」


 シェリー……いやアリスによる不意打ちが悔しかったのか、歯軋りするシエラ。

 その時、アリスは僅かしか生まれないを見つけたようだ。


「ふっ!」


 アリスが掛け声を上げると、ミュールの紋章を模る先端が光の矛として形成される。

 杖を両手に持ち、勢いよくシエラの心臓を突こうとするのだが──。


「がはぁ!!」


 胸を貫かれたのはアリスだった。

 弓に装着された刃が赤く染まる傍ら、エルフの亡霊は不敵な笑みを浮かべる。


 弓を引き抜かれ、血飛沫が薔薇の花弁のように舞う。

 そのまま前に倒れたアリスは青い花びらに包まれると、開花前の姿に戻ってしまった。入念に装着していたアーマーも紙同然のものとなり、今ではただの重い装備品でしかない。それでも彼女の呼吸は残酷ながら存在しているのだ。


「ふーん、いつの間にか不死の存在になってたのね。お気の毒なこと」

「待ちな」


 シエラが右足を上げ、シェリーの頭部を踏みつけようとした時。俺は前に出て切先をシエラに向ける。……無論、力を目覚められるよう意識を集中させながら。


「退屈なら俺が遊んでやるよ」

「これでもあたしは、“悪魔殺しの射手アルチェーレ”って云われてたんだよ。そんなあたしに刃向かうなんて良い度胸じゃない」

「ふっ、それがどうした?」


 殺るなら今しかない。

 目覚めよ、大悪魔ヴァンツォの魂──!


 禍々しい氣に身を包み、爪と牙を伸ばす。背中から翼が映えると、こくのエレメントが身体中を駆け巡っているのが判る。シエラは変わらず黒い笑みを見せるが、それは今の俺にとってどうでも良い事だ。


「長いことあの世に行けなくて困ってるんだろ? なら、俺があの世へ導いてやる」

「へえ? あたしが地獄に行く謂れなんて無いんだけど?」

「案ずるな、お前がなら天国へ送られるさ。……この槍でな!!」


 目の前に魔法陣を展開されると、一条の巨大な槍が射出。

 その柄を片手で握り、ただちにエルフの心臓へ投げつけた!


「ぐあ……っ!!」

 いくら悪魔殺しと云えど、この槍から逃れられる者はいない。今だ残る白い肌は一気に鮮血で染まり、足元から粒子のように消え始める。



くそがアッチデンティ! これで、勝ったと……思うな、よ……」



 彼女の身体はとうとう消えて静寂が戻るものの、どうも決着が着いたようには思えない。

 それでも今は、シェリーの治癒が最優先だ。俺は元の姿に戻り、未だ前に倒れるシェリーの上体を起こしてやる。


「アレッ……クスさん……」

「今は喋るな」


 彼女の左胸には大きな穴がある。重傷を負った戦士は何度も見てきたはずが、恋人のその姿は罪悪感を加速させる。

 俺は心を無にし、シェリーを姫のように抱き上げる。すると近くの木が目に留まったため、そこの幹に背を預けさせてやった。


「悪いが、服を脱がすぞ」


 彼女が無言で頷くのを確認すると、懐から緑色の液体が入った瓶──高度治癒薬ハイポーションを取り出す。それからアーマーを手短に脱がし、胸元を覆う布を剥がす。彼女の身体は何度も見てはいるが、この時ばかりは欲情する余裕など無い。それどころか、グロテスクな傷口は吐き気さえ催すのだ。

 まずはハンカチを取り出し、止血を行う。この時シェリーの口から溢れた血が俺の手に付着したが、引き続き手当てに専念する。


 問題は此処からだ。高度治癒薬は殆どの傷や病を治せる代物しろものだが、患部に当てれば『染みる』なんて話ではない。時に生殺しになる事すらあるのだ。特に不死の存在にとって、これがどれだけ苦しい事か想像に難くない。俺は彼女をまた苦しめる事となるが、放置すれば更に悪化するだけだ。

 俺は胸中の不安を押し殺し、敢えて隊長として平静を装ってみせる。


「シェリー、俺の肩に手を掛けろ。痛いときは爪を立てるんだ」


 恐怖を表情に浮かべるシェリー。……いや、反応なんて見ちゃダメだ。

 胸からハンカチを離し、瓶の口を胸元に傾ける。


 ついに液体が糸を引き、傷口へと滴り落ちる。

 緑の雫が溝に入り込んだ刹那、シェリーの肩が大きく跳びあがった。


「ああぁぁぁあ、ああぁぁあああああ!!!!!!」


 シェリーは絹を裂いたような悲鳴を上げ、目尻から大粒の涙が零れだす。悲痛な声がこだますると共に、長い爪が俺の肩に深く食い込んできた。


「もう……嫌ぁ……!! くる、しい……! うあぁ、ぐ……っ!!」

「耐えろ! 痛みは必ず消える」


 嗚呼。彼女の苦しみを肩代わりできれば、どれだけ幸せなことか。

 液体が穴を埋め、徐々に皮膚を取り戻していく。これでも高い治癒力を誇るはずが、今はそれすら遅く感じるのだ。


「うう、くっ……!」

「もう少しの辛抱だ」


 ようやく傷口が塞がる一方で、薬の量は残り僅かといったところだ。余った部分は彼女の口元に差し出すが、苦痛から逃れたいのか飲もうとしない。だから俺は自身の指で強引に口を開けさせ、その中に注ぎ込ませるのだけど……本当はこんなことしたくなかった。

 最初はむせた彼女だが、さらに微量というところでやっと受け入れてくれた。それでも全身の震えは止まらないようで、恋人として片手を握ってみせる。


「お前に嫌な思いをさせて……ごめんな」


 俺を見つめたまま、頬に涙を伝わせるシェリー。

 青ざめてしまった唇が戻るまで、震えが収まるまで、強く強く抱き締めてやった。


 その時、金色の光が彼女の身体に集まる。それは霊力回復の証であり、彼女らしさを取り戻す瞬間でもあった。彼女はたちまち落ち着きを見せ、俺の身体を優しく包み込んでくる。ずっとずっと味わってきた温もりなのに、この時だけはとても切なくて……俺の視界も滲んできた。

 恋人の腕に力がこもる。それから彼女は声を振り絞るように、俺の耳元でこう囁いてきた。


「あなたが無事で、良かった……」

「全部お前のおかげだ。ありがとう、シェリー」


 直後、シェリーを包む光はさらに増し、周囲に蒼い花びらを撒き散らす。

 彼女は一瞬だけ美しいシルエットを魅せるも、花びらが衣服や鎧を形成させる。


 それはやがて花姫としての姿に変わり、本来の凛々しさが戻る。

 やっぱり、こいつはどこまでも綺麗な女だ。無論、手を胸に当てるその仕草だって。


「こちらこそありがとう。私はもう戦え──っ!?」


 この刹那がいつ最期になるかわからない。例え言葉を遮ってでも。


 俺は跪き、手の甲に愛を記す。彼女は驚きの余り足が棒となるが、すぐに笑顔を見せてくれた。そんな彼女は本能的な香りを漂わすが、敢えて背を向けてみせる。


「……行くぞ」

 俺の後ろで、彼女はきっと頷いてくれたことだろう。


 エルフの怨霊を浄化しても、元の世界に戻るわけではない。

 濃霧に包まれた景色を見据え、この足をもう一度荒地へ踏み入れた。




(第六節へ)






◆シエラ(Sierra)

・外見

髪:ブロンド/ポニーテール(ロング)

瞳:薄青色

体格:身長165センチ/B82

備考:長耳

遭遇時:亡霊/左目を負傷/身体に複数の傷痕

・種族・年齢:エルフ/定年170代/没後320年

・職業:射手

・属性:じゅ

・武器:弓

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